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捨てられ勇者の異世界ボッチ放浪譚  作者: 雨森 時雨
第3章 無知とは哀れなものですよ。だから希望は全部潰してやりましょう!
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第29話 彼との時間・前編

ユウジがあんなに悩んでいたことに気が付かなかったとはな。


彼があれほど、自分に自信を持てていないのが意外だった。だって、彼がやったことは、この数百年の間で、獣人、亜人、魔族のいかなる存在も成しえなかったことだ。それでも、あれほど悩んだりするんだな。力があっても、心がある以上、何らかの問題を抱えているものなんだと、いい勉強になった。


ただ、この問題は根が深い。


私は自分が歩んできた道に後悔は無いし、自信もある。失敗もした、恥もかいた、敗北もした。それでも、私が私として歩いた道は他の誰にも馬鹿にさせたりはしない。なぜなら、私が私であることを、他人が止める権利などないからだ。


まあ、私は自分の事を好きでいられるというのが大きいのだろうけれども。しかし、自分が好きでないというのは私にとっては難問だ。


ユウジと話してから、結局叔父上は目を覚まさなかったので私達は明日、改めて今までの話をすることになった。そこで、私は今、私室で時を過ごしているという訳だ。久しぶりに入ったが、私が出ていく前と後で変わったものはない。あっても、困るんだが。…あ、叔父上が用意したと思しき婚約者の資料が多く置いてある。焼いておこう。


まったく、将来を共にする男性は、女性の年齢に煩くないのが良いな。本当に、ユウジから聞いた話では彼が居た世界では婚姻が認められるのが女性では、16歳かららしい。男性は18歳からだそうだ。これは男が女を養うのが当然と考えられていた時代に作られた法律が現代まで残っているためではないかと彼は言っていた。


彼が居た世界では、男性は女性を養って当たり前なのだそうだ。こちらでは、男女のどちらが養おうとも、誰も気にしない。互いに得意なことがあれば、それで相手を支えてあげればいい。家事が得意な男性に、狩りをして来いと言ってもろくな成果は出ないだろう。同じように、狩りが得意な女性に、家事をしてくれと言ってもきっと満足のいく結果にはならないだろう。


得手不得手というのはそういうものだ。


獣人なら誰でも特異なこと、苦手なことはある。生き物である以上、それが当たり前だ。あらゆる分野の全てが得意な生き物はいないし、全てが苦手な生き物だっていない。何かしら、得意なものを持っているものだ。


ユウジは、価値観を縛られた世界に生きてきたようだった。自分も、その辺りは少し分かる。平民であれば、武芸を追求し続けていられただろうに、なまじ王族の血を引くばかりに家事の時間や、女性らしさの追求といった無価値な時間を増やされたのだ。淑女教育までは、拒否してくれていなかった父が少しばかり、恨めしかったものだ。


だが、一応は、親心なのだろう。


娘により良い伴侶をお見つけるための手段として残してくれていたのだろう。私にとっては無価値で苦痛な時間だったけれども。どうしても裁縫は難しいし、料理は自分で作るより、人が作ったものを食べていたい。洗い物は嫌いではなかったけれど。汚れたものを奇麗にするという分かり易い目的があるから、自分の性に合っているのだ。


掃除は意外に、できていたと思う。


元々、物を散らかさない方であるし、物を片付けるだけで掃除というのなら、それは難しくはない。何せ、使ったものは元々あった場所に戻しておくだけでよいのだから。ユウジにそれを言うと、自分が住んでいた世界では物を片付けられない人間も居たとの言葉が返ってきた。なぜなのかを聞いてみると、興味深い答えだった。


大切なものを、たくさん持ち過ぎて捨てられないからどんどん物が増えてくのだそうだ。


必要な物は必要、不要なものは不要と割り切ればいいだけではないだろうか?ユウジの居た世界は考え方が面倒臭い。物を片付けられない人間の中には、家一軒を全てもので埋め尽くしてしまった人もいるそうだから、驚いた。どうすれば、そんなことができるのだろうか?自分には分からなかった。


さて、何はともあれユウジの事だ。


彼は自分を嫌っている。私からすれば、強過ぎるくらいに強い彼だが、彼からすると弱かったころの自分の事が忘れられないらしい。別に、誰にだって弱かった時くらいあるだろうに。彼は潔癖が過ぎるのかと思えば、そうではなくて決定的な敗北を喫したトラウマを心に深く深く刻み付けられていたのだ。


