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雷と狼娘  作者: 花千歳
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プロローグ

零の~と平行して書いていきます。

更新速度にムラがありますが楽しんで頂けるよう全力を尽くします。

宜しくお願いします。

 異世界。それはファンタジーの世界。

 剣と魔法で強大なモンスターを退治し、英雄にも王にも慣れる世界。

 そんな漫画やゲームのような世界に多くの人々は憧れを抱く。そして彼もそんな世界に憧れる者の一人だ。

 だが、彼も年齢を重ねるにつれそんなものは所詮空想でしかないと理解していった。

 プレゼントを用意しているのはサンタクロースではなくお父さんだったことを理解していくように。

 だが、もし、もしもだが、そんな空想が叶うときが来たら何を感じるだろうか。

 これは奇跡が舞い降りた青年の物語である。

 

 

「ふぅ、これも面白かったな」

 

 彼は買ってきたライトノベルを閉じるとベッドの下の収納にしまうと残っていた生ぬるい発泡酒を飲み干す。缶はそれ用のごみ箱に投げ入れた。

 こうやって寝る前に安い酒を片手にライトノベルを読むのが彼の習慣だ。

 今日読んでいたのは俺tueeee物のファンタジー。色々と読んできたが寝る前にはこういった何も考えず読める本が1番良いという結論に達した。

 

「さてと寝る前に持ち物だけ確認しとくか」

 

 明日は一人でキャンプをしに行く予定だ。さすがに一人キャンプは初めてだが、彼は月に1度くらいの頻度でハイキングに行く。田舎で森を駆け回って育ったため、時々自然が恋しくなるのだ。

 だからといって別に東京に不満があるわけではない。

 ほとんどのアパート脇には自販機があり、玄関から数歩でいつでも飲み物が買えるし、数分歩けばコンビニがある。駅前にはいくつもの店が並び、電車で30分も移動すれば大抵の遊びは出来る。

 そんなくだらないことに感動したものだ。

 

「スマホの充電器…タオルと替えの下着に寝巻き…下痢止めと頭痛薬…虫避けとかゆみ止め…懐中電灯…十徳ナイフ…ライター…水筒。あ、会社の車に免許証を忘れた!まぁ酒はそこのコンビニで買ってけばいいや」

 

 彼は遠出する際は必ず前日夜と当日朝に二重確認する。これは高校の修学旅行の時に当日の朝寝ぼけて確認したらその夜に宿でパンツが1枚もないことに気付き担任の、しかも女性の先生とともにコンビニにパンツを買いに行くという羞恥プレイを経験したからだ。

 免許証を持っていこうと思ったのは星空を眺めながら奮発してビールでも飲もうと思っていたからだ。彼はかなりの童顔で既に25になろうという年なのに初めていく店では未だに年齢確認を必ずされる。

 仕方がないので最寄りのコンビニで買うことにした。

 上京して以来ほぼ毎日通っているため店員とは全員顔見知りでさすがに年齢確認はされない。

 炭酸が多少抜けるだろうがそこは諦めるしかないだろう。

 彼は荷物を丁寧にリュックに詰め直すとベッドに潜り込んだ。

 

 

 

「お、こんなところにトンネルがあるんだ」

 

 早朝に家を出発し、昼前にはキャンプ場に到着。現在はテントの設営も終えて、周囲を散策がてら散歩していたところだ。

 

「けっこう長いトンネルだったな」

 

 トンネルを抜けた先には開けた場所に一本の木がぽつんと立っていた。手前に汚れた立て板がある。

 

「ご自由にお食べください?」

 

 汚れて読みにくかったが手で払うとなんとか最初の部分は読めた。

 木に近付いて見上げるとそこにはさくらんぼくらいの木ノ実がついていた。

 彼は背伸びをして1つもぎ取る。

 

「これ、本当に大丈夫なんだろうな」

 

 もぎ取った木ノ実はピンクと紫を混ぜたような毒々しい色に奇っ怪な模様がある。

 彼は木の根本に腰かけると一応毒性がないか調べようとポケットからスマートフォンを取り出すが生憎圏外だった。

 

「仕方ないな。でも、お食べくださいってくらいだし、大丈夫だろ」

 

