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消滅の刻

 それからはずっと、車を走らせ続けた。


 国道沿いに、色々な場所へと移動する。

 橋。山の中。トンネルの中。田んぼ道。

 景色は流れていく。世界は移り変わっていく。

 車窓から漏れる日光に照らされたその可愛らしい私服姿のマイというのも、まるで深窓の令嬢のように美しくて、儚げで。思わずバックミラー越しに見とれてしまいそうになる。


 マイは、その外の景色から目を反らす事は無かった。ずっと見つめ続けた。

 色とか、今日に明確な季節とかがあればもっと良かったのに。マイには、山や街を桜や紅葉で埋める景色なんかも見せてあげたかった。


 でもマイは、俺のそんな話を聞くだけでも充分だと言う。俺の話をとても熱心に聞いてくる。

 あちこちにたどり着いては、俺がその場所の説明を加えていく。彼女の知らない、世界の事を。


「光司。向こうに三枚の巨大な刃が付いた塔が幾つも並んでいるのですが、あれは何ですか? 兵器ですか?」

「違うよ、あれはプロペラだ。『風車』っていうんだ。あれが風を受けるとプロペラが回って、その力で電気を作る事が出来る」

「電気……夜になると灯る光などですよね。それが、あんなもので作られてしまうのですか?」

「自然の力だな。他には太陽光パネルとか。あとダムでは水が落ちる力を利用するし、地下のマグマの熱すら利用して電気を作ったり。この地球という星にはとんでもないエネルギーが秘められているし、人って生き物はそれを利用するために結構工夫を凝らしているんだよ」

「自然の力に、人の知恵……ですか」


 その時、その風車の近くを一羽の黒い鳥が飛んだ。今は白と黒しか認識出来ないから怪しいが、恐らくそれはカラスだろう。


「あれは、あたしも何度か目撃しました。素早く空を飛べるとは、なかなか性能が高いですね。しかも、あの飛び方は明らかに物体の動きではない、意思がある。こっちに襲ってくる様子は無かったから見過ごしてきましたが……あれは敵なのですか? まさかスパイとか」

「違うって。言っておくが、俺の住むこの町にはお前の横にあるその機関銃以外兵器なんてものは無ければ、今のところジン以外に襲ってくるような敵なんてものもいないからな? ここは世界が滅ぶ以前は、とても平和な国だったんだよ。それであれは、カラスっていう……まあ俺達と同じ鳥という生き物だ」

