それぞれの使命
◇
あたしは――マイは、走っていた。
うっそうと茂る木々の中。山の頂上付近。僅かに開けた獣道を頼りに、ただひたすらに。
「……!」
また一度、一瞬だけ立ち止まるとあたしは振り向きざまその機関銃を乱射する。
張られる弾幕。すべてを貫くかの如く走る防壁は、さっきまで通っていた木々を突き抜けていく。
やがて、その弾はすべて向こうの黒へと吸い込まれていった
黒。正確には膨大な量の影。木々を容赦なくへし折り、こちらへその巨体に見合わない速度で近づいてくるのは巨大なジン。
名前そのままだが、彼こそが巨大ジン。ここ数日、ジン達を操り世界を滅茶苦茶にしようとしている元凶。なんとしてでも倒さなければならない敵。
「ちっ……!」
弾が命中し少し怯んだ様子を見せたものの、その後は何事も無かったかのようにこちらへ走って来る様子を見て、舌打ちが漏れる。
先程から何度もこのように弾を当てているのだが、ダメージらしいダメージは見られない。彼の身体を構成する影はかなり強固なものらしい。
それならばやはり核を狙うしかないという考えには至ったのだが、動体視力もいいのかそちらを狙う弾は全てその強靭な手で阻まれてしまった。
結局、今はその動きを止めるためにまた身体から狙わねばならなくなってしまっている。まさにイタチごっこの状態だ。
巨大ジン。やはり今まで戦ってきたジン達とは格が違う。これほどまでに厄介な相手とは。
(それならっ!)
巨大ジンよりも一足先に木々を抜け、山の頂上と思われる少し開けた場所にまで出た。
ただ逃げてきたわけではない。策はいくつかある。彼の「誘導」は成功した。
頂上広場の真ん中に置いておいたプラスチックタンクを迫って来る巨大ジンに向け放り投げ、すかさずそれを機関銃で複数打ち抜く。するとその中からガソリンが漏れ、巨大ジンとその周りの木々にべったりとかかった。
そしてあたしは懐からマッチを取り出し火を点けると、なんの躊躇いもなくそこへ放り投げた。
爆発音と共に木々は大炎上を起こす。
ただでさえこの真夏日で木々は乾燥している。色のない黒い炎はあっという間に林の中を広がり、そして巨大ジンをも包み込んだ。
ジン達にダメージを与えることが出来るのは、何も物理的衝撃だけではない。熱も彼らには十分に有効だ。
炎の中のたうち回る巨大ジンへ、機関銃を向ける。彼がこんがりと焼けるのを悠長に見守っている時間もない。まだあたしの後方の木々にまで炎は回っていないが、そこまで燃えてしまったらこちらも逃げ場が無くなってしまう。
問答無用で発砲を開始。弾は炎を突き抜け、巨大ジンへと次々命中していく。炎に気を取られて、彼はその無数の弾に対してロクな防御体勢を取れていない。
「死ね……!」
当たり続ける弾は、今度こそ核へ――
だがそれが届く直前、突如として彼の姿が掻き消えた。
やったのか、とも一瞬思った。だが違う。一瞬にして視界から消えたといったといった感じだ。彼らが「死ぬ」時の消え方ではない。
空が暗くなる。すぐさま見上げたその視界に映ったのは、西に傾き始めている太陽の光を遮る、巨大ジンの姿だった。
(跳んだ!? こんな強引にあの炎を掻い潜るなんて)
まさかあの巨体でここまでの跳躍力を見せるとは。どうやらあたしはまだ彼を見くびっていたらしい。
着地した先は、炎の回っていない安全地帯。あたしの目の前。
同時に、空気を吸うような音と共に彼のただでさえ大きな身体がさらに膨れ上がる。
何をするのか分かったと同時にまずいと思い、咄嗟に後方へ回避行動をとったが遅かった。
彼の核から四方へ、膨大な量の空気が吐き出される。嵐とも思える強風は燃え上がった炎すらも消し飛ばし、あたしも大きく吹き飛ばされてしまった。
腰を盛大に木にぶつける。一瞬息が止まった。
それでもすぐに立ち上がると、あたしは逃げ道への撤退を始めた。
だめだ、炎すら消されてしまう。もはやこの策も通用しない。
「くそッ!!」
盛大に、あたしは悪態をついた。
◇
ココロを担いで突っ立ったまま、しかめっ面でその先を見ていた。
「えっと高山君。記憶のカケラが飛んでいったのって、次はここでいいんだよね?」
「ああ、そうだな。そう、なんだがな……」
その視界を埋めていたのは、山だった。
