第30話 彼との時間・後編
ユウジの肩の力が良い具合に抜けたところで、お開きとなった。まあ、夜も遅くなってきたし、ユウジもあてがわれた客室に行かねばならない。
さすがに同衾まではできない。私にだって、恥じらいくらいはあるのだから。
翌日、ユウジはどことなくすっきりとした顔で居た。吐き出せていなかった、思いを少しでも吐き出せのかもしれない。昨日の私との会話が無駄ではなかったのだと思い、嬉しく思う。ユウジのすっきりとした表情を見て、メイドたちが何かを騒いでいた。
まあ、ユウジの顔はすさまじく美形だからな。影のある美青年から、影が抜けていたら、目立つだろう。顔は美女と見間違えそうな程に、整い過ぎるくらいに整っているし、身長も適度に高い。腰まである長さの髪の色は雪のように白く、生気に溢れている。瞳は紫と銀を混ぜたような不思議な色合いだった。そして、一番の特徴である闇龍王としての証である角は光を一切反射しない、漆黒に染まっている。
体からは並々ならぬ魔力を迸らせている。それでも、本人いわく抑えているんだそうだ。何ともはや、力の格差というのはすさまじいものがあるものだ。この世の富と似ているな。有るところには有るし、無いところには全然無い辺りが。さて、叔父上も目が覚めたころだし、そろそろ行っておかないとな。
叔父上とユウジ、私を交えた朝食は案外あっさりと終った。何せ、叔父上は何一つ喋らなかったのだから。ただただ、食器を動かす音、皿とテーブルクロスがすれる音くらいしかしない静かすぎるくらいに静かな食卓だったが、ユウジは平然としている。叔父上は悔しそうな気配だった。子供じみている。わざと無視したに違いないが、ユウジには通じていなかったみたいだ。
ユウジは、人から嫌われることを一切畏れないところがあるから、叔父上の敵意にも気が付いていないのかもしれない。まあ、その方が平和でいい。
「叔父上、私はこれからもユウジに付いて行こうと思いますが良いでしょうか?」
私がそう言うと、叔父上がひっくり返った。食器も結構割れた。…何をやっているんだ、叔父上は。侍女たちが可哀想だろう。まったく、仕方が無い人だ。
「ストレイナ、それはこの国を出ていくという事か?」
「いえ、ユウジはこれからも旅を続けるでしょうから、私も彼について行きたいのです。」
私がそう言うと、叔父上は顔を青ざめさせながら言った。
「お前は、闇龍王殿にそこまで惚れていたのか…」
するとそれまで黙っていたユウジが口を開いた。
「いえ、ストレイナさんが俺に惚れているということは無いと思います。今まで、俺は女性から好かれたことなんてありませんから。ただ、彼女は今までとは違った経験がしたいがために俺と旅に出たいのではないでしょうか?」
なぜかは知らないが、面白くない。ちっとも、赤くならないからか?それとも動揺した様子が無いからか?なぜ、私ばかりがどぎまぎしなくてはならないんだ。…そもそも、なぜ私は一緒に旅をするという事にこだわっているのだろう?
ユウジは魔族領に行ってみたいと言っていた。それに、エルフやドワーフとも会ってみたいと。私も武器を新しく作ってもらいたかったし、ちょうどいいと思ったからユウジの旅に同行することにした。
しかし、ここまで無反応だとなぜだか悔しい気がする。私とて、女であるし流石に意識すらされないのは辛いものがある。
「おい、ユウジ。その、だな、なんと言うか、一応、女の私との二人旅になるんだが、お前は何も感じないのか?さすがに、ショックだぞ、もしかすると、お前が私に対して異性としての認識をしていないかもしれないというのは。」
それを聞いたユウジの反応は不思議なものだった。なんだか、言われたくないことを言われたような反応だ。さて、何がユウジにとって言われたくなかったことなのだろうか?
「ああ、そのこと言っちまうんだ。…極力、意識しないようにしてたんだがなあ。ああ、もう、いいか。ストレイナさんは美人だから、一緒にいると緊張するんだが、同時に一緒だと楽しいからな。極力美人だっていう意識を外して友人感覚で魔族領まで行こうと思ったのに。…まあ、いいか。楽しい旅になればそれでいいかな。」
ユウジの頬が少しばかり赤くなっている。耳も赤い。つまり、一応、私は女性として意識されていて、私の容姿をユウジは嫌いではないと言ったのか。ま、それな許してやらないでもないな。私だけが緊張していたなんてことは無いのだ。ユウジだって緊張していたという事が私を満足させつつあった。
そして、叔父上の事をすっかり忘れていた。
「お前らだけで盛り上がるな!昔の自分の事を思い出して、いたたまれんかったぞ。」
「叔父上、昔の自分とは叔母上との出会いの事でしょうか?」
確か、叔父上の方が叔母上に対して熱心にアプローチをしていたのだが、彼女は恋愛事にあまり関心が無かったころだったので叔父上の好意に気が付かなかったらしい。なぜ、今そのころの事を思い出したのだろうか。
いや、待て。
私が叔父上と同じ立場だとでも言いたいのだろうか?あり得る、ユウジは敵意には敏いが好意には疎い。本人も、あまり人から好意を向けられないからいまいち分かり辛いと言っていた。
これは、ひょっとして、私はユウジの事が気になっている言うのか?
