《2》宿屋の一夜
未だに鋭い視線に傷付けられながら自称田舎者の金井宗土と路地裏で助けた(?)エレナ・コルネットは手を繋ぎながら王都の大通りを歩いていた。エレナは子供の様な笑顔を浮かべながら楽しそうに歩いている。対して、僕は先程のチンピラが言っていた『固有魔法』という言葉が気になっていた。
「エレナ。さっきの奴らが言ってた固有魔法って何のことなの?」
「え?先程私を助けて頂いたときにあの力を固有魔法だと言っていましたが……あれは違うのですか?」
「いや、僕のいたニホン村で、村長に言われて自分の力が固有魔法だと解ったんだけど……僕、固有魔法について全然知らなくてさ」
「へぇ、そうなんですか……あ、すみません。固有魔法はですね……言葉の通り、人それぞれの持つ固有の魔法であって、他者には使えません。と言っても、固有魔法を持っていない人もいますよ」
人それぞれの持つ固有の魔法。つまり、個性と言ったところだろう。
「そういえば、私を助けてくれた宗土さんの固有魔法って、どういうものなんですか?」
マズイ。どうしよう、考えてなかった。確かにチンピラに言われて固有魔法だと言ってしまったのは事実。
「あ、あれは『イマジネーション』って言うので、僕がしたいことをある範囲内で可能に出来る魔法だよ」
「それは凄いですね!先程助けてくれたときも飛ぼうと思って飛んできた訳ですね」
確かに王都に飛んできたのは、飛んで行こうと思ったからである。それでたまたま路地裏に詰め寄られていたエレナに出会ったのだ。
「そういえば、これから姉に会いに行くのですが、まだ場所を言ってませんでしたね」
「そうだな。何処なんだ?」
「討伐隊の集まる場所です」
「え?エレナのお姉さんって、討伐隊の一員なの!?」
「はい」
僕が想像していたイメージと全然違った。妹のエレナがこんなにおとなしい子なのに、お姉さんは討伐隊で命懸けているのか。
ふと、遠くからエレナに声がかけられた。
「おーい!エレナ、こっちだ!」
その人の髪はポニーテールでエレナより少し色が淡い。着ている軽装のレザーアーマーは泥にまみれ、所々傷付いている。如何にも戦後の人。
「あ、お姉……姉さん!」
「何だよ。いつも通りお姉ちゃん、って呼べばいいのに。お、そっちの奴は……まさか、エレナ狙いか?」
「ち、違います!たまたま路地裏で出会っただけです」
「そうだよお姉ちゃん!変なこと言わないでよ」
まったく、急に何を言い出すんだよこの人は!?姉妹で性格まで正反対じゃないか。そういえば、エレナってお姉ちゃんって呼んでたのか。
「そうかそうか、悪かったな。アタシはフィリナ・コルネットだ。アタシのこともよろしく頼むぜ?」
「何を頼まれればいいんだか。僕は金井宗土。宗土が名前だ……よろしく」
「宗土、か。よし、アタシもデートに連れていけ!」
言い終わる前に、フィリナはいきなり腕にしがみついてきた。
出会って数十秒。デートとは恋人がすることであって、初対面の人と友情を深めるものではない。周りの目もあるというのに紛らわしいことをしてくる。
「デートなんてしてないって!これから宿屋に行くんだよ!」
「はは、冗談だよ。何、顔赤くしてんだよ。もしかして……照れちゃった?」
「お姉ちゃん!」
「おいおい、取る気はないから安心してくっつきな」
「もう止めてってば!」
何か一気に賑やかになったな。フィリナが入ればエレナと二人のときみたいに会話が途切れて空気が重くなったりしないからな。ちょっと鬱陶しくもなりそうだけど。
と言うか、周りからの視線がどんどん痛くなっていく。神様、僕は精神面でまた死にそうです。
「ほら、何ボーッとしてんだよ!さっさと行くぞ!」
「ああ、ゴメン。急ごう!」
いつの間に言い合いが終わったのか、手を振りながら呼ぶフィリナの声につられて宿屋に向かって再び歩き出した。
宿屋は意外と利用者が多いようで、沢山の部屋が使われていた。それでも空いている部屋を見つけて、借りることができた。
「何とか泊まれそうだよ。ありがとう、エレナ、フィリナ」
「何言ってんだよ、アタシ荷物持ってくるぞ!エレナは待ってろよ」
「うん、お姉ちゃん」
「はい?荷物を持ってくるって、何のこと?」
「ここでお別れなんて悲しいこと口にすんな!アタシらも一緒に泊まるんだよ!」
高らかに叫んでフィリナは走って出ていった。エレナはと言えば、フィリナが走って行くのを止めようともせず、部屋に行きましょう、と言って袖口を引っ張ってきた。さっきあれほどフィリナに対抗してたくせに……どっちの味方なんだ?
