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再合流、再決闘



   ◇ 



 結構滑った。

 というか、よくもまあ何時間もソリ滑りだけでもたせられたと思う。

 どうせならスキーとかスノボとかも兆戦してみたかったが、「効率が悪くなるから」とマイは頑なに俺を一緒にソリで滑らせた。というのは建前で、彼女はそれが楽しかったからだと俺は踏んでいる。

 滑るうちにコースの雪も固まり、最後の方ではだいぶ「ひやっほー」という速度で滑ることも出来たし、まあ何だかんだ俺も楽しかった。

 しかし、流石に何回も雪道を登るというのは疲れたものだ。

 俺はふらふらになりながら歩き、普通にぴんぴんしているマイはそんな俺を見て「情けないですね」と呆れたように言う。負けじと「おぶってくれてもいいんだぞ。あ、身長的に厳しいか」と俺が冗談めかして言うと、「セクハラです」と言って横っ腹を蹴られた。酷い。


 そんなやり取りをしながら、俺達は公園の広場の方に戻ってきた。記憶のカケラの様子を見るためだ。

 山からでも見えたのだが、遠すぎてどういう状態かよく分からなかった。だから一番地上からの距離が近い真下付近で観察する事にしたのだ。

 それは未だ健在だった。広場の上空に先程と変わらない位置で、青く光っている。


「……まだ、『解放』はされないか」

「ええ。ですが、恐らくもう少しだと思われます」


 確かに、さっきよりも放つ青い光が明るい色となっているような気がする。だいぶ「情報」を吸い込んでくれているようだった。

 もう空も薄暗くなり始め、日没が近い事が分かる。だが、今日はかなり順調に進んだ方だった。


「おーい! 偶然! 二人も『解放』状況の様子を見に来ていたんだね!」


 唐突に後ろから響いた聞き慣れた声に振り向いてみれば、そこにはやはり元気そうなココロと、ふらふらになっている五十鈴が立っていた。彼女達も丁度今戻って来たようだ。


「……お前らは、何をしていたんだよ」

「かまくら作ってた!!」

「……」

「そういえば先程、歩いてここに戻ってくる途中で、遊具のあるエリア方向に巨大な雪のドームのようなものが見えましたね。推定、半径二十メートルはあったのではないかと」

「あは、あはは……」


 大体事情は察した。それどういう原理で崩れずにいるのと聞きたかったが、「気合で!」とか無駄な答えしか返ってこない気がするのでやめておく。

 魂の抜けたように力なく笑う五十鈴にはお疲れ様、としか言いようがない。お互い様だが。


「どう? 記憶のカケラは」

「まだ『解放』はされていないな」


 ココロも、記憶のカケラをじっくりと見る。


「……うん。でも本当にあともう少しで『解放』されそうだね」

「どうする、もう一回二手に分かれて『解放』するか?」

「いや、もう後は四人で一つの『解放』をしてもすぐに終わると思うよ。この広場で何か適当に遊んだほうが手っ取り早いかな」

「それもそうか。じゃあ、何をする?」

「そうだねー」


 少しココロは考える素振りを見せてから、こう答えた。


「じゃあ、雪合戦をしよう! 先に当てた方が勝ちの一本勝負で!」


「……いや、さっきもやったじゃねえか」


 呆れた顔をする俺の横で、しかしマイはぴくりと反応したような気がする。


「いやいや。さっきとは違うよ。さっきは私とマイの一対一の勝負。今回は――」


 ココロはそこで言葉を切ると、隣にいる五十鈴の肩を掴んだ。五十鈴はびっくりして「ひゃっ」と小さく悲鳴を上げる。


「――私とフミカ対コウジとマイのタッグマッチでどうだろっ」


 なるほど、確かにそれなら俺達四人で参加出来る「解放」だ。その組み合わせならチーム間での総合的な力の差もあまり無い。だが――


「いやいや、チーム内での力の差があり過ぎんだろ。俺と五十鈴はお互いお前らの雪玉くらって一瞬で終わると思うんだが。足引っ張ってしまうだけだ」


 さっき彼女達が雪合戦で見せていた、あの常人離れした動きに俺達が付いて来られるとは到底思えない。


「うん、それもそうだね。だから『コウジとフミカに雪玉を当てても何もなしの無敵』という特別ルールを設けようかと思う。これなら私達が二人に雪玉を当てるメリットは極限まで無くなるでしょ?」