ここは住宅街の隅にあたる。ここが街の最果てだと言わんばかりにその山はそびえたっているのだ。
高さはそれほどのものでもない。しかし、横に長く続いているため実際にはかなり広い山だ。
五十鈴の言う通り、記憶のカケラは今度はここへ飛んでいった。次の「解放」はここで行う事になるのだろう。それ自体にはなんの問題もない。
しかしさっきマイが言ったことが正しければ、ここには巨大ジンが潜んでいる。
そして今、奴とマイはここで激闘を繰り広げているのだと思う。ここに来る途中、山頂付近で煙が上がっているのが見えた。今はもう見えないが、それでも耳を澄ませば連続的な銃声のような音が時折聞こえてくる。ここは今かなり危険な地帯なのだろう。
その辺りの事情を五十鈴に説明する。その上で、俺達は山を登る事を決意した。
「ここは慎重に行くぞ、五十鈴。俺達じゃまず奴には敵わない。いつでも逃げれるようにしておけよ」
「う、うん。分かった。それで、ここでは何をするの? 高山君」
「山で出来る『解放』。そうだな……」
考えた後、一つの結論に至る。丁度近くにスーパーマーケットもあったのでそこに入った。
ここにも冷房が効いており、食品の冷蔵もちゃんとしてある。ぱっと見た限りでも新鮮そうだ。
「五十鈴は適当に野菜を取ってきてくれ。俺は肉あたりを見てくる」
「分かったよ。バランス良く取ってくるね」
「ああ、やっぱりキャベツと玉ねぎを多めで。あとシイタケは嫌いだからいらないぞ」
「もう……好き嫌いはダメだよ?」
買い物かごを持ち、広い食品売り場で五十鈴と一旦別れる。ココロはまたそこらへんに寝かせておいた。
「つかの間の贅沢……か」
肉売り場で国産和牛なんかを次々と入れていく。ただというのは本当に素晴らしいものだ。普段じゃこんなものは中々ありつけるものではない。
あとカルビ、ホルモン、鶏肉、豚肉など種類も揃えておく。それと、近くにあったエビも取る。サザエもあったのでそれも。あと勿論飲み物も忘れない。
二人で食べきれるかは分からない程に食材は充実した。
揃えた所で五十鈴と合流。彼女もまた随分と色々な種類を揃えてきた。悲しいくらいに量のバランスも偏りが見られない。五十鈴は将来いい主婦になるのではないかと思う。
拝借した食材はこれまた途中で拝借してきたリュックに詰め、ココロを背負っている俺にはそれを担げないから五十鈴に担いでもらった。
そして店から出、今度こそ山登りを始める。
山登り、と言っても木々をかき分けながら進むわけではない。車でも山を通り抜け出来るようにちゃんとした道路は整備されている。俺達はそこを歩いた。
「ふう……」
「大丈夫か? キツいなら日陰で休んで……」
「大丈夫。目的地までそんなにもかからないんでしょ? そのくらいまでなら平気だと思う」
冷房が店によっては効いていると分かってから、そういう場所を探し出しては休憩をとるようにしていた。だから五十鈴はここにくるまでへばるようなことは無かった。
しかし、山だと多少涼しく感じるとはいえ冷房は見込めそうにない。
それに坂を登っていく労力が必要となるし、リュックも背負わせてしまっている。この炎天下ではなかなかに過酷だ。
しかし、彼女は頑張って歩いている。
「分かった。辛くなったらすぐに言えよ」
そう言うと、五十鈴は少し申し訳なさそうな顔になった。
「ごめんね。手伝うって言ったのに、心配ばかりかけちゃって。やっぱり足手まといになってる……かな?」
「馬鹿言うな」
即行で否定した。
「お前のおかげで、『解放』はかなりはかどっているさ。正直かなり心強い。無理していないなら、むしろガンガン手伝ってほしいくらいだ」
その言葉に嘘はない。先程の釣りといい、買い物といい、彼女はいい戦力になっている。是非とも今後の「解放」でも重宝したいものだ。
ぽかんとした表情をしていた後、五十鈴はその端正な顔に再び微笑みを浮かべる。
「そっか、それなら良かった。――ありがとう、頑張るね」
そう言われて、何だか照れくさくなり俺は顔を逸らしてしまった。
「でももっと役に立ちたいな……こう、高山君を癒してあげたりとか。うーんやっぱり、体操服に着替えて――」
「ごり押すなぁぁぁぁぁぁっ!!」




