《8》ストレージ
フィリナ主催のおかしな審査会は、当然僕の健全な防具になる――はずだった。が、僕は甘く見ていた。 この審査会では、審査員が点数札を挙げてその合計点数で審査される。ここまでは問題ないのだ。しかし、僕は重要なことを見落としていた。
審査員がフィリナとフレイだというのに、いやフレイを除外したとしても、ここまで整っているルールを考え実行するはずがなかった。
この二人が結託すれば、自分たちが選んだ防具の点数操作など造作もない。
「絶対あの点数はおかしいって!」
装備屋からの帰り道、僕は審査の結果に対しての愚痴を言った。
何となく予想はしていたのだが、僕の選んだ薄紫色のフード付きロングケープは何故か僕の十点満点に対し、二人揃って二点という異常な点数が出された。
しかしフィリナの選んだ、眼を凝らして見れば透けて見えてしまいそうな麻のワンピースが何故か僕の二点返しに対してフィリナ十点、フレイ八点の高得点が叩き出されたのだ。
「あぁー負け犬の遠吠えだー」
「棒読みするな犯人め!」
どうせ犯人はフィリナに決まっているのだ。点数札の合計点数を計算した直後にダッシュで買いにいった行動から、もはや宣言しているようなものなのだがな。
「あれってなんか肌に違和感がなさそうでいい感じがするんですよね」
フレイもフレイだ。何故そこまで肌の感触に拘るものなのか、僕にはまったくもって理解できない。
すると、嘆息したフレイは叶わない、というか叶えてはならない願いを口にした。
「私もあれ欲し――」
「はぁぁいダメぇぇぇ!」
先が読めたのでフレイが全てを言い切る前に割って入った。言い切れなかった悔しさからか、フレイはぶー、と頬を膨らませて見つめてきた。
いつからかこんな犯罪に囲まれた生活になったのか。よく考えてみれば、色々あった。残念ながらその思い出の大部分は、良いことというより悪い……違う意味では良いのかもしれないが、そんなことばかりだ。
「まず、フィリナ」
「え?」
結局はこいつが原因なのだ。暇があれば人をからかってばかり。そのくせに、何故か精神面が弱く、ちょっとしたところで泣く。それもかなり宥めるのが大変。
「次にエレナ」
「はい?」
姉と正反対の性格をしていて、しっかり者。だが、やはり姉妹なのか、なかなか泣き止まない。これには手間がかかる。
「あと、フレイ」
「何ですか!しかも付け加えるようにして呼ばないでください!」
まだ怒ってるし。まず子供にそんなの着せたら捕まるし。
こいつは何だかんだいって役にはたつのだが、やっぱりどこか抜けている。魔獣とはみんなこんな感じなのだろうか。
「ん?もしかしたら、僕の仲間たちって、かなり問題あるんじゃないか?」
「なんかすっごい失礼なこと言われた気がするぞ」
そんなフィリナを華麗にスルーし、問題のエレナにまずは評価を聞くことにした。
「その防具、どう思う?」
「今日ほどお姉ちゃんを恨んだことは……ありました」
「そんなに嫌だったのか」
まあ、当然だろう。だいたいどんな理由があるにしろ、エレナが好き好んでこんな防具を付ける訳がない。こんな際どいもの。
「何と言いますか、その……これ、短いんです」
そう言われて、僕はエレナの下半身を見た。すると、確かに風でも吹けば見えてしまいそうなほど丈が短い。
「あ、あんまり見ないでください……」
「あ、ごめん!」
エレナは視線を泳がせながらワンピースの端を掴んでキュッと下半身を隠した。僕はその反応に反射的に視線をそらして頬を掻いた。
その後も気になってしまうので、取り敢えず上だけでも何とかしようということで、白いポンチョを着せた。
家に帰った僕らは早速、身支度を済ませると古代遺跡の検索を開始した。
「イマジネーション/検索:古代遺跡」
眼を閉じて唱えると、脳内に数多の古代遺跡の風景が浮かんできた。確かにこれではレードさんが諦めるのも頷ける。
「しょうがないな……」
少し面倒くさいが仕方ない。最近発見された古代遺跡と改めて検索。すると、ピンポイントでひとつが残った。
「見付かったぞ!」
「本当か!?でかしたぞ!」
つい子供みたいに思ったことを言ってしまって恥ずかしかったが、フィリナが反応してくれたので内心ほっとする。
「じゃあ飛ぶぞ、テレポート/古代遺跡!」
足元に出現させたホールに全員を同時に落下させ、現地直送。
