表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/61

旅の拠点

 キャッチボールはその後、無言で続いた。

 涙が止まるのも時間がかかり、しゃべってココロに涙声を聞かれたくなかったというのもある。そんな俺に対して、ココロはただ黙って微笑んでいた。


 キャッチボールが飽きてきたら、グラウンドで出来る別の事をやり始めた。

 サッカーのPK。ココロには事前にサッカーボールの蹴り方を教えたから、シュートはそれでも滅茶苦茶速かったもののそれほど酷い目には遭わずに済んだ。

 グラウンドの端にあったテニスコートでのテニス。これは逆に、彼女が力を入れ過ぎて変な所に飛ばしてくれたほうがこっちは点数を取れたのだが、さっきのキャッチボールで微妙に腕に入れる力のコツを掴んだらしい。変な方向に飛ばすことも多かったが、たまに速く正確なスマッシュも決めてきた。

 とはいえココロの動き方は何をやっても素人臭かったため、勝敗自体は五分五分のものとなる。

 ココロが勝てばココロがはしゃいで喜び、俺が勝てば俺が思わずガッツポーズをとる。


 そんな事をしているうちに、時間は過ぎていった。




 グラウンド中空に浮かぶ正八面体の物体、「記憶のカケラ」が、突如としてキイイン……という奇妙な音を立て始める。その回転がさらに加速し降下を始め、そしてグラウンドの地面に吸い込まれるようにして消えていった。

「解放」されたようだ。


「……なあ、ココロ」


 その様子を見つめながら、俺は口を開く。


「俺にはまだよく分からない。俺が何を失い、何を探しているのか、何を取り戻したいのか。そもそも、本当にそれを取り戻したいのか」


 そこまで言うと、彼女は少しだけ悲しそうな顔をする。だが、俺は言葉を続けた。


「……だから、その答えを見つけるためにもう少し足掻いてみようと思う」


 ココロは少しだけ目を見開き、俺を見る。


 それが、今俺の下した結論だった。

 何も分からない。どうして俺はまた泣いたのか。

 何を思って泣いたのか。

 だから、それを知りたいと思った。

 もう死んでもいいのではとすら考えていた俺は、自分の心を完全に閉ざしてしまうにはまだ早いのだと思えた。


 それは、ココロのおかげだ。

 彼女は、俺を慰めてくれた。絶望しきって打ちひしがれていた俺に、ただ優しい笑顔を向けてくれた。

 きっと俺は、彼女のその笑顔に救われたのだと思う。

 だから恩返し、というのも少し違う気がするが。ただそうしてくれた彼女に、俺は力を貸してあげたいと思えた。


 そうして随分と久しぶりに、俺は決意というものをする。


「そのために、救ってみようと思う。この世界を」

「……うん……」


 ココロはそんな俺の顔を見つめて、また嬉しそうに微笑んでくれた。




 とはいえ、流石に何時間も身体を動かしているのは疲れたものだ。

 ズボンが汚れるのもお構いなしに(というかさっき転がったので既に土まみれという)その場に座り込む。


(結構続けなくちゃいけないんだなー再現するっていうのも。もうちょいこう、ぱっぱと「情報」読み込んでくれないかなぁ「記憶のカケラ」……)


 どうせ聞き届けてはもらえない文句を心の中で呟く。

 頑張るしかないのだろう。それはまあ良いとして。

 疑問に思った事は、ココロのあんな滅茶苦茶な動きで「嘗ての再現」が成り立ったのかという事だ。現にこうして「解放」されたのだから成り立っているのだろうが。

 取り敢えず以前行われていた「遊び」とか、「スポーツ」とかを、大体行えていれば良いとか? いまいちよく分からない。そこら辺は今後もう少し検証していくべきなのかもしれない。


 そんな事を考えていると、何故かピンピンしているココロが俺にオレンジジュースのペットボトルを渡してきた。


「お疲れーコウジ。これで今日の目標は達成だね」

「おお、ありがとう。この飲み物、どっから取ってきたんだ?」

「あそこに自動販売機があったんだよ」

「ああ、なるほどね……」


 そう返事を返しながら、まじまじとその「オレンジジュース」を見る。

 これがオレンジジュースと分かったのは液体の色ではなく、そのパッケージのおかげであった。パッと見何かは分からない。

 何故なら、その液体の色は灰色なのだから。とことん色は失われているらしい。

 ……飲めるのか?

