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最後にして再試合

 先行はこちら。試合開始と共に、俺はすかさず上空に浮かぶ記憶のカケラを見ていた。

 そして――


(来た……!)


 目視で分かる明らかな動作の変化。記憶のカケラの回転は、速くなっていた。

 つまり、これは条件。俺達が「バスケでジンたちと勝負する事」と思い込んでいた条件だ。


 だが正確には、「ジン達と勝負する事」というもの。


 仮に、〇〇という条件と、△△という条件が存在していたとしよう。この二つの条件は複合もし得る。

 だがこの時常日頃から相手に提示されるルールとは、当然ながら「〇〇かつ△△」という厳しい縛りのものだけではない。中には「〇〇又は△△」という緩いものも存在するのだ。数学用語の、いわゆる和集合である。

 これに甘んじて俺達が〇〇という要素だけを満たしてしまった場合、確かにルールはそれで満たされてしまう事となるが、△△という要素は満たされない。

 今回俺が目に付けたものとは、今条件が和集合であったと仮定した場合に、俺達が今まで零れ落としてしまっていた別要素。


 そう、ジンたちと勝負するならその別要素――つまりバスケ以外の他の競技でもいい。そのことを今実証した。

 俺達は、バスケを提示してきたのは向こうの方だったため、必然的にバスケで勝負しなければならないと思いこんでいた。それで「条件」は満たされていたので、さっきまでの俺達にとっては些細な事であった。 

 だが、人数不足のため「解放」には至らないと先程気付けた。

 ならばそれを解決するのは簡単な話である。


 人数足りないなら、他のスポーツにしない? というもの。

 

 だがそれで肝心の「条件」が満たされないのでは意味がない。「条件かつ解放」は厳密な方のルールである。 

 そこで俺は、「二人でも勝負が出来るバドミントンでも『条件』が適応される」という可能性を確かめてみる事にした。

 ここは体育館だ。

 元の世界ではバスケだけでなく、様々な競技が行われている場所である。

 そんな場所で、バスケにだけ「条件」が適応されているというのはおかしいのではないかと俺は考えたのだ。

 内心では「そうであってくれ」とかなり焦っていたが。もし本当に条件がバスケのみにしか適応されていなかったのなら、俺達の立てた作戦は根本から成り立たなかったのだから。これが外れてしまったら今度こそ完全に詰んでいたかもしれない。

 だが、その予想は的中してくれた。


(ジン達め、何だかんだやってくれたな。あの時バスケットボールを見せつけられてから、俺達は今までまんまと騙されていたというわけだ……)


 しかし喜ぶのはまだ早い。一つの条件は満たし、「解放」そのものも行われているものの、もう一つの条件がまだ満たされていない。


 すなわち、奴らに勝つこと。


 三体のジンが消し飛んだ時点で再度押し直したストップウオッチを見る。

 残り時間は九分。それまでに、俺達はジンに勝たねばならない。

 でなければまたジンは再生し、先ほどのジンを消し飛ばすプロセスから再開しなければならない。次からは奴らにも警戒されるだろうし、何よりココロにこれ以上の負担は避けたい。

 俺とココロ対ジン二体の勝負。バドミントンのルールに乗っ取り、先に十五点を獲得した方の勝ち。

 ――何とかこれで決めねば。




 まずは俺からのサービスだ。

 ラケットを構え、対角線上のコート目掛けてシャトルを打つ。

 するとそのコートにいたジンが動いた。

 素早くシャトルを補足し、こちらに打ち返す。

 やはり奴らはスポーツ全般に特化しているジンのようだ。半ば押し付けるように奴らにやらせているバドミントンだが、どうやらそのルールはしっかりと把握している。


「ココロ!」

「うんっ」


 俺が前方、ココロが後方に移動する。これがさっき決めた俺たちの基本的な配置。

 そしてコートの後方に飛んできたシャトルを、ココロが打ち返す。

 ギュンッとシャトルは勢いよくジンたちのコートへ飛ぶ。

 だが、力が強すぎた。

 勢いよく飛んだシャトルは、ジンたちを遥かに超え、コートの外に出てしまった。


(く……!)