この風に揺れる草花を見ていると、つい転生した時のあの場所を思い出してしまう。着いた三人は各々に感想を言い、僕に集まった。この風景にイレギュラーな古代遺跡、その前に飛んできたのだ。
「大きい、ですね……」
「そうだな……それにあれ、気になるよな?」
「確かにね」
眼前にあるのは、もはや塔と言えるほどの高さがある建物だ。その一番上の屋根に巨大なそれはいた。
頭はドラゴンであるが、翼はコウモリのようである。尾の先は鋭く尖っている、体は赤い。
「イマジネーション/分析」
僕は正体が知りたくてドラゴンの足から頭まで、隅々を見ると、ある名前が浮かんだ。
「ワイバーン……あいつの名前はワイバーンだ」
「おいおい、マジかよ」
「見るからに強そうですもんね」
「殺らせてください宗土様」
皆が塔の守護者たるドラゴン、ワイバーンに驚く中、フレイは戦う気満々のようだ。まあ止めることもない。ここは場の雰囲気を少し和やかにするために、アレをやるしかない。
「フレイ!」
「はい!今ですね!」
これは事前にこのような獣対獣の状況になることを想定してフレイと打ち合わせしておいたことだ。それは――、
「僕の魔獣召喚!出でよ、フレイ!」
魔獣を召喚するマスターが自分愛用の魔獣を駆使して対決するあるあるなシチュエーションの再現だ。僕が大袈裟すぎる身振りで叫ぶと、フレイも連携する。
「しゅわーん!ケルベロス、フレイここに参上!」
僕らの行為に、驚きを隠せないエレナとフィリナはただ呆然と見ていたが、やがて理解が追い付いたのか二人一緒に笑い出した。だが、それを尻目に茶番劇はヒートアップ。
「僕らのターンだ!フレイ、飛び付き!」
「任せてください!がおー!」
小学生のような猛獣の真似で、フレイは体の大きさに似合わぬ跳躍力で超スピードでワイバーンにまっしぐら。そんなフレイの両手が元のケルベロスの腕に変化した。
「何でケルベロスの腕に戻ってんだ!?」
フレイの変化に気付いたフィリナは驚いて声を上げる。
――が、これも元から打ち合わせしていた。戦うときに今までと違う体だと慣れないだろうと思った僕は、体の一部を好きなように元に戻せる。いわゆる『獣化』の力を、フィリナの固有魔法を真似させてもらって与えたのだ。
「フレイには獣化の力を与えておいたんだよ。戦うときに人間の体だと不憫だろうからな」
「そういうことだったんですね。私はケルベロスを見てないですから、一体何が起きたのかと不安になってしまいました」
安堵の吐息をつくと、エレナは笑みを作って見せた。それが可愛く不意打ちだったので、僕は一瞬見とれてから勢いよくフレイの方に向き直ると咳払いして応援を始めた。
「そのまま飛びかかれぇぇ!」
「がおがおー!」
解読不能の獣語(?)で答えたフレイは進路を変えずにそのまま突っ込んだ。その手がワイバーンに触れる瞬間、ワイバーンは思いっきり真上に飛び上がった。
「え、ええぇぇぇ!?」
それを最後に、フレイは遺跡の奥の森へと突っ込んでいった。対してワイバーンはしばらく飛び上がった位置で留まっていると、口を開けた。
「何だ?アタシを食べる気じゃないだろうな」
「それは嫌です!」
確かに食べられるのは嫌である。だが幸いにも、襲いかかってくる素振りは見せなかった。ほっと胸を撫で下ろした直後。
「あいつの口の中見てみろよ!ありゃあヤバイぞ!」
叫んだフィリナの指差す先――ワイバーンの口の中には、赤い光が煌めいていた。一秒ごとに明るさを増していくそれを見ながら、なんとか皆を避難させる方法を考える。権限の力を使いたいところだが、この世界ではあくまでも固有魔法という扱い。あまりにも派手なことをすると、固有魔法の領域すらも軽々と越えかねない。
「大丈夫です。私に任せてください」
それを言ったのは、フレイでもなければフィリナでもない。とすると――、
「エレナ……?」
この状況で不安などなにひとつ感じさせない、自信に満ち溢れた笑みでエレナは言った。逆に僕が困惑してしまっていると、エレナは僕ら二人を交互に見た。
「お姉ちゃん、宗土さん……今まで黙っていてすみませんでした……でも、見ててください。私はちゃんと、戦えます」
それだけ言うと、エレナは未だ状況を理解できない僕とフィリナに構わず、魔法を発動した。いや、それはただの魔法ではなかった。
「――ストレージ」
唱えた瞬間――周りの空気が一変し、そこにはなかった、いやないはずの無数の本棚が出現した。横幅五メートルの間隔で左右には何段にも積み重ねられた本棚がずっと奥にまで延びている。さらには空中をゆっくりと移動する本棚もある。
