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雷と狼娘  作者: 花千歳
2/12

現実と虎

「ちょっと待って!タイム!タイム!これ下手したら死んじゃうから!ウルちゃん!?」

「ウルちゃん…違う…ウル師匠(せんせい)…お仕置き」

 

 逃げ回る宗司にウルは次々に拳大の石を飛ばす。投げつけられる石は更に速度を増した。当たったらシャレにならない。

 これも全部この世界で生きていくための特訓なんだという。確かにこの世界には元の世界に比べて危険が多い。しかし、特訓の成果を活かす前に死ぬかもしれない。

 そんなことを考えていると頭に強い衝撃を感じて意識を失った。

 

 

 

「異世界…ですか?」

「そうじゃ。」

 

 また目の前の老人テミックがわけのわからないことを言う。

 確かに宗司は小説やマンガで読んだ異世界には憧れている。

 しかしそれはあくまで空想。宗司もいい大人であり、そのくらいの分別はある。

 

「いやいや、冗談はそれくらいにしてくださいって」

「冗談などではない。お主の奇妙な格好、わしの貼った結界内に突然現れたこと、そして魔法を信じぬ言動。それら全てがお主が異世界から来たことを証明しておる」

 

 どうにもテミックは本気で言っているらしい。

 確かに宗司もこの部屋に入ってからやや違和感は感じていた。

 先ほどから部屋を見回しているが電話やパソコンはもちろん、電化製品がひとつもない。相当な田舎であることを考慮しても現代日本でそんなことがあるだろうか。

 しかし、中には変わった人もいる。ナチュラリストとでも言うのかそういう人工物を嫌う人もいるだろう。

 宗司は無理矢理そう考え納得することにした。

 そのほうが異世界に転移したなんて話より精神的に優しい。

 

「その顔は納得しておらんのぉ。まぁ受け入れがたい気持ちは理解出来る。わしとて驚いておる。しかし、これはほぼ間違いない事実じゃ。どれ少しいいものを見せてやろう。」

 

 テミックは人指し指をたてるとそこに火が灯った。もちろん周囲にはマッチもライターもない。

 しかし手品にもこんなのはあってもおかしくはない。宗司は注意深くテミックの手元を観察する。

 

「ほれ、これが魔法じゃ」

 

 テミックは宗司の視線に気付いたのか、火を灯したまま手を開いて見せたり裾をまくったりしてみせる。確かにそれらしきものはない。

 しかし、宗司の知らない立体映像技術がある可能性も否定できない。

 宗司は部屋をみましてそれらしいものは探す。

 だが、どれだけ注意深く目を凝らして観察してもやはり投影機らしきものはない。

 それでも何かあるんではないか。いやあってくれ。そう思いながら探し続ける。

 現代人である宗司にとって科学的根拠のないものは信じがたい。まして異世界や魔法などという物を肯定することは出来ない。

 

「なかなかに頑固なやつよのぉ。若いうちからそんな固い頭でどうする。現実は現実として受け入れる他なかろうて」

 

 確かに目の前の老人が使ったのは魔法のように見える。しかし、それを受け入れることはこれまで築き上げた価値観を否定するものだ。


「なんと言われようとそんなことは受け入れられません。助けて頂いたことには感謝しますがこれ以上あなたと話すことはありません。ごちそう様でした」

 

 宗司は出されたお茶を一気に飲み干すとリュックを背負い扉をあける。テミックが何か言っているようだが、これ以上聞いていると頭がおかしくなりそうだ。

 小屋の外に出るとウルがたっぷり水の入った桶を抱えて戻ってくるのが見えた。

 ごちそう様と聞こえるように言うと宗司は森の中へと入る。

 とにかく、電波のあるところまで行かなくては。

 

 

 

 森へと消えた宗司と入れ替わりにウルが戻ってきた。

 背負っていた桶を下ろすとドスンという音が響き、多少水がこぼれる。

 間違いなくウル自身より重かっただろうが彼女の顔に疲れは見えない。

 

「じーた?」

 

 どうするの?とでも言いたげに首をかしげる。ウルの少ない言葉からでもテミックにはその意味を汲み取ることが出来る。

 

「まったく外の森は魔法も武術も使えんものが歩けるほど甘くないというのに。仕方がない。ウル、追いかけてくれるか。お主ならまだ追えるじゃろう」

 

 ウルは桶の脇に置かれた薪割り用というには大きな鉈を手にする。それは年端のいかない少女が持つにはあまりに大きく、そして重い。

 しかし、ウルはそれを事も無げに片手で持ち上げた。

 ウルは森の手前まで来ると一度停止する。

 そこでウルは大きく息を吐くと鼻から一気に空気を吸い込む。

 宗司が森に入ってから10分以上の時間が経っている。通常なら彼の匂いは空気中に霧散し欠片すら感じ取れないだろう。

 しかし、ウルは狼の獣人。嗅覚は普人族はおろか他の獣人すらはるかに越えている。

 宗司の体臭と服から香る匂いを的確に捉えるとウルは駆け出した。

 

