裏側の思い
◇
「調整」には、やはり一日を要した。
彼らの打ち上げたあの「花火」の後。二人が寝静まった頃。
私――ココロは、暗闇に沈んだ山の中を歩いていた。
「……なかなかに、強いものだねこれは」
暗闇の中へ目を凝らして見てみると、木々が幾つも薙ぎ倒されている。
これらを全て、たった一体で引き起こしたのなら充分過ぎる程だ。
「『巨大ジン』、か。私並みか、それ以上の力だね。でも、悪くは無いかも。今日一日で暴走らしい反応は起こさず、『命令』には忠実だった」
巨大ジン。
それは、私が新たに作った存在。これもまた、今の世界を織り成す為の。
これは私が量産していた「ジン」よりもパワーがあり、更に催眠波などの能力も有している、所謂ほぼ上位互換の存在となる。
しかし、これを同時に存在させるのはせいぜい二体程度が限度となるだろう。
性能が良いものを作るほど、今のこの世界にどんな影響が出るか分かったものでは無いし、何より私のキャパシティーオーバーだ。
今回の「試運転」も、かなり慎重に行った。
こんなものをずっと動かすのだ。そうなると私の意識を一日「世界」へ飛ばし、巨大ジンが動き回っている間に世界に変化が起こっていないかを、どうしても監視しておく必要があった。
その為に彼の目の前で巨大ジンの攻撃をわざとくらい、やられてしまった振りまでやった。……少し「彼」には申し訳ないと思っている。訳が分からなかった事だろう。
「でも、この有様じゃジン達にやらせている『世界維持』は少し難しいか。力が強すぎて細かい作業は不向きだろうね。うん、彼には今後この世界の『防衛』を中心に任せよう」
「異常」は、いつ起こってもおかしくはない。それにも備えておく必要はある。
取り敢えず、巨大ジンに関しては今のところこんな感じで良いだろう。
あとは――
「――『マイ』。あれはどうだっただろう」
あれもまた、巨大ジンと同じくらい――いや、それ以上に慎重に見ていく必要があった。
今はどこかで眠っているのだろう。直接あれから記憶を探っても良かったが、そこまで行くのも面倒だ。
「……」
近くにあった木に手を当てる。すると私の頭の中へ、今日山で起こっていた映像が流れ込んできた。
マイと巨大ジンが戦っている。巨大ジンがその莫大なパワーを振りかざして攻撃を仕掛けてくるのに対し、マイは知恵と機関銃を駆使してそれに応戦していた。
「戦闘力はほぼ互角だったんだね。……ひょっとして、早くも巨大ジンを越えるものを……」
少しだけ恐れを抱きながら、その「光景」を見ていた時だった。
「……え?」
私は、愕然となった。
巨大ジンが、「解放」を行うため山にやって来た「彼」に襲いかかろうとした寸前。
マイが、発砲してその動きを妨害した場面を見て。
「これは……一体……?」
今のこの世界の全てのものは、あの二人――コウジとフミカには怪我を負わせる事が出来なくしてある。
ある程度無害な衝撃なら彼らに通るが、一定以上――彼らが損傷するレベルの力が加わってしまおうとすれば、それは直前でカットされてしまうという仕組みだ。
例えば、私がまだ自分の身体の動きに慣れていなかった頃、とんでもない速さの球を彼に投げてしまった。もし当たっていたら無事では済まされなかった事だろう。
しかし、万が一あの球が彼に当たろうとすれば、当たる寸前に球は即座に燃え尽きて消えていた
