表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雷と狼娘  作者: 花千歳
5/12

出発2

 森に入ってから3日目、2日目が雨だったこともありあまり進めなかったためまだ出口までは距離がある。

 今日もまだ地面はぬかるんでいて足場が悪い。

 しかし、昨日の遅れを取り戻すべく今日はハイペースでの移動だ。

 前を行くウルはぬかるんでいない場所をピョコピョコと進む。ときには枝から枝へ移動したりもする。

 まるで忍者だ。

 宗司には同じことは出来ない。そこでテミックがよく使っていた[浮遊]で身体を浮かせ、風魔法を併用して移動する。習熟すると風魔法のみで高速移動も出来るとテミックは言っていたがそこまでは無理だ。

 それでもぬかるんだ地面を歩くよりは格段に速く、楽だ。


 

 昼食を食べて数時間、気温も高くなり歩いていなくとも汗が吹き出す。

 暑さに弱いウルはやや不機嫌だ。

 そんなウルの耳がぴくっと動くと宗司に手で止まるように合図を出す。

 宗司が急停止した瞬間空気を響かす鳴き声とともに目の前を閃光がよぎった。

 閃光の走ってきた方向を見るとバチバチと音を鳴らす2本の大きな角。

 間違いなくやつだ。

 

「ウル、僕がやる」

 

 それだけ言うとウルは2本の木を往復するように登って行った。

 宗司が虎、バリホンガーに向き直るとバリホンガーは突進をしながら電撃を放ってきた。

 それを[魔力壁]で受け流すといくつかの呪文を唱える。

 バリホンガーは宗司の飛ばした[風刃]をギリギリのところで避けてみせた。

 野生の勘というやつだろう。

 だが…

 

「ウルほどじゃないな」

 

 更に[風刃]を追加するとバリホンガーの角の先を切り飛ばした。

 それでも構わずバリホンガーは突進してくる。

 宗司まで数mのところまで接近するとバリホンガーは大きく飛び上がった。

 

(これ以上近付かれるのはまずい。ここで決める)

 

 宗司はバリホンガーが飛び上がった瞬間に後ろに跳び、しゃがみこむと地面に手をつく。そして待機させていた術式を解放した。

 すると足元に魔法陣が現れ、土がバリホンガーに向けて槍のように突き出した。

 バリホンガーは身体を捻り回避しようとするが、宙に浮いた状態では完全に避けることはできない。

 [土槍(クレイランス)]はわき腹を抉り、バリホンガーは宗司が元いた場所の脇に転がってのたうつ。

 すかさず[土縄(クレイロープ)]で身体を地面に押さえつけた。

 これで勝負は決した。

 

「ふぅ」

 

 宗司は額の汗を拭う。

 さすがに1度は殺されかけた相手だ。全く怖くなかったといえば嘘になる。それでも体も魔法も問題なく戦えたことは進歩だと自画自賛した。

 頭上からウルが飛び降りてくる。その勢いでバリホンガーの首を一刀両断した。

 

「獲物…とどめ…すぐ刺す…礼儀」

「あぁごめんよ」

 

 ウルは自身で森に生きる掟を決めている。当然それは宗司にも適用された。

 その内のひとつが獲物はなるべく苦しませないことだ。

 

「肉…持ってく?」

「いや、さすがにこんな大きな物持っていったら邪魔だよ。魔核とかだけ回収していこう」

「ん…わかった…残念」

 

 ウルはしょぼくれながら核を取り出すために持っていた鉈をナイフに持ち換え躊躇いもなく腹に突き立てた。

 魔核は日本での電池の役割に近い。大きなものであれば魔力を補充し、結界や大魔法の動力源に。小さいものはすりつぶし、いくつかの薬草と調合すれば魔力の回復を促すポーションにもなる。

 用途はいくらでもあるので街に行けば売れるだろうとテミックから聞いていた。

 宗司のリュックにはこれまで森で集めた魔核がいくつも入っている。

 それが当面街での生活資金になる予定だ。

 ウルが魔核を取り出している間に宗司は[土槍]を元に戻す。

 ふと視界の端に落ちているバリホンガーの角を見つけた。

 

(これは…お守りとして持っていくか)