「鳥……その言葉はこの前読んでいた文献にも載っていました。成程、あれが鳥。……ではそのカラスという鳥は、なぜ空を飛んでいるのですか?」

「中々に哲学的な質問だな。そうだな……あえて言うなら、『生きるため』かな」

「生きる、ため?」

「そう、生きるため。食べ物も取らなくちゃいけない、危険なものからは逃げなくちゃいけない、子供を守らなくちゃいけない。そのために、あいつらは飛ぶ事を選んだんだ」

「そう、ですか。あの子達もあたし達と同じ、生きて……」


 マイはその飛び去っていくカラス達を、感慨深そうに見つめている。そんな彼女の顔を見て、俺の顔も自然と綻んでしまった。


 この子が人間じゃないから何だというのだ。

 偽物だから何だというのだ。

 だって今、彼女はこんなにもたくさんの事を感じて。

 こんなにも、愛おしそうにこの世界を見つめて。


 この子は、ただ普通のーー少女だ。


 この世界で生まれて、色んなものを見つめて、その度に色んな思いを芽生えさせて、そんな風にただ生きて。

 それ以外の、何があるというのだ。




 運転休憩のため、昨日の「解放」の舞台でもあった公園へも立ち寄っていた。雪もないため、今度こそちゃんと公園である。

 またジンがいない事を確認して車を降り、昨日マイと遭遇した芝生の広場横のベンチに二人で腰かける。


「そういえば飯もまだだったよな、俺達。すっかり忘れていた、すまん……」

「大丈夫です。あたしも忘れてましたから」


 コンビニから拝借してきた菓子パンとジュースを袋から取り出し、かなり遅めの昼食を取った。

 他愛の無い会話をしながら、しかし俺の目は辺りを見渡している。

 いつ、どこからジンが飛び出してくるか分からない。影が見えた瞬間、すぐに車へ逃げられるようにしておかねば。


「……光司?」


 だが、そんな不自然な目の動きがマイにも分かってしまったのだろう。彼女の心配そうな表情を見て、慌てて表情を繕う。


「じ、実はだな。このコンビニで取ってきた『キウイ味コーラ』は想像以上に美味しく無くてだな。どこかに代わりの飲み物が売っている自販機が無いかなと――」

「いいんですよ。……ジン、また襲って来ないか警戒してくれているんですよね?」


 彼女に嘘をあっさりと見破られ、どうしようも無くなった俺は目を伏せてしまった。


「……本当に、ごめんな。折角案内してやるって言ったのに、全然自由が無くて。もっとはしゃぎ回れればいいのに、こうやって一緒に座って話すくらいしか出来ない」


 彼女には今の状況など忘れて自由にいて欲しいのに。そうはさせてやれない、自分の至らなさを呪った。

 だがマイは俺の手を取り、呟く。


「……ううん。これでいいです」


 無理にではなく、それはとても自然な笑顔で。

 彼女も目を伏せ、顔を少しだけ赤くして、また呟く。


「これが、いいんです。こうやってただしゃべっている事が、あたしには堪らなく嬉しい」

「マイ……」


 そう言ってくれる彼女に対し、俺もその手を握り返すと、その顔がますます赤くなる。


「……その。怖くは、ないのですか?」

「ん、何がだ?」


 恐る恐る聞いてきたマイに対し、本当に心当たりがなくて素でそう返すと、また彼女は躊躇いがちに答える。


「さっきも言いました。あたしはまたいつ暴走するか分かりません。今度こそ、あなたを殺そうとするかもしれない。……それが、怖くはないのですか」


 ああ、そんな事。と、俺は一瞬思案した後に答えた。


「もう暴走なんてしないよ、お前は。そんなやわじゃないのは、俺が良く知っている。……仮に暴走してしまったとしても、また俺が止めてやる。何度でもな」


 だから、それが彼女から離れる理由などには断じてならない。

 もうこれ以上、彼女に悲しい思いはさせたくないから。

 またその笑顔を見せてくれるのなら、多少の無茶は覚悟してやる。そして、必ず彼女の自我を取り戻してやる。


「……光司……」


 また彼女は微かに頬を赤くし、俺を見つめてくる。それが何だか照れくさくて、俺も少し赤くなってしまったかもしれない。だがしばらく無言でそうしていた後、俺は努めて明るい声を出す。


「……さて。この後はどこに行かれたいですか、お嬢様?」

「……なんですか、その口調?」

「いや、つい。今のその格好にはふさわしい肩書だと思ってな。凄い気品が高そうだぞ、お前」

「もう、またさらっとそういう事を……。では、あなたは何だというのです?」

「そうだな、さしずめ俺は――マイお嬢様に付き従う執事と言ったところかな」

「なるほどそうですか。――では執事に命じます。今日はこのあたしを存分に満足させなさい」

「勿論でございます。お嬢様の命とあらば、どこへでもお連れ致しますよ」


 お互いの芝居がかった口調に、お互いが小さく吹き出す。彼女もノリノリである。


「そうですね。では――」


 そして、彼女は彼方の景色を見ながら――昨日も見ていたそれを見ながら、俺に告げた。

 世界の端。永遠と続くその果ての――


「――海に、行きたいです」




 車窓から見える景色は、いつの間にかもう日が暮れ始めていた。


 街の方に戻って来ていた。今通っているのは、川を跨ぐこの街で一番大きな橋。

 今日は本当によく晴れた日だった。こんな白黒の世界でも、夕日が街を照らしている様子が伝わってくる。

 陰を落とし始める街。暗く煌く川の水。

 西の空では隠れるその最後まで見守るかのように優しく、それでいて強く光を当ててくる太陽。その反対方向では、徐々に現れ始める美しい夜空、黒。

 一日の、終わり。

 朝の街も神秘的だったが、今のこの風景もとても味がある。

 マイも、その光景をただ静かに見つめていた。

 俺も無言で、街を突っ切るように車を走らせている。これからマイを、一番見せてあげたい場所へと連れていくために。

 沈黙の中、マイが口を開いた。


「光司」

「なんだ、マイ」

「ありがとう」


 突然彼女が言ってきたのは、そんな言葉だった。


「どうしたんだよ、いきなり」

「今日は、あなたにたくさん色んなものを見せて貰いました。あなたと見て、感じて、話して。本当に、忘れられない、素敵な『旅』になりました」

「……そっか、それは良かった」


 俺だって、忘れらないだろう。

 彼女とこんな風に過ごせた時間は、本当にかけがえのないもので。

 だから――


「だったらマイ、また行こうぜ?」

「……また……?」

「ああ。明日も、その次の日もまた。忘れられない思い出を、もっとたくさん作っていこう。もっとこの世界を見て、たくさんの事を感じよう。そうやって、まだまだ俺達の『旅』を続けていくんだよ」


