《6》お礼と夜
以前はローブを纏っていてよく見えなかったが、流石は王様とも言える格好をしていた。今度は赤い王様のローブを羽織っていた。顔も見えなかったが、今はその山吹茶の髪と同色の瞳、そして何より、頭に被っている黄金の冠が位を表している。
僕は驚いて硬直していると、コードさんは苦笑を浮かべると喋り出した。
「まあまあ、そんなに固まらないで頂きたいな。それはそちらの者達もそうだ。我は助けてもらった身である故に、そんなに畏まられるとこちらとしても対応に困る」
「それは迷惑を掛けたな。アタシはフィリナ・コルネットだ。そっちの赤いのは妹のエレナ・コルネットで、その隣のちっこいのはフレイだ」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いするです」
コードさんは何故かフレイが気になっているのか、フレイの耳や尻尾といった獣の部分を興味深そうに見ていたが、やがて不思議そうな顔で信じられないことを口にした。
「ケルベロスもこうなると可愛げがあるものだな……」
「………………え?」
僕はコードさんにフレイがケルベロスであるなど一言も言っていない。もしそんなことが、よもや王様なんかに知られたら何を言われるか想像もつかなかったからだ。しかし、コードさんは十数秒フレイを見ていただけで見抜いたのだ。そればかりか、
「何を間抜けな声を出しているのだ?」
とコードさんの方が不思議だというように聞いてきた。それを見て、僕は疑問に疑問で返した。
「間抜けな声も何も、まず何でフレイがケルベロスなのが解ったんですか?」
「む?まさか聞いていないのか?そこのフィリナ殿が所属している討伐隊隊長のレードは、我の弟だぞ」
「た、隊長があんたと……兄弟関係って、えぇ!?知らなかったぞ!」
「レードのやつ、何も言わんかったのか」
いや、でもおかしい。コードさんはコード・バルメス、レードさんはグランド・レード。家名が違うことは名前を考えれば明らか。僕はコードさんとフィリナの間に入ると、その疑問を投げかけた。
「コードさん。コードさんとレードさんは家名が同じではないと思うのですが、それでは兄弟として成立しませんよ」
「そうだな……。あいつは、王家の者であることで周りから特別扱いされるのを嫌がってな。レード・バルメスからグランド・レードと改め、庶民と同じように街で暮らすようになったのだ」
「そういうことだったんですか」
どうやらコードさんとレードさんとの間には深い関係があるらしい。少し辛そうに話をしているコードさんを見て、僕はこれ以上の追求は止めておいた。それを合図に、コードさんは手を叩くと、笑顔に戻った。
「話が逸れてしまったな。さて、お礼の話だが、ずっと立ちっぱなしなのも疲れるだろう。まずは部屋に入ってくれ」
言い終わるや否や、高級感溢れる大きな扉を重々しい手付きで開けた。しかし、そこには玉座が無く、大きなテーブルに多くの椅子が用意されている、恐らくは会議室らしき部屋があった。僕らはコードさんの後に続いてぞろぞろと入っていった。
何の素材で作られているのか解らないその椅子は、座ると柔らかさが体を吸い込むように包み込んだ。対面に座ったコードさんは、早速とばかりに話し出した。
「お礼の件だが……率直に聞こう。何か欲しい物はあるかい?」
「そ、そうですねぇ……」
いきなりのストレートな質問に、僕は言葉に詰まってしまった。咄嗟に何かないか?と意志疎通でフレイにヘルプを求めた。すると、返ってきた言葉は意外にもまっとうな意見だった。それは、
『先日から探していますが、空き家を提供してもらう、というのは如何でしょうか?』
『ナイスだ!よくやったぞフレイ!』
すると、何故かフレイは頬を真っ赤に染めて下を向いてしまったが、僕はコードさんを待たせてはならないのでコードさんのほうに向き直った。
「王都内の空き家を提供して頂けたらいいんですが、どうでしょうか?」
「うむ、よいぞ。しかしそれではお礼として足りぬなぁ……そうだ、この近くに貴族の住宅街があるが、そこに一軒あったのを忘れていた。そちらにされてはどうかな?」
目を細めてコードさんが提案すると、隣の席に座って大人しく話を聞いていた二人が鋭く反応した。フレイは元野生の魔獣なので、貴族の住宅街と言われてもさっぱり解らないようで、二人の驚きように逆にびくりとなっていた。
「き、貴族の住宅街ですって!?」