 普段ならば得体の知れない物など口にしない。しかし、思い出せば子供の頃は森で取れた木ノ実をよくかじったものだ。

 それに彼は木ノ実に見た目でもにおいでもない奇妙に引き付けられるものを感じていた。

 恐る恐る木ノ実を口に含むと外見からは想像出来ない爽やかな甘さとほどよい酸味が口に広がる。

 

「なんだこれ、めちゃくちゃうまい!」

 

 彼は木ノ実を飲み込むと再度木を見上げた。まだまだ木ノ実はある。

 他の人の分は十分あるよな。そう思ったときには既に二粒目をもぎ取っていた。

 彼は次々にもぎ取っては口に放り込む。

 しかし、七粒目を飲み込んだ時彼は妙に力が湧いてくる感覚を覚えた。決して湧いてきた気がするなんて思い込みによる勘違いではない。

 胸が熱くなるような感覚はだんだんと強まり、痛みへと変わっていく。

 さらにそれは全身に広がりまるで細胞を焼かれているようだ。

 とっさに吐き出そうと腹に力を入れると痛みが走る。

 焼かれるような感覚に胸を押さえながら空いた手でリュックの外ポケットを探り、水筒を取り出す。

 冷えた水を一気に喉に流し込んでも一時しのぎにもならない。

 痛みに堪えながらなんとか頭を働かせる。

 

(スマートフォンも当然圏外のまま。自力で人のいる場所に戻る他ないか)

 

 しかし、熱さと痛みの余り、立ち上がることもままならない。

 そうしてもがいている間も痛みは強くなっていき、やがて、彼は意識を手放した。

 

 

 

 ちゅんちゅんと鳥の囀ずる声と身体を揺すられるような感覚で彼の意識は浮上していく。

 身体を焼くような感覚は何事もなかったかのように消えていた。

 どうにか生きている。安堵と共に彼はゆっくりと目を開く。

 

「うわっ!」

 

 目を開くと小さな顔が彼を覗きこんでいたことに驚きの声をあげてしまった。

 覗きこんでいた少女は彼の声に驚いたのか小さな声を出し、彼から離れ、少し離れて立っている人物の背に隠れるようにしがみつく。

 

「すまぬの。この娘が驚かせてしまったみたいじゃな」

「いえ、こちらこそ…え?」

 

 彼は起き上がると数度頭を振り、声のしたほうを見る。

 そこに立っていたのは長いローブを着た老人と彼を覗いていた少女。

 彼が驚いたのは少女のほうだ。

 白く整った顔に茶色のワンピース。

 それだけであれば特に驚くことはなかっただろう。

 しかし、その少女の髪は雪のように白くわずかに光を放っているかのように銀に輝き、なにより、目をひくのは頭の上にある耳だ。

 明らかに自分のそれとは違う、見た目としてはシベリアンハスキーか狼のような耳だ。

 

(すごいリアルだな。あの髪はハーフなのかな?それともコスプレ?あのくらいの娘ならああいうカチューシャとかを着けていてもおかしくはない…よな?普通はお姫様のティアラみたいなやつとかリボンの付いたやつだと思うけど。まぁ、似合っていて可愛いからいいか)

 

 彼もそれに突っ込む程無粋でも子供でもない。

 それよりも今の状況が気になる。

 辺りを見回すとやはり森の中ではあるが、トンネルもあの木もどこにもない。

 

「すみません、ここはどこでしょうか。どうしてここにいるのかわからなくて…もしかして運んで頂いたんでしょうか?」

「それを聞きたいのは儂らのほうじゃ。急に大きな魔力を感じて来てみればお主が倒れておったのじゃ。その奇妙な格好は冒険者か?外の世界もだいぶ変わったのかのぅ」


 彼はどうにも話が噛み合っていない気がした。

 それに老人はマリョクとかボウケンシャだとか言っている。

 まさか、失礼なことだが、老人は10代中ほどの者がかかるあの病なのだろうか。

 

「あ、いえ、そのマリョクとかボウケンシャというのはよくわかりませんが、私は普通のサラリーマンです。すみませんが、どこか休めるところ、出来れば電波の通じるところまで案内してもらえませんか」

