唐突の対決
一通り踊り(?)を終えたらしいジンが、ぞろぞろと体育館の一角に集まっていった。
バスケットコートの片側に。
「おいココロ。これは一体どういう冗談なんだ?」
「ええ……? そんな事私に聞かれても……あ、もしかして」
急になにか分かったかのようなココロが、キョロキョロと体育館を見渡し始めた。
そしてあるものを見つけ、それを指さす。
「コウジ、あれ! 『記憶のカケラ』だよ!!」
その方向を見ると、確かに昨日も見た正八面体の青い光を放つ物体があった。まるで天井に張り付いているかのように、そのすれすれを浮上している。
「つまり、今日の『解放』はここでやるのか?」
「うん。そういうことなんだろうね」
ココロが頷く。
そして俺は、再び体育館の一角でたむろっている影どものほうに視線を戻す。
「で、あれは?」
「多分なんだけど、おそらく彼らは昨日の奴みたくおかしくなってないみたい」
彼女が何を言っているのか俺にはよく分からない。
「……どう見てもおかしくなっているようにしか見えないんだが?」
「いやまあ、確かに挙動はおかしいけれどね」
あはは……と、苦笑を漏らす。
ちなみに、奴らはボールでパス練習なんかをやっている。彼らにもウォーミングアップは必要なのだろうか……?
それを無視して、ココロはさらに続ける。
「近くに記憶のカケラがあるということは、ひょっとすると彼らはあれによって呼び出されたんじゃないかな? だから今の『異常』の影響を受けていないとか。私達への攻撃意思はないみたいだし」
「記憶のカケラが、奴らを呼び出した? 何のために?」
「うーん、例えば、『解放』に繋がるヒントになっているとか」
そう言って、記憶のカケラを指さす。
「もしかして今回の記憶のカケラは、『解放』に欲しい情報がかなり厳密なものなのかもしれないね。そして、ジンとバスケで勝負するというのが、必要な情報の一つのキーワードなのかも。だから彼らを召喚した。あらかじめ彼らの動きを『バスケをする』というふうにプログラミングした上でさ」
「それはつまり、今回の『解放』は、昨日のとは違ってやるべき事が固定されてるってわけなのか。ただ闇雲に遊んでいるだけではダメだと」
「そうなるだろうね。今回は結構厄介そう。まず、向こうの出す『条件』というものを知らなくちゃいけないんだろうし」
「なるほどな……」
俺は溜息をついた。
昨日でも結構大変だったのだ(主にココロのせいで)。あれよりも更に大変になるなど、考えるだけで目まいがする。だが……。
俺は、ココロに確認を取った。
「今日の俺達の世界を救う使命は、こいつなんだな? ココロ」
「うん。記憶のカケラがここにある限り、間違いないよ」
ならば、やる事は一つだろう。
俺は口元に笑みを作る。
「やってやろうじゃないか、この勝負。形は違えど、丁度ジンの奴らにはリベンジしてやりたいと思っていたところだったしな」
それに連れて、ココロも笑う。
「私もう昨日勝ったんだけどねー。でも君の勝負、もちろん私も乗らせてもらうよ。コウジの勝負は、私の勝負でもあるんだから。そして何より、世界の命運がかかっているしね」
「一応お前の自慢の力、頼りにしといてやるよ。昨日は脅威でしかなかったけどな」
「あー。ひどーい。一緒に戦う相手にそれはあんまりなんだよー」
「……」
「……」
お互いに言い合ってから、しばらくして俺達はまた笑ってお互いの腕を交わす。
「「今日も、頑張ろう」」
そして、二人で影のほうに向き直った。
目指すは、記憶のカケラの『解放』。また一歩、世界の救済に近づくために。
――こうして、今日の冒険は始まる。
バスケットコートの片側に、俺とココロの二人が立つ。もう一方には、五体のジン。
一試合の時間は十分。多く点数の取った方の勝ち。先制は、ボールを持つ向こうからだ。
「なあ。記憶のカケラが『解放』される条件というのは、どうやったら分かるんだ?」
気になっていた事を、俺は隣で準備運動をしているココロに尋ねる。
「うーんとね。記憶のカケラは『解放』される条件が行われている時に、少しだけその回転運動が速くなるみたいなの。注意深く見ていないと分からないだろうけれど」
「つまり、情報は向こうから流してくれるわけなんだな? なら、それも注意して見ながら試合をしないとだな。……というか、俺達二人であんな怪物五体相手に出来るのか? どうせ運動能力もヤバいんだろ? 俺とココロの連携が取れてても難しいような気がするが……」
今更ながら結構重大な問題に気が付いたが、それにココロはあっさりと答えた。
「ああ、光司はその条件の探りと確認をしてくれるだけでいいよ。ジンなら、私一人で充分だから」
「おいおい、出来るのかよ?」
疑念の目を彼女に向ける。
昨日のココロを見ている限りでは、確かに彼女は凄いパワーを持っていたが、それは強過ぎてコントロール出来ていないという印象だった。ボールとか全然見当とは違う方向に飛ばしてしまったりしていたからだ。その結果、試合をすれば俺なんかと五分五分の勝負を繰り広げていたくらいだ。
ジン達がどれほどレベルが高いのかは分からないが、いくら何でも彼女一人でと言うのは……。
が、ココロは自信あり気な様子だった。
「へーきへーき。まあ、信用しててよ」
「まあ……そこまでお前が言うなら」
今のところ、特にジンの動きに対応出来るような作戦は思い浮かばない。
ならば取り敢えずジン五体を、ココロ一人に任せてみるかと考えた。
(……ん?)