 

 

 宗司は森の中を早足で歩く。既に30分近く歩いているがキャンプ場はおろかあのとき通ったトンネルも森の終わりも見えない。

 テミックの異世界という言葉がよぎるが頭をぶるぶると振りその考えを振り払う。

 その手には十徳ナイフ。これだけ鬱蒼とした森であれば猪や熊がいたとしてもおかしくはない。気休めだがないよりはましだ。

 宗司は周囲に注意を払いながら速度を落とさずに歩きつづける。先ほどは気がつかなかったが植物や虫も見たことないものが多い。しかし、彼はそういったものに特段詳しいわけではない。知らないものくらいたくさんいるだろう。そう考え無理矢理納得した。

 

 グォォォォォォォォォォ

 

 身体の芯まで震わせるような声。宗司はとっさに振り返る。

 そこには体長2mは越えるだろう巨大な虎。

 ただの虎ではない。頭からは前面に螺旋を描くようにつきだした角。

 そこまではいい。まだなんとか理解出来る。

 しかし、その角が普通ではない。バチバチと音をたてながら幾筋もの光の線を出している。

 間違いなく放電している。

 宗司は咄嗟にナイフを構えながら静かに後ろに下がる。

 こういったときに相手から目を離してはならない。

 何秒、いや何分たっただろうか。じりじりと距離を取る宗司。

 

 パキッ

 

 枯れ木の枝を踏み砕いたなんのことはない音だが、今の状況では聞きたくない音が響いた。

 それを合図にしたように眼前の虎は宗司に向けて突進を開始、あっという間に距離を詰めた。

 射程圏内に入ったのか、虎は巨大な前足を振り上げる。

 宗司の身体を容易く粉砕するだろう攻撃を横に飛び回避。すぐさま立ち上がり向き直る。勢いよく飛んだせいで膝はすりむけ、全身の節々に鈍い痛みが走る。

 しかし、今はそんなものはどうでも良かった。

 あれは奇跡的だった。後に宗司はそう思う。なんの訓練もしていない者が今までに出会ったことのない危機的状況で身体が咄嗟に動き、絶死の一撃を避けることが出来たことは奇跡という他ない。

 虎は宗司に避けられたのが不満だったのかグルルと唸っている。

 宗司はこの隙に逃げれないかと考えたが成功する可能性は万に一つもないと却下した。突進の速度から考えて自分が全速力、仮に火事場のバカ力を発揮しオリンピック選手並の走りをしたとしても瞬く間に追い付かれてあの世行きになると判断したのだ。

 武器は手に握った小さな十徳ナイフだけ。腹や背中に刺しただけでは致命傷には至らない。かといって、虎の心臓の位置など知るはずがない。ならば、的確に喉に刺さなければならないだろうが、それは虎の懐に入ることに他ならない。

 よしんば刺せても死に物狂いの反撃にあい相討ちがいいところだろう。

 正しく絶体絶命。自分がこんな状況になるなんて思いもしなかった。乾いた笑いすら込み上げてくる。

 

(こうなればやけくそだ。せめてお前も道連れにしてやるよ!次は殴りかかるか?角でつくか?なんでもこい!)

 

 宗司は虎の動きを観察し、いつでも動けるように膝を曲げ、腰を落とす。

 既に自分の生き残る可能性は皆無。あるとすれば雷が虎に落ちるとか心臓発作を起こすとかそれこそ本当の奇跡が起こるしかない。

 宗司の頭にあるのは目の前の虎に一矢報いることだけだ。

 それだけしか考えることがないので死を前にしても頭は驚くほどクリアだった。

 しかし、それでも予測出来ることと出来ないことがある。

 

 バチッ、バチバチッ

 

 その音がした時宗司は気付いた。

 虎はただ唸っていたのではない。電撃を放つために準備していたのだと。

 しかし、時既に遅し。

 宗司がそれに気付いたときには身体に貫くような激痛が走っていた。

 一瞬にして意識が遠のくのを感じる。微かに見える視界には悠然と宗司に近付いてくる虎の姿。

 

(糞!治まらなくてもいい。せめて、せめてこのナイフをあいつの喉に。いいから動け!この!この)

 

 その後の記憶は定かではない。手に生暖かい感触を感じたこと。銀色の流星を見たこと。思い出せるのはそれくらいだった。

 

 

 

 

 虎は獲物の身体を前足で押さえつけると骨の砕ける感触が伝わってくる。

 やはり自分は生まれながらの捕食者。最初の攻撃を避けられたときは少し焦ったが結果はこの通り。

 あとは食すのみ。目の前の獲物は今までに感じたことのない匂いを放っている。

 やや小さいことだけは不満ではあるが、それは今から新しいものを味わえるだろうという期待の前では些細なものだ。

 だからこそ逃がすわけにはいかない。

 垂れそうな涎をグッと飲み込む。焦ってはいけない。まずは息の根を止めるために喉を噛み千切ってやろう。開いた口をゆっくりと近付ける。

 

