《7》依頼
「あの……どうしたんですか、宗土さん。顔色悪いですよ?」
「ひっ……うあぁぁ、エレナぁ……」
「しゅ、宗土さん!?」
朝、ソファーに座ったまま呆然としていた僕にエレナが心配して声をかけてくれたが、やはり調子は悪い。というかどこかおかしい。声をかけた途端、僕は何故か半泣きでエレナに抱き付いてしまったのだ。エレナはそれに驚いて頬を赤くしたが、直後一緒にソファーで寝ていた姉に冷たい眼を向けた。
「お姉ちゃん……」
「そ、そんな怖い顔で見ないでくれ。可愛い妹よ」
そんな言葉で誤魔化そうとしたフィリナであったが、自分が犯人だという自覚がフィリナの口調を弱めていた。精一杯エレナに笑って見せたが、ずっと一緒にいる姉妹なだけあってエレナは表情を緩めない。これこそ口を割らないフィリナに対していつもエレナが行う、必殺『睨み続け』である。
「はいはい、アタシだよ。それにしても、こんなになるとはな……正直、予想以上だぞ」
遂に観念したようで、フィリナは白状した。だが、エレナにとってはそんなこと最初から解りきっている。聞きたいのはそんなことではないのだ。
「私が聞きたいのはそういうことじゃなくて、何をしたのかってことなの」
「ま、待て!それは聞いてはならないぞ我が妹よ!そういうことはな、もっと大人になってから知るものだぞ!っていうか宗土は宗土でいつまでエレナにくっついてんだよ!」
何故か焦りだしたフィリナは何やらゴニョゴニョと言うと、エレナに抱き付いたままの僕に話題を移して誤魔化そうとした。普通ならそんなことには引っ掛からない筈なのだが、エレナは僕に気が付くと、急に焦りだした。これでは一気に形勢逆転だ。
「宗土さん、恥ずかしいですよ!放してください!」
「うぅぅん……あ……。うおぁぁ!?ゴメン!」
「気が付きましたか、宗土さん。もう、お姉ちゃんってば!」
僕の目覚めを合図にエレナが再びフィリナに向き直った。そこからしばらくの間、聞いては言い訳の繰り返しできりがなかった。
それを眺めていると、僕は寝室の方の廊下から誰かが歩いてくる音に気付いた。素足でとてとてと歩いてくるのはフレイだろう。早速、朝の挨拶をしようと振り返ると、視界にはとんでもないものが映り込んだ。
「お、おい!」
「おはようございます宗土様、っくちゅ!」
「ほら、体が冷えるから服は着て寝なさい!」
朝一番に可愛いくしゃみをかましたのは、裸体を隠さず堂々とリビングにやって来た幼い獣人のフレイだ。一瞬ではあるがその姿を見てしまった僕は反射的に視線を反らした。しかし、そんなこと知らんとばかりにフレイは僕の真ん前まで歩いてくると、
「やはり服は肌に当たる感触があって嫌なのです」
「それでも人として駄目だから!」
「私は人ではありません」
「面倒くせぇ!」
僕の叫びにエレナたちもフレイに気付いたようで、一瞬その姿に驚いていたが、状況を即座に判断した。二人はほぼ同時に動き出した。まずフィリナがダッシュでフレイを抱き上げるとエレナに向かって思いっきり投げた。しかしエレナは驚く様子もない。
「光の糸よ 我が手に代わりたまえ ライト・ヤーン」
直ぐに詠唱を済ませると、エレナの掌から輝きを帯びた無数の細い糸が出てきた。それはフレイ用の服(何故かメイド服)を掴むと飛んでくるフレイに驚異的なスピードで着させた。先程までの言い合いは嘘のように完璧すぎる姉妹の芸当を見せ付けられた僕は、その最中にフレイの裸体を見てしまっていることに気付いて見ていなかったフリをした。
「うぅ~ん、やっぱり服は苦手ですぅ」
「それでも着なきゃ駄目だからな!」
「そんなこと言わないでくださいよ宗土様ぁ~」
そう言いながら走ってきたフレイは何をするかと思えばいきなり抱き付いてきた。僕はうまく反応できなくて、フレイがお腹の上に乗っかった状態で倒れ込んでしまった。
その直後、リビングの中央にブラックホールのような円が出現した。それは記憶にも新しい固有魔法テレポートであった。その為、当然やってきたのは、
「宗土君、いるか?……って、何をしているのだ?」
