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異世界は最強から  作者: 桜城響
第二章 古代遺跡の魔法書
9/24

《9》ペットの魔獣

 広場の噴水の前――。

 夜の闇と街の灯りが雰囲気をいっそう漂わせる。

 緋色の髪を手で整えながらチラリと辺りを見る。まだ来ていないことを確認し、純白のドレスのスカートをポンポンと払う。汚れが付いていたら相手に失礼であるからだ。それにだらしない人だと思われたくないからでもある。仕上げに、ドレスと合わせた白い花を髪に付ける。


「エレナ!」


 奥の道から手を振りながら走って出てきたのは、黒いタキシードを着こなした宗土だ。

 額に汗を浮かべている姿も、エレナの瞳には美しく映る。膝に手を置いて少し休むと、すぐに向き直って、


「待った?」


 と訊いてきた。

 ここで、待ったよ、などと本当のことであっても口にしてはならないことくらいは理解している。そのため、両手を後ろで組んで笑みで応えた。


「ううん、全然」

「………………」

「?どうしたの、宗土?」

「いや、そのドレスすごく似合ってるよ……可愛いよ、エレナ」


 聞いた瞬間ぽふっと真っ赤に沸騰しきったエレナは、はうぅと発して膝から崩れた。あまりにも不意打ち過ぎたのだ。全く心構えしていなかったところに、突然のクリティカルヒットをまともに喰らってしまった。


「エレナ、大丈夫?」

「……それはずるいよ」


 差し伸べられた手を取って立ち上がると、二人はしばらく見つめあった。恥ずかしくなって一瞬眼を逸らしたが、顔を少し突き出して眼を閉じた。直後にくる唇の感触を確かめる為に。

 しかし――


「……レナ!エレナ!気が付いたか!?」


 眼を開けると、そこにあるはずの顔は、残念ながら日々の恨み重なるフィリナの顔だった。


「……ちっ」

「なんか舌打ちされたよ!?」


 これも今までの恨み。むしろこの程度で済んだことを嬉しく思ってもらいたい。


「エレナ、大丈夫?」

「……それはずるいよ」

「…………はい?」


 宗土の問いかけに対し、先程の会話をリピートしてみた。しかし、返ってきた言葉は実に当然のものだった。そしてエレナは確信した。そう――、

 やはり夢の中ではないようだ、と。ここであの展開に持っていければ、と考えると一気に恥ずかしくなってくる。

 

「とにかく、エレナの症状は魔力切れによるものだから、もうしばらくそのままでいたほうがいいよ」

「そうですか……」


 宗土に言われて、先程までワイバーンと戦っていたことを思い出した。

 姉にも言っていなかった自分の固有魔法ストレージ。加えて制御も出来ずに魔力切れで倒れる。これでは怒られるどころか、一緒に楽しく冒険したりすることを禁止されてもおかしくない。

 そう、肩を落としているところに、フィリナの自分を呼ぶ声が聞こえてきた。

 ――これから怒られるんだな。そして皆との冒険も……


「エレナ…………スッげぇな何だアレ!?アタシの固有魔法よりぜんっぜんかっけぇじゃないの!?アタシもアレ使いたいなぁ~、ストレージ……だって、くうぅぅ」

「え?……お姉ちゃん、怒らないの?」


 それは、叱る声ではなかった。むしろ、今まで散々聞いてきた、いつものハイテンションな姉の日常的な声だった。だからこそ、安心して自分から訊くことができた。フィリナは頭を掻きながら唸ると、質問に応えた。


「確かにあれは無茶し過ぎたな。でも、お前はそれ以上の功績を残しているだろ?アタシは、正直なこと言うと、これを機会に王都の外には出ないようにしてもらうつもりだった。……けど、ちゃんとやっていけるじゃないか。心配する必要なんてなかったんだって思ったんだよ」

「お姉ちゃん…………顔、赤いよ」

「なっ!せっかく姉ちゃんがカッコよく決めてるってのに……お礼ぐらい言ってくれてもいいだろ」

「……ん、そうだね、ありがとう……宗土さんも」


 自分に感謝の言葉がとんでくると思っていなかった宗土は、少し驚きつつも優しい笑みを返した。



「ところで……コレ、どうすんだ?」


 話に区切りがついたところで、フィリナが後ろを指差して言った。その方向には、未だにテレポートを永遠継続し続けているワイバーンがいた。


「あ、あぁぁ……アレね」

「……宗土、忘れてただろ」


 送られたのはフィリナの冷ややかな視線だった。

 僕は否定する言葉が見付からなかったので、咳払いし、フィリナに最大限真面目な表情を向けた。


「とにかくアレは――」

「宗土様、私に任せて」


 アレは僕のペットにする、と言いかけたところで、フレイが前に出た。獣の勘か何かで僕の意図を察したようだが、当然それは出来ない、と普通なら言うだろう。

 だが、自分をいとも簡単に倒した実力者。いや、それ以上の力をまだ隠しているであろう格上の強者。それであって、命を獲らずに助けてくれた優しい人でもある。だからこそ、その人がやろうとしていることに、否は言わない。


