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巡る思い出

  


   ◇



「……あれ?」


 ここは、どこだろう?


 私は、誰だろう?


『おめでとう、ココロ』


 辺り一帯真っ白な中。そんな、声かもよく分からない音が聞こえてくる、響いてくる。


『貴女は、未だ生命がたどり着いた事のない場所に足を踏み入れる事が出来ました』

「……あなた、は?」

『私は、誰でもありません。ただ、宇宙が、生命がこれまで辿ってきた長い歴史を、道のりを見続けている、何者でもない視点』


 よく分からなくて首を傾げる私に対し、彼ないし彼女はこう続ける。


『現在繁栄を見せている人間という生命の言葉を借りるのならば――神様というものなのでしょう』


「神……様?」

『理由すらも分からない、無限に広がり続ける時空の中で零れ落ちた奇跡だとしても、偶然だとしても、これは生命が逃れられなかった生死という輪廻すらも逸脱してみせた、初めてのケース。だから私は意志を持ち、こうして貴女と対話しています』

「どういう事? それに、私……?」


 自分を見て、驚く。

 少女の身体がそこにはある。その身体が、私の意志によって動く。

 私は、人間になった……?


『貴女は、情報という永久不滅の媒体によって構築される世界を造りました。その世界で貴女は不完全だったはずの存在から身体を借り、不死となりました。それは全て貴女の、あの二人の人間への強い思いが、心が成し得た事です』


「……!」


 ――コウジ。フミカ。

 とても大切な、生きる意味そのものでもあった二人の顔が浮かぶ。


『貴女の心象は概念そのものとなり、世界の理を造りました。願いは、あらゆる形となりました。更には、元の世界で生死の境をさまよっていた二人の意識すらも取り込み、より世界は膨張を見せたのです』

「……二人も、そこへ? 私は、また二人に会えるの?」

『ええ、二人もその世界に来ます。一週間程度はまだ命そのものは元の世界にあるため、いつ戻ってしまうかも分からない不安定な存在となりますが、その後死によって魂そのものが完全にそちらへ定着します。その世界では三人の意識のみが巡り続け、情報に形作られた物質を、現象を、そしてそれぞれの身体の認識も可能です』 

「それが……私の、心の世界……? その世界は、私の思い――望みそのものなの……?」


 私の望んだ事。それはつまり――


『はい。貴女の望み通り――貴女達はそこで永遠を過ごす事が出来ます。進む事も戻る事も、老いる事も死ぬ事も、朽ち果てる事もいなくなる事も、別れる事も、終わる事もなく、ただ永遠に』


 驚愕の後に、胸中で何とも言えぬ歓喜が広がってしまっている事を私は自覚出来た。


『創世者であるあなたには、あらゆる権限と世界を維持する義務が与えられます。元の世界には決して存在しなかった神は、あなたという意志を持つのです』


 ――永遠?


 夢物語だと思っていた、絶対に叶わないのだと思っていた。

 だが、違う。私はたどり着いていた。

 ここならば、コウジやフミカとずっといられる。

 もう二人に辛い思いも、悲しい思いもさせる事はない。


『死を乗り越えた世界に祝福を。生命の新たなる在り方の創成に賛美を。さあ、ココロ。神にすらも到達してみせた命、意志。今こそ、貴女の望みを口にしてください』


 それに私は、笑みを浮かべて――



   ◇



 白黒の世界を、俺とココロの二人が歩いていく。


 歩きながらぼんやりと、こうして彼女と二人きりでのんびりと歩いたのは何時ぶりかと考えて、思い出す。「この世界」に来た初日ぶりなのだ。ココロとはずっといたようで、こんな機会は殆ど無かった事に気付く。