 疑いつつも喉は乾いていたので一口飲む。すると口の中に冷たい感触と共に爽やかなオレンジの風味が広がってきた。

 普通に美味い、これはまさしくオレンジジュース。その甘さが疲れた身体によく染みた。だが、なんとも不思議な感じだ。「〇〇味のサプリメント」みたいなのとかを飲んだらこんな気分になるのだろうか。


(自販機。冷たいということは、電気は通っているというのか、この世界)  


 また少し疑問が増えたがもう考えないでおく。これ以上疲れた頭で考えたところで、どうせろくな答えが浮かばないだろう。

 俺の隣にココロもしゃがみ込み、持っていたジュースを飲みながら駄弁ってくる。


「ともあれ、これからどうなるんだろうねー私達。私にも全然分かんないや」

「さあ。本当に人類が戻らなかったら、俺達はずっと二人で彷徨い続けるという可能性もあるな」

「そうなったら、私達で子孫を残していかないといけないのかもねー」

「……」


 思わず、彼女の方を――薄いワンピースに包まれた、顔から推察される年齢帯の割には発育の良い方の身体を一瞬だけ見て、慌てて目を逸らす。


「……ば、ばかを言うな」

「あはは」


 そんな会話を続けるうちに、俺はあっという間に手元のジュースを飲み干してしまった。


「あらら、もう飲んじゃったの? なんなら、もう一本取ってこようか?」

「ん、いいのか? 悪いな、わざわざ」

「いいよいいよー。どうせいっぱいあるんだし――」


 ふと、自販機が置いてあった場所を見る。

 しかし、そこに自販機はない。

 あるのは、無残に破壊されたような鉄くずだ。


「――早く飲まないと、ぬるくなっちゃうしね」

「……」


 ……そこから、いくつものペットボトルや缶が転げ落ちていた。



 

 喉も潤ったところでその場から立ち上がった。

 結局俺が飲んだのはペットボトル二本。……あと残ったのはココロが全部飲んだ。


 その時、俺は頭上での変化に気付く。灰色の空が徐々に黒くなってきているのだ。それに合わせて、辺りも黒くなる。


「これは……」

「多分、夜になったんじゃないかな。私達、結構遊んだし」


 世界には色が無いから夕焼けというものは分からなかった。だから夜もこんな風にいきなり来たのだろう。


「なるほど。で、もう今から俺たちがすることは無いのか?」

「うん。とりあえず、今日のノルマは達成かな。また明日には出現する二つ目の『記憶のカケラ』を解放しにいくけどね。……でもねコウジ、私達には今からすべき大事なことが一つあるんだよ」

「ん、なんだ? まだなんかあるのか?」

「うん。それはね……」


 ふふふと、少し勿体ぶるような仕草をしてから、ココロは言う。


「今からこのグラウンドの地面の下に、私達の秘密基地、つまりは私達の活動拠点、つまりは私達の寝床を作ることだよっっ!! これから私達の冒険は毎朝、ここから始めるんだよっ! さあ、一緒に頑張ろう、コウジっ!」


 うん。何を言っているんだろうね、この娘は。


「おう、お疲れ、ココロ。俺はまだ残っているであろう俺の家で寝る。明日も頑張ろうぜ」


 ココロに手を振り、俺は颯爽と校門の方へ歩き去る。


「……って言ってるそばからコウジのばかああああっ!!」


 追いかけてきたココロに俺は後ろから拘束された。


「ぐ……は、離せ……!!」

「嫌だっ。コウジが私と秘密基地を作ってくれると言うまで、私は諦めたりはしない! 負けたりはしない!」

「なんかそれなりにカッコ良く聞こえるセリフを吐いてんじゃねえ! というか、寝るなら別にどこだっていいじゃねえか! わざわざそんな物騒な代物を作る理由が分からん! 『解放』関係ねえじゃん! 全く関係ねえじゃん!!」