「解った。行ってこい」

「ありがとうございます」


 フレイは言うと、さっとワイバーンに歩みを進めた。

 フレイの提案により、永遠継続のテレポートを中止して、空間に閉じ込めただけの状態にした。

 一歩一歩、その歩みは近付くに連れ、人の足から獣の足に。そして胴から手、顔までと変化してワイバーンの眼の前に着いた頃には、体格差などない、炎の獣が立っていた。

 フレイ――否、魔獣ケルベロスは、獣の咆哮を轟かせた。ここに、二頭の魔獣が空間の壁を挟んで対峙した。

 

「物凄い画になるな、コレ」

「それについては……これでパシャっと」

「お姉ちゃん、なんで探索にキャメラ持ってきたの?」

「ぷっ……ご、ごめん」


 急に吹き出した僕に、二人は不思議そうに首を傾げたが、仕方ない。こっちの世界ではカメラはキャメラと呼ばれていたようで、そのくせにカメラの形やデザインは全く変わらない。

 そんな三人を余所に、ケルベロスは獣の唸りをもってワイバーンに問うた。


『貴様の敗北は決まっている。ここはどうだ?我が主、宗土様に従ってみるというのは』


 獣同士では会話は成立する。ワイバーンも同様に人間には唸りにしか聞こえない声で応える。


『そうだな……だが、個人としての実力を見たい。俺をこの状況に追い込んだのも、そこの娘と協力したからだ。答えは結果次第だ』

『……そう』


 ケルベロスは反論しなかった。理由など簡単なことである。主人を信じ、主人もまた、自分のことを信じてくれる。この関係である以上、主人がそれを不可能であると決め付けることなど恥意外の何でもない。

 ゆっくりと人化しながら戻ってくるフレイに気が付いた僕は、すかさず答えを訊いた。すると、フレイは首を横に振って、ワイバーンの言葉を伝えた。


「実力次第……だそうです。見せ付けてやってください、宗土様の実力を!」

「うん、そうだね……それじゃあ、今度は僕の番だ」


 フレイの頭にぽんと手を置いて、そっと笑みを浮かべて見せる。それに応えるようにしてフレイも、にっと笑う。エレナとフィリナの方を向くと、二人は頷いたので、僕も頷き返す。

 直後、急かすようにワイバーンが唸ったので、僕はゆっくりと壁越しに立つ。


『さて、どうするんだい?ワイバーン』

『その前に、この檻から出せ。ケルベロスが従うほどの腕を持っているなら、俺が暴れても止められるはずだろう?』

『……そうだな』


 僕は、威厳を守るために空間の壁を消去した。ワイバーンは畳んでいた翼を全開する。途端に強風が吹き荒れた。そう、威嚇だ。

 しかし、そんなもの僕には効かない。神様に出会ってしまい、神級の脅しをされた身としては、魔獣の威嚇なぞ大したものではないのだ。


『それでは、お前の魔力を見せろ』

『いいよ。――ほっ』

『――ッ!?』


 ()()()()()使()()()()()()()()()()()()

 直後、僕の体から黄金の魔力が溢れだした。荒れ狂う暴風は、全力で防御するワイバーンをずるずると押すほど。

 すぐ後ろにいる三人は、フレイが全身獣化して残りの二人を守る形で防いでいた。

 ――やっぱり、いくら魔力を解放させ続けても底が見えない。


『こんなところだけど……もっと強くする?』

『じ、充分だ!もういい!』


 その言葉を待っていた僕は、笑みを浮かべて魔力を抑え込んだ。

 僕の予想通り、これは魔力に似ていて少し違った。僕は神様である。だから、これは神の力であって魔力ではない。

 この世界の神様、つまりは頂点に君臨しているわけであって、この世界中で僕を越える者は存在しないのだ。そして、この世界の住人としても転生させられていると言うことは――僕が世界一の巨大な魔力を宿していることになる。よって、権限によるものではない、純粋な魔力を発動できるのだ。そして、魔法が使えないのは、単純に練習が足りないからだ。


『……認めましょう、我が主』

『うん、よろしく……えーと、ウェスト……でいいかな』

『それはわたくしの名前で宜しいのでしょうか?』

『そうだ。これからはウェストって呼ぶよ』

『承知』


 これで問題は解決した。それどころか、ワイバーン(ウェスト)付きというサービスも。

 だが、もうひとつ問題があった。この大きな体と、街でどうするかだ。フレイは多少の人には知られているが、それ以外では獣人としてやりすごしている。

 しかし今回はペットという設定になっている。街では確かに小型の生き物を飼っている人がいたことから、ペットの存在がこの世界にもあることは確認済みだ。あとは、と僕はウェストの体を指差した。