(そうなると分かってはいた事だが、それでも彼を恐がらせてしまった事には反省している)。
このような現象が、私が今のこの世界全てに施していた制御の一つ。しかしそれはあまりにも不自然に起こってしまうので、彼らを不審がらせない為にも出来れば起こしたくはない事なのだが。
そして、今回巨大ジンが彼に攻撃した時にもそれが起こるはずだった。
巨大ジンの拳が彼に触れる寸前、きっと何らかの動作不良を装ってその動きを止めていた事だろう。
しかし、マイはそれが起こる直前に発砲していた。
結果、巨大ジンは動きを止める事なく、そして倒される事も無くマイに再び襲いかかる事となったのだった。その後、マイは再び巨大ジンとの泥沼の死闘を強いられる事となる。
「今の動きはどう考えたって裏目にしか出ない。あれは巨大ジンが動作不良を起こす事は知らないだろうけれど、そもう少し待っていれば彼がやられてしまう事によってハッキリとした隙が出来るとは分かっていたはず。今日あれにやらせる事にしていた使命は巨大ジンへの勝利だけだった。でも何故、その明確な勝利のチャンスを狙わず……攻撃を……」
そして私は、とんでもない考えに至ってしまった。
「まさか……あの二人を守ろうと思って……」
私は、すぐさま今流れていた『光景』をすっ飛ばし、この一日最後に山で見られた『光景』を目にする。
色に彩られた花火が、幾つも上がっている。絶え間なく、視界を照らしている。
それを、マイは見ていた。
使命を果たして。ぼろぼろになって。しばらく動けずにいて。
それでも、彼女はその花火から目を逸そうとしない。ジッと見つめている。
そしてその頬に一筋の涙が伝って——その声を聞いてしまった。
「……き……れい……」
息が、詰まるようだった。
◇
一瞬にして、俺達はジン達に囲まれてしまった。
どの方向を見ても影、影、影。隙間すらも見えない程、彼らは俺達の行く先を厳重に封鎖している。
しかし、彼らはそのまま襲ってくる様子は無い。
「……」
拳銃を、発砲してみる。
狙いを定めていた影壁のうちの一体のジンは、避けようともしなかった。
モロに銃弾を核に受け、影を拡散させて消える。
しかし、すぐさま後ろで控えていたジンが前に出て、その穴を一瞬で埋めてしまった。
彼らは、理解しているのだろう。所詮俺一人の動きを封じる事など、こうしているだけでも可能なのだという事に。
実際に、こうなってしまった俺に何の手も浮かんで来なかった。
この壁の突破は不可能。撃破よりも増援の方が遥に早い。破壊は勿論の事、飛び越える事すら俺の身体能力では不可能だろう。
この拳銃を俺の頭に突き付け、自害しようとしてみれば、こいつらはそれを阻止しようと壁を崩してくれるか?
……してくれた所でどうなる。俺へと一斉に迫ってくるジン達を、全て掻い潜って逃げる事が出来るとでも?
策が思い浮かばない。
どうする事も、出来ない。
「……ちく……しょう……ッ」
拳を握りしめ、その場に立ち尽くすしかなかった。
今まで「解放」を上手くこなしてきて、俺になら何でも出来ると思ってしまっていた。こんな頭でも、役に立つのだと思っていた。
でも、今その頭はあまりにも無力過ぎた。この「世界」そのものに対して、俺は何も出来ない。
(……何が、天才だ……。俺は、たった一人の女の子すらも守る事が出来ていないじゃないか……!)
