定めた役割
生存者。いつしか訪れたという「世界の終り」から逃れ、今もこうして生きている者。
てっきり俺とココロ以外はいなくなってしまったと思っていた。
それが、まさかまだいたとは。
俺はその赤髪の少女を見、礼を言う。
「ともかく、さっきは助けてくれてありがとう。本当に危なかったよ」
だが彼女は返事をする代わりに、あろうことか俺にその機関銃を突き付けてきた。
「え?」
「動かないでください」
冷徹に、そう言い放つ。その言葉は警戒心むき出しだった。
「な、待て! 俺はお前に危害を加えるつもりはない!!」
そう言うも、彼女は銃を下ろそうとはしない。
「警戒は当然のことでしょう。こんな世界で信じられるのはあくまで己自身。同じ『生存者』のよしみであなたを助けはしましたが、あなたが何者かは分からない。もしもあたしに害を加える存在ならば殺すだけです」
ジン達よりはまだまし。少なくとも話し合いの余地はある。だが、未だ俺は危うい状況にあるのだと理解した。
暑いからの汗なのか、冷や汗なのか。こんな汗ばかり流している。
「今はただあたしの質問に答えなさい。変な動きを見せれば撃ちます。……あなたは誰ですか? なぜ、こんな所に……」
少女は問い詰めようとしたが、俺の後方――その背に影に縛られ眠っているココロをおぶさっているのを見て息を呑む。
「……っ! その女性は……」
「俺はただ、コイツを助けたいだけだ。見ての通り、ただ眠っている様子じゃない。昨日表れたデカいジンに動けなくされてるみたいなんだ。だから、俺はそいつを見つけなくちゃならない」
彼女が驚いた瞬間、好機と見た俺はすかさずそう言う。
「俺は高山光司。こいつはココロ。俺達は二日間この世界の『解放』、というのをしてきた。今日もそうしたいところだが、今のままではそれも出来そうもない。頼む、本当に何も企んではいない。ただの被害者だ」
「……そう、ですか。その言葉を信じるかはともかく、確かにここ数日は勝手に『解放』が行われていた。話の辻褄は合うというわけですか。……まあ、いいでしょう。見た所本当に丸腰のようですし。あたしの障害になりそうとは思えない」
そこまで言うと、少女はようやく銃を下ろしてくれた。どうやら彼女も今のこの世界の現状は知っているようで、話が速くて助かった。
緊張が解けると同時に、今度は俺が彼女に質問を投げかける。
「なああんた、あいつを知っているのか? 明らかに普通のジンとは大きさもパワーも違う。あいつは一体、何なんだ?」
「……」
睨みつけるように、少し顔をしかめて俺を見つめる少女。
……というか、見上げている少女。威圧感はあるのだが何だろう。その姿自体は普通に可愛いという。
「……今、失礼な事考えませんでした?」
「いえ、何も」
真顔でそう答える俺。
今度こそ明確に分かる冷や汗が流れたが、彼女はそのまま話を始めてくれた。
「あたしは、あれを『巨大ジン』と呼んでいます」
そう切り出す。
「あなたの言う通り、あれのパワーは普通のジンとはレベルが違う。そして、凶暴です。あれはつい最近新しく試験的に生み出されたもののようですが、世界はあれを全く制御出来ていない。要するに好き勝手暴れてしまっているという事です」
「ちょっと待った。あれは、というかジン達の制御とはどうやって? 『誰か』がやっているのか?」
「……? 言った通りです、ジン達は世界が制御している。それがあたしの『知っていた』認識。それがどのように行われているのか、そこに人が関与しているのか、そこまでは分かりません」
「……そうか。ありがとう、続けてくれ」
そうは彼女に言ったものの、俺はついつい思案してしまった。
また出た。「世界」というワード。
ココロに聞いた時から釈然としない。
記憶のカケラに始まり、ジンという「現状保持者」の存在。そしてついには新作のテストプレイ、制御とまできた。
もはやその「世界」は言葉通りの概念の域を超えている。
今の終わった世界での「世界」とはなんだ? ここまでやるからには大規模な人工知能や自律プログラムのようなものなのか?
