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転生貴族はオヤジくさい。  作者: 花鶏 交喙
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プロローグ~奥庭の酒屋

 さて、お楽しみの夕食だ。


 ここヴァイデンは娯楽に乏しいところだ。コヴス(サイコロ)やリーケ(トランプの簡素版)を使ったギャンブル、ミード(蜂蜜酒)やクラップ(麻薬の類)、後は女くらいなもんだろうか?

領主の弟という立場からギャンブルや女なんかに軽く手出しが出来ない俺が、このしみったれた北国で数少ない楽しみとしているのが食事だ。


 幸いにも、ここヴァイデンは商いの盛んな港町であり、遠くは南のアレッサンや東の島国ヤマトから香辛料や調味料等珍しいものが入ってくるし、海流の交わるヴァイデンの豊かな海では漁業も盛んだ。

つまり、うまいもんがたくさん食える。財布の紐を気にする必要が無いという数少ない特典を利用して、様々な香辛料や食材を揃え、豊かな食生活を満喫できる。


 ヤマトより輸入した紅葉の葉が名の通り紅く彩る奥庭に出ると、ひっそりと佇む木造の小屋まで歩く。

この奥庭は、俺が自由に触ってもよいと先々代の爺様より譲り受けたテニスコート3面分くらいの荒れた空き地だったのだが、和風の庭園を目指し、桜に楓、紅葉、金木犀等を植え、囲炉裏のある六畳半ほどの小屋を建て、ついでとばかりに五右衛門風呂まで増設した自慢の庭だ。

一時期自宅として籠っていたのだが、兄上に「働けこの穀潰しがぁ!!」と蹴りだされて以来、別荘として晩酌に利用している程度だ。

小屋の中に入ると庭師のハイヴァンが既に炭を落ち着かせていた。


 「お、いいタイミングだな。オヴィン(サンマ)は手に入ったか?」


 「ええ、今年のオヴィンは脂がのっていて最高ですぜ!」


 ハイヴァンは平民出で、貴族のマナーや言葉遣いといったものの教育を受けておらず、兄上や他貴族からしたら無礼な言動なのだろうが、俺からすれば肩肘張ってない彼の物言いは、窮屈な日常から唯一解き放たれるこの空間ではありがたいものだったりする。


 氷の詰まった木箱からサンマを二尾出すと、串を打っていく。

俺に付き合ってるせいか、ハイヴァンの手つきは慣れたものだ。


 「そう言えば、旦那の幼馴染の魔導士、今日港で見ましたぜ。」


 「あぁ、ファイアか?沖合でチョロチョロしてた海賊船沈めてきたんだと。俺のケツ追っかけてピーピー泣いてた小娘が、今じゃ宮廷に仕える将来の大魔導士様と言うのだから、人生は分からねぇもんだよ。」


 「それマジっすか?前にも聞いたんですがどうにも・・・」


 「いや、マジだから。クソ陰キャの馬子娘に魔術基礎から応用、精霊術に魔導書サイクロペディアムの写本解説等々教え込み、つまり俺が言いたいのはなぁ!」


 「「ファイアはワシが育てた」」


 ハイヴァンと俺の声がハモる。


 「知ってます!その話は聞きました!ただ、信憑性がどうも・・・」


 「あ、テメ!疑ってんな!」


 「いやだってほら、旦那が魔術使ってるとこなんて見たことないですし、書斎で書類と睨めっこするのが仕事だって言ってましたよね?なんか・・・・地味ですよね・・・」


 確かに、最近俺が魔術を使うのなんて趣味の手芸くらいのものだし、一応貴族の心得的な肉体鍛錬はするが、取り立ててハードなわけでもない。仕事も経理なんかの書類整理で書斎からほぼ出ないし、外に出かける事なんて市場での食材探しか、酒造所に行くくらい・・・


 「あぁ、考えてみれば、昔っから部屋に籠るの得意な生物だったよ俺は・・・・前々世くらいは貝かヤドカリだったのかも知れん。」


 「前世ではなく、前々世なんですね。」


 「前世は覚えてるからな~」


 「あ、米炊けたみたいですね。降ろして蒸らしますね。」


 はいはい、そう言いたげにハイヴァンは米の入った鍋を自在鉤から降ろすと、ついでとばかりに串をくるりと回す。

いい塩梅に焼けており、サンマから染み出た油が下にぽたりと落ちるが、サンマの真下からは炭を遠ざけているため、煙は上がらない・・・・

 

