えっ、また試験のお話ですか?
ナガトが来て1週間が過ぎた。
ナガトは試験を一度おちた。文字の読み書きが出来なかったのである。とりあえず、宗司がギルドの規約が書かれた掲示板を使って丸暗記させ、なんとか受かった。
この世界の識字率が低いことを甘く見ていたのだ。
その後はナガトを教えるついでにウルやカリナ、セリナに読み書きや算数を教えていたのだが、そちらにも問題があった。
元々宗司が教えていたウルを除くと、カリナとナガトは15、セリナでも100以上の数字が数えられなかったのである。
前者は時間を管理する鐘の数、後者は一種類の硬貨を一度に使う最大使用数だ。
更にナガトには礼儀を教える。「見知らぬ人と接する際には宗司達に接するようにしろ」と言い含めた。今のところ仕事でもプライベートでも問題はない。
一度考えると突っ走る部分は難があるが、逆に言えば実直であり、性根も曲がってない。
更に3週間。
宗司は魔法ギルドに来ていた。
今日は統一試験の日だ。そろそろナガトのランク試験が始まる頃合い。ナガトは既にEランク。『雷狼』にもパーティーメンバーとして登録し、あとはランク認定が貰えれば晴れてDランクだ。
宗司の予測ではD認定は楽勝。Cは確率的にはとんとんといった実力まできている。
宗司としてもDに上がってもらわないと困る。
宗司は強化魔法を教えただけ。
ナガトは魔法として魔力を体外に放出することが出来ないだけでなく、新陳代謝のように無意識に排出するはずの魔力すら出せない。
その代わりに筋肉や皮膚の回復が異常に早く、魔力を集中するとその箇所が岩のように硬くなる。
魔法ギルドで調べたところ、こういった特殊な能力を「魔力異常による副作用的能力」、略してた「異能力」だ。
魔力異常は遺伝など先天性のものと怪我やまだ魔力回路の整っていない幼少期に魔力を過剰に使用して起こる後天性のものがある。先天性の場合はごく稀に世代を経ることで体が順応し、魔力異常が回復する、つまりデメリットのない異能力となる場合もあるようだ。
ナガトが巨腕熊との戦いで外傷がないのに内部は骨などがズタズタという状態だったのはこの能力が原因だ。
だが、その能力が幸か不幸かウル師匠を呼び起こしてしまった。おかげで短期間で強くなることが出来たというわけだ。
異能力を調べたように最近は魔法ギルドで本を読むことも多い。それが出来るようになったのは喰うに困らないだけの収入が入るようになったことが一つ。
もう一つはウルが街に慣れてきたこと。自分で買い物やギルドでの対応が出来るようになり、カリナと街に出掛けたり、狩人として街の外に出ることもある。
そのため様子を見る時間も減り、宗司は纏まった時間が取れるようになったというわけだ。寂しいからそれを紛らわせるためでもあるのだが。
(なるほど、テミックのいた時代から魔法体系の編纂があったのか。一言に魔法って言ってもいろいろあるんだなぁ。それにしても奥が深い。学問みたいに知れば知るほど疑問が湧いてくるし、運動みたいに修練すればするほどまだ上があることを感じる。ここまで自分から何かしたいと思ったのは初めてかも。っと、そろそろナガトの試験が終わるころか。ウルに何か買っていってあげよう)
ウルはカリナと一緒にナガトの付き添いという名の監督をしている。万が一、落ちればナガトには地獄が待っているに違いない。
宗司は本を閉じるとそれを閲覧室の中央にある台に置く。すると本がびっしりと詰まった本棚の一角へと光線が走る。
こうして、この本がどこに置かれていたかわかるのだ。
この辺りは日本の図書館より便利だ。
通りの出ると多くの人で賑わっていた。周辺の村や街から試験を受けに来る人も多いため、商人たちにとっても稼ぎ時だ。
宗司は人混みを避けるため迂回して裏路地を通ることにした。この辺りは歓楽街の裏手で子供にはよろしくない雰囲気があるため、ウル達が一緒のときには絶対に通らない。しかし、今は宗司一人であり、ウル達を待たせるわけにもいかない。