だがその時、俺はなんとなく違和感というものを感じた。でもなんの違和感かは、よく分からない。
頭を振る。……考えすぎだろうか。
記憶のカケラの方を見る。その回転速度は、今は一定に保たれていた。その回転の様子をよく頭に焼き付けておく。
今から『解放』の条件を、何回もの試合を通して色々試して探っていく事になる。
とにかく、まずは奴らに勝ってみたいものだが。
「じゃあ、ゲームを始めよう」
俺が器具室に置いてあったストップウオッチを押す。試合開始だ。
そして一瞬だけ記憶のカケラをまた見ておく。
すると、その回転が少しだけ速くなっていた。つまり、まずはジンとバスケをするというのは条件の一つ。それは確かに確認出来た。
そして視線を戻すと……。
「……ッ!?」
五体のジンが凄まじい速さで俺ら側のコートまで突入してきていた。
ドリブルをつく一体のジンが、猛烈な勢いでスリーポイントラインに立つ俺に肉薄してくる。
「く……っ!」
止めようとするものの、あっという間に抜かれてしまった。
後ろを振り返ると、もう奴はフリースローラインを越えている。
「まず……ッ!」
やはりどう考えても、全く相手にならない。
そして、奴はシュートのモーションに入って……。
その手にあったボールが一瞬で掻き消える。
「へ……!?」
奴が見えないほど速いシュートを放ったのかと思ったが、違う。
シュートしようとした本人も、慌てたように辺りをキョロキョロしている。奴には、ボールが突然無くなったようにも思えただろう。
だがそれも無理はない。何故なら奴がシュートしようとしたボールは、直前に脇から掠め取ったココロによって、今はジン達の側――センターラインを遥かに超えたところまで運ばれているのだから。
「はああああッ!!」
ドリブルをつきながら、コートを爆走するココロ。ようやく気付いたジンたちはそれを追いかけ始めるが、到底間に合うはずもない。
そしてあっという間にゴール手前までたどり着いたココロは、大きく跳躍する。
ゴールの高さすらも飛び越えて。
「たあああああああッ!!」
そして中空で、ボールを下のゴールに向かってぶん投げた。
ココロの腕力と、重力加速度が加わって凄まじい速さを伴ったボールは、狙いたがわずゴールの輪を突き抜け、体育館の床にめり込む。数秒遅れて、ココロも床に着地する。
「よおーしッ! まずは先制点だよッ!」
「……まじかよ」
俺は驚くしかなかった。
普通バスケのシュートには、微妙な力加減が必要になる。本来、バスケのゴールにはボールを下から投げ入れなくてはいけないのだから。
ココロにはそんなのどう考えても無理だ。下から投げたらどうせ天井にめり込ませて終わりだ。
だが彼女は、上から投げ入れるといった方法でそれを覆してきたのだ。
彼女は、昨日よりも格段にその「力」の使い方が上手くなっている。
いつの間にここまで上達したのかは知らないが、確かに今のココロなら最早ジンすら敵ではないだろう。本当にコイツ一人に任せて良さそうだった。
そうして試合はそのまま流れていく。ココロの無慈悲かつ圧倒的な神速に、あのジン達ですら成す術もなく翻弄され続けた。俺はスローインの時にココロにパスを回すといったことしかせず(手伝ったところでココロの動きに俺も付いていけない)、あとは記憶のカケラの観察に徹したが、その動きにほとんど変化はない。そして――
ピピピピピピピピ~。
ストップウオッチが鳴る。得点は60-0。えぇ…という困惑の声が思わず漏れる。我がチームの(ココロの)圧勝だった。
俺は再び記憶のカケラを見ると……。
(おお……)
その回転がまた僅かに速くなった。つまり、俺達の勝ちが条件だったのだろうか。
だがそのまま「解放」されることはなく、すぐに回転速度は元通りになる。
とは言え、また一つ収穫は手に入った。
「ふう~。楽しかった。どうコウジ、何か分かった?」
こちらに戻ってきたココロが、汗を手で拭いながら聞いてくる。
「おうお疲れ。いや凄すぎるだろお前」
「えへへー頑張ったでしょー?」
照れた様子のココロの後ろで、ジン達が地団太を踏んでいた。悔しかったのだろう。
「取り敢えず『条件』だが、二つなら分かった。一つはやはり『バスケでジンと戦う事』で、もう一つは『俺達が勝つ事』みたいだな」
「勝つ……なるほどね。というか、条件を一試合でもう二つも見つけられたんだ」
「確かに、意外とすぐに分かっちまったし、条件自体も割と簡単なものだったな。もっと無茶苦茶なものかと思ったが」
「勝つ」という条件に関しては、まず容易くこなせると言っていいのかもしれない。こちらには、超チート級の存在がいるという事が分かった。
「このペースでヒントを読み解いていけば、あっという間に『解放』まで持ち込めるかもしれないな」
「うん。そうなるように頑張ろうよ。あのジンたちを体育館から追い払って、早くコウジと遊びたいし」
「俺は帰って寝るぞ」
「だめー。逃がさないよー☆……と、さて、そろそろ第二試合いこうよ。ジンたちも待ちくたびれているみたいだし」
どうやらそれなりに話し込んでいたようだ。奴らはジーとこちらを見ていた。
「よし。まあ、サクッと終わらせようぜ」
「うん!」
俺はストップウオッチを再び掲げる。
二日目。今回は割と簡単に終わりそうだった。