 「器用なモンだな。お前なら、もっと割のいい職に就けるんじゃないのか?」


 「いやいや、今でもお給金は十分に貰ってますよ。それに、この庭で旦那と旨いもん食いながら晩酌して、熱い風呂に入って、満たされた気分で床に就く事ができる幸せは・・・ここでしか味わえない得難いもんですよ。」


 「まぁ、俺もこの為に一日頑張ってる節があるからなぁ~それを思えば、お前は貴族並みの待遇と言えるな。ハハハ!」


 「いや、マジで感謝してるんですぜ?」


 「よし、じゃぁ~その気持ちを込めて旨いオヴィンを焼いてくれ!」



 外は夕闇が徐々に茜の空を覆ってゆく。

短い夏も例年に増して足早で、少し冷えてきた夜の空気を木戸で半分だけ遮る。


 キン・・キン・・キン・・・・・キン・・


 グラスをフォークで叩いた様な短い高音の虫の声は、日本のソレとはまた違った趣があって、それはそれでいいものだと思う。


 「旦那ぁ・・・月が綺麗ですねぇ・・・・」


 「・・・・・・お前じゃなく、美女に言われてぇわ。」


 「・・・・・・なるほど、美女と月見酒を飲みたいって事ですね?」


 「いや・・・そういう意味ではないが、その考察も悪くない。」


 「旦那の真意を察しなければならない方の身も考えてくだせぇ。」


 そういいながらも、ハイヴァンはサンマを串から外し、茶碗にご飯をよそい、ヤマト産の濁り酒を注ぐ。

ハイヴァンが自分の分までよそうのを待って、俺は「いただきます。」と両手を合わせ、それにハイヴァンが続く。


 脂ののったブリブリのサンマを、ヤマトより仕入れた米に乗せて口の中にかきこむ。

旨い、ただただ旨い。日本の米と比べると粘り気が少なく、多少ぽろぽろしているが、それはそれでいい食感を出している。むしろ、サンマの身や油とよく絡み、口いっぱいに旨味を運んでくれる。


 「う・・・・っまぁ・・・・・」


 旨いものを食べた時には「うまい」と声に出すと旨さが増える気がするのは俺だけだろうか?


 ハイヴァンは旨いものを食べると、無言で何回も頷く。

頷きながら少し涙目になってるのが、なんだか俺は好きだ。


 「んまいっすねぇ・・・・はぁ・・・・。」


 狭い小屋の中で、野郎二人うまいうまいと連呼しながら晩酌をし、いい頃合いまで温度の落ち着いた五右衛門風呂に入る。


 石でできた風呂釜の中に木の板が浮いており、それに乗って風呂に入ることで石に足の裏を焼かれずに済むのだ。


 ヤマトより輸入した椿石鹸で体を洗い、少し肌にしみるくらいの湯船につかると、自然に口からだらしのない声が漏れる。

酔った体に風呂は危ないなんて言われるが、そんなのどうでもよくなる程に気持ちいいのだから仕方がない。


 「いきてるわぁ・・・・・・・あぁ・・・・・さいこぉ・・・・・」


 火照ってきたら風呂枠に座り、開け放たれた木戸から入ってくる外気で冷まし、そしてまた湯船で温める。それを3回ほど繰り返して満足したら、浴衣に身を包んで風呂場から出る。


 「ハイヴァン、後は頼むわ。」


 「うっす、明日は何にします?」


 「そうだな・・・・明後日は休日だから、明日は豪華な鍋にするか。蟹鍋にしよう!でっかい蟹と、他にも魚介類入れて・・・あと、新しい網できたから、網焼きもしよう!ゴーム(ホタテ)やエギル(カキ)をアテにグイっと。」


 「いいっすねぇ~じゃぁ、明日も同じ頃合いで?」


 「そうだな、少し遅くなるかも知れん。」


 「分かりました。それでは明日・・・おやすみなさい。」


 「おう、おやすみ。」


 そうしてハイヴァンと別れると、少し寒い奥庭を足早に、温かい寝床を目指すのだった・・・。

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