曲がり角を曲がると遠くに人影が見えた。フードを被っているので顔までは確認出来ないが、上からローブを被っているが魔法学校の生徒の証であるマントの裾がちらりと見えた。その生徒は何やら周囲をきょろきょろと見回しながら路地の更に奥へと入っていった。
魔法学校の生徒は基本的に裕福な家の者だ。少なくともこんなところに住んでいる者では通うことは出来ない。
何故こんな場所にいるのか。宗司は気になって、時間を気にしつつも、少し追いかけることにした。
マントの人物はぼろくさい家の前で立ち止まると、扉に何かをして、再び辺りを見回し、家の中へと入っていった。ここまでは細かい曲がり角が多いおかげで尾行の技術などない宗司でも追跡は容易だった。しかし、これ以上は近づけない。家を囲むように低位ではあるが結界があるのだ。未だ結界術をマスターしていない宗司では強引に破ることは出来ても気付かれないように解除することは出来ない。
(って僕は何をやってるんだ。こんなことしてて遅れたらウルに何を言われるか)
そう考え、宗司はそれ以上踏み込むのをやめた。そもそも、宗司は衛兵でもなんでもない。わざわざ面倒に関わる必要などないのだ。
冒険者ギルドに着くとウル達が酒場に座っていた。
宗司を見つけるとウルの頬がぷくっと膨らんだ。
「にーた…遅い…これ…にーた…払う」
ウルが宗司に手を差し出す。頼んだ飲み物や食べ物の代金を払えということのようだ。遅れたのは事実なので宗司は大人しく銀貨を握らせた。
最近はウルが一人で仕事をすることも珍しくないのでお小遣い制度を変更した。冒険者として稼いだ分は貯蓄。狩人で稼いだ分は自由に使える、ということにした。
狩人ギルドは冒険者ギルドから派生した食料調達に特化したギルドだ。そのため高難易度の魔物を狩ることは稀。街周辺の草原などでの狩りがメインなので手軽で、冒険者達の訓練兼小遣い稼ぎ、という認識が強い。ウルにとって運動欲を満たすことも出来るためぴったりと言える。
宗司は空いている椅子に座るとナガトの結果を聞いた。
「Dは楽勝だったんすけど、Cの試験官がえらい強くてすぐやられたっす」
ナガトはがっくりと項垂れた。話によると槍使いの女性で、うまく転ばされ、喉元に槍を突きつけられたという。ナガトの能力であれば防げた可能性はあるが、試験のため、相手に動きを止められた時点で終了だ。
「ん…しかたない…運…悪い」
ウルが認めるくらいなので他の試験官よりだいぶ強かったようだ。
「カリナちゃんはどうだったの?」
そう、今日はセリナとカリナも統一試験を受けている。
カリナはウルと顔を合わせるとにやりと笑う。それだけで結果はわかったようなものだが、宗司はあえて何も言わない。
「じゃじゃーん、見て見て~、すごいでしょ~」
カリナが取り出したカードには二つの欄にFと書かれている。
宗司、そしてナガトは無駄に大きく拍手をしてやる。すると周囲からも、すごいな嬢ちゃん、大したもんだ、という声が飛んできた。
冒険者ギルドは飲食店街が近く、二人もよく酒場でたむろして買ってきたものを食べている。もちろん本来店のもの以外を持ち込むのはご法度。しかし、酒場のマスターが見た目に反して子供好きで二人にデレデレだった。そのため、二人はこうしてギルドに通うようになり、いつのまにかギルドの人気者になっていたというわけだ。
知り合いが増えたためかウルも口数が増えたのはいいことだ。
ちなみにカリナが受けたのは料理人と魔法ギルド。カリナは宗司の目から見ても魔法の才能があった。料理人ギルドに入れたのはウルの持ってくる食材をいろいろ研究していたら自然に身に付いたらしい。もしかしたら天才型なのかもしれない。
「ウルも食べ終わったみたいだし、そろそろ帰ろうか」
