第27話 勘違い同士の激突
「おおおおおっっ!!」
高速で接近してきた黄金の鬣を持つ壮年の男性を俺は冷静に見ていた。
引き締まった体格。
堂々たる立ち姿、背は195セルチくらいはあるか。体重は100キローグほどだな。
持つ得物は大剣。
体格に見合った突撃の速さと重さであるが、自分にとっては軽いものだ。
「初めまして、貴方が獣王様ですか?」
俺はいたって冷静に挨拶をした。まずは挨拶が大事だと、コミュニケーションの本が言っていた。そこで、俺は基本に立ち返りきちんと挨拶をしたのだが。
「く、くくく、はははははっっ!!!やるな。そうか、貴公が闇龍王かっ!」
はて、わざわざ何の確認をされておられるのだろうか?
「確かに闇龍王ですけれども。本名であるユウジ・サトウとお呼びください、獣王様。」
「真名をさらすとな。豪気なものだな、ユウジよ。だが、貴公の力はこんなものではないだろう!もっとだ、もっと力を見せてみよ!!」
ふむ、スイッチが入っておられるようだ。なぜかは知らんが、やる気満々だと。
「ストレイナさん、悪いが少しばかり真面目にやる。余波に気を付けてくれ。」
俺はストレイナさんを見ながら言った。左手で大剣を掴んだままで。そして、獣王がその大剣を、俺を攻撃するために手放そうとしているのを見ながらだ。余裕があるからな。改めて、サクレーヤも十分に化物クラスであることが分かる。俺が言うのもなんだが。
「ああ、ユウジも気を付けてくれ。」
きっと、やり過ぎないようにとのことだろう。
「分かったよ、ストレイナさん。ちゃんと離れててくれよ。怪我するからな!」
俺は、獣王が離脱するよりも早く大剣を握り潰した。
「遅い!」
すぐさま、攻勢に転じようとした獣王よりも早く彼の腹に手を添えて言う。
「眠れ!」
掌を通して、振動するイメージを伴った魔力による打撃を与える。体内の気脈から、血流からすべてをかき乱してやる。直接的な暴力的な行為ではなく、間接的なそれによって沈める考えだ。さすがに一国の国王相手にぶっ飛ばすなんてことはできないし。
俺が今やっていることは身体に傷一つ付けることなく、相手を無効化するための技だ。何せ、相手は王様だからな。
「ふ、ぐうううっ、あああがっああああ!!た、…たおれ、られるかああぁぁ!!」
獣王はふらつきながらも、俺の一撃を耐えて見せた。だが、それが限界だったようだ。すぐに膝をついて俺の方を悔しそうに睨んでいる。意識があることに驚いたし、睨みつけてくる気力があることに驚いた。何が彼をそうまでさせるのだろう?かなり苦しいはずなのにな。体の中のありとあらゆる力をかき乱されているのだから、平衡感覚も怪しいはずだが。
「眠ってくれ。」
顎先をほんのわずかに掠るようにして、手を振るう。狙い通り顎を掠めることによって、脳震盪を起こさせることに成功して、獣王様が倒れる寸前に体を抱きかかえて支える。獣王様が地面に倒れ伏せないように気を付けながら背負いやすい体制に移る。それから、魔法を通じて、相手のステータスを覗き見するが、彼の体力は1割も減っていない。よし、覗き見と手加減の両方に成功した。俺は獣王を背負うと、ストレイナさんに尋ねる。
「なあ、この後どうすれば良いと思う?」
襲い掛かられたから、叩き潰しました、そう言っても大丈夫なのだろうか?
