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雨降る、紫陽花

                   雨降る、紫陽花


「もう、行くの?」


「ああ」


「れ、連絡はくれるんだよね? その……向こうにいても私のことを忘れないで」


「……努力する。じゃ、行くから」


「あ……」


 憂鬱となる季節……雨がいつまでも続く中、彼は私に振り向くことなく背中を見せながら足早にこの場から去った。彼との出会いは陽射しが多く注がれる真夏だった。


「なぁ、そんなに走って倒れないの?」


「平気。私、丈夫だもん」


「それにしたって、暑すぎるのによくもまぁ。水は取れよ? じゃないとぶっ倒れてしまうし、あおいを抱えて歩きたくないしな」


「それ、ひどくない? 倒れること前提で話すのってどうなの」


「いや、だって大体そうじゃん? 熱中症には気を付けろよ、マジで!」


 彼の言う、倒れて抱えられる。と言うのには前科がすでにあって、私は後先考えずに走り込みを続けた挙句、脱水を起こして最後には彼に抱きかかえられる……というのが流れになっていた。


 周りの子たちはそんなわたしたちの関係性を、同情を持って(主に彼に対して)見守ってくれていた。陸上を3年間続けて来た。私と彼は同じ短距離走。何だか気が合って、合宿で過ごすうちにそういう関係になっていた。


 2年の時、私はスタートで躓き足を痛めた。その時彼が取った行動は、大観衆の前で私を抱えて医務室へ運んでくれたことだった。恥ずかしいを通り越して、誰もが私たちを公認した出来事だった。


「よし、これでいいだろ」


「な、何であんな皆がいる前であんなこと、するの?」


 赤面を隠せないほど、顔を赤くした私は何とか必死に両手で隠す。それなのに、彼はあっけらかんと話しだした。


「あん? 痛そうだったから」


「そ、それだけ?」


「それ以外に何があると?」


「だ、だって、恥ずかしいじゃない! み、みんないるんだよ? コーチも先生たちも、みんなだよ? どうしてそんなことを平然と出来るの」


「葵しか見えてなかった。そう言われればそうだよな、ごめん。気付かなかった」


「それ、そんなこと言うのズルい……」


 こんなことをされて陸上を続けながらずっとこの関係が続くと思っていた。それなのに現実は残酷なんだ。3年目の夏が来る前になって、彼はもっと設備環境の整った学校へ転校すると言い出した。そこでなら、タイムも縮んでなおかつ、進学した先の大学もそのままの施設を使えるからということだった。


「だから、葵とはもう……な」


「ど、どうして、そんな……そんな急に」


「決めたことなんだ。ごめんな」


「あ、会えるよね?」


「……」


「嫌だよ……何でいつも一緒にいたのに、一緒に走って来たのに何でそんな……」


 彼は私に背中を向けたまま、何も言わない。すすり泣く私は上空から冷たい滴を額に感じながら、瞳の奥からも涙が溢れだし、降り注ぐ雨を共に涙を流し続けた。


 涙で視界がぼやける中、花壇に咲く紫陽花は滴に打たれながらも、色鮮やかに微笑んでいた――

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