「あんた、正気か!?」
「我はいつでも正気だ。そんなこと言ったっていい住居が欲しいだろ?いいから行くぞ」
事実を突き付けられて、二人はそれなら、と言い残してコードさんの後に付いていった。
コードさんはボディーガードの衛兵が三人付き添いとして見事な三角形で囲まれていた。貴族の住宅街には周りを見渡す限り、豪邸が建ち並び、その中でも大きめな白い豪邸に案内された。
「凄いね、お姉ちゃん」
「ああ……。門までしっかり作り込まれてる」
それを聞くと、コードさんはにやっと笑い両手を広げた。
「君たち、こんなに広くても色々困るだろ。それを予想して、専属の執事一人とメイドを三人雇って、料理人四人と門番の衛兵を二人、つけることにしておいたぞ」
言うと、黒く整ったスーツに身を包んだ執事らしき人が出てきた。赤茶の髪ときりっとした眼付きがまだ若々しい青年であることをハッキリと示していた。
「私、執事として務めさせて頂きます、シュールでございます。どうぞよろしくお願い致します、旦那様」
歳に合わず、礼儀正しい自己紹介に思わず見入ってしまいそうになって、なんとか留まったが、僕は最後の言葉を聞き落としていなかった。
「今さ、僕のこと旦那様って呼んだ?」
「もちろんでございます、旦那様。こう呼ぶのは習わしでございますゆえに、そう呼ばせてもらっています」
「習わしだって!?ってことは、三人のメイドさんも……」
「お察しの通りです、旦那様」
言葉を言い終わる前に、予想通り習わしに従って旦那様と呼んでくれるメイドさんが出てきた。歳は十八ぐらいで声をかけてきた子は、綺麗な翡翠色の髪をハーフアップにしている。瞳の黄色はとても綺麗で煌めいているように見えてしまう程だ。その隣からは二人目のメイドさんが出てきた。歳は一人目のメイドさんと同じくらいだろう。淡い黄色のややウェーブがかっている髪を背中まで伸ばし、きりっとした濃い黄色の瞳は落ち着きをはらっているように見える。
「流石です、旦那様」
最後に三人目のメイドさんも出てきた。見た目から考えると、歳はまだ幼さが残る十六と言ったところだろう。ここではあまり見慣れない黒髪黒眼のぱっつんショートの少女だった。少女たちは揃ってスカートの端を摘まんで礼をした。
「私はルーナでございます。そちらの金髪の子はシュリ、黒髪の方はキリです、旦那様」
「僕は金井宗土、よろしくね、えーと……ルーナ、シュリ、キリ」
「こちらこそ。これから末永くよろしくお願い致します、旦那様」
あとは料理人と衛兵の人たちだけだ。と予想をしていたその時、察したかのようにコードさんは衛兵を呼んだ。
「衛兵!宗土君に自己紹介を!」
呼ばれると、既に鎧に身を包んだ衛兵が二人、ガチャガチャと音をたてながら走ってきていた。そこからは今までと同じような自己紹介が行われた。それも終わったところで、コードさんは待っていたかのように料理人のことを話した。
「すまんが、料理人達は昼食の調理に取り掛かっていてな。紹介出来んが、まあよいだろう。それでは我は帰るゆえ、その家は今日から宗土君たちの物だ。好きにしてくれ」
「ありがとうございます、コードさん」
僕がお礼を言い終えると同時、衛兵は門に。シュールさんに続き、ルーナとシュリとキリは僕らに続くようにして家の扉を潜った。
玄関は無駄に広く、シャンデリアが吊るされている。正面には二階へと続く大きな階段がある。
「よくやったな、宗土。これで空き家探しの手間が省けたからな!」
「そうですね。宗土さんには感謝しないといけませんね。ありがとうございます」
宿屋での一件のあとなのに、感謝されるのはとても変な気分になるが、思い出させると色々と面倒なことになりそうだったので言うのは止めておいた。
「うーんと、何処がどうなってるんだか……。あ、そうだ!ルーナ、リビングまで案内してくれないか?」
「お安いご用です、旦那様」
元気いっぱいの声で応じたルーナは、僕らの先頭まで来るとこちらです、と言って案内をし始めた。ルーナの歩く後に続いてリビングに進んで行くと、そこにはもの凄い景色が広がっていた。
「広くない!?っていうかソファーもベッドも巨大だよね、無駄に!?」
何故か何人入る気だと叫びたくなるような広い空間に十人は入りそうなソファーや、二人で寝るどころか五人はいけそうな横幅の広いベッドがいち早く眼に飛び込んできた。そこからもう一度見回すと、キッチンの近くに設置されている巨大な倉庫の扉のようなものは、この調子でいけば冷蔵庫だろう。
