「偽物」の心
◇
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――生きるって、何なのだろう?
産まれてから、目覚めて、歩いて、見て、触れて、そして眠って。
そんな、行動の連鎖。何かに命じられるかのように、繰り返す。
それだけなのだと。
街を、歩いていた。
咲き誇っていた花を、見ていた。
流れる川の水に、触れていた。
何なのだろう。
この内側に湧き上がってくる、これは。
苦しい? 悲しい?
でも、嬉しい? 楽しい?
胸が熱い。それでいて、寒い。
変わる。変わり続ける。
動いた分だけ。生きた分だけ。
これは、なに?
これが、気持ち?
それを感じているこれが、心?
――あたしは?
◇
「いきなり……何を言い出すんだよ、お前は」
街の中央を通る道路の真ん中で、俺は正気に戻ったマイを抱き留めていた。
ジンの大群をマイが蹴散らしてくれたとはいえ、またいつ追手が来るか分からない。すぐにここを移動しなければ。
それでも、俺は動けずにいた。彼女の真剣な眼差しからは逃れられずにいた。
「破壊……殺して下さい、お願いします。あたしは……もうダメなんです」
「何が、何がダメなんだよ……!」
どうして、やっと彼女は目覚められたのにそんな事を言ってくるのだ。
動揺が抑えられず、苛立ったような声で俺はそう返す。
「……ジン達から中途半端に攻撃を受けてしまったせいで、あたしの自己防衛機能が暴走を起こしています。『世界の制御』からも外れてしまっている。今のあたしは、最早ただの殺戮兵器。今回は何とか自我を取り戻したものの、また暴走すれば……あたし、今度こそあなたも殺してしまうかもしれない。そうなる前に……早く……!」
マイは目に涙を浮かべ、そう訴えてくる。
しかし、俺はますます彼女の言っている事が分からなくなってしまった。
「何だよ……それ……。自己防衛……? 殺戮兵器……?」
人に使う言葉では無い。意味が分からない。
彼女は、悲しげに微笑んだ。
「思い……出したんです、あたし。自分の全てを……」
「……ッ!?」
驚く俺に、マイは語り始めた。
――「マイ」という、存在のものについて。
「光司。あたしは人間ではありません。あたしは、ココロ嬢――マスターによって造られた、人型影凝縮体……ジンの、上位個体です」
「……え?」
愕然となる。抱き留めている腕から伝わる、マイの体温も重さも全て分からなくなってしまうような錯覚に襲われる。
それはまるで、今まで見てきた世界を、全てひっくり返されたかのような衝撃だった。
マイが、ジン?
彼女が、造られた?
それが分かると同時に、どうしようも無い絶望感に襲われる。
では、記憶が無いというのは――
「……本当に、あたしには最初から何も無かったんですよ。未来も、過去も。最近作られて、最初から入れられていた『情報』を元に動き続けていた、ただの空虚な人形だったんです」
声は、震えていた。彼女自身も、俺と同様か、それ以上の絶望を味わっていた。
「偽物、だったんです。この身体も、記憶も、全て。所詮はただの使い捨て。マスターから命じられた『使命』が終われば、消えるだけの存在。あたしに、あなた達と共に居られる資格なんて……最初から無かったんです」
「……ッ!」
彼女は、記憶が無い事を悲しんでいた。
それでも、取り戻そうと前向きに生きていた。
それが……偽物?
この子の全ては、嘘だった?
(何だよそれ。何なんだよそれ……! こんな事って……!)
