表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
千年少女  作者: 長沢紅音
五色清一郎
66/70

五色清一郎 2


 三枝健二に連絡をとると、北海道に取材を兼ねた慰安旅行に出掛けているという返事が返って来た。自首する前にいくつかの情報を与えておいたので彼は僕に借りがある。「俺の記事は君のプライベートを守るほうに傾いたと思うぜ。だからこっちが借りを返して欲しいくらいだ」と携帯電話の向こうから大きめの声で三枝健二は喚く。休暇の合間ゆえの高揚した気分がそうさせるのか、はたまた噂の少年Aの帰還により飯の種が舞い込んだと逸る気持ちを抑えられないのか。両方だな、と考えた。祥子先輩はこの人のことを苦手にしているみたいだが、僕にとってはむしろ酌みやすい相手だった。損得でものを考える人は動機が明確であるからだ。


「楽しそうですね」


「生まれて初めて馬に乗ったよ。歴史上の騎馬民族が強気になる理由も分かる」


 実家のことを尋ねると予想通りあらかた調べてあったが、圧力により記事にはできなかったとぼやいた。


 つまり、僕のプライベートを守ったのではなく守らされたんですね、と一刺しすると観念したかのように三枝健二は言った。「何が知りたい?」




 大分誤解されているな、と思った。


 一昨日の晩、彼女から三冊のノートを渡され、次の日に読破した。八重樫エリアナ、奥野祥子、そして僕について書かれた手記である。奥野祥子について書かれた手記は、多少の創作はあろうともおそらく事実に基づいている。そういえばそんなこともあったと言える記述があったからである。八重樫エリアナについて書かれた手記の所々にも僕自身が登場し、身に憶えのある出来事があった。しかし、大半は全く記憶にない出来事であり、全体的に馬鹿げていた。僕自身について書かれた手記に至っては、近衛三霧は最期に死亡している。あまりに荒唐無稽な話である。


「篠崎陽名莉に刺されて入院していたときに、彼女から日記のようなものを渡された。記憶を取り戻す手助けにしろとかなんとかで。僕自身について書かれた部分は僅かで、しかも随分言いたい放題な内容ではあったけれど役に立った。僕の知らない香月のプライベートなところが読めて楽しかった。でも、その香月の告白染みた台詞がどうにも飛びすぎていて、嘘臭くてね。捏造だと思っている」


「つまりこれもその類であると」


「実在の人物をフィクションの題材にするのならば当人に許可をとるか、せめて名前を変えるべきだと思うね。作家志望ならそれくらいの配慮が必要じゃないかな」創作にしては個人的事情に精通しているのが気になった。徹底した取材をしたのかもしれない。


「書いたのは私」


 まあ、そうだろうな。しかし、篠崎陽名莉の手記と似たような世界観であるのはつまり彼女の話を模倣した可能性がある。


「趣味なら別に構わないけれど、間違っても出版社に送ろうなんて考えない方がいいよ。小説にリアリティを求めるのはナンセンスだと個人的には思う。必要なのは説得力だから。だからリアリティがないのは別に構わないと思うけれど、説得力の中心であるところの文章技術に色々と問題があるし、ループものの話といえばノベルゲームやSFでお馴染み過ぎて新鮮味がないし確か手塚治虫の漫画にも似たような話が」


「これはあなたがかつて通っていた高校の一室に納められるものです」


 なぜ学校に、と思ったが地域との交流云々なる創立当時からのスローガンによってあの学校はごく一部を地域住民に開放しているのを思い出し、きっと町役場で担うはずの仕事を請け負っているのだろうと予想した。例えば住民の自己満足で書かれた創作物をご丁寧に預かる図書館とか。リチャード・ブローディガンが確かそのような話を書いていた。


「それが君の仕事か」と半ば皮肉交じりに言った。


「私には面と向かって彼女たちを労うことはできない。ほとんど生き残らないから。そして生き残ったものにもこれ以上私は関わるべきではないと思います。だからせめて何らかの形にしてあげたかった」


「さすが神様」


 ヒモロギノキミは対面に正座し、じっとこちらを凝視している。化粧っ気はないが仄かに柑橘系の香りがする。


「疑っているのなら証明しましょう」


 すっと左手を伸ばし、庭先の低木の梢を指差す。雲雀が止まっていた。


「もうすぐあの鳥は飛び立ちます」そう言って彼女は拍手を打つ。乾いた音が室内に響き渡る。すると雲雀はすっと飛び立ち、枝は小さく震えた。「どう」


「いや、どうと言われても」


「予言」


「そりゃあ、あんな音を立てたら驚いて逃げるだろうさ」


 ヒモロギノキミは心の底から驚いたという顔つきをして、尖った顎の先端に手を添えて独り言を呟いた。「時間が連続するとそう見えるか」


 懊悩は長くは続かなかった。手記を読まれたことに概ね満足しているのだろう。手記を鞄に詰め、軽い足取りで玄関に向かい、そのままどこかへと出かけた。行き先は告げなかったが、話の流れからノートを納めに母校に向かったのでなかろうかと予想する。彼女が消えたのをいいことにその場で横になった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