『……まず、その体からなんとかしよう』

『……と、言いますと?』

『僕ら人間から見るとウェストの体はちょっと大きすぎるんだよね』

『しかし、こればかりは何ともなりません』


 ウェストからしたらそれは当然のこと。むしろそれが正常である証拠である。だが、この世界での僕は神様である。問題など権限で何とでもしてしまえるのだ。

 そんな考えが直ぐに脳に浮かんでしまった自分に苦笑して、だがしょうがなく素直に従うことにした。


「イマジネーション/小型化プラス言語訳」

「な、おおぉ!?」


 体が縮んでいく感覚に驚いたのか、奇妙な声を出しながらウェストは両手に乗るサイズにまで縮んだ。そのせいか、ぬいぐるみのような可愛さが追加されていた。

 僕が手招きをすると、右肩にちょこりと乗っかった。普通のペットというのもつまらないので、ここは特別な種類の生き物という設定でいこう、と僕は密かに心に決めた。


「あ、言い忘れてたけど、他の人に出会ったときは言葉を喋っちゃダメだからね。怪しまれちゃうからさ」

「そうでございますか。気を付けます」


 この世界のペットと言っても、流石に喋ることはない。

 会話を済ませて待っていた三人のもとに戻ると、フィリナは呆れて溜め息を吐いた。


「これで、元魔獣と現魔獣小型化で、魔獣が二匹になった訳か……こりゃ前代未聞だよまったく」

「それがいいんですよ。エレナもそう思いますよね?」

「…………かわいい」

「……はい?」


 フレイの問いかけに興味がないのか、唐突に意味不明なかわいいがエレナの口から発せられた。僕も一瞬なんのことかと不思議に思ったが、エレナの見ている先、そこにいる魔獣(もの)を見れば直ぐに理解できた。


「これがあの魔獣……可愛すぎっ!」

「くあぁぁぁ」


 ウェストの悲鳴なぞ聞こえない様子で、潰さんとばかりに胸に抱き締めるエレナは、僕からすればキャラ崩壊という危機に陥っていた。フィリナとフレイも、微笑みながら見つめているだけで、そろそろ気付いてあげようよと、僕が口を開きかけた時――。


『門番の魔力変化を確認。よって、警戒体制に移行』


 虚空より声が響いた。

 直後、それを肯定するかのように眼前の古代遺跡が揺れだした。


「主、直ぐに避難を!」

「解った!皆、掴まって!」


 ウェストはこの遺跡について知識はあるはずだ。そう僕は考え、ウェストの指示に従うことにした。


「よし、皆掴まったな!イマジネーション/テレポート:百メートル前方!」


 固有魔法、否。それに見立てた権限を発動させ、僕はレードさんから聞かされていた遺跡の安全圏――半径百メートル外に脱出することにした。

 僕が魔法を発動させると、手前に空間の亀裂が走る。人が通れる大きさまで開いたそこに飛び込み、百メートル先に接続された出口から脱出。直ぐに空間の亀裂は消えた。


「遺跡が完全に警戒体制になってしまいました。遺跡を囲うようにしてに多重結界が張られ、無数の罠が仕掛けられました」

「な…………」


 それには、戦闘経験豊富な討伐隊員のフィリナでさえも絶句した。

 しかし、そんなこと知らない、と。遺跡は大地から切り離され、空中で静止した。まさに現代社会における引きこもりの例であった。


「ちっくしょお!結界なんて一層でもあれば強力なバリアなのに、それが六層もあるなんて、破れっこない!」


 フィリナが歯噛みする中、エレナが前に出た。その背中には恐怖はもうなかった。だからこそ、仲間として役に立つためにとその力を発揮させた。


「稲妻よ 壁を今 打ち砕かん ライトニングキャノン!」  


 エレナの指先から放たれた閃光はまさに稲妻。それは空を突き進む。結界に衝突した瞬間、衝撃の波が押し寄せた。その様子は皆に希望を与えた、が。


「魔法無効化結界……ッ!」


 唸ったのはフィリナだ。魔法の勉強を積み重ねたエレナの魔法に不発など有り得ない。それに威力も人並み以上にある、充分すぎる技術だ。しかし、それをもってしても貫通しない結界。まずどう考えても魔法を無効化する結界であるという結論に至る。

 が、なにより面倒なのは、権限を使えないことだ。否、使えるが、それは固有魔法として有り得ないのだ。魔法を無効化する結界を魔法(けんげん)で消す。それはもはや魔法ではなくなってしまうのだ。よって、


「力で砕くしかない、ってことなのかな?」


 魔法で砕けないなら力で砕く。とても単純な考えである。しかし、応えた声は否定を示した。


「駄目です宗土さん。結界は人の力で砕けるほどやわじゃないんですよ。その証拠に、王都の兵器でも砕けなかったという事例もあります」


 優秀なエレナが僕の考えに至らないと思ったわけではない。その通り、エレナはその発想まで行き着いていた。しかし、行動に起こさなかったことから少し気付いてはいたが、やはりそうであった。簡単に出来るならやらないわけがないと、こう言うことだ。


「やっぱりね。それじゃあ、これならどうかな?」

「……そういうことですか!」

「……ナイスアイデアだな」


 そう、フレイの肩に手を置き、もう一方の手の上にウェストを乗せた僕に。エレナとフィリナは意図を察して大きく頷いた。

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