怒りが込み上げてくる。それが彼女を作ったココロに対してなのか、それとももっと別のものへなのか、それは良く分からなかった。
「ねえ、分かったでしょう光司? これがあたしです。『あたし』という物の真実です。そしてマスターに作られた物である以上、彼女が破棄しなければいけないと判断すれば、そうするしかない。だからお願いします、どうか……あたしを……」
「……」
出来るか、出来るものか。どうして、そんな事が出来ようか。
俺が何も答えられずにいると、マイは悲しそうな顔になり、また少しだけ微笑んだ。
「……そう、ですね。これは、人の手を煩わせていいものではありませんよね。辛い事をお願いしてしまいました。申し訳……ありません」
「……ッ!?」
そう言うなり、マイは素早く懐から拳銃を取り出し、自分の頭に突き付けた。
――自害。
その二文字が浮かび上がり、俺は再び絶望する。
「機能停止は、自分でやります。……さようなら、光司……」
「マイ……!!」
銃声が、響いた。
◇
――応答せよ。――応答せよ。――応答せよ。
ずっと、誰かの言葉を待ち続けていた。
そこがどこなのか、いつなのか、そもそもあたしが誰なのか、それが分からないまま、ずっと放送室のような箱の中で機材をいじり続けていた。
「……ねぇ、答えてよ。誰か、答えてよ」
スピーカーは、ノイズ交じりの意味不明な言葉を吐き出し続ける。
声なんてものを、それは一度も聞かせてくれる事はなかった。
本当は、とっくに分かっていたんだ。
あたしが何であるかだなんて。
ここには、最初からあたし一人だけしかいないだなんて。
「どうして、誰もいないの? どうして、あたしは一人なの?」
それでも、あたしは探すしかなかった。
誰かの声が聞きたいと思った。
それは、きっと傲慢な願いだった。
元々一人であるくせに。他の誰かだなんて、そもそも知らないくせに。
そうやって、生まれたもののくせに。
でも――
「――だって、あたしだって知らなかった!! 一人が、こんなにも『寂しい』と感じるものだなんて!!」
両腕を、機材へ思い切り叩き付ける。
鋭い痛みも鈍い痛みもごちゃ混ぜになってその腕に伝わり、痺れる。それでも、あたしはまた腕を振り上げていた。
感じた全てを、あたしは全身全霊で示していた。
「寂しい……凄く、凄く……! あたしの心が、そう感じてしまっている……! 無いと思っていたこれが、ずっとあたしを揺さぶっている……!」
腕が、感情を振るう。
口が、思いを吐き出す。
寂しいと感じる事を、私は不幸だと思ってしまった。そう思う事は嫌だった。
だが、それでも私は「心」を手放したくはないと感じてしまった。
それを知らなかった方が、もっと悲しいのだとあたしは思ってしまったのだから。
「知らなかった! 知らなかったんだ……!! 全部全部、あたしはあたしの何もかもを! この気持ちは、一体何なの……!?」
腕は機材を何度も何度も殴り続け、両者は壊れていく。
プラスチックの破片が飛ぶ。
電子基板が、配線が飛ぶ。
皮の剥けたあたしの腕から、血が飛び散る。
破壊して、破壊して。それでも、あたしのこれは収まらない。
「誰か、教えてよ! あたしは、何!? 心って、何!? 教えてよ……!」
言葉はあたし自身に響き、願いが巡る。
お願い、これ以上あたしをかき乱さないで。
お願い、どうかこの心、あたしから離れていかないで。
お願い、あたしを一人にしないで。
そんな矛盾を、あたしはこの内に抱き続ける。
それは苛烈で、滅茶苦茶で、繊細なもので――
いつの間にかそこは薄暗い放送室ではなく、どこまでも続く真っ白な空間になっていた。その中心に、あたしと壊れた機材、そして倒れた機関銃のみが取り残される。
結局は幻想なのだろうか。
これは誰のものでもない夢で、あたしなど最初からいなかったのだろうか。
この心も、この気持ちも、どこにもなかったのだろうか。
……そんなの、嫌だ。
今のこの思いも、このあたしも、あたしは幻だなんて思いたくはない。
誰にも知られる事なく、消えてしまいたくなんてない。
だから――
「――誰か、あたしを認めてよ……。『あたしはここにいる』って、誰か言ってよ……」
破壊された機材の上に腕を置いたまま、崩れ落ちてしまったその時。
『マイ』
「……え?」
ひび割れたスピーカーから、声が聞こえた。
『マイちゃん』
優しい声だった。
その「名前」を呼ぶ声だった。
『マイ』
「……あ……」
そこへ、あたしはゆっくりと手を伸ばしていた。
◇
「……ッ」
俺の口から、苦悶の息が漏れる。
「……」
マイは呆然と、血を見ていた。
俺の肩から流れる血を。
マイが発砲する寸前、俺は拳銃を握る彼女の腕を無理矢理掴んで、彼女の頭から外したのだ。その拍子に、撃たれた銃弾は俺の左肩をかすり、負傷させていた。
「なんで……なんでなんですか……?」
悲しみ、戸惑い、葛藤。
マイは自身の感情を持て余しているかのように、無表情のまま呟く。
「嘘だったんです、紛い物だったんです……。あたしは、あなた達を騙していた。マスターは、消えなくてはいけないと言っていた。だから……あたしは消えなくちゃいけないのに……いちゃいけないのに……。なのに、なんで……」