 

 角を拾い上げるとリュックから小さな革袋を取り出し、首にかける。

 ちょうどウルも解体が終わったようだ。

 

「にーた…終わった…何してた?」

「なんでもないよ。ありがとな」

 

 宗司はウルから魔核を受け取る。

 ウルの顔を見ると口のわきが赤く汚れている。

 

「ウル、その口の汚れは?」

 

 宗司が目を細めて問いただす。

 ウルははっとして裾で口をごしごしと擦った。

 

「肉…食べた」

「生の肉は?」

「食べる…ダメ…約束」

「そうだな。じゃあウルは夕飯はいらないかな?」

 

 ウルはそれを聞くとこの世の終わりのような顔で宗司の服を掴み、首をぶるぶると振る。

 

「ごめなさい…もう…しない」

 

 目を潤ませ始めたウルを撫でてやる。宗司もまさか泣くほどとは思っていなかった。

 よっぽど宗司に怒られたのが嫌だったのだろうか。

 

「よしよし。ちゃんと正直に言ったのは偉いな」

「うん…ウル…偉い…ご飯」

 

 結局ウルを動かしているのはそこだった。

 宗司はなんとも言えない複雑な想いだった。

 

 

 

 森での移動も4日目、木の密度が下がり、枝葉のすき間からは空を見ることが出来るようになったことから出口に近いことが窺える。

 森が浅いなったからか現れる動植物や魔物の種類もだいぶ変わっていた。

 衝撃だったのはゴブリンとスライムだ。テミックの持っていた図鑑で見た際に元の世界のゲームなんかでいたものとは違うなと思ってはいたものの実物はその数倍醜悪だった。

 ゴブリンは黒に近い緑色の肌に、骨張った顔、更に異様に高い鼻。ギヒャギヒャと甲高い笑い声が気持ち悪さに拍車をかける。人と同じ二足歩行だがとても人間とは認識出来なかった。

 戦闘に関しては太めの枝やどこで拾ったのか錆び付いた斧持って振り回すだけ。一応二人を囲む程度には知性はあるようだがそれだけではどうしようもないだけの差があった。

 当然二人の敵ではなかったが唯一やっかいだったのが吐き気を催す体臭だ。特に鼻の効くウルにはかんありきつかったらしい。珍しく敵意剥き出しで鉈を奮っていた。

 スライムは半固体の生物だ。こちらも残念ながら某竜探索のゲームのような可愛らしさは皆無。どろどろともぶにょぶにょとも言えるものが動くのには言い知れぬ気持ち悪さがあった。

 スライムが肩に落ちてきたときのウルの焦りっぷりは宗司も初めて見た。

 その後ウルがズタズタにしたが、なんと切り分けられた体は勝手に集まり再度動き出した。

 何度か攻撃しているうちに魔核が砕け、ようやく動かなくなった。

 間違いなく今までで1番手こずった魔物だ。

 だが、おかげで魔核もそれなりに増えた。バリホンガーなどに比べると1個当たりの大きさは小さいが集団で現れるため簡単に数を集めることが出来る。

 もちろんどちらの肉も食用にする気はなかった。

 日も高くなってきたころようやく森を抜け、胸ほどの高さの草の生える平原へと出た。

 

「やっと抜けたな」

「うん…すごい…遠く…見える」

 

 ウルは物珍し気にキョロキョロと辺りを見回している。視界を遮る物がない景色に感動したようだ。

 よほど気に入ったのか肩車をせがんでくる始末だ。

 しかし、ウルの持つ重い荷物ごと背負えるほど宗司は力がないので魔法で浮かせてやった。

 

「あっ!」

 

 もっともっととせがむのでどんどん高く浮かせてやるとウルが急に声をあげ、遠くを指差した。

 

「にーた…見て…線…見える」

「どれどれ」

 

 宗司も浮かび上がって目を凝らすと確かに平原を横切る線が見えた。

 

「おぁ、よく見つけたな。あれは道だ。ウル、言ってごらん」

「道…道…何?」

「道って言うのは人が歩きやすいように整えたものだよ。あれを辿っていけば街に行けるんだ。覚えた?」

「うん…覚えた」

「よしよし。じゃあ、まずはあの道のところまで行こう」

「にーた…待って…魔物…いる…その前に…箱?」

 