「……ふむ。つまり、マイが雪玉に当たった時のみお前達の勝ち、そしてお前が雪玉に当たった時のみ俺達の勝ち、という事か?」

「そういう事だね。フミカが私のサポート、コウジがマイのサポートをするという形の勝負になるかな」


 仮に動きを封じるだけの目的でココロが俺を狙おうとしても、そこに隙が生まれてココロがマイに狙われてしまうだろう。しかも俺に当たったところで勝利にはならない。これではメリットどころかデメリットとなる。二人は迂闊に俺達を狙えない。

 なるほど、確かにそれなら俺達に大きな負担はかからない。五十鈴にもあまり無理をかける事は無さそうだ。


「……分かった。俺はその雪合戦でいいぜ」


 取り敢えず俺は納得しておく事にする。却下して違う遊びを考える事も面倒だ。


「やった! フミカはどうかな?」

「んー。私も特に反対する理由は無いかな。……雪玉がこっちに飛んでくるのは怖いけれど」

「安心して! フミカの事は私が守るんだよっ。だから安心して私のサポートをして欲しいなっ」

「……うん、分かった。じゃあ守ってもらっちゃおうかな。頑張ろうね、ココロちゃん」


 二人が和気あいあいとそんなやり取りをしている間、俺も隣にいるマイに話しかける。


「お前も雪合戦でいいのか? 嫌なら嫌と言えば……」

「光司」


 マイはココロの方を見据えたまま、俺の名を呼ぶ。


「どうした?」

「……あたしは、勝ちたい。今度こそ」


 そして俺の方を振り向いたその目は、少しだけ不安そうに揺れていた。


「だから、手伝って貰えませんか? ……あたしと共に、戦ってくれませんか?」


 その言葉に驚くと同時、嬉しくもなる。

 ずっと「一人でいいです」と言ってきた彼女が、こんな事を言うとは。

 彼女とは、先程のソリでの一件で随分と打ち解ける事が出来たと思う。

 俺は、彼女の頭に手を置いた。

 嫌がられ――はしなかった。ただ、今度は向こうが驚いたような目で俺を見ている。


「……仕方ない。お前にそんな目で頼まれたら、俺も本気で頑張るしか無くなるよな」

「やはりロリコンでしょあなた」

「やめてくれ変態と呼ばれているだけでもダメージを受けているのに、そこに明確なカテゴリーまで加えてくるんじゃない。というか違う!!」


 それ以前に、記憶を失っている彼女はそんな言葉をどこで覚えたし。それだけ記憶に残っていたとかは断じて認めない。認めたくない。

 しばらくしてから、ひょいっと頭に乗った俺の手を避ける。

「さて、ロリコンと組む事になったあたしは、自分の貞操も守りながら今回の対決に挑まなければならないのでしょうが――」


 とてつもなく失礼な事を言いまくった後、マイは俺に笑顔を向けた。


「――ありがとうございます、光司。あなたの力、精々頼りにさせて貰いますからね?」

「……」


 そして俺はまた、不覚にもその笑顔に見とれてしまうのだった。


「やはりロリコンでしょあなた」

「ちがあぁぁうッ!!」




 こうして、ガチンコ雪合戦対決(仮)、タッグマッチ戦が始まった。


 ルールとしては、先にココロかマイに雪玉を当てたチームの勝ち。

 基本的に直接の接触も有りだ。ただし、明確な暴力で相手を無力化しようというのは無し。

 大体これだけのものだ。自分達の陣地とか相手の陣地とかも特にない。

 この広場全てが、自由に動き回れる戦場となる。


「じゃっ、よろしく頼むねフミカ!」

「任されましたっ。ココロちゃんも頑張ってね!」


 ココロと五十鈴は声を掛け合うと、五十鈴がココロから少しだけ離れ、そして雪玉を作り出す。しかしココロは雪玉を作るような様子は無い。

 どうやらココロは雪玉の生産を全て五十鈴に任せ、自分は雪玉を投げる事に専念をするようだ。


(くっ……)