 運動による汗とも冷や汗とも取れないものが俺の頬を伝う。懸念していた事はこれだった。

 バドミントンにこそ微妙な力加減が要求される。力任せにシュートを打っても、コートの外に出てしまう。コートだって昨日のテニスコートよりも狭い。

 いくら力加減が出来るようになってきたとはいえ、この域はまだココロには難しい。

 室内での二対二のスポーツが咄嗟にこのくらいしか浮かばなかったというのはあるが、やはり彼女にバトミントンは不利だ。


「ごめん……コウジ」

「気にするな。次から頑張ればいい。とにかく力を抑えるんだ。お前なら、飛んでくるシャトルへ優しくラケットを触れさせるくらいの感覚でいいと思う。……多分」

「……うん。分かった」


 落ち込む様子を見せるココロに、俺は努めて明るく励ましと指示を送る。それに彼女も明るい顔で頷くが、その様子から少なからず疲労の色も見て取れる。

 こいつはバスケの時からかなり頑張っていたのだ。無理もない。

 それがさらに力のコントロールを難しくさせているようだった。

 ココロだけに任せっきりにも出来ない。俺も頑張らなくては。


 俺達に課せられた数々の制限は、この勝負を一つの油断も許されないジン達との真剣な戦いにしていた。




 それから試合は流れていく。

 最初はこちらが押されていたものの、ココロは徐々に力のコントロールが出来るようになっていき、うまく立ち回れるようになった(だが疲労で万全なプレーとは言えない)。そしてタイミングを見計らってスマッシュやドロップを決め、点を稼ぐ。俺もコート付近に飛んできたシャトルをヘアピンやプッシュでうまいこと撃ち落としていく。

 だがジン達も負けてはいない。手堅く守りを固め、そして奴らの動きに食らいき切れない俺や消耗してやや動きが鈍くなっているココロが取れないような位置にシャトルを落としていく。非常に手強い。

 そうしてお互いに点を稼いでいき、今は――


(14-12、か)


 俺自身がめくった得点板を見て、嘆息する。何とか今は俺達が勝っており、残り一点となった。

 またこちらからの先制だし、このままいけば普通に勝てるかもしれない。

 だが忘れてはいけない。俺達にはタイムリミットがあるのだ。

 しばらく夢中になっていて覗く事を忘れていたストップウオッチをちらりと見て、固まった。


(あと、二十秒だと……!?)


 いつの間にそんなに経っていたのか。時間が無さすぎる。この二十秒で、一点を決めなければならないのだ。そんな短時間で、奴らの守りを打ち砕けるとは思えなかった。


(ココロ……)


 愕然としながらも素早くコートに戻った俺は絶望的な表情で、今からサービスを行うココロを見る。

 ココロも俺を見、その表情からもう時間が無いことを悟ったのだろう。

 だが、ココロの瞳からはまだ希望の光が消えていなかった。

 ココロは構えを取り、言う。


「勝とう。コウジ」


 その言葉と共に――鋭くシャトルを打つ。

 しかしこの時点で既に十秒を切ってしまっている。


(無茶だ、いくらなんでも……!)