 今歩いているのは、街だった場所。灰色の信号機も、標識も、ビルも、全てが瓦礫の山へと変わっていた。道路はあちこちで割れ、巨大な谷間も見える。灰色ながらもいたはずの他の生き物の鳴き声すらも聞こえない。風が瓦礫の隙間や谷を吹き抜けるような、そんな音しか聞こえなかった。昨日の件でこの辺りも随分と様変わりしてしまったものだ。


 そんな世界を朝日は照らす。その光がガラスの破片に反射して、視界の隅でチカチカと光っている。瓦礫が光を受ける事で、その下の地面に幾つもの歪な影を落とす。ビルが無くなりすっかりと視界の広がった空では、ただただ灰色の日光が眩しい。おととい見た朝の街ともまた全然違う光景。だがこれはこれでとても幻想的な光景。

 何もかもが違うが、それでも今まだ俺は「この世界」で生きている事に変わりはない。

 道を塞ぐ瓦礫に手を触れてみてもビクともしないし、押した手が痛いと感じる。時々足元では地面に落ちているガラスの破片や小さな瓦礫を靴で蹴る感触が伝わってくる。確かに今俺はここの光景を見て、そしてそれを感じているのだ。


 これが、今の俺達にとっての現実。

 だが――今日で確かに最後となる現実。


「ココロ。記憶のカケラは?」


 そう隣を歩くココロに問いかける。すると彼女は答える代わりに上を向いていた。

 俺も上を見る。すると、灰色の空の向こうに物体が見えた。


 形は記憶のカケラ。しかし今まで見た中でも遥かにここから遠いためか小さく見える。

 更に今まで通りの青い光ではなく、それは虹色の輝きを放っていた。


「あんなところに。それにあの色は……」

「あれなら、この世界全てを見渡せるからだよ。色が違うのは、今までのものとは別物だから」


 ココロはそう答えた。


「今日の記憶のカケラは特殊なものでね。最後の『解放』の対象範囲は、この世界全範囲。そして今回の『解放』で集める『情報』という動力は世界の維持のために使われるのではなく――『解体』のため」

「……!」


 思わず固唾を呑む俺に、ココロは顔を向ける。

 その拍子に少しだけ彼女の髪がなびいた。

 長い栗色の綺麗な髪。それが朝日を受け、毛先で煌めく。


「これが、あの最後の記憶のカケラの役割。今日の『解放』はね、全てを終わらせるための『解放』なんだよ、コウジ。――これで、世界は終わるの」


「……」


 改めてそう聞かされて、俺は思わず顔を曇らせてしまったかもしれない。

 もうこの世界から離れる覚悟は出来ているつもりだ。五十鈴とだって早く会いたい。


 しかしもうこの世界に完全に未練が無いと言ったら、それは嘘になるから。


 そんな俺を見てどう思ったのか。彼女はじっとこちらを見つめた後、ちょっとだけ寂しそうに微笑んでこう言った。


「……とりあえず、色んな場所を訪れて回ろうか。歩くだけでも『解放』にはなるし」




 こうして、ココロとの思い出巡りが始まった。

 瓦礫の街を一通り歩き回った後、再び学校へと戻る。

 まずは広いグラウンドを眺めていた。

 まっさらな灰色の大地。そこに敷かれる幾つもの白い線。


「ここは、最初に『解放』した場所だったね。なんか懐かしい。二人でキャッチボールとかをしたんだよね」

「……ああ、そうだな。二人でキャッチボールとかした場所だ」


 ココロと共に思い出す。

 ここで俺達は、世界を初めて救うためにキャッチボールや色々な事をした場所だ。本当に懐かしい。

 あの日はこの世界に初めて訪れた日であり、ココロと出会った日でもあった。

 全ては、この日から始まったのだ。

 目を瞑ると、思い出が脳裏に蘇ってくる。


 ここで俺は確か――ココロにとんでもない剛速球を何度もぶつけられそうになって殺されかけた。


「…………」




 次に体育館の中に入る。

 巨大ジンによる床のへこみはもうとっくに消えている。その木の床には何個かボールが転がっていて、窓から漏れる幾つもの光が、この広い空間を優しく静かに照らしている。


「ここはジン達との決闘を繰り広げた場所だったね。……まあ白状すると私が操っていたのだけれど。コウジの作戦は本当に凄かったよ。特に最後のバドミントンの試合はアツかったよねー」

