終わりなき遊戯
今日は早く「解放」が終わる。そんな風に考えていた時もあったのかもしれない。
――現在五十試合目。その考えは間違いであったという事はもうとっくに悟ってしまっていた。
(条件が分からねえー!!)
俺は一人、頭を抱える。
ジンとバスケで試合をしなくてはいけないのは分かった。勝たなきゃいけないのは分かった。
だが、それ以降は何一つとして分からない。
俺もシュートを決める、ジンにわざとボールを取らせ、点差がギリギリのいい勝負をする、ジンと体を接触させてファールしまくる、等々……。
色々と試してはみたものの、記憶のカケラはもう最初の試合以降全く新しい反応を見せてはくれないのだ。
「うう~。つ~か~れ~た~」
五十試合目を終え、ココロがフラフラと俺の方に戻ってくる。流石にこいつの体力も無尽蔵ではないのだろう、結構疲れてきているようだ。
無理もない。朝から続けているこのバスケだが、今ではもう日が暮れてしまっている。雨はまだ止んでいないようだが。
途中休憩や昼食は挟んでいるが、ココロはほぼ一日中身体をフルに動かしていたという事になる。限界が来ない方がおかしい。
早く何とか条件を見つけ出し、「解放」せねば。このままではココロが倒れてしまう。……その焦りが思考を鈍らせていた。
「ココロ。ちょっとまた休憩にするぞ」
ココロを引っ張り、コートの脇に座り込ませる。もう何度目か分からない作戦会議だ。
「うーん……何で記憶のカケラは反応しないのかな……」
「分からん……」
二人して、溜息をつく。完全に行き詰っている。
「せっかく今日はコウジと遊べると思ったのにー。はあ……最初はうまくいっていたのにね」
ココロがそうボヤく。その時、俺の頭の中で何かが引っかかった。
「待てよ。なんで俺たちは最初にだけ条件を見つけることが出来ていたんだ?」
「え、それはその二つが比較的分かりやすい条件だったからなんじゃないの……? 私たちの運が良かったというのもあるだろうし」
「……違う。そういうことじゃない」
疑問符を浮かべるココロに、俺はこう言い直した。
「なんで俺たちはそれ以降、全く条件を見つけることが出来なかったんだ?」
「あ……」
ココロもようやく、その違和感に気づいたらしい。
「あれから四十九回も試合をやっているというのに、全く条件を見つけられないというのはいくらなんでもおかしすぎやしないか? 俺たちは毎試合ごとに、色々なことを試してきた。それこそ、考えうる限りの全ての条件になりそうな可能性を。その、全てがだめだったというのは…」
実際、もう次から何をしてよいのかも分からない。それほど俺たちはやりこんだのだ。
だがそれだけのことをやっておいて、そのどの一つも条件に引っかからなかった。
そこから導き出せる仮説というのは……。
「もう、条件はない……。つまり、あの二つだけだった……?」
その言葉に、ココロは動揺する。
「そんな。それならなんで記憶のカケラは『解放』されないの? 条件を満たしたら『解放』されるはずなのに……」
「そう、問題はそこだ」
彼女の不安そうな顔で言った疑問に、俺は首肯する。
自分が間違えていた? こいつは今そう思っているのだろう。俺に今回の『解放』の説明してくれたのは他でもないこいつだ。それが間違っているかもしれないとなると、そんな顔にもなるだろう。
もし本当にそうなら、今日やってきたことは完全に無駄だったという事になる。
だが、今はとりあえずその可能性は捨てておく。今更別に未知の要素があるなど考えたくもない。
頭の中を一旦整理する。
今日行っているのは条件付きの「解放」。必要なのはその条件に沿う限定的な情報。
条件は既に見つけ、これで満たされている。だが、肝心の記憶のカケラは「解放」されない。
まだ、これだけやっても俺たちの見つけていない条件があるのだろうか。
それとも、本当にまだ未知の要素が……。
その時、ココロがクイクイと俺の体操服の袖を引っぱってきた。
「ねえコウジ。そろそろジンたち、怒り出しそうだよ? また後で考えて、今は次の試合をやらない?」
見れば、五体のジンたちは分かりやすく「プンプン」というポーズをとっている。いや「プンプン」じゃねえよ。そろそろ俺が昨日までジンに対して抱いていた畏怖というものを何かいい感じに何らかの形で返せこの野郎。……と言いたくなったが暴力は怖いので言わなかった。
「そうだな。そろそろ行くか」
そう言って立ち上がった瞬間。
(ん、ジン? 五体……?)