 そしてその役割分担は恐らく正しい。

 五十鈴は、かなり手先は器用なのだ。

 それを証明するかのように、こうしている間にもあっという間にその隣に綺麗な雪玉が積み重なっていく。あの速さならココロがいくら雪玉を投げ続けても玉切れになる事は無いだろう。

 ココロは、ちゃんと五十鈴の長所を理解している。

 一方、俺達は――


「マイ」

「ええ。よろしく頼みます、――お兄ちゃん」

「おい普通に光司でいい」

「この方があなたの士気が上がるかと。あたしも言うだけで虫唾が走りますが、苦肉の策です」

「じゃあ言うなし!! そんなに変わらんわ!!」

「そんなに(笑)」

「うわー。随分仲良くなったんだねーキミ達」

「嘘……。高山君の守備範囲、広すぎ……?」


 そんなココロの感心半分呆れ半分の声と五十鈴の絶望したような声を無視し、つい先ほど話し合った作戦通りに動き始める。俺は、マイから白い布で包まれた機関銃を受け取り、左脇に抱え込んだ。

 それを見て、ココロが怪訝そうな顔をする。


「あれ、さっきは端っこにそれを置いて私との対決に臨んだのに、今回はコウジに預けるんだ。いくらコウジはサポートとは言え、それはキミの移動の足枷にしかならないと思うのだけれど。……あ、流石にそれを撃つのは無しね?」

「分かってるって。それは洒落にならんだろ」


 確かに、機関銃など撃てなければただの重い鉄の塊だ。持っていても動くのが鈍くなってしまうだけだろう。

 だが、そんな鉄の塊にも使い道はあると言うものだ。

 俺とマイは二人ともかがみ、雪玉を作る。俺は一つ、マイは二つ。

 俺達は二人で、あの雪玉の供給すらも手に入れた強敵ココロを捕えてみせる。


「行くぞマイ!」

「ええ!」


 俺達は雪玉を構え、同時にココロの方へ走り始めた。


「ココロちゃん!」

「ん、ありがと!」


 五十鈴が二つの雪玉をココロに放り、ココロはそれを受け取るや否や、すぐに俺達へそれぞれ一つずつ投げてきた。


「……ッ!」


 どうやらココロは、当てても意味が無いと分かっていながらも、俺も攻撃対象に入れるようだ。

 正しい判断だと思う。俺もココロを狙っている以上、それへの牽制も考えるべきだろう。当てても意味が無くとも、ココロの投げる雪玉の威力的に当てればしばらく俺を無力化出来る。

 ココロがこんなだまし討ちを仕掛けるとは。彼女は、俺を狙っても意味は無いとは言っていた。しかし、狙わないとは一言も言っていない。

 しかもマイへの警戒も全く怠っている様子がない辺り、厄介だ。

 ココロも本気なのだろう。

 だが、ここまでは想定の範囲内である。


 雪玉が迫る。

 マイは軽やかな身のこなしでそれを避けた。

 しかし、俺にその雪玉の豪速球は避けれそうにない。あのソフトボールよりは遥かに威力は低いのだろうが(五十鈴はそんなガチガチに雪玉を固める子ではない。……と信じている)、当たればかなり痛いだろう。くらいたくはない。

 だから俺はそれを――


「よっと……!」


 抱えていた機関銃で防いだ。ガンッと小気味よい音が布の中から響く。


「なるほど、盾なんだね……!」


 感心している様子のココロへ、その攻撃をくぐり抜けた俺達が接近する。

 それも、ココロと五十鈴の間に割り込む形で。


「……ッ!?」


 俺とマイで同時に一つずつ雪玉を投げる。それをココロは、五十鈴から離れるように避けるしかない。


(よし、いいぞ……!)