「……ああ、そうだな。二人でジン達と勝負をした場所だ」


 バスケをやりまくった後の、機転を利かせたバドミントン。たっぷりと考えたし、たっぷりと身体を動かした。

 この体育館もなかなかに印象深い。

 目を瞑ると、思い出が脳裏に蘇ってくる。


 ここで俺は確か――ジン達に訳の分からん珍妙なダンスを見せつけられた。


「…………」




 学校を離れしばらく歩いた後、俺達は山を登っていた。


「この山は確か、マイと巨大ジンが戦っていた場所だよね。あの日は暑かったなー。……まあ白状すると、この世界は季節もいじる事が出来て、私が『なんか面白そう』って思ったから夏に設定していたのだけれど」

「……ああ、そうだな。あの日は凄い暑かったな」


 本当に真夏のように暑かった。汗が止まらなかった。

 しかしこの日も忘れられない日になった。五十鈴には再開出来たし、マイと出会えた日にもなったのだから。

 五十鈴とはようやく本心で話し合える事も出来た。

 そして、その最後に見た世界を彩る花火はとても綺麗だった。

 目を瞑ると、思い出が脳裏に蘇ってくる。


 この日俺は確か――その炎天下の中をあほみたいに永遠と歩かされたり、巨大ジンにぶん殴られそうになって何度も死を覚悟した。


「…………」




 山を降り、ふもとにある公園へとたどり着く。


「この公園は確か、私とコウジと、フミカとマイの四人で『解放』を行った場所だったよね。あの日は寒かったなー。……まあ白状すると、私が『なんか面白そう』って思ったから以下略。フミカとも遊べたし、コウジやマイと雪合戦で戦ったのは楽しかったなー」

「……ああ、そうだな。みんなで遊んだ場所だ」


 あの日は確かに寒かったがみんなと雪の中で遊んだのは本当に楽しかった。

 それに、マイとも仲良くなる事が出来た。あの子とたくさんの思い出を作る事が出来た。

 目を瞑ると、思い出が脳裏に蘇ってくる。


 ここで俺は確か――ココロからすんごい強い雪玉を貰ってしばらく悶絶させられたりした。


「…………」




「待て待て待て待てまてええええええええええええええっ!!」


 とうとう、俺の中の忍耐が破裂する!


「えっ。い、いきなりどうしたの、コウジ!?」


 公園からも離れ、次の場所に移動する途中。

 突然後ろで奇声を上げた俺を、ココロは大いに驚いた顔で振り向いて見ていた。

 あちこちを巡るに連れ、なんで今まで忘れていたのかも分からないような重大な事実を思い出してくる。

 この懐古するいい感じの雰囲気に流されていたが、しかしもう俺にはこれ以上耐え切る事は出来ない。

 突っ込まずには、いられない……!


「お前はこの世界で俺をどうしたかったんじゃーーーーーーーーっ!?」


「……あー……」


 俺の魂の叫びを聞き、ココロが凄く気まずそうに目を逸らした。


「あー、じゃねえよ!! ……ええいこの際とことん突っ込ませて貰う! 俺この世界で色々と酷い目に遭い過ぎだろ!? 毎日の『解放』に求められていた事とか、正直ハードル高すぎだっただろ!? ただ『解放』するだけなら、まったり遊ぶとかでも良かっただろうがーーーっ!!」