 ズキッ

 

 喉元までもうすぐというところで自分の喉から焼けるような感覚を感じた。そして意識するとそれは激痛となる。

 まるで自分が噛みつかれたようだ。

 思わず獲物から足を離してしまった。

 しかし、そこにはまだ獲物が横たわっていた。命を賭けた一撃だったのだろう。

 他種族の表情などわからないが、獲物はしたり顔をしているように見えた。

 その顔と油断をした自分への怒りで痛みも吹き飛んだ。

 だが、またあの一撃がないとも限らない。顔を近付けるのは危険だ。そう考えて虎は噛み千切るのを止め、顔を踏み砕くことにした。

 後ろ足で立ち上がり、反動をつける。自身の全体重を乗せた一撃。これで確実にこの獲物は新鮮な肉に変わる。

 虎はそう確信していた。

 振り下ろそうとした瞬間に虎の視界が揺れ浮遊感と共に身体が折れ曲がった。

 バキバキと骨の折れる音が身体の中から響く。

 木に激突したことでどうにか止まった。

 なんとか起き上がり、自分を吹き飛ばした敵を探そうと顔をあげるとそこに立っていたのは狼の雰囲気を持ちながら狼ならざるもの。

 森の狼は数がいると厄介ではあるが単体では虎の敵ではない。

 しかし、目の前のものはそれらとは別格。

 虎は恐る恐る顔を見上げる。そしてそれの眼を見て悟った。

 自分は捕食者であると同時に捕食される者だったことを。

 その者が動き出したとき虎は命を諦めた。弱肉強食はこの世の真理。自分より弱い者を殺し、食べてきたように、自分より強い者に食べられるのは当然だ。

 そして今この瞬間まで捕食者であった虎は逃げるということを知らない。

 せめてあの珍味を食べたかった。そう思いながら虎の意識は消えた。

 

 

 

「う、うわっ!痛っ」

 

 目を開くとそこには覗きこむ顔があった。まるでデジャヴだがあの時とは違い驚いた反動で身体が痛んだ。

 

「ウ、ウルちゃん?」

 

 覗きこんでいたのはウルで彼女のほうもあの時同様宗司の声に驚いて逃げる。しかし、今回はテミックはいないので距離を取るだけだ。

 

「あぁごめんよ。驚かす気はなかったんだ。ここはウルちゃんの家かな?」

 

 宗司の質問にウルはぴくりと肩を揺らしながらもはっきりと頷いた。そして部屋を出たかと思うとテミックの手を引いて戻ってきた。

 

「おお、気がついたか。意識もはっきりしているようで良かったわい」

「御老人…」

「そんな固い呼び方をせんでもいい。テミックでもジジイでも好きに呼ぶが良い。それよりすまんの。怪我を治してやることが出来んで。まぁ恐ろしく回復力が高いみたいじゃから3日もすれば治るじゃろうて」

「いえ、ごろ…おじいさんが謝ることじゃありませんよ。自業自得です。それよりもまた助けて頂いてありがとうございます」

 

 宗司はテミックに頭を下げる。

 テミックは首を振るとウルの頭を撫でる。

 

「礼ならこの娘に言ってやってくれ。お主を見つけたのもバリホンガーを倒してここに運んだのもこの娘じゃからな。わしはちょっと包帯を巻いたりしただけよ」

 

 こんな小さな娘が運んだわけない。そう言いかけたが宗司は先程のことを思い出す。

 ウルは身の丈ほどの桶に水を入れて運んでいた。それに比べれば(認めたくはないが)身体の小さい宗司は軽いものだろう。

 

「そうですか。ありがとうね。ウルちゃん。」

 

 宗司が礼を言うとウルは照れながら笑う。

 そして恥ずかしくなったのかテミックに隠れながらこくりと頷いた。

 

「ふぉっほっほ。どうやらウルはお主が気に入ったようじゃ。どうせ3日はここから動けないんじゃ。仲良くしてやってくれ」

 

 好意的なことを暴露されたからか、ウルはテミックをぽこぽこと殴る。

 とても可愛らしい絵面だが、テミックはとても痛そうだ。


「それでおじいさん、さっきの話ですが…」

「よいよい。まずはもう一度寝たほうがいいじゃろう。話はそれからじゃ」

 

 宗司はテミックに頷いて頭を下げる。

 正直に言えばこうして話しているのもかなり辛い。声を出すだけで身体中が痛むのだ。

 テミックとウルが部屋を出ていくと宗司は再び目を閉じた。

 扉を閉める際にウルが小さく手を振ってくれたことを思い出すと心の中で微笑んだ。

 異世界も悪くないな、と。

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