「ここですね」
「なあ、本当に君たちは俺と一緒でいいのか?」
「はい。宗土さんなら……構いませんよ」
もしかして嫌々だけど、エレナのことだし、ハッキリ言えなくて気を使ってくれているのだろう。僕がしっかりしないと、だな。
ガチャっと、部屋のドアを開けて入ってみると、ベッドが二つ。綺麗なキッチンと冷蔵庫が配置されていて、居間は充分な広さがある。エレナはシャワーを浴びてくると言って風呂場に行った。
「おーい!帰ったぞお二人さん。お取り込み中ならどっか行くけど!」
ドアの向こう側から帰ってきたフィリナが軽口をたたいてきた。お取り込み中もなにも、今部屋の中に入ったばかりなのだが。
「冗談はいいから、入りなよ」
「悪いねぇ。ベッドはふたつかぁ」
「俺はそっちで寝るから、二人で使いなよ」
「いやいや。今日はどっちと寝るんだい?アタシと寝たら、いい思い出作ってあげるよ?」
「い、いいって。僕はソファーで寝るって!」
初日で知り合ったばかりの可愛い女の子とベッドで寝る。そんな提案、普通なら断る訳がない。しかし、僕は健全な男の子でいたいのだ。フィリナの奴、甘い声まで出して迫ってくるとは、危険だ。今日は無事に一夜を過ごすぞ!
「そういえば、エレナから聞いたが、宗土の固有魔法って凄いみたいだな。何でも、話を聞く限り何でも出来るみたいじゃないか」
「ある範囲内で、だけどさ。ちなみに、いくら凄くたって、材料がなければものを創り出すことは出来ないからな」
「そりゃそうだろ。物を創り出す魔法なんて聞いたことないからな。それならひとつ、何か見せてくれ」
「うーん、そうだなぁ」
魔法ではなく権限なのだが、どうせなら何か役に立つことをしたほうが気に入ってもらえるだろう。それなら……フィリナの汚れてボロボロなレザーアーマーを新品同様まで修復してあげよう。それに、結局は魔法扱いだし、それっぽい演出も入れてみるとしよう。
目をつむり、右手を前に出す。手元に緑色の魔方陣を出現させ、効果を発動させる。
「イマジネーション/修復」
唱えると、フィリナの全身が光に包まれた。フィリナは慌てて体を見回したが、言ったのは自分だと判断したのか、大人しく見つめていた。
「へぇー、どんな魔法をかけたんだ?」
「フィリナの鎧を修復したんだ」
「ありがと!宗土」
喋っている間に修復が終わり、フィリナの全身を包む光が消滅した。
そこにあったのは、色もハッキリとし、所々空いている穴は完全になくなったレザーアーマーだった。
「わぁ凄い!てっきり服と鎧でも消すのかと……」
「しないよ!」
「どうかなぁ。本当は見たいんじゃないの?」
「見たくないし……ってああ、もう!この話終わり!」
フィリナは強引に畳み掛けてくるからもうこれしかない。途中で話を切り上げると、フィリナは少しムスっとしていたが、やがてエレナが風呂場から出てきた。交代で入るようで、妹と愛を育んでね、と言い残して風呂場に入っていった。
出てきたエレナは今までのローブと違って、桜色のトップスを着ていた。服で雰囲気がガラリと変わって、意外と可愛かった。ベッドの上に座っていた宗土に気付き、エレナも隣に座る。
「その……似合ってるよ」
「へ?あ、ありがとうございます……」
あれ、終了?まだ全然話してないぞ。フィリナと違って、こっちはこっちで話しにくい。
「あ、あの……私はお姉ちゃんみたいに積極的ではありませんが……その、嫌でしょうか?」
「え?何が?」
「私と……その……一緒に、ね、寝ることです!」
「あ、あー!嫌じゃないよ、うん。嘘じゃないよ。エレナみたいに可愛い子に頼まれたらスッゴイ嬉しいけどさ……あれ?エレナ、どうした?」
ボンッと。顔を真っ赤にしてエレナはその場に硬直してしまった。どうやら、可愛い子と言われたことに照れて爆発してしまったのだろう。いつもと何か様子がおかしい。もしや、風呂場でのぼせたのか。
「おーい、エレナ!大丈夫か?」
「宗土さん……」
グイッと手を引っ張られてベッドの上に倒れ込んでしまい、何とか手を着いたが、これではエレナを押し倒したような格好になってしまった。