「そうっすね、セリナの嬢さんも終わってる頃っすから、ね、兄貴」
「ナガト、言うようになったじゃないか」
「それじゃあ、皆の試験合格を祝してかんぱーい」
「「かんぱーい」」
宗司はつい先日魔法ギルドでもDランクに特進を果たした。実力さえあれば認められる冒険者と違い、魔法ギルドは有力者、特に貴族など、伝統や形式というものを重んじる者が多く、ギルドもいろいろと根回しが必要だったらしい。ただ、やはり魔法ギルドとしても出来るだけ優秀な人材は引き込みたい。その結果が所属して1ヶ月での特進であり、これは腰の重い魔法ギルドとしてはそれなりに異例らしい。
「お酒なんて買ってきてもらっていいのかい、ソウジ君」
「セリナちゃんとカリナちゃん、それにナガトが受かった日ですから僕も嬉しくて」
「うふふ、私もつい、ウルちゃんが昨日持ってきてくれた猪のお肉もいっぱい使っちゃった。カリナもお料理が上手になったし、ねー」
「ね~」
サリナとカリナが互いに首をかしげあっている。とても親子とは思えない絵面だ。
「それにしてもセリナちゃん、すごいね。薬師だけじゃなく、商人Eも合格するなんて」
セリナはダーマの仕事を手伝うために商人ギルドを受けていた。商人ギルドはFだと屋台、Eで行商、Dで店舗を開くことが許される。それより上は多店舗経営だったり商会立ち上げだったりだ。
薬師ギルドに入った理由は「ソウジさんが怪我をしたときに助けになれるように」とサリナと夜中に話しているのが聞こえた。ダーマ家の壁は薄いどころかところどころ穴があるので筒抜けだ。なんともけなげ。
「僕も追い付かれちゃって、嬉しいやら悲しいやら」
「いえ、ソウジさんのおかげですから」
「確かにそうですね。ソウジさん、娘たちをありがとうございます」
「いえいえ、僕はちょっと基本を教えただけであとは二人の努力ですから」
そうして和やかに時間は過ぎていった。
ウルとカリナはもう夢の中。ゲコのくせにかっこつけたナガトも同じくだ。
サリナとセリナは台所で後片付けをしている。
「はぁ、楽しかったね」
「ええ、そうですね」
「ところでソウジ君、ちょっと頼みごとがあるんだ」
「はい、何でしょう?」
「さっきセリナと話したんだけど、セリナも商人ギルドに入れたし、一度行商に連れていこうと思うんだ。ただ、ほら、うちには護衛を雇うお金がないだろ。僕一人ならまだしもセリナがいるとなると…ね」
「もちろんいいですよ。むしろ、僕も他の街に行ってみたいと思ってたんです」
「ありがとう、助かるよ。ソウジ君には世話になってばかりだね」
「いえいえ、こうして楽しく過ごせてるのもダーマさんと出会ったおかげですから。まぁ出会い方はあれでしたけど」
「そうだね、今となっては巡り合わせじゃないかと思ってるよ。そう思わないと思い出すだけで漏らしそうになるんだ」
(まぁ死にそうになったら、そうなのかな?僕はバリホンガーのときの記憶があんまりないからなぁ)
「それでどれくらいの期間行くんですか?」
「2週間程を考えてるよ。さすがにいきなり一月とかは厳しいだろうし、冬も近いからね。出発は1週間後でどうだろう」
「わかりました。僕もいろいろとやることを片付けておきます。そういえば、ダーマさん、面白いものを扱ってるとか」
「あれ、見せたことなかったっけ?じゃあ明日の朝にでも見せてあげるよ」
10話中3話に登場する統一試験もはや準レギュラー
話に出てきた料理人ギルドは商人ギルドの傘下です。
ランク制度はありません。冒険者ギルドなどとはやや毛色が違って、コック専門の人材紹介所のようなもの。
薬師ギルドは商人と魔法ギルドの協力で立ち上がったギルドです。危険なものもある薬草、及びそれを利用した薬などを扱う者のギルドでランクが上がるほど希少で扱いの難しい者の販売を許されます。ですので、例えば宗司は秘蔵のポーションを売ることは出来ません。売る気もないでしょうけど