それとも――本当の「管理者」が?
そんな者がいるのなら、正しく今のこの世界の神だ。
そいつはなぜそんな事をしている?
そいつはどんな形で世界の滅亡に関わった?
そいつは、今どんな顔で俺達を見ている?
あくまでもしもの話である。
だが、もしもそうであるのなら……。
(また、想像の話になってしまってるな……)
この状況に至った真実にたどり着くには、まだ手懸りが少なすぎる。三日も経てば、少しは何か見えてくるのではと思ったが。
そんな俺の密かな落胆とは裏腹に、少女の巨大ジンの話は進む。
「――何より厄介なのは、あれの放つ催眠波のようなものですね。あれは周囲の人間を強制的に眠らせ、更に一人特定の人物の動きを永久的に『封印』する事が出来ます。その女性――ココロ嬢のように」
「……っ!」
考え事をしながら話には何とか付いていけていた。
どうにも、この「巨大ジン」というのは相当に厄介な存在らしい。
俺が昨日眠ってしまったのも、そしてココロが今動けないのも、その催眠波とやらのせいだというわけだ。
そして「永久的」にということは、ココロはこのままだと目覚める事も出来ない。
「何とか、出来ないのか……?」
「簡単です。あれさえ倒してしまえばその封印は溶ける」
そう言った後、少しだけ考えるような素振りを見せてからこんな説明も付け加えてくれる。
「動きを止められてしまう封印の方は一人にしかかけられないから、巨大ジンが他に封印したい対象がいた時は、自分から前の封印を解いてまた催眠波をかけなくてはいけないようですね。しかしこの催眠波自体相当エネルギーを使うようで、再びエネルギーを溜めるために一日は使えないはず。つまり、今日はもう眠らせても封印してもこない」
そこまで言うと彼女はココロを見、小さく何かを呟いた。
「……そもそも、あれは誰かを封印する必要のある弱さではない。正面から対峙していながら、巨大ジンは戦闘を避けて彼女を封印した。この方は、一体……」
「……?」
何かを考え込んでいたようだが、少女はすぐに話を戻す。
「あとこれとはもう一つ、他のジンを世界の制御下から外し操る催眠波も持っています。これは前者と違いいくらでも使えるようで、ほぼ常に発しているようですね」
「それって」
「ええ。ここ最近、ジンの動きがおかしいのも全てあれが原因です」
つまり、おとといコンビニでジンに襲われたのも、さっきジンの大群に襲われそうになったのも、全てはその巨大ジンという奴の仕業だったという事か。
ココロの言っていた「世界の異変」。それがこういう事だったとは。
「あれがいる限りずっとジン達は操られ続ける。何としてでも早急にあれを討伐しなければ。……ようやく尻尾は掴めました」
そう言い、彼女は校舎の向こう側に見える山を――この町地域でも一番大きな山を見据える。
「あそこにいるのか?」
「ジンの大群がここに押し寄せた時、催眠波をあそこから感知出来た。あれは、今あそこにいます。現在あたしへの『催眠』も使えないというのなら、やはり今日が好機です」
「俺も行くよ。ココロを助けたいし」
「足手まといですよ」
はっきりと断言されてしまった。
「だから、あなたには今日の『解放』の方をお願いします。流石にあたし一人では、今日中にあれの討伐と『解放』の二つを同時に行うのは無理ですから」
「……」
大丈夫なのだろうか、彼女一人で。確かにこの子がとてつもなく強いのは先程分かった。しかし、あの巨大ジンにも底知れない強さを感じる。
彼女の言うように俺が足手まといになるのは分かる。だが、何か彼女のために出来ることがあればと思ったのだが。
――しかし、俺達の目標はあくまで「解放」だ。それが行えず世界が救えなければそれこそ本末転倒というものだろう。
「……分かった。ココロのこと、よろしく頼む。無理はするなよ」
「安心して下さい。あれの相手はあたし一人で充分です。それより、今日あなたは自分の役割の心配をしたほうがいいですよ」
言葉に詰まる。確かに、俺は俺で頑張らなくてはならない。今日はココロ抜きでの「解放」となる。あまり余計な事は考えてもいられないのかもしれない。