「……ッ!」
俺は、自分の気持ちを抑える事が出来なかった。
肩が痛むのもお構いなしに、彼女を抱きしめた。
俺の腕の中で、彼女の小さな身体がビクッと震える。
嘘? 紛い物? ふざけるな。
「お前は、偽物なんかじゃない!!」
俺の叫び声が、朝の街を揺らす。
マイという存在を、全力で肯定する。
「……え……?」
「記憶も、身体も、作り物なのかもしれない。でも、お前の心だけは本物だろうが!!」
腕に力を込める。彼女を更に強く抱きしめる。
彼女は、自分が人形だと言っていた。ただ「世界」の意のままに動き続けていただけなのだと。
でも、そうではないと俺は断言する。
「俺達を、巨大ジンから助けてくれたのはお前の意志だ! 笑顔を向けてくれたのはお前の気持ちだ! 楽しいと、嬉しいと感じてくれていたのはお前以外の何者でもねえ! お前には、ちゃんと『感じる』心があるんだよ! 誰かを思いやる事の出来る心が! 自分が、こうでありたいと思える心が!」
ソリの上で、恥ずかしそうに顔を赤くしていた。
雪で真っ白になった俺を見て、可笑しそうに笑っていた。
雪合戦で勝って、凄く喜んでいた。
星空を見て、涙を零していた。
そうやっていたマイの姿は、決して紛い物ではないのだと俺は言い切る。
例え記憶が偽物で。身体が作り物で。
彼女そのものが嘘で塗り固められた存在だったとしても。
でも、彼女が「生きて」感じてくれた事は。
そうやって心に刻みつけてきた思い出は。
それだけは――
「――ああ、何度でも言ってやる、俺が認めてやる! お前という存在は、お前の心は、確かにここにある『本物』だってな!!」
「……ぁ……」
マイは、小さく声を漏らした。
拳銃も降ろしていて、呆然と、俺にされるがままになって言葉を聞いている。
「マイ、俺はそのお前の『心』に聞く! お前がジンだとか、マスターとやらの命令だからとか、そんな事はどうでもいい! お前は、どうしたいんだよ!? お前自身は、何を望むんだよ……!!」
「……」
しばらく、マイは何も言わなかった。呆然としたまま、こちらを見つめて。
しかし、彼女はその目に再び涙が溜めながら、拙く、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……分から、ないよ……。消えなくちゃ、死ななくちゃいけないのに……。でも、それを考えると……もう光司や文歌に、会えなくなるって思うと……この胸が凄く痛んで……。なに、これ……? あたし……あたしは……」
だがそこからはもう、言葉にならなかった。
「う……うぅ……うわあああああああああああああぁぁぁっ!! ああああああああああああぁぁぁぁっ!!」
マイは俺の胸に縋り付き、泣き叫ぶ。
今までその内に溜めていた感情を、全て吐き出すかのように。
その叫び声は、俺には赤子の産声のようにも聞こえた。
この世界に生まれ、いきなり見せられた大きなそこに戸惑い、泣く。
人間が、生まれて初めて見せる感情表現。
マイはそのありったけの感情を、目覚めたばかりの朝の街に――世界に、木霊させる。
「……」
俺は彼女が泣き止むまで、そっとその背中をさすり続けていた。
マイは疲れてしまったのか、そのまま眠ってしまった。
寝顔をまじまじと見るのは初めてだったかもしれない。
それは歳相応の少女そのものの、あどけない寝顔だった。
「やれやれ……」
ジンは結局すぐにまた襲ってくる様子は無かった。この隙に近くの薬屋から取ってきた包帯やら傷薬やらでマイのケガの治療をしながら、またマイの顔を見て俺の表情は思わず綻ぶ。包帯を巻き終えると、彼女の柔らかい頬に残っていた涙を優しく拭ってやった。
「さて、行くか」
俺の左肩の血も、包帯を巻いて止める。まだ痛むが、左腕を酷使しない限りは大丈夫そうだ。
マイを背負い、機関銃を持つと、俺はまた移動を開始するのだった。
――この子は、俺が守る。絶対に。
それからも、ジンの襲撃には何度か遭ったもののそれは精々数体程度で、何とか退ける事が出来た。まだ再び、いきなり大量のジンに襲われるという目には遭っていない。
でも、またいつそれに襲われるのか分かったものではない。その時は今度こそアウトと考えておいた方がいいかもしれない。
だから、今のうちに対策を練る必要がある。
「……仕方が……ないか」
俺は決断すると、ジン達の追手に警戒しながら目的の場所を目指す。
それは一昨日、移動しまくる「記憶のカケラ」にうんざりした俺が、考えない事も無かった策。だがリスクが高すぎるので、結局実行しなかった事。
しかし今回こそは、もう本当に手段を選んでいられない。
そうして「逃亡」を始めてから時間は流れ、お昼近く。
たどり着いたのは、俺の家だった。
玄関から車の鍵を取り出し、駐車場に残っている父親の車を見つめ、緊張した面持ちで俺は呟く。
「借りるぞ、父さん。……うん、すまん多分凹ますし、場合によっては破壊する……!」
――それは、その気になればこの陸上でどんな生き物よりも速く動く事の出来る移動手段を使うという事。
人生初・車の運転が、今始まる。