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千年少女  作者: 長沢紅音
篠崎陽名莉
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篠崎陽名莉 17



 国道沿いの歩道は塗装の剥げた白柵の向こうに土手をはさんで水の少ない川を臨む。土手には枯れた色の背の高い草が生い茂り、木枯らしに揺れる。遠くの空に灰色の雲が浮かび、その手前にいる祥子先輩はのん気に鼻歌を鳴らしていた。




 病院で看護士を欺き、メモ帳にあった患者を出し抜く手際は見事の一言に尽きた。巧みに無関係な質問をし、世間話を装い化身の病室を探る。そのようにして祥子先輩は、肉体的には健康そのものですでに一般病棟に移された化身の病室があるとされるフロアで、私に質問する。


「陽名莉君の知る少女であるか、顔を見れば分かるか?」


 おそらく、と答えると祥子先輩は廊下の突き当たり付近を指差し「でも、さすがにあれじゃあ無理だ」と肩を落とした。


 警察関係者と思しき数人が病室の前でたむろしている。向かいのエレベーターに行くふりをして通り過ぎてみようという話になった。最近はどうしていたのか、と当たり障りのない会話をしてくるのは演技の一環で、しかし、そんなまともな中学生らしい話をしたのが本日初めてということに私はため息を漏らす。


「ずっと歩いています」


「脳の活性化にはいいらしいからな。バイオフィードバックというらしい」


「映画はどうなりましたか」


「深夜のテレビドラマにありそうな、見終わった後に少しだけ気分が上向きになる、ささやかな日常の話というものをやろうという流れになった。特に異論はないよ。大河ドラマや高視聴率を稼ぐ派手なプロットのものよりずっと映画寄りだ。あれはあれでいいもんだ。なにより映像で遊べる」


 祥子先輩の肘が私の横腹をつつく。人垣を抜け、開かれたドアの狭間から病室が一瞬覗き見える位置に来た。だが、ベッドに横たわる姿を足元の方から遠目でみて顔が判断できるはずもなく、ただ誰かが寝ているとしか認識できない。


 エレベーターの前で祥子先輩は、まあそうだろうと特に落胆もせず、次なる作戦を練る。エレベーターが到着する間際、警察関係者と思しき一団がこちらに向かってくる。それに気づいた祥子先輩は機転を利かせ「ごめん、トイレ。待っていて」と言って元来た廊下を戻る。私はエレベーターの前から一歩下がり、一団に場所を譲り、彼らが乗り込んで扉が閉まった後もその場で愚図愚図していた。


「さすが田舎警察。ほら早く」戻った祥子先輩は私の手を引き、病室へと急いだ。幸い周囲に看護士の姿はなく、簡単に入室できた。


 ベッド脇に到着するやいなやデジタルカメラでシャッターを切る祥子先輩にそれはちょっと、と言いかけて違和感を覚える。遠い記憶にある化身の姿を小奇麗にして清潔な服を着せたら確かにこのような姿になるのだろう。衰弱した様子もない、血色の良い寝顔はただ眠っているだけに見えた。同世代の少女という印象があったので、二年も過ぎればさすがに多少の変化は見られるはずなのに、全く成長の痕跡が見えない。だが、違和感の正体はそれではない。


「陽名莉君……? どうした?」


「違う」あの禍々しい気配が全く感じられない。「この子は普通の女の子です」


「それは、まあそうだろう」


 認識が違ったまま、我々は病室を後にした。廊下の角を曲がったところで先ほどの警察関係者らしき一団の一人が病室に向かっているのが見えた。病院を出るまで無言で歩きつづけ、役場の前のバス亭でベンチに座り一息ついた。


「スリリングな体験だった」


 祥子先輩は興奮冷めやらぬ口調で探偵の真似事についての薀蓄を語っている。それから今後の方針についていくつか考えを出しているがそのほとんどを私は聞いていなかった。


 馬耳東風な様に気づいたのか、祥子先輩は急に黙り込んで私の顔を凝視してくる。


「どうかしましたか?」


「陽名莉君は何をそんなに恐れているのだ? 確かに謎の少女ではあるが、先ほど君が呟いたように普通の女の子だ」


「普通の女の子です。間違いありません」


 


 数日後の昼食時、屋上で落ち合ったときに祥子先輩は化身の続報を教えてくれた。意識を取り戻した少女は、自分の名前を明確に答え、山中に倒れていた理由には覚えがない、と答えたらしい。そして——。


「住所は謎の一家失踪事件の場所であった、と私は推理するね。場所も近いし」祥子先輩は得意げに語る。


「知っていたんですか?」


「噂で聞いたことはあるよ。兄貴みたいにごりごりの理詰めプロットは書かないが、私も脚本は書く。その手の噂はいい材料になる」


「会いたいです」


「は?」祥子先輩はしり込みするように答えた。


「会って話してみたいです」


「いや、私に言われてもな」慌てるように言った。「意識があると、私たちの姿を見て通報されかねん。前回のような覗き魔めいた手は通用しないぞ」


「正式に面会を申し込みます。山で会ったことがある、と言えば相手も気になると思います」自分の知らない自分の姿を知る者がいるならば、確かめてみたいと思うだろう。「今週はデートの予定がありますか?」


「例のサボタージュ君の話か。ならば確か、死んだお爺ちゃんが枕元に立って”デートせねば死ぬ”と告げたそうだ」


 先週と同じ時間にバイト先へ行きます、と告げると祥子先輩は二つ返事で承諾した。そして我々は週末までの時間を使い、一家失踪事件について調べることにした。



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