第1話 酒造所『ムーンシャイン』
酒だ。
どんなに旨い料理を揃えたって、酒がマズけりゃ話にならん。
この世界にも多種多様な酒が存在する。ミード(蜂蜜酒)、サケ、ネクタル(果実酒)、エール(ビール)等々・・・
地球とは言語の違うこの世界で、アルコール関係のものは比較的呼び名が似通っているのは、俺以外の転生者の仕業ではなかろうか?
まぁ、細かな違いはあるが、この世界の文明技術力と比べると、その豊富な種類やクオリティーには、技術的乖離と並々ならぬ情熱が窺い知れる。
頑張ってくれただろう過去の転生者には感謝してもしきれないという思いと、酒好きの一人として俺も酒の発展に貢献しなければという使命感を勝手に感じた。
そして作った。酒造所を!!
言い過ぎた・・・作ったは言い過ぎた。本当は大手に手ひどくやられてケツ毛に火が付いた小さな酒造所を買収したのだが、建て替えや新商品の開発等、大規模改革をやったのだから作ったと言うのは語弊ではない。ほぼ作った!!まぁ本音を言えば、自分好みの酒を造りたかっただけなのだが・・・
酒造所が案外うまくいっているのは、前世で蜂蜜酒を密かに造って(違法)楽しんでいた経験もあるだろうが、新たな試みをしたというのがでかい。
俺の酒造所『ムーンシャイン』では主に、二次発酵によるスーパークリング(発泡性)のきいた酒の開発製造を行っている。
この世界でも、ビール製造過程で二次発酵を行っている酒造所はあるのだが、蜂蜜酒や果実酒での二次発酵というのは、少なくともヴァイデン領近辺ではあまり聞かなかった。
二次発酵はいいぞ。アルコール濃度を高められるし、密封すれば発酵過程による二酸化炭素の発生でスパークリングを利かすことも、二次発酵時に果糖を入れることで、バライティに富んだ風味や味わいを出すこともできる。
まぁ、失敗や試行錯誤は必要だが、それは酒造所の者に任せている。俺はあくまで製造方法やその過程で必要な道具、資金等の援助を行っているに過ぎない。
酒造所『ムーンシャイン』は、港町から少し離れた果樹園広がる郊外にあり、領主館からでは馬を使って30分ほどかかるため、毎日通うことはできないがそれでも、週2は必ず顔を出すようにしている。
今日は早めに仕事を片づける事が出来たので、酒造所へ向かうため港へ流れ込むアミア川に沿って港とは逆方向へ馬を進める。
防風林を超えるとそこには畑が広がっており、先日、馬鈴薯の収穫を行ったばかりだというのに次はライ麦の種撒きとは、農民のみなさんには頭が下がる。
さらに馬を進めると、甘い香りが鼻腔をくすぐる。
そこには成人男性の身の丈程度の樹木がずらりとならび、その枝には茜色の果実を実らせている。
これはリーヴェと呼ばれる子供のこぶし大の、桃と柑橘類を合わせたような味、風味を持った果実であり、そのまま食べても旨いのだが、酒にすると格別である。
また、その花は蜜が豊富で養蜂に用いられることも多い、酒造には無くてはならない植物といえよう。
そうこうしてる間に酒造所が見えてきた。
酒造所としては小規模だが、別に大々的に売り出すわけではなく、俺が楽しむための酒がほしいだけで、後はここで働く従業員が食っていけるだけの商いが出来ればいいと思っているので、これくらいでいいのだ。
「お、ご苦労さん!ヴィッカーはいるか?」
酒瓶を洗っている従業員に声をかける。
「あ、ルード様!オヤジなら澱抜き瓶回してましたよ。」
「そうか、がんばれよ。」
彼は所長であるヴィッカーの息子アーグ。この酒造所はヴィッカーの身内で操業している。
作業着と靴を着替え酒造所に入ると、なんとも不思議な気持ちになる。
密閉された薄暗い酒造所を満たす酒の芳香、蝋燭の灯で揺れる影、静かに反響する瓶の音、幻想的ですらあるこの酒造所独特の雰囲気に感じるノスタルジックな気持ちは、昭和風の薄暗い飲み屋で感じるソレに似ていると俺は思う。
あぁ、久々にそんな居酒屋でホッピーとチューリップ(唐揚げ)、薄いハムカツにモツの土手煮・・・そんな晩酌がしたいものだ・・・。
「あれ?ルード様、来てたんですかい?」
昭和居酒屋に思いを馳せていると、もっさり髭を蓄えた山賊の様なオッサンが小走りで近寄ってくる。
「あぁ、精が出るなヴィッカー。ちょっと様子見にな。あと晩酌用にリーヴェネクタル(果実酒)を6本ほど。」
そう言い、銀貨を1枚渡す。
「丁度、澱抜きが昨日終わったばかりでしてね、試飲していきますかい?」
「そうだなもらおう。ミード(蜂蜜酒)の方はどうだ?」
「それがまだ一次発酵が終わってなくてですね、全体的に発酵が遅れてますわ。」
「そうか、例年より寒くなるのが早いからか・・・・」
「今年の冬は厳しくなりそうでさぁ・・・養蜂箱の方もちと心配ですわ。」
「よし、必要なものがあれば早めに言え。オーナーは俺だからな、遠慮するな。」
「ルード様には本当に頭があがりません。最近では追加発注も増えまして、生活も随分楽になりました。」
「俺はただ、自分が旨い酒を飲みたいだけにすぎん。礼は旨い酒で返してくれたらいい。」
試飲をしつつ、酒の調子や経営について軽く議論を交わし、傾く陽光に慌てて腰を上げる。
「帰り道には気を付けて下さいね。」
「あぁ、では4日後に物資を持ってくる。」
酒造所を出ると、空はすっかり茜色に染まり、見送りに出てきたヴィッカーの影が長く伸びている。
馬に揺られながらそんな風景の中を進んでると、よく郷愁の思いで寂しくなる。
「あぁ・・・・・帰りたい・・・・・。」
そう日本語でつぶやき、こことは違うどこかの故郷を思いながら、馬の首を撫でる・・・・。