第25話 王都に到着する邪神
獣人が多く住む、王都の近くまでにストレイナと唯志は到着した。
王都レオグラン。
人口は90万人ほどの獣人世界では大都市である。獣人は人口があまり多くないのだ。基本的に肉食獣がベースになった者達と草食獣がベースになった者たちは住む場所を何となく分けているのだ。それは本能からくるものであって、特別な理由ではない。肉を食べる獣が元になった獣人達は草原があるところに好んで住んでいる。草を食べる獣が元になった獣人達は、草原、高原、森の近所などと緑が多いところに住んでいることが多い。地を駆ける獣と、空を飛ぶ者達も住むところは微妙に異なっている。
それでも、この雲の大陸は比較的平和である。昔は、獣人間でも大規模な戦争があったが、それも1000年以上前の事だった。魔族、エルフ、ドワーフなどを交えた大陸の覇権を賭けた戦争が始まり500年前まで長きにわたって戦乱が続いたのだ。その戦乱に終止符を打ったのが、人間界からの侵攻だった。
戦争を終わらせたのは新たな戦争だった。
そして、4つの民族は多くの同胞を失い、奪われることになった。その結果、ここは大陸全土で協力して人類軍を追い返そうという機運が高まり480年ほど前に4大民族において対人類相互補助同盟が結ばれたのだった。
そして、つい最近だが人類は決定的な敗北を一人の元勇者によって喫することになった。
佐藤 唯志。
雲の大陸の住民にとって、旗印であり英雄となり得る存在だ。だからこそ、各国の上層部はこぞって〈佐藤唯志〉の情報を集めようとした。彼について分かっていることは非常に少ない。ただ、単独にて人間族の巨大国家を完全に沈黙させた事実があることだけだった。彼が用いた手段も不明であるが、かつての大帝国の住民のほとんどが化物となり果ててしまったらしい。一人の人間にできる事象ではないはずだが、彼はそれをやってのけたのだ。
調査が進んで分かったことは彼には闇の女神が味方に付いているということだった。
闇の女神に気に入られた元・勇者。そして、地獄のような時間をダンジョンにて、経て帰ってきた復讐者でもある。その力は、他の勇者達を全て封じ、人類側の戦力で最上位の敵性勢力であったグリディスート帝国を壊滅させたのが彼だ。ダンジョンにてどのような地獄を経験したのかは誰も知らない。容姿ですら、彼の周りにいる獣人達曰く、何もかも失った後で女神から与えられたものらしいということしかわかっていない。ただ、非常に美しい竜人であるらしいことだけは分かっている。銀色の髪をしているようなので、大陸では【白銀の英雄】と噂されている。ちなみに唯志はこの事を一切知っていない。自分の周りで時々視線を感じるが人間の物ではないので気が付かないふりをして放ってあるのだ。そして、各国が放っている隠密や諜報部隊の面々は自分達の存在は決して唯志には悟られてはいないと確信している。あまりにも実力差が離れているため、見逃されているだけという事を後に、各国の上層部は知らされることになる。
注目されている佐藤唯志の友人である人間族の勇者、鈴木 航は佐藤 唯志の姿が現在と過去では著しく異なっていることを証言している。彼自身も、勇者として召喚された時に、元の姿を若干失ったらしいが、本人曰く許容範囲であるらしい。彼も、人間族の勇者であったが佐藤唯志が復讐者として帝国に宣戦布告した時に、すぐさま彼に連絡を取って降参したらしい。かつてのただの人間であった時の彼しか知らない鈴木航でさえも佐藤唯志には恐れにも似た感情を抱いていたようだ。
現在は佐藤唯志は獣王が治めている国の田舎に引っ込んでいることは分かっている。なぜ、王都に出向かないのかは誰も理由を知らない。ただ、あまり近付くと諜報員の姿に気が付いてしまう恐れもあるので接近はできずにいると報告書にあった。勘が異様に鋭いようだ。
