悪戯という作戦
こうして始まった俺達の策。
予定通り、まずは一番重要な「再確認」から。
次はジンからのスローイン。
ジンはココロよりも後ろの方にいる仲間の方にパスを回す。
ココロならばこれをパスカットできるだろうし、今までは実際そうしていた。
だが、今回はあえてそれを見送る。
そしてココロは敵に追いつかないように、ゆっくりそいつを追いかけ始めた。
ジンはそれにやや不思議そうな反応を示してきたが、構わずゴールの方に走る。
俺をさらに追い抜き、シュートを決めようとして……。
「……!」
ココロの目が光る。
この光景、奴らにとってはまさに最悪のデジャヴだろう。
投げようとしたボールを、ココロは一瞬で掠め取った。
「よしっ、成功!」
あとはボールを向こうのゴールまでドリブルで持っていく。
ただし、今回はジンにギリギリ追い付かれない程度のゆっくりの速度で。
そして俺は、ココロからボールを奪い返すためにコートを走るジンを見る。
チャンスはここだ。奴らがゴール手前でシュートする直前にココロがボールを奪うことで、奴らがココロを追いかける時間をなるべく長くはした。後はタイミングを待つのみ。
この五十試合を見ていて分かったのは、あの五体のジンの身体能力はそれぞれ全く同じというわけではないという事。今回の場合で言うなら、個体ごとに走る速さが少しだけ違うという事だ。
すると、今奴ら五体は全てコートを走っているが、その速度の違いから奴らの走る布陣は少しずつ変わっていく。
速いものはより前に、遅いものはより後ろに。
そして一瞬、その配置は出来上がる。
五体のうちの三体のジンと、ココロが一直線に並ぶその配置が。
瞬間――
「ココロッ!!」
俺の叫びを聞くなり、ココロは素早くドリブルを止め、後ろを振り返る。
そのまま、こちらに向かってくる一直線に並んでいたジン三体目掛けて、その持っていたバスケットボールを全力で投げた!
「やあああああッ!!」
空気を切り裂く轟音。
昨日のソフトボールよりも遥かに重く大きい球体が、弾丸の如き速度で飛ぶ。
そして走っていたジンたちにはそれを避けるということは出来るはずもなく、その軌道上にいた三体のジンは、綺麗に核を頭もろとも消し飛ばされた。
ドオォォン! という物が砕ける音とともに、体育館の壁に穴が空いた数秒後、残っていた胴体部分の影が霧散して消える。これで、三体のジンがまとめて倒れた。
(よし……!)
狙いはこれだった。
もしもはた目から見られたのなら、俺達がついにヤケになってジン達を物理的に倒し始めたと思われるのだろう。だが、そうではない。
重要なのはバスケットボールを使い、奴ら三体のみをほぼ同時に消し去ること。そのためにジンたちを走らせ、タイミングを見計らっていた。
これで第一の作戦は成功。
そしてすぐに、俺はココロに指示を出す。
「いけココロッ!」
「うんっ!」
ココロはそのまま、体育館のステージにあらかじめ用意しておいたそれを取りに行くため走り出す。
同時に俺も、体育館の壁に立てかけておいたあるものを取りにいく。
その時俺の頭は、試合を始める前にココロと話していた「種明かし」を思い出していた。
「ココロ。俺達はこの世界を救うために、今何をしている?」
俺の問いに、ココロはすぐさま答える。
「記憶のカケラの『解放』。あれにかつての世界の情報を与え、修復の手助けをする……事だよね?」
「その通りだ」
俺は首肯する。昨日の今日で、生意気にも俺がココロへ教える側となっていた。まだまだココロに教えて貰う側なのだが、今は状況の整理という名目だ。
「だが今回の『解放』には、それ以外の特別な『条件』が付いた。この条件を満たさない限り、『解放』も行われないというやつだ。そして俺たちはこの五十試合、その条件を探したが結局二つしか見つけられず、ついにはこんな時間まで『解放』されることもなかった」
俺達は現在ここで詰んでいる。条件が足りないのか、それとも実は未知の何かが足りないのかと悩まされた。
だが――
「――それは条件でも、未知でも何でもなかった。もっと単純な話だ。『記憶のカケラは『解放』されなかった』。……そう、問題はここそのものだったんだ」
「え……?」
ココロが疑問符を浮かべるのを確認し、さらに続ける。
「俺達は条件を探していたが、あくまで真の目的は『解放』だ。そして条件を探すこととは、俺達にとってはその目的の一つに過ぎなかったはずなんだ。だが俺達はその目的をはき違え、条件だけを血眼になって探した。……それ以前に、ちゃんと『解放』が行われていたのかも疑わずに」
「……!」
ココロはハッとした表情を浮かべる。彼女も気付けたのだろう。
それはつまり……。
「こうは考えられないだろうか。俺達は、記憶のカケラに『条件』は渡せていたが、復元に必要な『情報』を渡せていなかった、と」
「それって……」
「つまり、俺達は元の世界の再現というものを行えていなかった……ということだな」
「まさか、ジンたちの存在のせい? それとも、私の動きがいけなかったの?」
確かにそれも考えられる。ジン達も、ココロのあの動きも、元の世界には存在しなかったのだから。だが……。
「多分それは違う。昨日だってあのココロの動きで『解放』が達成出来たんだ。きっと記憶のカケラは、その『動き』までは厳密に特定しないのではないかと考えている。お前達の現実離れした動きで『解放』がどうにかなる事はない、と俺は昨日結論付けた」
それに今までの条件探りの過程で、何回かココロには動きを多少抑えて貰ったりもした。しかし記憶のカケラは何の反応も示さなかったため、きっとその要素は条件にすら引っ掛からない。