「ダメだよ! そんな家で寝るだなんて! せっかくの冒険やってます感が台無しじゃない! 一応私達のこれは未知の世界での冒険みたいな感じなんだから!」

「お前のその言葉が一番台無しだわ! 色んな意味で! ……とにかく、俺はお前とは違って疲れたんだよ! 少しは休ませろ! 今ここで無駄な労力を費やして明日もあるであろう『解放』が疎かになる、これでは本末転倒だろう!? やるんなら一人でやりなさい!」


 正論を突き付けてやると、ココロはぐむむ……と押し黙った。


「分かったよ、秘密基地は私一人で作るよ。でも! 完成したら、コウジもここに住むんだよっ!」

「ええぇ……」


 正直すごく嫌だ。

 だが普通に断ったところでまたココロは食い下がるだろう。だから妥協案を出すことにした。 


「じゃあ、俺が満足できる秘密基地とやらだったら考えてやるよ」


 ここでてきとーに無茶なリクエストを出して諦めて貰おう。


「え、どんな感じ?」

「そうだな、まず広さは欲しいわな。四方十メートルは欲しいな」

「じ、十メ……!? あ、あははっ、余裕だねっ、そんなの!」


 ココロが分かりやすく動揺する。

 とにかくアホだ俺、アホになり切って無茶な事言いまくれ。


「最低限の家具も欲しいな。椅子とか、テーブルとか、ベッドとか。目指せ夢のマイホームだな」

「も、勿論そんなことは考えてあるよっ! うんっ!」

「中でも外の様子が分かるように、天窓とかも欲しいよな」

「え……。大丈夫だよー。何とかなるよー。きっとー」

「俺とココロが別々に寝れるように空間に仕切りも……」

「ダメっ! そこだけは譲れないんだよっ! 寝る時は同じ空間で一緒に寝るんだよっ!」

「……なぜそこだけ猛反対されるかは分からんが、まあいいだろう。あとは、灯りも欲しいし、あとは……ああ、そうだ、トイレとか、風呂も欲しいよな」

「と、トイレと風呂……!? そんなの流石に無理だよっ! もう、コウジのアホ!」


 誰がアホだ。


 しかし自分でも相当無理なことを言ってるとは思う。トイレ、風呂を作るとなるとここまで水道を引かなければならないのだろうから。


「いや、別に俺は無理にとは言わないぜ? 出来ないなら、俺は自分の家で寝るだけだからな。いやー。残念だったなー。秘密基地、少しは楽しみにしていたんだがなー」


 そうニヤニヤしながら言う俺に、内心自分自身で驚いていた。この俺がココロをおちょくって楽しんでいるのだ。


「ぬ、ぬぐぐぐぐ……」


 ココロは、半泣きの上目づかいで俺を恨めしそうに睨む。それには俺の(ちゃんとある)良心がかなり揺さぶられたが、そこはなんとか堪える。


「……て……もん……」


 ココロが、プルプルと肩を震わせながら何かを呟いた。


「……え?」

「……やって……やるんだもおおおおんっ!!」


 そう叫ぶなりココロは、うにゃあああああっ! という奇声を発しながらどこかへ走り去っていった。多分材料を調達しにいくのだろう。


(……まあ、なんか頑張れ。ココロ)


 一応心の中ではそう願っておいてやることにした。

 さて、俺はこれからどうしようかと考える。

 このままココロを置いて家に帰るのはいくらなんでも外道過ぎるだろうからやめておく。とは言えココロが戻って来るまでここで待っているというのも暇だ。


 その時タイミングを見計らったかのように俺の腹はぐぎゅるる~という音を出した。そういえば何も食べていない。 


(自販機があるなら、食べ物もどっかにあるよな。色が失われてても味が変わらないことは分かったし)


 食糧調達に行くか。

 そういう考えに至り、俺はグラウンドを後にした。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「終末へのココロギフト」を読んでいただきありがとうございます!よろしければこちらより、現在連載中のファンタジー 「そして勇者は、引き金を引く〜引きこもり少年と怪物少女の、異世界反逆譚〜」 も読んでいただけるととても嬉しいです!よろしくお願いします…!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