 

 それを聞くと老人は彼を注意深く眺めぶつぶつと何か呟きだした。

 魔力を知らないはずが、だとか、まさかこれはいやあり得ないだとか言っているのが聞こえた。

 呟きが終わると彼に掌を向ける。

 何かが光ったかと思うと老人は頷いた。

 

「ふむ、とりあえず害意はないようじゃな。わしもいくつか聞きたいこともある。着いてくるのじゃ、わしの家に案内しよう」

 

 そう言うと老人は反転し、つかつかと歩きだした。

 少女は彼をちらちらと伺って彼が立ち上がったのを確認すると駆け出し、老人の手を握る。

 彼はポケットに手を突っ込みスマートフォンを引っ張りだし、電波状況を確認するがやはり圏外のままだった。

 1つ溜め息を吐くとやや不安を抱きながらも従う他ないため老人たちを追うように歩きだした。

 静かな森を歩くと小さな泉のほとりに小さな家が立っていた。

 

「汚くてすまんの。今茶を出すからそこに座っとってくれ」

 

 それだけ言うと老人は奥に消えていった。

 少女はよじのぼるように彼の隣向かい座る。

 うつ向いて手遊びを始めるが、彼が目を離すと彼の方をじっと見ていることに彼は気付いていた。

 戻ってきた老人はそんな様子に気付いたようだ。

 

「ウル、水瓶が空になってしもうた。汲んできてくれるかの?」

 

 ウルと呼ばれる少女は頼まれたことが嬉しいのか無表情だった顔に笑顔が咲き大きく頷いた。

 ウルは玄関脇に置かれていた背丈ほどもある桶を軽々と持ち上げ飛び出していった。

 

「すまんの。あの子は幼子のころ森のはずれで倒れておったのをわしが拾ってここで育てたのでな。わし以外の人間が珍しいのじゃろう」

「倒れていた…ですか?」

「うむ。口減らしかそれとも別の理由か。元いた場所にはいられなくなったのじゃろう。詳しいことはあの娘も話さないのでな。わしも聞かんことにしておる。まぁそれは今はよい。それよりもお主に聞きたいことがあってな。っとその前にまだ名乗っておらんかったわ。わしの名はテミックという。今はこうして隠居するしがない魔術師じゃ」

「まじゅつしですか。あ、すみません、私の名前は藤原宗司といいます」

 

 テミックはふむふむと一人で頷く。

 

「やはり聞きなれぬ名前よな。」

 

 テミックは長く白い髭を撫でる。

 そんな様子に宗司は痺れを切らした。

 

「あ、あのそれでここはどこなんでしょう。先ほど身体に異常を感じて倒れてしまって…出来れば早めに病院に行くか、せめて連絡したいのですが」

「身体に異常…なるほど、それで言葉が…いやなんでもない。すまんがその病院とやらは知らん。だが、わしは医術もかじっておる。どれ、少し見せてみなさい。」

 

 宗司がどうしたものかと思っているうちにテミックは宗司の後ろに回り首筋や背中などをペタペタと触れていく。

 

「脈は問題なし、呼吸器関連は問題なし。魔力循環、魔素の変換は…っ!」

 

 テミックは大きく目を見開く。しかし、背後にいる宗司がそれに気付くことはない。

 

「あ、あのすみません。さっきから魔力とか魔核とかなんなんですが。失礼ですが、おふざけにつきあっているわけにはいかないんです」

「ふざけてなぞおらんぞ。じゃが、そう思うのは無理もないかもしれんのぉ。」

 

 宗司にはテミックが何を言っているのか理解出来ない。いや、言葉としては理解出来るが意味を理解出来ない。

 それが顔に出ていたようだ。

 

「まぁそんな顔をするでない。まずは落ち着いて話そうではないか。さ、一口茶でも飲みなさい」

 

 宗司は言われるがままお茶をすすると不思議と落ち着いた。

 

「そうじゃ。それでいい。まずは状況を理解せねばな。」

 

 次の言葉に宗司の落ち着いたはずの心臓が跳ねた。

 

「ようこそ、異世界へ」

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