 宗司は[視覚強化]を使う。目が異常に疲れるが宗司の予想通りならばそれどころではない。

 

(ラノベのテンプレか)

 

 そう思っても助けることには変わりはない。それに街に行く際の情報源にもなる。

  

「ウル、いくぞ」

「?…なんで…魔物…倒す?」

「困ってる人がいたら助けてあげるんだ!」

「わかった」

 

 ウルとともに飛行しながら近付くと馬車がはっきりと見えてきた。既に魔物に囲まれている。挟み撃ちにあったようだ。

 魔物は豚が二足歩行したような姿、オークだ。

 間に合わない。そう思った瞬間馬車の御者が何やらオークに投げつけた。それが魔物に当たると宗司たちにもはっきり聞こえるほどの爆音が響いた。

 

「なんだかわからないが間に合いそうだ。僕が前方をやる。ウルは後方を頼むぞ」

 

 

 

(なんてついてないんだ)

 

 ダーマはそう思った。

 しがない商人の彼はドレーズ都市国家連合の北部でしがない行商をして生活をしている。

 このままでは生活は苦しく、子供にしっかりとした教育を受けさせることも難しい。

 そこで一発当てようと珍しい食物に手を出してみたが、売れ行きは良くない。

 それでいつも出ないのだから今回も出ないだろうと護衛をケチった結果、今こうして逃げ回ることとなった。

 少しでも引き離そうと鞭打つが長年連れ添った相棒もいい年だ。鈍足のオーク相手でもそこまで距離を離すことが出来ないでいる。

 それでもダーマの想いが伝わったのか、はたまた防衛本能か息を切らしながらも休まずに走る。

 

「頼むぞ、相棒。逃げてれば巡回兵が…っ!」

 

 可能性の低い希望を口にし、相棒をそして自分の恐怖を和らげようとするが待っていたのは絶望だった。

 前方のしげみが揺れ、ダーマの行く手を遮るようにオーク達が現れたのだ。

 こうなれば身一つで逃げようか。そう思ったが、荷物の中に入っている売り上げ金だけはなんとかしなくてはならない。それがなければ数日で家族は食べ物も買えなくなるだろう。そうなれば妻は身体を売るか最悪家族全員奴隷になるしか食っていけなくなるかもしれない。

 そこでダーマは賭けに出ることにした。護身用に持っていた破裂玉を使ってオークの気を引いているうちに金だけでも回収して、茂みに逃げ込むのだ。

 ダーマは懐から取り出した破裂玉を先頭を走り近付く一際大きなオークに投げつけ、耳を塞ぐ。

 狙い通りオーク達は驚き、頭を押さえて呻き声をあげた。

 それだけでなく相棒も混乱していた。

 

(すまん、相棒!)

 

 心の中で謝ると、ダーマは御者台から飛び降り、荷台を勢いよく開く。

 荷物を片手でまさぐるとすぐに指に固い物が当たった。そこを一気に引き寄せ懐にしまう。

 

(あとは茂みに逃げ込めれば逃げられるかもしれない)

 

 微かに見えた希望。それを信じて振り返るとまたも彼は絶望の底に落とされた。

 オーク達は頭を押さえながらもその目はしっかりとダーマを捉えていたのだ。

 万事休す。

 ダーマは絶望と死の恐怖でその場にへたりこんでしまった。

 

(もうどうにでもなれ)

 

 ダーマが諦めかけたその時。

 雷鳴のような音が後方から聞こえた。

 はっとして顔をあげると目の前を銀色に輝く何かが横切った。

 そしてそれは次の瞬間にはオーク達の間を縫うように動く。後ろからは再度爆音とともにオークの呻き声が聞こえた。

 しかし、目の前のオーク達には変化がないように見える。オーク達自身何が起きているのか理解出来ていないようだ。

 だがオークが後ろを振り向こうとした瞬間にダーマは何が起きたか理解した。

 体が捻られているのに首はそれに続かない。そのままオーク達の首は次々に地面に落下した。

 

(た、たすかった)

 