異性として、一人の男性として。
異世界から来たとか、闇龍王であるとかを一切に抜きにして。命を救われたし、今も導いてくれることがあるユウジに好意を持っていると。ああ、待て。落ち着け、私。
しかし、本能の部分は言っていた。
ユウジといつまでも一緒に居たい。
そして不幸なことに、理性的な部分も告げている。ユウジと居ると楽しい、と。
そして、本能と理性の部分、両方の私が同時に言ってきている。
強過ぎるくらいに強い、雄としての魅力を持つユウジを私は無視できない!!
そう、私は基本的に強いものが大好きなのだ。自分自身の将来を任せる相手であるのならば、自分よりも強い相手に託したいではないか。私にとっての恋人とか、伴侶というのは、私以上の強さを持っていなければ到底納得できるものではない。自分よりも弱い相手に自分自身の存在を託すことなんて怖くてできないじゃないか。
いや、もっと単純に言えば、私は自分より弱い相手は、男性であっても守るべき相手にしかならない。私は自由騎士としての身分も持っているから、自分よりも弱く、貴族でも何でもない男性は【守るべき民】の一人でしかない。
だからこそ、自分よりも弱い相手に恋愛感情や、異性としての関心を寄せることは無いのだ。守るべき相手だから、弱きものであるから、私は弱く脆い存在を守らなければならない。そして、守ってばかりいた私は、誰かに守られることに憧れてもいた。
そう、お姫様願望である。乙女思考と笑われてもいいが、私とて一人の女の子であるのだし。まだ、女の子と言ってもいいはずだ。10代だしな。それに、侍女たちの内の誰かが言っていた、女として生まれたのだから生涯〈女の子〉であって、何が悪いのか、と。
強くて、かっこよくて、甲斐性がある男性に憧れることの何が悪いのかと。背が高く、顔も良く、性格良い理想の王子様を追いかけ続けて何が悪いのかと。その侍女は吠えていた。
ああ、彼女は私と同じ気が強く、自立心も強く、仕事ができる女性だった。
けれども、なぜか、男の影は見当たらなかった。私の耳に入ってきた情報によれば、仕事ができすぎて、高嶺の花と化しているらしい。…情けない、従者どもだ。男たるもの、欲しいものは何としてでも手に入れるという気概を見せてくれねば困る。
「ああ、そうだ。ストレイナ、お前は私の父の若いころに似ているからな。一本気過ぎるくらいに一本気な性格が。だからこそ、私とも性格が似ているんだろうが。一つ言っておくが、闇龍王殿はかなりの難敵だぞ。それでも、お前は彼を望むのか?」
「愚問ですね、叔父上。欲しいものは、何としてでも手に入れる。御爺様がよく言っていることです。叔父上も基本的な考え方はそうではありませんか。」
私は言い切った。もう、ユウジを欲していると確信で来てしまったのだ。だったら、彼を射止めて見せようではないか。恋愛関係に疎い彼であるのなら、無理にでも恋愛に目覚めさせて見せよう。
「好きにするといい。はぁ、婚約者候補は探しておくからな。」
叔父上はまだ私を婚約させる気でいたらしい。
「好きにしますとも。私は私の道を行きますので。」
そして、私はユウジに付いていくことが決まった。なぜか、ユウジは疲れた顔をしていて、それを侍女が微笑みながら見守っていた。何か、あったのだろうか?まあ、ユウジにとっては慣れない環境だからな。侍女からすると微笑ましいのだろう。王族に緊張するとは、ユウジも案外可愛いところがあるのだな。
「何か、俺だけ蚊帳の外だよな。」
ぽつりとつぶやいたユウジの呟きは、侍女を苦笑させただけで終わった。脳筋な叔父と姪による会話の中であっさりと消されたのである。何はともあれ、ユウジは獣人たちの間では有名人となっている。本人は全く知らないし、ストレイナも細かいことは把握していない。そして、次なる、目的地は魔族領である。
復讐を終えたユウジは、どこに流れていくのかは不明だ。けれども、彼の異世界に対しての好奇心は高まってきているのだ。まだまだ、彼の旅は続く。そして、彼はこれまでの人生よりも、濃い人間関係に直面することとなる。
良くも悪くも、復讐以外でのユウジの新たなる戦いは始まろうとしている。色々な意味で、彼の注目度は高まっているのだから。もっとも、本人には欠片もそんな意識はない。
叶うはずのない復讐を叶えてしまった男の旅は、まだ続くのだった。