その犯人エレナは、右手を僕の左頬に添えて、
「嫌じゃ、ないなら……寝よ……?一緒に」
と言った。
ヤバイヤバイヤバイヤバイ!よりによってエレナにここまで追い詰められてしまった。こんなの卑怯すぎる。
「待てって。こんなのダ……」
「うっわー、大胆だね宗土」
丁度風呂場から出てきたフィリナに見られて、おそらく勘違いされた。それに、冷たい目線を向けられた。今すぐ消え去りたい気分だ。
「嫌、違うフィリナ!これはだな、その……」
「その、何?いいから……アタシも混ぜろー!」
「わっ!ちょっ、ああぁぁぁぁああああああ!」
僕の異世界生活一日目は、こんな形で幕を閉じた。
異世界生活二日目。朝は穏やかに……とはいかなかった。
「エレナは向こうのベッドだろ!」
「宗土さんは私がいいの!」
目覚まし時計の代わりに姉妹の口喧嘩。まったく騒々しい朝だ。
昨日の夜は、結局エレナとフィリナに抱き付かれてそのままベッドで寝てしまった。
「おはよう二人とも。朝から元気だな」
「おはようございます、宗土さん。気持ちよく眠れましたか?」
「おはよう宗土。これから寝るときはアタシに言えよ」
「違うって!今日の夜は今度こそソファーで寝るからな!」
毎日毎日、美少女二人に抱き付かれて寝たら理性が保てなくなる。単純に心配なのはそこだった。しかし、二人ときたら嫌われたと勘違いし、エレナは急にしくしく泣き出して、フィリナは自分に自信があったのか、ガチ泣きし始めた。これを何とか宥めて(三時間かかった)、僕は落ち着いた状態で朝食にありつけた。
「お姉ちゃん、今日は討伐隊の仕事はあるの?」
「ある。それが最近はちょっと厄介な魔獣が現れてな」
「それはどんな奴なんだ?」
「魔獣ケルベロス……仲間が少し殺られた」
魔獣ケルベロスと言えば、ギリシャ神話に出てくる怪物。首が三つあり犬のような姿をしていると言い伝えられている。そして、フィリナの言う殺られた仲間とは、討伐隊で一緒に戦っている人達だろう。
だが、神様に頼まれた使命……この世界の全魔獣の討伐。この機を逃したら次の機会はいつくるか解らない。
「フィリナ、頼みがある」
「何だよ急に改まってよ。調子が狂うじゃないか」
「いや、真面目な頼みさ……僕に、魔獣ケルベロスの討伐をさせてくれ!」
「はぁ!?」
「えっ……?」
二人のその反応は正しい。いくら強力な固有魔法持ちだとしても、魔獣との戦闘に生身の人間を加える筈がない。しかし、僕の力は固有魔法ではなく権限であり、何よりこの世界にやって来た一番の理由である。
「何言ってんだ!宗土が戦闘魔法を出来るかアタシは知らないんだぞ!もしもの時、宗土を守ってやれない!」
フィリナは他人にはいつも強がっているように振る舞っているが、実際は仲間を失うのが怖いのだろう。それでも僕は死なない。権限がある限り絶対に死なないし、
「僕は他の戦闘魔法を使うことも出来るから!」
権限の力なら他の魔法を使うことだって容易に出来る筈だ。
「な、宗土!それ出来るのに黙ってたのか!?他の魔法ってどれくらいだ!?」
他の魔法が使えることを言っていなかったので、フィリナは興奮気味に聞いてきた。しかし、他の魔法とは何なのか。僕はここに来てから一度も聞いていない。
「それは………全部だ!」
「………………」
あれ?この状況ってかなり不味い?
「宗土、それは本当なのか?」
「あ、う、うん。そうだ」
これは真面目に聞いている。そこで僕は堂々と嘘をついてしまった。ここでそれが実現出来なければ二人の信用を失い兼ねない。
「火・水・地・風・光・闇、だ!」
「す、凄いです宗土さん。全ての属性を使えるじゃないですか」
幸運なことに、僕が言った属性は全てこの世界で使われる属性に該当し、かつ全部だったようだ。
それを聞いたフィリナは腕を組み、深く考えると、やがて決心して言った。
「解った、信用するぞ宗土。連れてってやるから食べ終わったら一緒に来い」
斯くして、僕はケルベロスの討伐隊に加えて貰えることになった。