俺はまた、何かの違和感に気付いた。
そう、それは些細な、だがこの「解放」を始めた時から抱いていた違和感。
そして――その正体が分かった。
「……ッ!?」
「え……ど、どうしたの? コウジ?」
ココロが、突然愕然とした表情を作った俺にびっくりする。
俺はジンたちに待ったというジェスチャーをし(通じたかは分からないが)、ココロの方に向き直る。
「分かったぞココロ……! 俺たちは、何も間違ってはいなかった! 条件を満たすことが、今回の『解放』に必要なことだったし、俺たちはちゃんとそれを満たしていたんだ!」
「え、で、でも!それならなんで記憶のカケラは『解放』を――」
「だが! 俺たちは忘れていたんだ! これが記憶のカケラの『解放』であるということを! これが、昨日もやったのと同じ記憶のカケラの『解放』であるということを!」
「え? それって……」
驚くココロに、俺は今回の「解放」の「種明かし」をした。
ココロと共に、テニスコートに立つ。これももう五十一回目になる。
「大丈夫かココロ? お前にはこれから一仕事頼む事になるが……」
「さっき休んだらだいぶ疲れも取れたし、大丈夫だよ」
ココロが笑って答える。だが、少しだけ無理をしているようにも見えた。
何とかして、これで終わらせなければ……。
だが、これもカケだ。まず俺たちの策は「再確認」から始まる。もしその時点で俺の仮説が間違っていれば、それでお終い。また振り出しに戻ることになる。
「作戦は、さっき話した通りだ。俺が合図したら、実行。それが終わり次第、ステージまで行って俺が準備した『あれ』をとってきてほしい。お前に頼むのも悪いが、なるべく時間が欲しいんだ」
「りょーかい。もちろん分かってるよ」
ココロが頷く。その後、何故か俺の顔をジーと見て、クスッと笑った。
「……おい、なんだよ。人の顔見ていきなり笑うのは失礼じゃないか?」
「あはは、ごめんごめん。いや、ただね――」
そして彼女はこんなことを言う。
「――今のキミ、凄いいたずらを企む子供のような顔をしているなと思ってね」
今回の先行はこちら。ココロから攻める。
ストップウオッチを押す。するとジンは守りを固め始めた。
奴らにも学習能力というものはあるのだろうか?どうやらココロに対して下手にボールを奪いにいくよりは、安全に守りを固めた方が良いと判断したようだ。
それは確かに正しいが、まだ甘い。
「……とうっ!」
ココロはジンの手前まで来ると、そいつを飛び越すように大きくジャンプする。これなら敵の守りも関係ない。
ジンも慌てたようにそれに合わせてココロの高さまで跳躍する。その高さ五メートル。……もうすでに人間のスポーツではない。
「うわわ……よっと」
するとココロは、またとんでもない神業をやってのけた。
その飛び上がったジンの下へボールを投げる。ボールは床でバウンドしてジンの後方へ再び浮上。その間にココロ自身はその腕を下へ降り下げた推進力で、そのジンの更に上へ。あっという間にジンの後ろ斜め上にまで至ると、その空中にて再び浮上していたボールをキャッチ。
この間に一秒もかかっていない。まさかのジンを空中で抜いてみせ、目下にはがら空きのゴール。
「たあッ!!」
例によってあの上からのシュートを決める。
(ええぇ……?)
こんな時なのに、思わず呆然としてしまう。
疲れているとはいえ、その身体能力は相変わらずだ。というかココロ、実は空を飛べるのではなかろうか?
ともかく、まだこれだけの体力があるのなら……。
床に下りたココロは、俺に視線を向ける。
俺も、それにアイコンタクトを返した。
「作戦開始」、と。




