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雷と狼娘  作者: 花千歳
4/12

出発1

 その日は朝から激しい雨が降っていた。

 木板の窓は打ちつける雨と吹き荒れる風でいまにも壊れそうだ。

 そんな外の様子とは対照的に家の中は静寂そのもの。

 ウルは俯いて動かず宗司はそんなウルに声をかけれずにいた。

 そして既にテミックは話せる状態ではない。

 そんな時間が半日近く続いていた。

 雨音も弱まってきたころ、宗司は掠れた、声とも呼べない音を聞いた。

 なんの音か辺りを見回すとテミックの口が微かに動いていた。

 

「じーた!」

 

 ウルも音に気付き、テミックに駆け寄る。

 宗司は呪文を唱えるとテミックの声が聞き取れる程度に大きくなった。

 それを感じてテミックが少し笑った。

 

「ウル、ウル。聞いておくれ。わしはもう死ぬ。だからお主がここに縛られる理由はもうない。外の世界を見てきなさい。そして幸せになっておくれ」

 

 ウルはテミックにしがみつきコクコクと首を振る。

 テミックは目だけを動かし宗司を見る。

 もう残された時間は少ないのだろう。

 微かに動く手を握る。

 テミックから温かいものが宗司に伝わる。

 

「宗司。お主が来てくれて本当に良かった。お主には恐らくこの先戻るにせよ、残るにせよ苦難の日々が待っておるじゃろう。この世界は厳しい。苦渋の決断をせねばならんかもしれん。命の危機があるかもしれん。しかしその時には何が1番大事か考え、それを守るために躊躇しないことじゃ。どういう意味かわかるな?」

 

 宗司はテミックの目を見つめしっかりと頷く。

 

「ならば良い。お主は優しすぎるところがあるからの。しかし、だからこそこの娘を託せる。くれぐれもこの娘を、ウルを頼んだぞ。…どうやらそろそろ逝かねばならんようじゃ。最後にウル」

 

 宗司が掴んでいた手を離すとテミックはウルの顔に触れた。

 

「お主が来てから深淵を求める亡者だったわしの世界には色がついた。愛を知ることができた。そしてこうしてわしのために泣いてくれる。わしのことを愛してくれた。それだけでわしは十分じゃ。今は確かにそう思える。だから笑っておくれ。最後に笑顔を見せておくれ」

 

 ウルはテミックの手を強く握り、優しく微笑んで見せる。

 

「あぁ、これで思い残すことはない。宗司、あとのことは…たの…」

 

 言い切らぬままテミックは静かに目を閉じた。

 

「じーた?じーた?じーたぁぁぁ」

 

 ウルが何度揺すってもテミックが反応することはない。

 

「ウル」 

 

 声をかけるとウルは宗司の胸に顔を埋めて今日初めて涙を見せた。

 

 

 明くる日の早朝、二人は船を漕いでいた。二人の間には大樹を削って作った不格好な棺桶が鎮座している。

 ウルも昨日は泣きはらしたが、今日は立ち直っていた。

 事前に知っていたことも大きいだろう。

 通常この世界における埋葬は火葬だという。昔は土葬だったそうだが、それだと遺体に魔素が蓄積して魂を求める亡者、つまりアンデッドになることがあるそうだ。

 そして環境にもよるが素体の性能によってアンデッドの強さが決まる場合が多い。

 もしテミックがアンデッド化した場合人類に多大な被害をもたらすことも考えられる。

 だというのにテミックの遺言ではどちらでもない水葬が指定されていた。

 船が泉の中心まで来ると二人は棺桶を手を掛けた。

 ぐらぐらと船は大きく揺れるが宗司は魔法による補助が、ウルには天性のバランス感覚があるため問題はない。

 

「来ましたか」

 

 鈴の音のような音が鳴ると水面が盛り上がり、水が宙に浮かぶ。それはぐにゃぐにゃと形を変え人型になった。

 

「テミックは逝ったようですね」

 

 再びリィーーンという高い音が響く。実際に声がしているわけではなさそうだが、何故かそれを声だと認識してしまう。

 宗司は慌てて対抗魔法の詠唱を始めた。

 しかし、遮るようにまた音が響いた。

 

「その必要はありません、異界の子よ。私はテミックと契約していたこの泉の精霊、名はフォンターナと言います。ですのであなた達に危害を加える気はありませんし、そもそも精神侵食を行えるほどの力はありません」

 

 そうは言っても「はい、そうですか」と信用するほど宗司は甘くない。

 だが、ウルは信用できると思っているようだ。もしかしたら精霊の存在を知っていたのかもしれない。

 一応術式をいつでも発動出来る状態で待機させておくに留めた。

 

「賢明ですね、異界の子よ。あなたのことはテミックから聞いています。ではテミックをこちらに」

 

 フォンターナが指を弾くと水面から水の蔓が伸び、棺桶をフォンターナの元へと引き寄せる。

 