 ジンたちの方に飛んだシャトルは虚しくも、奴らに弾き返されてしまう。しかも前方の、俺のいる側とは反対方向目掛けて。これではスマッシュも決められない。

 だがこれで相手コートに落とせなければ時間切れだ。

 ココロはこれを無難にしか打ち返す事は出来ない。そんなものジン達が捉えられないわけがない。

 万事休すかと思ったその時――


 風の切る音が聞こえた。


 ココロだ。目にも留まらぬ速さで、ココロはネットの前まで移動する。

 そしてその目の前には、打ち返された球が迫ってきていた。

 ココロはラケットを構える。その構えから、俺はココロのやろうとしている事が分かった。


(まさか、ドライブ……!? ダメだ、お前の力だと……)


 ココロは、シャトルをコートと平行に近い角度で打ち出し、コートの後方に落とすつもりなのだろう。ジン達はネット付近にシャトルを落とすプッシュ警戒なのか今二体ともコートの前方におり、その間に浮き上がらない素早いシャトルを打ち出せれば、確かに奴らはそれに対応するのは難しい。戦術としては上等なものだろう。

 だがこんな前方で打っては、ココロの力だとどう加減してもシャトルはコートの外に出てしまうだろう。

 力加減が出来てきたとはいえ、ココロがこんな前方で打つのは初めてだ。後方で打つのとはまた勝手が違う。

 猶予はないとはいえ、これはほぼ自爆行為だ。


「ココロ……!」


 制止の声をあげる。だがココロはその動きを止めようとはしなかった。どころか――


「たあああああっ!!」


 まるで残った全ての力を出し切るかのように、シャトルに凄まじい速さでラケットを叩き付けてきた!


 ――衝撃。


 俺は思わず目を閉じた。一瞬置いて、ピピピとストップウオッチが鳴る。時間切れだ。


(どう……なったんだ?)


 俺は恐る恐る目を開け――言葉を失った。

 ココロの打ったシャトルは、ジンたちのコートの後ろの壁に弾丸のように突き刺さっていた。明らかにコート外だ。

 つまり――


(点、取れなかったのか……)


 俺はガックリの膝を付く。明らかに力入れすぎだ。もうやけくそになったのかココロ? と思ったが――ある事に気づいて顔を上げる。


 丁度、それが視界の中心に入った。

 それは一体のジンの持つラケット。

 そのネットの部分の中心が、破れている。


(え?)