「原因は、もっと単純なところにあったんだ」
俺は視線を動かす。ジンたちのいるバスケットコートに。ココロもそれにつられ、戸惑いながらも後ろを振り向く。
「俺たちはバスケをしていた。確かにバスケなら元々この体育館で行われていた事だろうし、記憶のカケラに与える情報としては十分なものだろう。……だが、これはバスケであってバスケではなかったと言ったらどうだろう?」
「……え?」
ここからがいよいよ本題だ。
「俺は、始めにこの試合を始めたときから心の隅に引っかかる事があった。だがそれを言葉にすることは出来なかったんだ。その時はよく分からなくて」
この「解放」が始まった時点で、無意識のうちに俺たちを縛り付けていた違和感。
ココロから教えられた「条件」というものに目がいって、俺は完全に意識から除外してしまっていたもの。
「でも、『記憶のカケラ』はそれを認識していた。確実に、元の世界のバスケにはなかった要素として。結果、俺たちのやっていたそれを『バスケ』とは捉えることができなかったんだ。そうして『記憶のカケラ』は、その光景を情報として受け取れなかった。だから『解放』が行われなかったということだ。……俺もさっき、ようやくその違和感の正体に気づけた」
「なんなの、それは……?」
ココロが緊張の面持ちで問いかけてくる。
俺はその問いに静かに、だがはっきりと答えた。
「それはすなわち――人数だ」
「あっ……!」
ココロは思わず、といった感じで声を漏らす。
「バスケとは本来、五対五で行うスポーツだ。それに合わせて記憶のカケラは五体のジンを召喚していたが、俺達は二人しかいなかった。だから、元からこのバスケは成り立っていなかったということだ」
これが俺の答えだ。
俺たちは、人数のいびつな「バスケのようなもの」をしていただけであって、「バスケ」は出来ていなかった。
だから、「解放」が行われなかった。
「そうと分かってしまえば話は簡単。この『解放』を行いたければ、俺達は試合をする人数をそろえればいいというわけだ」
「で、でも! 人数を確保しようったって、私達二人しかいないのにどうやって味方を増やすの? 出来るわけないじゃん!」
ココロの言う通りだ。
相手方のジンたちは、例え何体やられようがまた召喚すればそれで問題ない。
だがこちらには、はなからこの二人しかいないのだ。人数を増やそうにも、増やすことが出来ない。
だが……。
「減らすことは出来るだろ? ココロ」
「え……」
「こちらが増やすことが出来ないなら、向こうの頭数を減らせばいい。相手三体を倒せば、残った二体で二対二の均等な勝負に持ち込めるだろ?」
「でも、コウジ。二対二でもバスケは成り立たないじゃん。それじゃあ、意味がないんじゃ……」
ココロが最もな質問を投げかけてくる。全くもってその通りだ。
「だから、ココロ。今俺は分かっている二つの条件の内の一つを再確認する。……というわけで、今から器具室へあれを取りにいくぞ」
「えっと……何を?」
俺はその名前を言う。するとココロは再び目を丸くした。
それは、俺の考えた今回の問題を打開する切り札だ。
だがこれには一つ大きなカケを乗り越えなければならない。
それが、この条件の再確認。
「あとジンが消えた時、また新しいジンが召喚されるのにどのくらい時間がかかるか分かるか?」
「うーん……確か十分きっかりだったと思う」
ココロが眉根を寄せてそう答える。
「十分……思ったより短いな。……じゃあココロ、まずはボールを使ってあのジンたち三体を倒してくれないか?」
「多分出来るだろうけど……どうしてそんなことを? 普通に倒すのはだめなの?」
「なるべくジンたちが二体でいる時間を増やしたい。また新しいジンが召喚された時点で、人数が揃わなくなって俺たちの試合が破たんしちまうからな。お前が一体ずつやっつけて回るよりも飛び道具でまとめて消し飛ばしたほうが、一体目が消えてからのタイムロスが少なくなるだろ。それにもし一体だけ消して次を狙おうとしたら、残った奴らは警戒して逃げ回るかもしれない。そうやって時間が潰されるのも防げる」
「なるほど……」
一体目を倒した時点で、もう十分の「タイムリミット」は始まってしまう。
そのなかで悠長に二体目三体目を倒して回るのは、時間がもったいない。
故に――まとめて吹っ飛ばす。今なら警戒されずに持ち運べるが、ココロが持てば確かな凶悪兵器で。
「今は、奴らは動いていない。だから試合が始まって奴らが動き出した時、三体のみが並ぶタイミングを見計らって奴らにボールをぶつけてくれ。指示は俺が出す。そして三体の消失を確認次第、今から取りにいくものの設置をお前にお願いしたい。お前の脚力と馬鹿力があれば、一分も経たずに作れるだろう。……頼めるか?」
「分かった。頑張るよ、コウジ」
ココロは、静かに頷いた。
再びコートに戻った時には、もうココロはその設置に取り掛かっていた。いい手際だ。
その向こうで、残った二体のジン達は仲間を失ったことによりオロオロとしている。
そいつらに、俺は今取ってきたそれを放ってやった。
奴らはそれをキャッチする。
その手に握ったのは――バドミントンラケット。
「悪いなジン。うっかりとお前たちの仲間を倒してしまった」
そんなことを口では言っておく。わざとらしすぎるだろうか?
自身の手にも握られているバドミントンラケットを、今しがたココロが完成させたバドミントン用のネット越しに奴らに突き付ける俺は、今とてもイタズラっぽい笑いを浮かべているのだろう。
「だから代わりに、俺達とバドミントンのダブルスで遊ぼうじゃないか」
――ここからが、本当の勝負だ。