「確かにテミックの体は預かりました。彼の体は契約の元に泉の精霊フォンターナの名に誓って汚させないことを約束しましょう」

「じーた…」

「不安ですか、狼を宿す子よ。必要なら彼の今後を説明しますが?」

「…いえ、必要ありません。僕のほうから後で説明しましょう」

 

 テミックは以前この泉からは魔素が吹き出していると言っていた。それを結界を維持するための魔力源にしているとも。

 そして昨日テミックの体を清めた際に背中に術式が刻まれているのを発見した。その術式はテミックの体、正確には魔核をコアとして魔素を結界を展開する魔力に変換するものだった。

 その術式を用いて過剰に噴き出す魔素を結界として放出する代わりに彼の体と術式を管理するのがフォンターナの言う契約なのだろう。

 そして精霊であるフォンターナが名前に誓って行うというのならまず安心できる。

 精霊には本来名前はない。それに名前を与えるということは存在を固定化することであり、名前に誓うということは自身の存在そのものを懸けるということでもある。

 

「そうですか。では最後に二人とも手を出しなさい」

 

 フォンターナは水面を滑るように近づくと二人の手に自身の両手を重ねた。

 水のような人の手のような不思議な感触だ。

 

「これは?」

「私の加護を与えました。といっても大した効果はありません。それがあればあなた達がここに来たときに私の存在を標に結界を抜けられるでしょう」

「ありがとうございます」

「ありがとざいます」

 

 相変わらずウルは話すのが苦手だ。

 街に向かう際に文字と一緒に練習が必要と宗司は脳内でメモをする。

 

「ではいきなさい、人の子らよ。岸までは送りましょう」

 

 せっかちなようだがそもそも精霊が人の前に現れるのも珍しい。

 二人を乗せた船は勝手に反転し、船のあった岸辺へと進みだした。

 振り返るとテミックもフォンターナも姿は消えていたが、なんとなく水中にいることを感じることが出来る。

 これが加護というものらしい。

 岸辺に着くと二人でテミックに黙祷を送った。

 水面に波紋が広がったのはフォンターナなりの挨拶だろう。

 既に荷造りは済んでいる。

 

「行こうか、ウル」

「うん…じーた…バイバイ」

 

 

「行きましたよ、テミック。これで良かったのですね。あなたの愛し子達に幸あらんことを」

 

 

 宗司たちは森の中を南に向けて歩き出した。


「にーた…ウル達…どこいく?」

 

 ウルは食料のぱんぱん詰まったリュックを背負って歩いている。テミックの地図通りなら森を抜けるまで3日ほど。森にもいくらでも食料はある。では何が入っているかというとジャムなどの宗司が作った、正確にはウルに作らされた甘味や調味料干し肉などだ。

 この一ヶ月でテミックは多くのものを残してくれた。そのうちの1つが調味料のレシピだ。

 宗司の持っていた調味料を分析し、こちらの世界のもので近い味が出せる組合せを書き残してくれたのだ。

 とはいえ、香辛料を使うケチャップや醤油などは再現するには至らず、それは宗司の今後の研究課題となっている。

 

「うーん、まずは南に向かう予定。ドレーズ都市国家連合って国があるらしいからそこに行くよ」

「わかった…おいしいもの…ある?」

 

 ウルの興味はそればかりだ。調味料の心配がなくなってからというもの体のどこに入っているんだと思う量を食べていた。空間魔法でも作っているのかと思うほどだが食後にお腹がぽっこりと膨らんでいるのを宗司は確認していた。

 もちろんそれを口にすると比喩ではなく痛い目を見ることになるのはわかりきっているので口が裂けても言わないが。

 

「そこまではわからないけどなんかはあるさ」

 

 宗司が頭に手を置くと自分からこすりつけてくる。

 かなり暴力的なところを除けば可愛い妹だ。

 ただ暴力的な部分は人の世界では直さなくてはならない部分でもある。それについては文字や計算と一緒に道中に再度確認しなければならない。 

 

「それにしてもこの地図ほんとに合ってるんだろうな」

 

 日本にいた頃はスマホで詳細な地図をいつでも見ることが出来たのに対してテミックの持っていたの地図はおざなりもいいところだった。日本にいた頃であれば落書きだと言われても信じただろう。

 更にテミックの情報はなんと150年前のものだ。一体どれだけ生きているんだろうと思い、聞いてみたものの答えは既に覚えていないという予想の斜め上をいくものだった。

 つまり、地図に描かれているドレーズ都市国家連合自体があるかも怪しい。

 とはいえ今頼れる情報はこれしかないため地図に従う他ない。

 森より北側の国家は宗教の影響で普人族以外に対して排他的ということなのでウルを連れていく以上そちらの方面及び宗教の影響がある可能性の高い東西に行く選択肢はなかった。