「れ、レードさん!?いや、これは違いましてっ、そのフレイがっ」
「ま、まあいい。言いにくいなら無理には聞かん。好きにしていろ」
「僕は好きでやっている訳じゃないですよ!」
レードさんに変な勘違いをされてしまったようだったので、僕は声を張り上げた。と言うより、レードさんも何故ドアから入ってこないのか。
「隊長、せめてドアから入ってきてください!」
「おお、フィリナか。悪かった悪かった。いや、それ以前に前フィリナから聞いた宿屋にいなくてな、仕方ないから飛んできたのだ」
「気軽に飛んでこられると油断できないですね。……それもそうですが、土足厳禁ですよレードさん!」
僕は注意すると、レードさんが靴を脱いだあとに権限で部屋の床を綺麗にしておいた。その間、フィリナに捕まって何やら叱られていたようだが、まるで子供のようだ。
げっそりとした顔で隣の説教部屋と成り果てた部屋から出てきたレードさんと、笑顔でお待たせ~、と言って出てきたフィリナを加えて話をすることになった。それは勿論、今回レードさんがやってきた理由についてだ。
「……で、どういった御用件でしょうか?」
「これが、かなり重要なことなんだ。……昨日、討伐隊が魔獣討伐のあと、近くで古代遺跡を発見したらしくてな。これについて調査隊を送り込もうとしたところまではよかったのだ。問題はここからでな。……我の固有魔法では古代遺跡にターゲットを決めたとき、世界中のあらゆる古代遺跡が検索されてうまく飛べんのだ」
「……ってことは、要するに討伐隊の人たちが見たという古代遺跡に行くことができないという訳ですか……」
レードさんの言っていることを整理すると、古代遺跡は世界中にいくつも存在している。だから、飛ぼうにも実際に古代遺跡を見た訳ではないレードさんでは、古代遺跡と特定しただけでは世界中の古代遺跡が対象になってしまい、飛ぶことができない。
「まぁ、そこで僕に依頼しにきた、と?」
「その通り!ちなみに、君たちで遺跡の調査をしてもらいたいとも思っている」
「じゃあ、遺跡の中で発見した物はアタシたちの物にしていい権利をくださいよ?」
「あ、ああ。そうだな……」
冷や汗のようなものを額に浮かべながらレードさんはフィリナの条件をのんだ。先程、一体どれだけの恐怖を与えられたのだろうか。
しかし、直後レードさんは何かを思い出してああそうだ、と言って話を進めた。
「昔、古代遺跡には沢山の宝物と魔法書が納められていると聞いたことがある。もし見つけたとしたら君たちの物としよう」
「それは有難いことです。ありがとうございます、レードさん」
魔法が得意で好きなエレナが魔法書という単語に食い付いてひょっこり出てきた。先程も披露したように、エレナは武器での戦闘は少しも練習せず、その時間の全てを魔法の練習に費やしているゆえに実力は折り紙付きである。
「まあ、皆も異論はないみたいなので遺跡の調査、引き受けましょう」
「それは良かった。ありがとう、宗土君」
レードさんは僕の両手を自分の両手でがっしり握って礼を述べると、帰るつもりなのか早速立ち上がったが、フィリナがその肩に手を置いた。そして隊長に対しての最低限の礼儀と、小さな殺意にも似た何かを滲ませた表情でこう言い放った。
「隊長……次はドアから入ってきなさいよ」
既に命令文になっていることに関しては一応ツッコまずにしておいた。レードさんは冷や汗を浮かべて勢いよく二回頷くと、固有魔法を発動させた。
「それでは、よろしく頼んだぞ宗土君」
飛ぶ前にそう言ったレードさんの言葉の中には、遺跡の調査をよろしく頼んだぞ、というのがひとつ。そして、フィリナをよろしく頼んだぞ、という意味も含まれているように思えた。これではまったくどちらが上の関係なのか解らなくなってきそうだ。そして僕はフィリナの保護者にでもなっているのだろうか。
そんなことを内心考えていると、エレナが横から顔を出した。
「宗土さん、遺跡の調査には、勿論ですが私も連れていってくれますよね……?」
頼みごとをするときに上目遣いをする癖はやめなさい、と僕は内心で注意しつつも、ここまでされるとどうにも断れない。