以上が、雲の大陸が各国選りすぐりの諜報員を出して佐藤唯志について調べた結果である。4民族が同時に諜報員を出してもなお、掴みきれていない情報が多過ぎた。おまけに監視に気付かれている節すらあったという。一体どれだけの地獄を見れば、ただの民間人だった存在が武の極致のような能力を身に付けることができるというのか。選りすぐりの諜報員はかつて、グリディスート帝国の深部に潜入しても気が付かれることなく重要な情報を持って帰還した者のみを選んでいたというのに、だ。それも繰り返し、任務に成功した者達のみを集めて作った諜報員部隊だというのに。各国の上層部では佐藤唯志に対しての扱いを極めて扱いの難しい問題であり、迂闊な動きをしないようにと互いを牽制し合っている。
この結果、クロードル大陸に住まう各国の上層部は佐藤唯志を〈規格外〉として取り扱うことにして、彼の情報の取り扱いと接触には細心の注意を払うようにした。ただし、悲しいことながら馬鹿というのは何処にでもいるものだし、上層部に刃向かいたい者というのもいつの世にも存在するものである。
人類側が弱っているこの機会を逃してはならないと主張を繰り返す派閥が出てきているくらいだからである。ディヴァルネシス大陸は獣人、亜人、魔族達が住む大陸よりも大きな大陸なのだ。開発されていない地域もあり、人が住まうことができる土地の面積が広い。環境は安定していて、穏やかなので農作物も実りが多く、特別に強い魔物も存在していない。この大陸に比べると、暮らしやすさにおいては遥かにあちらの大陸の方が優れていると言わざるを得ないのだ。一方、自分達が住んでいるクロードル大陸は人が住むことのできる土地が少ないのだ。だからこそ、過酷な環境でも生きていけるようにと、闇の女神がこの大陸に住む者達に力を与えていたのだから。闇の女神の加護のおかげでここまで強くなれたことには感謝しているが、自分たちの子孫委はあまり苦労してほしくないという思いと、人類を徹底的に叩きのめして二度と自分達に刃向かえないようにしておきたいという思いがあるのだ。
もう、長年にわたる戦争は嫌になっている。500年以上前は大陸内での戦争であり、今回は大陸を跨いで500年以上も戦い続けている。いい加減に厭戦気分が蔓延しているのだ。そうなると、敵であるものを徹底的に叩きのめして、二度と刃向かえないようにしたうえで不毛の大地に送ってしまいたかった。人間側が住む大陸も北側の土地は開発が進んでおらず、魔物の情報もあまり集まってはいなかった。だから、過酷な環境である北野第一に人間を送り込んで徹底的に数を減らすことを獣人達の主戦派は望んでいる。戦いが続いて荒れている人民の心を癒し、なおかつ自分達の権力欲をも満たしたいという強欲な考えである。それにこちらには勇者達を楽々敗北させた、闇の女神の勇者が付いているのだ。彼が付いている限りにはこちら側には最悪の敗北はありえない。
そして、希望の旗印を木っ端みじんに打ち砕かれた人類側の士気は今が最低値のはずである。自分が向かわせている斥候部隊もそのようなことをこちらに報告してきたのだから、間違いはあるまい。この点については、他の民族たちとも連携を取って行動を進めている。自分達の権力欲を満たしたいものの更なる戦乱を望んではいないのだから。楽して勝てそうな戦争がある時には、こちらもそうそうに打って出たいというだけだ。
今なら自分達の方が士気の面でも有利でもあるのだし。今回を最後にして人類側との争いに終止符を打ちたいのだ。そして、権力と名声を手に入れたい。それが、唯志が存在した事によって出て来た対人類殲滅思想者達である。
唯志が彼等の思想に気が付いても、間違いなく放っておかれることは彼等は想像もしていないのだった。唯志は確かに闇の女神によって勇者に任命されていたが、彼女は唯志に対して命令することはほぼ無かった。
そして、唯志は個人的な理由でしか動かない男であることも知られていない。自分が大切なものと、自分が大切に思う者達が大切だと思うもののためにしか動かない超強力な単独戦力保有者である。彼の性格については現状国の上層部では把握しているところは無い。
ただし、ストレイナ・レオナストームだけは現状抜きんでて各国が欲しがっている佐藤唯志の情報を握っている。その事実を知るものもまた、今のところ存在しない。
白銀の英雄は本人の知らないところで、有名になり、伝説になり始めているのだった。