この世界に存在する六つの属性魔法のどれにも当てはまらない、個人だけが持つことのできる唯一の魔法――。
「……固有魔法!?」
「驚かせてすみません。これが私の持つ固有魔法――ストレージです」
説明を聞きながらもつい感心して見入ってしまったことにはっとし、一番混乱しているはずのフィリナに視線を移した。だが、フィリナは驚く様子はなく、それどころか笑みを浮かべた。普通ならば、妹の姿に立ち直れないほどの衝撃に膝をついたまま動けないはず。なのに、口から出たのはこれ以上にない歓喜の雄叫びだった。
「あっはははは!よぉぉし、流石はアタシの妹だ!あんなドラゴンなんて、叩き落としちまえ!」
エレナはそんな姉の様子を見ると、安心して頷いた。そして再びワイバーンに振り返ると、口の中に煌めく光は遂に頂点に達していた。だが、エレナは狼狽えることもなく一冊の本を手元に引き寄せていた。
「防護魔法/不屈の障壁」
本が開かれ、そこに眼を通したエレナはそのページに書かれている魔法を唱えた。
瞬く間に、凄まじい速度で迫ってくる炎と僕たちの間に青白い壁が出現した。衝突した炎はとどまるところを知らないが、エレナの防護魔法である壁は破られずそこに屹立している。ワイバーンはそれを見ても攻撃を続けるほど能がない訳ではないらしく、炎を止めると地上に降り立った。
僕はそれを見たとき、ある考えが浮かんだ。
「エレナ……僕に良い作戦がある。ちょっと聞いてくれ」
僕はエレナの耳元に顔を近付けると、その内容を口にした。
ジャングルのような森の中、ガサガサと草を掻き分ける音だけが辺りに響く。
「早く宗土様を見付けないと……これではただの役立たずです……」
そう呟いてみたものの、それで宗土が見付かる訳などないのだと解ってはいる。獣化した両手で草を掻き分けて進んだ跡は、本当に獣道だ。幸いにも、森の中に住む凶暴な猛獣たちは、人間になってもなお身体から満ち溢れる魔獣のオーラのお陰で近寄ってこないので、楽に進むことが出来る。
だが、獣化にも上限がある。そう宗土――宗土様が教えてくれた。全身獣化で持つのはたった二分、そうでなくても、最大で十分程度しか持たないらしい。
「あ……そうです!こうすれば良いのです!」
ふいに考えがひらめき、頭に付いている小さな獣耳をピクリと立てる。そっと眼を閉じて音を聞き取ることに専念する。
そう、微量な音まで正確にキャッチして皆の居場所を探ろうという作戦だ。
木の葉の揺れる音や駆け抜けていく風の音、小鳥のさえずり。いつも意識していない自然の音は何とも言えぬ安らぎを与えてくれる。と、そこに微かではあるが不自然な音を聞いた。
「む……何か聞こえました。向こうに行って見ましょう」
音が聞こえた方向に進路を変え、出来る限りの速度で進んでいく。
しばらく歩いては立ち止まって音の確認、という地味な作業を繰り返していくうちに音は大きくなり、気が付くと森の出口が数メートル先にまで迫っていた。
「獣時代でも聞き覚えありませんね……一体何でしょう?」
フレイは連続する音を聞きながら、必死に考えていた。
――この音は、前にも聞いたことあるような気がします……でも、何だったでしょうか。むぅぅ…………あっ!思い出しました!これは、宗土様とレードが使うテレポートの音です!
そう、この音はテレポートで移動する、又は移動した先の出口で鳴る音である。つまり、近くに宗土がいるといことになる。そこまで理解が辿り着いた瞬間、フレイの足取りは自然とスピードアップしていた。
早速、再開のハグを一発決めようと主の名前を叫んだが――、
「宗土さ――ひゃあっ!?」
草の茂みの先にあったのは、上空と地上に設置されているテレポートの入り口。そして、何故かその間を永遠に行き来する、四角形の空間の中に閉じ込められているワイバーンがいた。
眼前にそのワイバーンが落ちてきて驚いたのだ。
「このおぞましい装置は一体……いえそれよりも宗土様は何処に――」
「フレイ!無事でよかったよ!」
装置の(予想)犯人の居場所を確認しようとした瞬間、近くにいた(この時点で確定)犯人が声をかけてくれた。
「宗土様!私、とても怖か――」
言いかけ、フレイの顔は一瞬にして恐怖に染まった。
宗土の隣には、フィリナに抱き抱えられているエレナの姿があったのだ。そして、その瞼は閉ざされていた。