 そう確信すると緊張の糸が途切れ意識が遠くなっていく。

 最後の瞬間倒れたオークの死体の先に流れるような銀髪が見えた。

 

 

 

「ウル、終わったか」

「うん…終わった…弱い…臭い…まずそう」

「この馬車の人はいた?」

「あっち…寝てる」

 

 ウルの指した先、馬車の後方を覗くと痩せ型の男性が前のめりに倒れていた。


「僕はこの人を介抱するからウルは魔核を頼むよ」

 

 ウルは嫌がったが布で簡易マスクを作ってやるとしぶしぶ承諾した。

 

「さてと…って盛大に漏らしているな。臭い的に身のほうは…大丈夫そうだな」

 

 宗司は男性を魔法で浮かせると体の何ヵ所かを触れていく。テミックに教わった魔力を用いた触診だ。

 

「身体に異常はなし。単に恐くて気を失っただけかな?まぁいいや」

 

 そのまま身体を移動させ、荷台に寝かせると脇に置いてあった毛布をかけてやった。

 ウルのほうはまだ馬車の後方にいたオークのほうが終わっていない。

 宗司もナイフを取り出すと馬車の前方のオークの解体に取りかかった。

 

「あちゃー、やり過ぎたか」

 

 2体目のオークから魔核を取り出そうとすると握力でぼろぼろと砕けてしまった。

 宗司は次々に伝播し、身体の内部を焼く[雷網(サンダーチェイン)]を2発使ったのだが、先頭の大きな個体以外には過剰だったようだ。

 魔核が焼け焦げて消し炭になってしまっていた。3体目も同様だったので後は無駄だと判断し諦めることにした。

 宗司は魔法で大きな個体を入念に焼くと脂の焦げる嫌な臭いが漂う。

 森の中では新鮮な肉はすぐに他の魔物や虫に食われるためアンデッド化の心配はないが、この辺りではどうかわからないため念のためだ。

 オーク達を脇の茂みに放ると風を起こして臭いを飛ばす。

 それが終わると目が覚めた馬に近付く。少し暴れたが果物をいくつかやると落ち着いた。

 

「にーた…起きた!」

 

 急いで荷台に戻ると男性が頭を押さえながら起き上がるところだった。

 

「うっ、生きてるのか。あ、その髪は君…」

「大丈夫ですか?」

 

 声をかけると男性が宗司のほうに振り向く。

 

「君は?」

「宗司と言います。危なそうだったのでこの子、ウルと一緒に手を出させてもらいました」

「いや、それはありがとう。本当にもうダメかと思ったよ」

「えぇ、間に合って良かったです。身体のほうは大丈夫ですか?一応調べさせてもらいましたが異常があるようであれば言ってください」

「まさかその年で医術を…あっ!」

 

 男性は言い切る前に何かを思い出したように懐に手を突っ込み、安堵するように息を吐いた。

 

「どうかしましたか?」

「いや、金があるか確認したんだ。あっ、別に君たちを疑ったわけじゃないんだ。ただこれがないと家族に飯を食わせてやれないんでな」

「いえ、それなら確認されるのも当然ですから気にしないでください。それよりあなた、えーと」

「あぁ、すまない。私はダーマという。しがない行商人さ」

「ダーマさんはこの先の街に?」

「ん?ああ、そうだよ。この先のバーバラに家族がいるんだ。ソージ君たちは二人かい?」

「そうです。街に出れば稼げると聞いたので田舎から出てきたんです」

「ん?この辺りでは黒髪は珍しいんだけどなぁ。そんな顔をしなくても大丈夫さ。別に素性を詮索する気はないから。それより、どうだろう、一緒にバーバラまで行ってくれないかな?報酬はこの通り支払えないけど代わりにバーバラを案内するくらいなら出来るからさ!」

「ええ、もちろん。では日も暮れてしまいますし、出発しましょう」

「おお、ありがとう、ソージ君。君はしっかりしているな。ウルちゃんも宜しく頼むよ」

 

 ダーマは気のいい人だ。それに反応をみるかぎり獣人への偏見もないようだ。

 だが、出発の前に言っておかなければならない。

 

「あ、ズボンは替えたほうがいいですよ」

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