 今までの「解放」は、全てココロが仕組んできた事である。

 それはつまり、俺が「解放」中酷い目にあってきたのもほぼ全て彼女が原因という事になるのだ。それを俺は思い出してしまった。

 今更ながらにその理不尽な仕打ちへの文句を、何も言わないココロにぶつける。


「お前本当に俺と話したいからって理由だけでこの世界に連れて来たのか!? 違うだろ、絶対違うだろ! 実は俺に深い恨みでもあって、ここで報復する画策でも立ててたとか!? なんだ猫缶か、猫缶の味が気にくわなかったのか!? それで俺はこんな仕打ちを受けさせられていたのか!?」

「ちちち違うし……! 猫缶はたまにはもうちょっと味変えて欲しいなーと思った事はあったけどもそんな恨みまでは無いし! ……ま、まあ……ほらあれだよ。なんか本当に冒険みたいだったじゃん? やっぱりちょっとくらい刺激も欲しいかなーて。わくわくしたでしょ? 毎日が忘れられない日々になったでしょ? ね、そういうちょっとしたスパイスは重要なんだよ」

「殺されかけたり色んな所を歩かされまくってへとへとにさせられたりしたのは、ちょっとどころの刺激じゃないしそんなものは決していらんわ!! わくわくどころか心臓止まりそうになってたわ! ある意味では忘れられない日々にはなったなこのやろう!!」


 俺の剣幕に、ココロはますます気まずそうに顔を横に向ける。だらだらと冷や汗をかき、もにょもにょと言い訳を始めた。


「……えっとまあその、何と言いますか……私もね、最初は色々と制御が出来て無かったんですよ。一応コウジ達に大きな怪我をさせないようにこの世界に細工はしたから、多少は無茶して暴れても大丈夫かなって。でもまさかあんなに力が出せるとは自分でも思わなかったんですよ。コウジに向けて初めて豪速球投げた時も裏で自分でもドン引きしていたわけですよ。『解放』も毎日同じ感じってのも飽きちゃうかなーって思って、ちょこっと日替わりで色んなオプション加えてしまった的な? でも毎日『解放』終わった後になって、ああこれやり過ぎたなーって自分でも思っていたわけですよ。いやどう考えてもやり過ぎでしたよねあれは。要するにね、私も色々知らなかったんですよ。決して悪気があったわけでは無かったんですよ」


 ここまでうろたえ、早口で歯切れ悪くしゃべるココロは初めてであった。そして何故か敬語である。


「……ココロ。俺に何か言う事は?」


 そんな彼女に、俺は引導を渡すつもりでそう問いかける。


 しかし、ココロは急に表情を緩め、優しい微笑みで俺を見つめた。


「でもさ、コウジ。――楽しかったでしょう?」


 風が吹く。その風で、彼女の長い栗色の髪が再び淡くなびいた。


「私は楽しかったよ。コウジと色んな事をして、色んなものを見れてさ。滅多に出来ないような経験をここで出来た。色々あったけれどさ、これはこれで良かったんじゃないかって、私はそう思ったの」

「……」


 しばらくの沈黙の後、彼女の綺麗な笑みにつられて俺もふっと笑ってしまった。

 確かに、それもそうだ。

 こんな馬鹿は、現実では絶対に出来なかっただろう。

 秘密基地なんかで生活して。

 毎日夜までくたびれるまで遊んだりして。

 そしてみんなで馬鹿みたいな事で笑い合ったりもして。

 こんな事が俺に出来るだなんて思わなかった。


 ――ああ。楽しかった。楽しかったとも。


「……ココロ」


 微笑んだまま、俺は彼女の名前を呼ぶ。


 言いたい事を、伝えるために。




「正座」

「ですよねーーーー!! ごめんなさいーーーーーっ!!」


 ココロの断末魔の叫びと共に、道端で俺のお説教が始まったのであった。



 

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「終末へのココロギフト」を読んでいただきありがとうございます!よろしければこちらより、現在連載中のファンタジー 「そして勇者は、引き金を引く〜引きこもり少年と怪物少女の、異世界反逆譚〜」 も読んでいただけるととても嬉しいです!よろしくお願いします…!
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