少女は、改めて俺を正面から見据える。
「高山光司、と言いましたか。あたしの行う討伐も重要ですが、『解放』も必要不可欠です。必ず成功させて下さい。だから……」
――ぐううううう~
「……」
「……」
……違う、俺が言ったわけではない。言ったのは――鳴ったのは、俺の腹だ。
昨日を思い出す。晩飯を食べようとしたらあの巨大ジンに襲われ、眠らされた。そう言えば、何も食べていない。昨日はやたらと動いたし、そりゃ腹も減っている。
しかし、なんでこのタイミングでそれを訴えるかな我が腹よ。
スッと、目を細めている少女。殺気すら感じる。なんか大事な事でも言おうとしていたのだろうか。やばい。
「……」
「えっと、その……なんと言いますか……」
俺の人生初と言える土下座相手が幼女になろうとしていた時、彼女はコートのポケットから何かを取り出してこちらへ放る。
あっこれ絶対手榴弾だな俺には分かる死んだな俺、と思って分かりやすく動揺してしまったが、よく見ればそれは固形の栄養食品。これが彼女の食糧なのだろうか。
なるほど、これならすぐに食べられて腹も満たせる。
「く、くれるのか? すまん、ありが……」
「分かったから早く食え」
「はい……!!」
幼女に命令された、幼女に。
……これ以上頭の中でも幼女連呼は止めておこう。悟られたら本当に殺されそうだ。
気まずい沈黙の中、朝食を取る。少しだけ力が湧いた。飲み物も後で取ってこよう。この暑さで喉が渇いている。
「ありがとうございます。おいしかったです」
「……手間をかけさせてくれる」
そう言って次に彼女が取り出したのは――拳銃だった。
「な……! やはり、俺を亡き者にしようと……!?」
どうやら先程のは最後の晩餐として渡してくれた物だったようだ。もう少し豪華な物食べたかったなと思う。どうせ死ぬのならいっそそのくらいの不満は声に出して言っていいのだろうか。
そうしてあからさまに怯えた俺に、少女は呆れたように溜息をつき、その拳銃を――俺に放ってきた。
「へ?」
そんな粗末に……! と思いつつ反射的に両手でキャッチ。……したら、また数個程何か黒い塊を放ってきて、慌ててそれもキャッチする。確かこれは、弾倉というものだっただろうか。
そこで初めて、彼女の意図に気付く。
「これを、俺に……?」
「あなた、丸腰で暴走したジン達の徘徊する中『解放』を行うつもりですか? 護身用です。弾で白い核を撃ち抜けられれば、あれらを倒す事が出来ます」
確かに考えてみれば、今日はココロも動けない。このままだとジンへの対抗手段は何も無かった。これはありがたい。
しかし、拳銃など当たり前だが使った事がない。
「えっと、どのように使えば……?」
「撃ちたい時にセーフティを外して発砲。片手よりも両手で持った方が射撃精度が上がるからなるべくそうして下さい。発砲衝撃を殺すため撃ったら銃を後ろに下げないと、腕が死にます。距離による威力減衰は大きいからなるべく対象には近距離で当てる事。オートなので排莢や次弾装填は勝手にしてくれます。弾が切れたら弾倉の交換。あと細かい所とか撃つ具体的な感覚は使って理解して下さい」
彼女自身が拳銃を持って実践しつつ、早口で端折った感じではあるが分かりやすく説明してくれた。大体は分かったと思う。……多分。
「こんなところですか。――ではそろそろ行きます。精々死なないように頑張るといいです」
少女は無表情のまま、壁に立てかけてあった自身の機関銃を持ち上げる。
「ありがとう。本当に、何から何まで」
最後に俺は改めて頭を下げた。口は悪いが、どうにも根はお人好しそうなその少女に。
「別に。あなたに何かあれば今日の『解放』が行えなくなってしまいますから。特に希望はしていませんが、機会があればまたどこかで。高山光司」
そう言って、歩き去っていく。
「ま、待ってくれ、最後に!! あんた……名前は!?」
その問いに、彼女はこちらを振り向かずに答えた。
「――『マイ』。それが、あたしです」