 森の中は鬱蒼としてはいるがウルはもちろん宗司も既に慣れたものだ。前を歩くウルが鉈で草木を払い、後ろを歩く宗司が方角などを確認する。

 今のところは魔物の気配もなく、進行速度も上々だ。

 

「にーた…夜近い…休む?」

 

 木々が屋根のようになっており、常に薄暗いため時間の感覚がわかりにくいがウルの腹時計は異常に正確だ。

 野生の感覚というやつなのかもしれない。

 

「わかった。じゃあ開けた場所があれば教えてくれ。そこで今日は休もう」

 

 ほどなくして休めそうな場所をウルが見つけた。

 ウルは焚き火をするための薪集め。宗司は休むための準備だ。

 当然だが、魔物には夜行性のものも多い。そのため屋外での宿泊には万全を期す必要がある。

 宗司はリュックから数枚の紙を取り出した。その紙には結界の術式が刻まれている。

 残念ながらまだ宗司は結界を張る技術がないためこうして護符を使う必要がある。

 今使ったのは魔物除けの護符。結界に触れるとその先に進むのに本能的に不安を覚えるものだ。

 結界の展開を終えるとウルのリュックから大鍋を取り出し、魔法によって水を貯める。

 芋や干し肉の下拵えをするとウルが腕いっぱいに枝を抱えて戻ってきた。

 

「ウル、それは?」

「ん…うさぎ…捕まえた」

 

 枝を置くとウルはうさぎをぐいっと差し出した。

 料理しろということだ。

 宗司はうさぎを受け取ると手早く解体していく。更に魔法を使い血抜きを行う。

 ウルが薪を並べ終わると火をつけ切り分けた肉に火を通すと準備しておいた大鍋に放り込んだ。

 後は出来るのを待つばかりだがその間にもやることがある。

 

「ウル、これは?」

「りんご」

「じゃあこれは?」

「こんにわ」

「違う違う。こんにちわ、だ。ほら言ってごらん」

「こんに…ちわ」

「そうそう。こんにちわ、りんごを1つください。書いてごらん」

 

 宗司は手に持っていた枝をウルに渡すとウルは地面にうんうん唸りながら文字を書き始めた。

 テミックもウルに文字や計算を教えたようだが、既にすっぽり抜けている。ただウルは頭が悪いわけではないのでこうして少し教えてやればすぐに思い出す。単に森の中では使う機会がなかっただけで街に行って使う機会が増えれば定着すると宗司は予想していた。

 ウルが文字や計算の練習をしている間は宗司も魔法の勉強が出来る。ウルは宗司に甘え気味で宗司もそんなウルに甘いことは自覚していたが妹なんていなかったためついつい甘やかしてしまい時間を取られる。

 宗司も自立させなければとは思っている。しかし…

 

(ウルが甘えてくれなくなったら…考えるだけで泣きそう)

 

 宗司もこの半年で見事な兄バカ、あるいはシスコンになっていたのだった。

 そんなことを考えていると服をくいっと引っ張られる。

 宗司はウルの書いた文章や計算に丸を付けてやる。見事全問正解だ。

 最後の計算に丸が付くとウルは腕を組んでうんうん頷く。得意のどや顔だ。

 

「よしよし、良くできたな。じゃあ今日の最後。街でのルールその1は?」

「人…殴る…ダメ」

「その2は?」

「物…盗む…ダメ」

「はい、最後」

「挨拶…大事」

「はい、オッケー。ちゃんと守るんだぞ?」

「うん…ウル…出来た…ご飯?」

 

 ウルの耳がぴくぴくと動き、宗司と大鍋を交互に見る。そろそろ我慢の限界のようだ。

 スープを皿によそうとスプーンの持ち方を確認していつものやつを揃って行う。

 

「いただきます」

「いただき…ます」

 

 合図とともにウルのスプーンはもの凄い勢いで動く。およそ少女とは思えない食べっぷりだが、頬を膨らませてもぐもぐする様子はとても可愛らしい。

 

「ウル、街に行ったらなんかしたことはあるか?」

 

 ウルは一瞬スプーンを止めて考え込んだ。

 

「うーん…おいしいもの…食べる」

 

 それは知っている。

 

「それ以外でだよ。なんかない?」

「うーん…うーん…おいしいもの…食べる」

 

 それしかないのかと思ったが、ウルはものごころついた頃からテミックと森で暮らしていた。そのため、他の楽しみを知らないということに宗司は気付いた。

 

「そうか。他にも色々あるぞ」 

「例えば?」

 

 そう聞かれると宗司も苦しい。宗司もこちらの世界の街にはまだ行ったことがないのだから。

 

「それは行ってからのお楽しみだよ。僕が教えてあげよう」

「うん…にーた…教えて」

 

 首をかくっと傾けてお願いされる。この仕草で宗司もイチコロだ。

 これはなんとしてでも教えてあげなくてはならない。

 それに、それがテミックの願いでもあったのだから。

 

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