悔しがる俺の身体が揺れた。
後ろから、拘束されていた。いつの間にか背後から近づいてきた一体のジンに、俺は羽交い締めにされている。
「……離せ」
動けない。拳銃も奪われた。
たった一体のジンにすらも、俺は対抗出来ない。
「離せ……離せえぇぇぇぇッ!! くそおぉぉぉぉッ!!」
そして手放してしまったマイも、もう一体のジンに拘束されていた。
そこに、さっきまで壁を作っていた無数のジン達が迫ってくる。
黒い殺意の奔流が、彼女を飲み込んでいく。
「止めろおおおっ!! 止めてくれえええええッ!!」
声は、届かない。
余りにも理不尽過ぎる最後。
そして視界は全て黒に埋め尽くされ――
――一瞬で、晴れた。
「……え?」
消えたジンの大群。再び差し込んできた朝日。その視界の向こうで。
マイが一人、立っていた。機関銃を携えて。
しかし、様子がおかしい。こっちには目もくれず、身体はどこかふらふらと揺れているのだ。まるで、操り人形のように。
影壁の外側に残っていたジン達。未だ圧倒的な数の彼らが、一斉に彼女に襲いかかってくる。
でも、彼女の攻撃行動はとても鋭い。機関銃を乱射し、周囲へ薙ぐ。
一体足りとも、彼女に近づく事すら叶わなかった。次々と影を霧散させて、まるで木の葉でも払うかのように次々と消されていく。
その少女は、あまりにも強すぎた。
彼女の放った無数の銃弾のうち、一つが俺の頬を僅かに掠めた。そこが切れて血が流れる。
同時に、俺の拘束が解かれる。振り返ってみれば、俺を羽交い締めにしていたジンも消えている。
時間にして、十秒程。
この場に集っていた大量のジンが、全て消えていた。
「……マイ……」
静かに、俺は彼女の名を呼ぶ。
彼女は俺に、機関銃の銃口を向けていた。殺意を込めていた。
その目からは生気を感じられず、酷く冷たい。さっきまでなぎ倒していたジン達を見る目と全く同じだ。
俺も、殺すのだろう。
彼女は今、何も見ていない。何も感じていない。そんな風に思えた。
――出会ったばかりの頃を、思い出していた。
あの時も、グラウンドで俺に襲いかかろうとしていたジン達をあっという間に全滅させてくれて。
――動かないで下さい――
そしてこんな風に、俺に機関銃を向けて。
「……今思えば、酷い出会いだったよなあれ。俺はココロが眠らされてテンパってて、お前は完全に俺を敵としか思っていなくて」
でも、それがきっかけで昨日は行動を共にした。お互いを、理解し合った。打ち解ける事が出来た。
――こき使ってやりますから。覚悟して下さい――
――やった!! やりました、やりましたよ光司!! あたし達、勝ったんです!!――
「信じられるか? あれから俺達、一緒にソリで滑って、雪合戦もして、星まで一緒に眺めたんだぜ? これまた急で、凄い話だよな。……でも、俺にとっては忘れられない思い出になった」
彼女は機関銃をこちらに向けたまま、ぴくりとも動かない。
その引き金さえ引けば、ジン以上にあっさりと散らせられる命。俺はいつ死んでもおかしくはない。
多分、今の彼女にとって俺の価値などその程度のものなのだろう。
だがそんな彼女に対し、俺は命の続く限り言葉を発し続けるだけだ。
「なあ……マイ。お前は全部、忘れてしまったのか? もう、俺の名前は呼んでくれないのか? また……一人になろうとしているのか?」
俺は逃げない。諦めない。
だって俺は、彼女には笑っていて欲しいのだから。また彼女の可愛らしい仕草が見たいのだから。
だからそんな――
「――マイ。どうしてお前は……泣いているんだ?」
「……あ……」
虚ろな目のまま、そこから涙を流し続けるマイは、機関銃を手から滑り落とし、その場に崩れ落ちた。
「マイ……ッ!」
自分の中で色んな感情が膨れ上がるのを感じながら、俺は彼女に駆け寄る。地面に倒れる寸前だった彼女を、ぎりぎりで抱き留める。
彼女の濡れた瞳には、光が戻っていた。正気に戻ってくれたのだろう。
「……バカが。心配……かけさせやがって……!」
声が震えている事は、自分でもはっきりと分かった。
もうこのまま彼女とは二度と話せなくなってしまうかもと思ったら、どうしようも無い程不安な気持ちになっていた。ずっと先の見えない暗いトンネルを走っているかのようだった。
だから今、こうして抱き留めているだけでも愛おしさとか、嬉しさとかが溢れてくる。
「……光……司……」
ようやく意識が戻り、話せるようになったマイは俺に話しかけてくる。
掠れた声で、こう言い出してくる。
「お願い、します……。あたしを……破壊して下さい」