「普通に玉座の間に行けばいいよ。私が案内しよう。まったく、叔父上も相手を選んで喧嘩を売ってくれればいいものを。仕方が無いな、これだから武人というものは。」
仕方が無いと言いつつも、ストレイナさんの顔は笑っている。きっと、叔父さんが変わっていなくて安心したのだろう。俺としては冷や冷やするので挑んできてほしくないのだが。
「獣王様!?ご無事ですか!!?」
近衛騎士と思われる人達が6人くらいやって来た。獣王様が来てから約1分以内だから遅くはないか。俺が刺客であれば、彼はもう死んでいたのだけれども。
「貴様、獣王様に何をした!!」
ふむ、胆力は合格な。けれども、状況把握に難ありだな。だって、ここには俺の他にストレイナさんがいるのだから。俺が害意を持っていないと分かるはずなのにな。
「止めなさい。彼は叔父上のいつもの遊びに付き合ってくれただけですよ。」
「ストレイナ様!今日がお帰りの日でしたか!確か、婚約者を連れて帰られると聞いておりましたが。」
そう言葉を切って俺を見てくる。ふむ、聞いていないぞ。俺はストレイナさんを見てみた。彼女も知らないようで、首を横に振られる。
「先程は失礼いたしました、婚約者殿。獣王様を打ち負かすとは、なかなかできることではありませんね。私は筆頭近衛騎士のセルト・ジョルジュと申します。ストレイナ様が大層お世話になりました!」
そう言って、頭を下げてくる。
「すいません、何か勘違いをされておられるのではないでしょうか?私はストレイナさんをこちらまでお連れするためにここまで来たのですけれども。そもそも私と彼女は、男女の関係でもありませんし。」
俺は彼女とそんな関係を持ったつもりはないのだが。
「私も彼とそんな関係に至ったわけではありませんよ?そもそもは、私の主治医だっただけですしね。私が彼と男女関係に至ったなどと叔父上は何を勘違いされているのでしょうね。まったく、叔父上も私の考えを読み取れない方です。本当に困ってしまいますよ。ユウジは私の友人です。断じて、恋愛関係にあるわけではありませんし、私はまだまだ結婚などするつもりはありませんからね。」
彼女も俺と同じように否定する。それにしてはやけに早口で、気のせいだろうが彼女の頬が赤い気がするのだが、やはり気のせいだろうな。いつもと違って、かなりの早口だったからびっくりしていると、近衛騎士のジョルジュ氏がこちらに目線を向けて来て微笑ましいものを見るような生暖かい光を讃えた視線で俺を見ていた。
フラグなんて立ててないからな。
そもそも、俺とストレイナさんじゃあ、身分的な釣り合いが取れていないしな。彼女は由緒正しい王族の決闘であり、俺は異世界から来た元・勇者であり、ただの市民である。はて、あの筆頭騎士殿はなぜに俺を微笑ましく見守っているのだろうか?
とりあえず、王様を背負ったままで俺は玉座の間に向かうことになった。俺がぶちのめしたのだから、俺が背負うのが当たり前だしな。なんか、周りの人が手渡して欲しそうにしているけれども、俺は彼に危害を加えなどしないから安心してくれないかな?
俺が暗殺者なら、とっくに終わってるけれども。
ちゃんと玉座の間まで届けるさ。王様を地面に落とすなんて不敬もいいところだし、すでにぶちのめしてしまっているけれども、それは正当防衛ということで一つ話を付けて欲しい。
挑んできたのはあちらが先だし、手を出したのも、相手が手を出してきてからなのでセーフのはずだ。そもそも、彼はなぜ、いきなり俺に手を出してきたのだろうか?理由が分からない。
いや、思考停止は良くないな。筆頭騎士が言っていたな。
『ストレイナ様!今日がお帰りの日でしたか!確か、婚約者を連れて帰られると聞いておりましたが。』
と。
これはあれか。うちの娘を嫁にしたいのなら私を超えてゆけ!みたいなイベントだろうか?それとも、貴様なんぞに娘は渡さん、渡さんぞぉ!!という路線だろうか。なんか後者の方が可能性として高い気がしてきたのである。今の俺は知力がかなり高いから、そこまで的外れなことではないのではないだろうか?
それにしても、獣王様というのは落ち着きがない人だよな。ストレイナさんが俺の事を婚約者などと書くわけがないじゃないか。なんせ、彼女と俺は元医者と元患者という関係性であり、現在は獣人文化の先生と生徒という関係なのにな。さて、どこに勘違いする要素があったんだか。
ふむ、リア充でない俺には難し過ぎる問題だ。こういうのは、鈴木の方が得意なんだが、あいつは今も村に残って農作業の最中だろうしな。
仕方が無い、もうすぐ玉座の間に着きそうだし、そこで王様を起こして真実を話して納得してもらおうではないか。
俺は無実だ。まったく、そんなフラグなんて今まで無かったしな。俺はストレイナさんの事は気に入っているが、嫁にしたいとかまでは思っていない。寿命が違うし、俺は化物だから受け入れてもらえないだろうしな。
…心が痛いが現実はいつでも残酷なんだよな。