 この調子だ。こうやってココロの攻撃を凌ぎつつ、五十鈴から彼女を引き離すように二人で攻撃を仕掛ける。

 近づけるような隙は与えさせない。そのための二人だ。雪玉の製作と攻撃を交互にやっていけばいい。

 そして完全に五十鈴からの供給を絶ってから一気に――


「……え?」


 一瞬、思考が停止した。

 ココロが避けた先、その雪の上に、雪玉が転がっている。


(まさか……これはまず……!)


 そのため、機関銃を前に突き出すのが一瞬遅れ――


「ごめんね、コウジっ!!」


 ココロの蹴り飛ばした雪玉が、俺の脇腹に直撃した。


「ぐあっ!」

「光司!?」


 ……痛い。想像以上の衝撃で、ちょっとしばらく動けそうにない。これあざとか残らないだろうか?


「うーん……やっぱり足だと腕より威力の加減が難しいね。本当にゴメンねコウジ! 頭には絶対に当てないようにするから、コウジも頑張って避けてね!」


 敵であるはずの俺にそんな心配をしてくる。随分と余裕そうだ。

 そしてココロは、またその足元に転がっていた雪玉を、今度はマイに向けて蹴り飛ばした。


「くっ……!」


 雪玉を作ろうとしていたマイは、それを中断して避けざるを得ない。


(くそ、これは……!)


 五十鈴の方を見る。

 彼女は作った雪玉をココロに放って渡しているだけでは無く、ココロの足元へも幾つも転がしているのだ。これなら一瞬供給が途絶えた場合に備えたストックとして置ける上、手だけで無く足からも雪玉を放つ事が出来る。しかも幾つも転がっているから、次にココロがどの雪玉を蹴ってくるのか検討もつかない。

 マイの先程の戦術を模倣した上、応用まで効かせてきている。


「さて、じゃあ一気に決めさせて貰おうかな」


 俺達の攻撃が一旦止んでしまった事で、ココロの五十鈴への接近を許してしまった。

 そこから、彼女の猛攻が始まる。


 両手は、雪玉を山からつかみ取り絶えず投げ続ける。

 両足は、足元に転がされた雪玉を絶えず蹴り続ける。

 それはまるで雪の上を踊るように。

 身体の全てを使い、ココロは苛烈にマイへ攻撃を加える。


「う……くっ……!」

「あははっ。さて、マイ。キミはどれだけ避けていられるかなっ!?」


 まるで悪役のような言葉を言いながら、物凄い数の雪玉をマイへと飛ばしていく。それをマイは辛うじて避けているが、当たるのが時間の問題なのは目に見えている。

 その間に、脇腹の痛みが何とか退いた。


(くそ……こうなったら、すまん五十鈴……!)


 雪玉を構える。狙うは五十鈴——の隣で積み重なっていく雪玉の山。あれを崩して、かつ五十鈴をびっくりさせて、その雪玉の供給を少しでも止める事が出来れば。

 しかし、持っていた雪玉が手の中からすっ飛んだ。

 こちらに飛んできた一つの雪玉が当たったのだ。


「残念だったねコウジ。フミカには指一本触れさせないよっ」

「……ぐ……!」


 俺一人など、ココロなら四肢のどれか一本あれば抑えられる。その間にマイへの攻撃などほんの少しだけしか緩まない。マイが雪玉を作る隙すらも作れない。


 ココロは、やはりとんでもない強敵だ。


 これはもう――


(やるしかない……!!)


 腹を括り、俺はちょっと無茶な作戦に出る事にした。


 ――ここからが、反撃開始だ。


 

 

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「終末へのココロギフト」を読んでいただきありがとうございます!よろしければこちらより、現在連載中のファンタジー 「そして勇者は、引き金を引く〜引きこもり少年と怪物少女の、異世界反逆譚〜」 も読んでいただけるととても嬉しいです!よろしくお願いします…!
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