 これからもずっと、マイに色々なものを見せて。

 その度に彼女は可愛らしい笑顔になって。

 それを見て、俺も嬉しくなって。


 願う。そんな楽しい、永遠を。

 こんな、夢のような毎日の風景を。


「これからも、ずっと一緒だ。もうお前を手離したりなんか絶対にしないからな、マイ」


「光、司……」


 俺の言葉に、マイは嬉しそうな、泣きそうな声で――


「あたし、も――」




 空気が、変わった。

 違う、世界がどこか根本的に変わった。

 そんな風にしか、思えなかった。


「……え」


 目の前に見えていたビルが、一つ消し飛んでいた。

 だが、破壊された音すら聞こえなかった。瓦礫すらも見えなかった。

 この世界から一瞬で消え去った。そうとしか認識出来なかった。

 直前に、真っ黒に染まって。


「あ……あ……あああああああっ!!」


 後ろで、マイの叫び声が聞こえてきた。


「……ッ!?」


 急いで車を止め、振り返る。

 彼女は、頭を抑えてうずくまっていた。


「お、おい! どうしたんだ、マイ!」


 まさか、また暴走? だが、それ以上に何か様子がおかしい。

 自分のシートベルトを外して、彼女の肩を押さえて。

 そして、それを見た。


 彼女の全身から、その黒が這い出て来るのを。


 影、ですらない。

 それよりももっと濃密で、深くて、ヘドロのようにドロドロで。

 ジンよりも、遥かに禍々しい気配をそれから感じる。


「なん、だ……これ……」


 その「漆黒」に侵食されているマイが、うわ言のように呟いていた。


「なん、で……。……どうして、こんな……。あたしは……あたしは……ただ……」

「おい……! しっかりしろ、マイ! なんなんだよ、なんなんだよ……これは!!」


 俺が必死に呼び掛けるも、もはや彼女にはその声すら届いていないようだった。


「うわああああああああああああああああああああああああぁぁっ!!」


 絶叫。

 それと共に、彼女にまとわり付いていた「漆黒」は、まるで無数の触手のように伸び、その隣にあった機関銃と、俺に巻き付いた。


「ぐっ!?」


 その直後、周りが黒く染まった刹那に視界が開けた。

 夕日が、夕方の街が、俺の視界全てに飛び込んでくる。


 俺達の乗っていた車、そして、渡っていたはずの橋が一瞬で消え去ったのだ。


「なっ……!」


 下に見える川にそのまま落ちたりは——しなかった。

 機関銃に、俺に巻き付いたマイは、空中に浮いている。

 彼女の身体からは無数の漆黒の触手が伸びていた。でもその姿は、彼女自身もそれに空中に縛り付けられているようにも見えた。


「うわあああああああああああぁぁぁぁぁっ!! あああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!」


 叫び続けるマイ。もはやそれが、人の声にすらも聞こえない。不協和音のように、歪に俺の耳に響いてくる。


「マ……イ……?」


「消失」が始まっていた。


 マイの周りで蠢めく無数の漆黒の触手が、街へと伸び、それが触れるものが次々と消されていく。

 建物が、木が、鳥が——

 さっきまで、彼女自身が愛おしそうに眺めていたはずのその景色が、彼女の手で消されていく。踏みにじられていく。


「そん……な。やめろ、やめてくれ……!!」


 どうして。どうしてこんな事に。

 このままでは本当にあの子は、世界を壊してしまう。

 でも漆黒の触手に拘束された俺は、動く事が出来なかった。


「マイ……マイ……ッ!」


 声も、手も、何もかもが彼女には届かなくて――


 その時、突如横から凄い速度で飛来してきたそれが、マイにぶち当たった。


「え……?」


 そのままそれはマイを捕らえたまま飛来を続け、そして川の岸——河原に彼女を叩きつけるようにして着地する。


「マ、マイ!! うおっ……!?」


 漆黒の触手が引き千切れ、今度こそ機関銃と共に川に落ちそうになった俺は、しかし何かに受け止められた。

 首を動かして見れば、そこには見慣れた方の黒、影がある。

 巨大ジンだ。その背中からはなんと黒い影の翼も生やし、俺と機関銃を支えたまま、飛んでいる。


(まさか、こいつがいるという事は……!)


 巨大ジンはそのまま前進し、マイが吹き飛ばされた河原まで運んでいった。

 そこに居たのは、今はもう「漆黒」を消し、横たわったまま動かないマイ。

 そしてその手前。


「……ッ!」


 もう一人、栗色のポニーテールの少女――ココロが、今朝も見せていた冷たい目で、マイを見下ろしていた。


「今、コウジをどうしようとしたのさ、キミ。……ほら。結局はこうなるんだよ。結局キミのその思いは――幻でしか無かったんだよ」




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「終末へのココロギフト」を読んでいただきありがとうございます!よろしければこちらより、現在連載中のファンタジー 「そして勇者は、引き金を引く〜引きこもり少年と怪物少女の、異世界反逆譚〜」 も読んでいただけるととても嬉しいです!よろしくお願いします…!
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