涙の理由
◇
「わああ……!」
ドンッ、ドンッという音の中。隣で五十鈴が感嘆の声を上げる。その綺麗な横顔は、たった今再び瞬いた光に照らされている。
静かな夏の夜の空。そこへ次々と打ち上がっていき、黒い空を、街を、世界を照らし出していくのはいくつもの「色を持った」打ち上げ花火だ。
そう、これが俺の考えた策。それも、この地域全てを「解放」で覆うという大胆な策。
夏の夜に行う花火。これは花火大会の再現だ。毎年夏にこの街でもやっている事。そして――この周辺でならどこででも見る事が出来るもの。
記憶のカケラがあちこちを移動してその「解放」がやり辛いというのなら、その移動中、移動する先々全てで「解放」を行えばいい。記憶のカケラはこれから、どこにいようがずっとこの花火を見続ける。これですぐに「元の世界」の情報を埋める事が出来るのだろう。
街の至る所で花火を打ち上げてくれているのは勿論ジン達。渡しておいた花火球や打ち出す円筒をあちこちに設置して打ち上げてくれている。当然、俺達だけでこんな大掛かりな事が出来るはずも無い。本当に助かった。
これで、今日の記憶のカケラは「解放」されたも同然だった。
あとはこうして終わるの見て待つだけ。
それにしても、とまた考える。
街外れの倉庫で見つけた、いくつもの花火玉に俺や五十鈴が触れた途端に服と同じように色が灯った。もしやとは思ったが、まさか打ち上がった花火にまで色が付いているとは。
今までもバスケットボールや釣り竿に触っても色が灯る事は無かった。なのでてっきり色が与えられるのは俺達が纏う服のみなのだと思っていたが。色が灯せるものに、何か条件があるのだろうか?
(……それとも)
ふっと、自然と笑みが漏れてしまう。
(これは、あんたなりの粋な計らいなのか? ――「世界」とやら)
何とも分からない得体の知れないものに対し、そんな思いをはせる。
なんだが手のひらで踊らされているようで癪だが、それでも今は不覚にもこの景色に見とれてしまっていた。
赤、黄色、オレンジ、青、緑――
黒の空へ、様々な色の光がいくつも広がっては消えていく。
一つ一つの花火が織りなす色の組み合わせもコントラストも全然違って、更に形も大きさも違って、同じ色でも濃淡があって――
ずっと部屋からの流し目で見ていたから知らなかった。花火とはこんなにも綺麗で美しいものだったなんて。
「ね、高山君! 凄い、とっても凄いね……!」
「ああ、本当に。これは見られて良かったな」
柄にもなく興奮している五十鈴に、俺も素直に答える。
これだけでも、今日は頑張った甲斐があったというものだ。
◇
巨大ジンも、その突然の音と光に反応した。
彼は空に背を向けていた。だからあたしと違い、それを見るには振り向かなければならなかった。だからこそ、あたしよりもそれへの認識が一瞬遅れてしまったのだった。
その一瞬が、全てだった。
「……!!」
彼が振り向いた隙に、あたしは最後の力を振り絞って跳び上がる。懐に残っていた予備の拳銃を取り出し、むき出しの彼の頭に押し付けてすぐさま発砲。
――ドンッ――
聞こえてきた音は、銃声だったのかまたは空で打ち上がったそれの音なのか、あるいはその両方同時だったのか。とにかく、あたしの中でその音が一際大きく聞こえた。
ゼロ距離で放たれた銃弾は、今度こそ頭を薄く覆う影を貫いて核へと至る。
ビクッとその巨体が大きく痙攣を起こした。その後もぶるぶると体全体を震わせ、それでも彼はこちらへ腕を振り上げてくる。まだ戦える、お前を倒してやる、と言わんばかりに。
「残念ですが、あなたの負けです。巨大ジン。あなたの核はもう砕かれた。生き残ったのは、あたしの方です」
その腕が振り下ろされることは無かった。フッと力が抜け、あたしの目の前を重い音を立てて倒れ込む。
膨大な量の影は、そのまま霧散していった。
「……さようなら」
遂に、巨大ジンを倒した。
安堵と同時に一気に力が抜け、あたしはその辺にあった木の幹へ背を預けて崩れ落ちる。
「……っ……ふぅ……」
――疲れた。もう、今日は動けない。
◇
「……んん?」
後ろから声が聞こえてきた。ハッとして俺は振り向く。
ココロが、ベンチで上体を起こしていた。眠そうに目をこすりながら。
「ココロ!? もう大丈夫なのか……!?」
見れば、さっきまで彼女を縛っていたはずの影も消えている。
「……あ、おはよーコウジ。え、私? んー大丈夫だけど? えっと……何があったんだっけ?」
不思議そうに、首を傾げるココロ。
ココロが起きた。それはつまり、巨大ジンがいなくなったという事だ。そこから導かれる事実はただ一つ。