「まあ、フィリナやフレイもいるし、万が一のときは僕もイマジネーションで何とかすることも出来るからな…………ま、いいか」
「ありがとうございます、宗土さん!」
フィリナには隣から痛い視線を送られたが、わざと目線を逸らしておほん、と咳払いをしてなんとか話を繋げた。
「じ、じゃあ、店で良い感じの防具を買いに行こうか」
「はい!」
元気のいいエレナの返事を聞いたところで、僕はフィリナに眼を合わせないようにして部屋を出た。すると、フィリナは何故か嘆息するとやれやれと部屋を出てきた。それに続くようにしてフレイも後に付いてきた。
「あまりゴツゴツしたやつとか、重そうなのはムリですからね」
綺麗に整備された街の大通りを歩きながらふとエレナが言った。何はともあれ、僕はエレナにそんな防具を選ぼうなどとは少しも思っていない。
「流石にそんなのは選ばないから安心して」
「アタシの妹なんだから、常にエレガントであり、皆の天使ちゃんでなくてはならないんだよ」
「こりゃあ姉バカといったところかな……」
つい声に出してしまい、フィリナが何か言った、と睨んできたので僕は両手をぶんぶん振って何も言ってないです、と早口に言った。
先程からフィリナが何故かご機嫌斜めなのがずっと気になったので、僕は意志疎通で問いかけてみることにした。
『フィリナさん、さっきから何をそんなに機嫌が悪いのでしょうか?』
『エレナを危ないところに連れていかなきゃならないなんて、どんな危険があるのか解らないのに……』
『そうは言っても、エレナは魔法を沢山知ってるから、戦闘向きのものも知ってるだろ?』
『それは、まあ知ってるけど……』
多分フィリナは大事な妹ことエレナのことを守ってやれるか心配しているのだ。恐らく今まで戦いの場に立たせたことなど一度もないのかもしれない。
『これもひとつのいい経験になるって』
『…………』
『それにさ、結果次第じゃあこれからどうなるか決まるかもしれないぞ。……もしかしたら、エレナはすごい才能があってレードさんに入隊を薦められるかもよ?』
「ばっ、なにいって……!」
急にカッとなってしまったのか、フィリナは意志疎通を使わずに声に出して叫んでしまった。その様子に驚いたエレナとフレイは何事かと振り返ってフィリナの顔を見つめた。そのせいで雰囲気が気まずくなってしまったので、僕はどうしようかと周りを見渡した。すると、お目当ての装備屋がすぐ見える位置まで来ていたことに気付いたので、話題を振った。
「おーい、装備屋が見えてきたぞ。エレナは僕と一緒に来てくれ。……あとの二人は……まあ、適当に何かひとつ選んでこい」
「はい!」
「アタシがどうせロクでもないもの選ぶと思ってるだろ?」
「解ってるなら直せ」
それを合図に、僕はエレナと、フィリナとフレイはそれぞれエレナに似合いそうな装備を選びに行った。
「魔法使いっぽいのがいいよな……」
「どうか、できれば可愛いのとか、がいいです」
もじもじしながらそんなことを後ろから言ってきているが、そんなことはもとから解っている。どうせなら見映えもいいほうがいいし、なんと言ったってエレナは自覚なしの超絶美少女なのだ。学園ものでクラスの中で目立ったことはせずとも、見た目の可愛さから気になってしまい周りからは人気ランキング一位ラインをさ迷うような性格なのだ。どうせなら制服姿だけではなく、私服姿も見たいという気持ちと同じなのだ。
「よし、これだな。エレナ、試着室に行くぞ」
「解りました」
了解を得て、僕は心配な二人にも意志疎通で選んだ装備を持って試着室に来るように伝えた。
数分後、二人と合流して、眼前の試着室にて、忽然ととある審査会が幕を開けた。それに名を付けるとしたら、
「エレナの可愛い装備審査会をここに始めたいと思う」
「何でフィリナ主催なんだよ。しかもこの点数札は一体何処から……」
「わけ解らないけど、エレナが一番可愛く見えるのを決めればいいんですね」
「まだ私、許可してないんですけど……」
こうして、エレナを含め、計三人を巻き込んだ謎の審査会が始まった。