 一瞬思考が停止するが、すぐに状況を整理する。

 それはつまり、ココロの放った弾丸シャトルは、相手のラケットを貫通して壁に突き刺さったという事なのだろうか。

 という事は、相手は一度シャトルに触れてしまっていて、そのシャトルはそのままアウトになったという事だから――


「俺たちの……得点。つまり――俺たちの、勝ち?」


 まさに天地がひっくり返ったかのような出来事に驚き、呆然と発した俺のその言葉を皮切りに。

 ジン達はまとめて消失し。

 記憶のカケラはクルクルと回転速度を上げて下に沈み込み、「解放」された。




「ふにゃあ……か、勝ったあ……」


 ココロはそう情けなく言い、ヘロヘロとその場にへたり込む。


「お疲れさん。今回ばかりは見事だったぞ、ココロ」


 俺はそう素直に賞賛を送っておく。

 回避不能の豪速シャトルを相手にぶつける事で無理矢理点をもぎとる。何とも彼女らしい手段だったが、見事な勝ち方だった。


「そんなことはないよ。コウジが今回の『解放』のカラクリを見抜いてくれなければ、そもそも戦いにすらならなかったわけだし……」

「俺はあくまで作戦を立てたまでだ。お前の頑張りがなければ、今回の『解放』は出来なかった。本当に助かったよ、ココロ」


 俺がそう礼を言うと、ココロは顔を赤らめて、「……うん」と小さく漏らし、そのまま黙り込んでしまった。また珍しい反応を。調子が狂う。

 微妙な沈黙が続いた後、俺はこう切り出した。


「……晩飯食べて、休憩が終わったらちょっとだけこの体育館で遊ぶか?」

「え……?」


 ココロは意外そうに顔を上げてきた。

「解放」が長引いたせいか、外はすっかり「夜」になってしまっている。だが、まだ遊ぶ時間くらいはあるだろう。


「でもコウジ、さっき私がそう言った時嫌そうじゃなかった?」


 ココロがそう不思議そうに尋ねてくる。


「き、気が変わっただけだ。結局俺がまともに動いたの最後のバドミントンだけだったし、まだ不完全燃焼というか? ……まあ、お前が疲れたのならいいけど」


 俺は彼女から目を逸らし、思わず焦った口調で反論してしまった。すると彼女は呆然とした後、何を思ったのかクスッとおかしそうに笑った。 


「そうだね。大丈夫まだ疲れてなんかないさー! じゃあ、ご飯食べてからまた遊ぼう!」


 さっきの疲れは本当にどこへやら、ココロは跳ねるように立ち上がると、そのまま体育館の出口へ走っていく。

 その出口は外に出るのではない、校舎に向かう方だ。


(ああ、狙いは購買か? そうだった、そういえばそこでも食糧は確保出来た)


 俺もその元気いっぱいな背中を見て苦笑しながら、出口のほうに歩いていく。

 飯を食べたら何をして遊ぼう。

 とりあえず、バスケとバドミントンはもうこりごりだ。

 あとは二人で遊べるものといえば、卓球とか? あいつに出来るのか?

 それとも、ココロの事だからなんかヤバい遊びを考え付いてきたり……。

 でもまあ、今日はあいつが頑張ってくれたんだし、ある程度のわがままは付き合ってやるか。

 そんな気も抜けていた俺の、取るに足らない思考は―――


 目の前に、突如現れたジンによって中断させられた。


「……え?」


 あまりにも突然の出来事に、俺は呆然とするしかない。


 そしてそいつは明らかにただのジンではない。さっきまでいたジンよりも一回りも二回りもでかいのだから。まさにボスといった感じだ。

 しかし固まっていられたのも一瞬。そいつは何の前触れもなく、いきなり俺に向けてその巨大な腕を振り上げてきた。


「……!」


 俺が思わず目を閉じた瞬間。


「危ないッ! コウジッ!!」


 ドン、と横から突き飛ばされる。

 そのすぐ後に、大きな振動が辺りを揺らした。


「ぐ……何が……?」


 俺は、もうもうと舞い上がる粉塵にせき込みながら顔を上げる。

 そして目の前に広がっていた光景を見、愕然とした。


 体育館の床が、まるで大きなクレーターができたかのようにへこんでいる。

 木材は無残に砕け、その下の鉄筋コンクリートまでもが顔をのぞかせている。

 それは今そのクレーターの中心にいる、巨大なジンの一撃により形成されたものなのだろう。今までのジンとは比べものにならないパワーだ。俺があれを食らったら、余裕で死ねる。


そしてそのジンの手前には――ぐったりと倒れて、動かないココロがいた。


「ココロ!?」


 俺がそう叫ぶも返事がない。

 死んではいないだろうが気を失っている。

 さっき俺を奴の攻撃から庇った代わりに、彼女がその一撃をもらってしまったようだ。


「く、くそ……!!」


 あまりにも突然で衝撃過ぎる事だったため、後先を考えることが出来ず俺はココロを救出しようと走り出していた。

 だが、それよりも先に動いたのは奴の方だ。

 奴の中にある一際大きな白い核が振動する。すると、キーンという音とも衝撃派ともつかない何かが俺の耳の中に響き始めた。


(なんだ、これ……超音、波……!?)


 思わず耳を塞ごうとも、頭の中のそれが止まる事はない。

 そうしているうちに、だんだんと俺の意識が薄れ始める。まずい、どうやらこれは催眠の類いのものであるようだ。


(くそ、ココ……ロ……)


 身体はどんどん重くなっていき――


 こうして迎えた今日の終わりは、最悪なものだった。




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「終末へのココロギフト」を読んでいただきありがとうございます!よろしければこちらより、現在連載中のファンタジー 「そして勇者は、引き金を引く〜引きこもり少年と怪物少女の、異世界反逆譚〜」 も読んでいただけるととても嬉しいです!よろしくお願いします…!
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