(そうか、そっちも終わったんだな、マイ。助けにいけずすまん。本当にありがとう、お前もよく頑張ってくれた)
俺は、今も彼女がいるであろう山に顔を向ける。
「えっ!? というかもう夜!? 私そんなに寝てた!? 今日の『解放』は……てうわっきゃあっ!? 空が光った!? なにこれ凄いっ! 色あるし! 世界の異常っ!? なんかちょっと暑いし! あとコウジ、その隣の子誰っ!?」
慌てたように、忙しなく色んな事に驚きまくるココロ。それはまるで俺達の今日一日分の驚きと苦労を詰め込んでいるようで。その様子がおかしくて、俺と五十鈴は思わず笑ってしまう。
そして、まず五十鈴がココロの前へ進み出た。
「初めまして、ココロちゃん。私は五十鈴文歌。高山君とはお友達だよ。今日、私は彼と再会出来たの。話も全部彼から聞いた。私も、この世界を救いたい。だからこれから、私にもココロちゃん達の『解放』を手伝わせてもらってもいいかな?」
その自己紹介をポカンとした様子で聞いていたココロだったが、彼女の言葉から何となく「今日」という日について悟ったのだろう。少し申し訳なさそうな顔を作った。
「そっか……じゃあ、今日の『解放』はコウジと二人でやってくれたんだね。えっと……フミカ、だっけ。ごめんね。よく理由は分からないけれど、今日私は動けなくて。そして、コウジの手助けをしてくれて本当にありがとう」
それから、いつものような明るい笑顔をみせた。
「あと、私達と一緒にこれからも『解放』をしてくれるというのは、もちろん大歓迎だよ!! とても嬉しいな。――改めまして、私はココロです。これからよろしくね、フミカ!」
「うん! 一緒に頑張ろう、ココロちゃん!」
二人の和気あいあいとした様子を見、俺は自然と笑みがこぼれる。
それから、俺もココロの前へ進み出る。
「……ココロ」
ある意味一日ぶりの再会。別に久しぶりというわけでもないが、どこか感慨深いものを感じる。無事元に戻ってくれて安心したというのもあるのだろう。
しかしココロのにこやかな笑顔の前に立つと、彼女に何を言うべきなのか良く分からなくなる。
結局。
「おはよう。今日もよろしくな、ココロ」
「うんっ!」
そんな、他愛のない挨拶を交わすのだった。
「……まあ、今日ももう終わりみたいなもんなんだがな」
「うっ……それについては、その……」
「いいって。それはお前のせいじゃない。――ああそれよりもココロ。五十鈴の事なんだが、彼女も秘密基地に住まわせるなら、彼女の分のベッドも……」
「分かった! 私がコウジと一緒のベッドで寝ればいいんだね!!」
「違うわ!! なんでそうなんだよ!? おい五十鈴、お前からもこいつに何か言って……」
「コ、ココロちゃん! 高山君とはどういう仲なの!?」
「あの……五十鈴さん……?」
「コウジと一緒に寝る仲なのだよっ」
「……うそ……そんな……。高校生で……まだそれはいくらなんでも……」
「……はあ……。……ところでココロ。今日はもう今から寝られるのか……?」
「無理だね!! だから遊んでる! コウジもどうかな!?」
「潔いなッ!? あと俺は寝ますもう無理」
「高山君!? ここで寝ないで!」
あとは屋上で、花火を見ながら三人での他愛のない会話が続く。
こうしてまた一日。「旅」の一日が終わる。
◇
あたしは、夜空を見ていた。
黒で塗りつぶされた静寂だった空。
今、その空でいくつもの色を持った大きな光の束が円心状に広がり、そして消えていく。何度も何度も、あちこちでそれは上がっていく。夜に沈んだこの世界に、様々な色の光を照らしていく。
それらが瞬くたび、木々の闇に溶けているはずのあたしも照らし出される。あたしの目にも、きっとその光が映っているのだろう。
その目に、脳裏に焼き付いていく光の色や形は様々で。とても明るくて。まぶしくて。そして……。
――ドンッ……パラパラ……――
ざわつく。あたしの、何かが。
まただ。また、あたしの奥底がうずく。また、何かに揺さぶられている。
見ている、だけなのに。あたしは……。
「……き……れい……」
何を言っているのだろう、あたしは。
そして、何なのだろう。この目から頬へ伝う、一筋の雫は。
どうしてあたしは、こんなものを?
胸が熱くなる。目が離せない。
分からない、あたしには分からない。この涙の理由も、その言葉の意味も、何も。
ただ、それはどうしようもなく湧き上がってくる。溢れてしまう。
なんで、どうして。
自分に問い続けても、やはり分からなくて。
あたしは、一体――