まあ、それはそれとして、彼がなぜ、そこまで自分を好きになれないかを聞いてみようか。正直な話、そこをなんとかしないことには決して前へ進めない確信が持てる。大体、自分が好きになれないを言うのは、とてもではないが理解出来ない。だからこそ、私は彼に聞かなければならない。


どうして、自分を好きになれないのか、を。


ユウジと先程までより深い話をするため私の部屋へと移動した。そう言えば、部屋に男を連れてきたのは、初めてだった。メイドの一人が生温かい目でこちらを見ている。


止めろ、交換用のシーツとかは準備しなくてもいい。血抜きの準備とかは早過ぎるからな!?そんな私達の攻防をユウジは不思議そうに見ていた。ああ、なるほど、私と彼女はほぼ目線を交わすだけでお互いが何を考えているかを理解出来るからな。そんなことを言えば、ユウジからは『こみゅきょう』と言われた。


「ユウジ、こみゅきょうとは何だ?」

「俺達の世界の俗語だよ。他人と会話する能力が普通の人よりも高めの奴を表現するのに使う言葉かなあ。俺は低いからな。そこらへんが。」

彼は自嘲するように言った。しかし、私と会話できているのではないだろうか?別に彼が何を言いたいのかが伝わらないなんてことは無かったんだが。


「ユウジと私は問題無く話せているじゃないか。君が会話をうまくできないなんて言ってもいまいち、信憑性が無いぞ。現に私は君と話していて、特に困ったことが無いしな。」

不思議な男だ。神のように強いくせに、人との会話がうまくできないなんてことで悩むなんて、本当に人間らしい男だ。

「それは、俺にも不思議なんだけどね。なんか、ストレイナさんとは話していても疲れないんだよなあ。そこまで気を遣って話さなくてもいい感じがしてさ。他の人なら許されないことでも、ストレイナさんって、なんだか許してくれちゃう気がしてさ。実際に許してくれてるしな。俺があまり配慮できない性格なのに、ここまで会話が普通にできるのは珍しいんだけどな。」

なんとも不思議そうに、彼はこちらを見ながら言った。喋りながら、考えを整理しているようにも見えた。自分の事なんか人から言われるまでは分からないものだろう。


私の考え方と違って、ユウジは酷く臆病で繊細だ。


私は基本的に人から嫌われても気にしない。考えの違いなんかは生きている以上避けられないものだし。千人いれば、千通りの考えがある。これは父様も言っていたことだから。人は誰しも自分なりの大事な考えを持っているから、人に合わせてばかりじゃあ生きていけないんだ、と。


では、どうするのかと聞いてみた。すると彼は笑いながら言ったものだ。この人はこんなことを大事にするんだなと覚えておくだけでいい、と。自分の考えと違うからと言って、排除しようとしたり、自分と考えが違うからと言って避けたりする必要はないと言い切っていた。


「君は○○という言う事を大事にしているんだね。知ることができて良かった。」


と、言っていればいいそうだ。まあ、状況によって話し方は変わるけれども。相手を否定する必要も無いし、むやみやたらに肯定する必要も無い。相手の考えが優れていれば、自分にも取り入れ、自分と異なっていて合わない考えであれば、そっとしておく。


父様は幼い私にこう言う事を教えてくれたものだ。だから、ユウジの言う事は最後までしっかりと聞かないといけないな。だって、私と唯志はお互いの人格に対してまで深い会話はしたことが無かったから。


「そう?私はもっと女らしくしろだの、お淑やかにしろだのと言われていてなあ。あまり女らしくないから、君ともうまく話せているんじゃないか?あまり女と意識されている感じもしないしな。」

「ああ、それは、な。俺も木石じゃないからね、ストレイナさんくらいの女の子になると何も感じないわけじゃないぞ。がっついてるように見えたら格好が悪いから、我慢してるだけだよ。言っただろ、俺じゃなくも、ストレイナさんにはいくらでも出会いがあるってさ。」

「いや、私とここまで話せるのは君ぐらいだから。」

「それ、さっき俺が似たような事言ったな。」

「そうだったか?」

「そうさ。」

二人で、どちらからともなく、気が抜けて。


そして意味も無く笑いが止まらなくなって、気が付けば大爆笑をしてしまっていた。まったく、ユウジの相談に乗るつもりだったのに、いまいち締まらないなあ。


ま、これも私か。


わたしはどこまでも私らしく話をして、ユウジの悩みの根源を聞き出していけばいいか。


ゆっくり、やろうかな。


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