「ここは元国王陛下が使っていらした別荘なんです」
「えぇぇ!?道理で色々と凄い造りになってる訳だな」
「うふふ、喜んでいただければ何よりです」
この家がそこらにあるような豪邸とは違うことは入ってみれば直ぐに解った。だが、元国王の別荘だったというのは流石に予想外だったので素直に驚いた。エレナたちなど硬直してしまう様だ。
「それでは私は仕事に戻らせていただきます」
「うん、解った」
とことこと、歩き方まで習わされたように綺麗な姿勢で歩いていくルーナを背中越しに見送って僕はエレナたちの方に向き直った。未だ驚きを隠せない様子で、部屋の装飾品やらに見入っていた。僕が声をかけてやると、ようやく気付いてこちらを見た。
「今日は落ち着いて寝られそうにないな」
僕がそう言うと、三人はそれぞれ頷いた。人としての経験ゼロのフレイにとっては宿屋でも驚くことが沢山あったのに、いきなり豪邸に住むとなればなお混乱するだろう。
と考えていたところに突如、衝撃的な言葉が発せられた。
「それじゃあ今日はアタシらと寝てくれよ?って言うか、寝ろ」
「………………はぁ?」
思考停止、その直後襲ってきたのは今までに宿屋で起きた数々の、通称『ベッド事件』だった。いま思えば、その事件が起きるようになったのはフィリナが加わってからである。エレナは姉に対しての競争心のせいであろう。フレイはフィリナが変なことを吹き込んだせいでこんな状態になってしまっている。ここはまたひとつの『ベッド事件』を引き起こしてしまう前に断らなければならない。
「いや僕はソファーでいいです」
早口に敬語で断る。しかしここから始まる口論に備えなければならない。はっきり言って、フィリナがどう出てくるか解らない。
「じゃ、いいや。また今度にしてやる」
色々な展開の口論を予想していた僕にとって、そんな呆気ない諦めの言葉を聞いたのは予想外中の更に外、全く選択肢の中に存在しない解答だった。
僕の驚いた顔を見て、フィリナは肩をすくめるとだってよ、と理由を言い出した。
「宗土が本当に嫌だったら諦めるしかないじゃん。イマジネーションがあるんだしさ」
「…………あ」
「おいおい、等の本人が気付いてなくてどうすんだよ」
ぐぅの音もでない、まさに完璧な理由だ。僕は何故いままで権限を使わなかったのか自分でも不思議に思った。やっぱりまだ何でもありっていう生活に慣れていないのだ。
フィリナはアタシ、二階見てくると言って階段の方に向かって行ってしまった。エレナとフレイもまた、それぞれ気になるところがあるようで、フィリナの後を追うようにして部屋を出ていった。
その夜、三人がそれぞれ風呂に入ったのを確認した後、僕も風呂場に向かった。わざわざそんなことをする理由と言えば、単純に風呂場のドアを開けた途端、女性が脱いでいる途中の場面に遭遇して物を投げつけられたり拳を喰らって吹き飛ばされるあるある主人公的なラッキースケベをかまさないようにするためだ。もう散々それは起こっているゆえに今更な気もするが、
「僕は健全な男子を貫くと決めたのだ」
そう。僕は健全な男子を貫くという謎の使命を持っている。だからこそ、悪いが今日はベッドでは寝れな……、
「いィィッ!?」
僕がソファーに寝ようと倒れ込んだその時、それは姿を現した。メンバーの中でトップクラスに警戒してなくてはならなかったのに、まんまとしてやられたしまった。
「やっと来たな。遅いぞ、女を待たせるとは」
「待たせるもなにも、何で透明化して隠れてるんだよフィリナ!?っていうかそんなこと出来たのかよ!」
「宗土のためならあんなことやこんなことも出来るんだぞ?」
「絶対お断りだよ!」
なんとソファーに透明化して寝転がっていたのだ。
後で直接聞いたのだが、僕が風呂に入っている間にソファーの上に光魔法の微妙な光の当たり具合を調節して透明化した状態で待っていたそうだ。
そう、そうだ。こいつがそう簡単に諦める筈なかったのだ。
フィリナは僕を両手両足で捕まえると、よりいっそう笑みを増した顔で言った。
「油断大敵って言葉をどうも知らないようだから、アタシが教えてあげようとしているんだぞ。さぁ、夜は長いからねぇ……何をして遊ぼうか?」
僕の油断ゆえに、始まってしまったのだ。新たな『ベッド事件』が、この場所で。そして同時に、健全な男子を貫く使命も終わりを迎えた。