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捨てられ勇者の異世界ボッチ放浪譚  作者: 雨森 時雨
第3章 無知とは哀れなものですよ。だから希望は全部潰してやりましょう!
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第20話 彼との時間

私は今の状況に、かつてなく戸惑っている。


何せ、今まで異性と二人きりでこんなに長い時間を過ごしたことが無かったからだ。ただ、幸いなのが異性というのがユウジであることだ。ユウジは私が獣王の身内であるからと言って、特別態度を変えはしない。まあ、彼がこの世界の獣王という存在がどれくらい偉いのかを知らないからそうできているかもしれないのだけど。獣王は私の父の弟だ。父は数年前に流行り病であっけなくこの世を去ってしまった。それ以前にも、何かと病弱だった父のため、叔父上が獣王になられたのだから。


私の父は生まれた時から体が弱かったらしい。子供も私一人しかいなかった。お爺様が獣王であった時が長かったのも、叔父上に地位を継がせるために煩い貴族達を黙らせるための功績を叔父上に立てさせるだけの時間が必要だったためであるし。人間族との戦闘において叔父上は大きな戦果を挙げられたのだ。かつて、人間どもに盗み取られた聖地の半分以上を叔父上指揮の下で取り返せたのだ。無論、エルフ、ダークエルフ、ドワーフ、魔族たちの協力もあっての事だけれども。それでも、叔父上の武力は人間達を退けるうえで大きな力となった。


勇者の血を引く者達という人間側にとっての最精鋭の戦士の半数を殺して見せたのだから。叔父上には、闇の女神様の加護が付いていたらしいけれども。その加護のおかげで人間達をかなり、追い詰めることができたそうだ。一時的に、私達の国から追い払える程度には打撃を与えられたのだから。


当事8歳だった私は、父からいきなり言われて戸惑った事を覚えている。


「ああ、レイナ。これで私は安心して逝けるよ。君達を置いて逝ってしまうのは心苦しいんだけれどもね、あいつが聖地を奪還したようなんだよ。」

幼かった私には、よく意味が分からなかったが父が自分から離れてしまうかもしれないという事くらいは分かっていた。だから、私は父に縋り付いて泣き喚いた。理由は分からないが、父は自分と母を置き去りにして、一人きりでどこか遠くに行こうとしているんだと。


「泣かないでおくれ、レイナ。覚悟ができたのに、未練が残ってしまうだろう?ああ、でも君だけでも私の傍にいてくれてよかったよ。本当は一人で行こうと思っていたんだけど、見守ってくれる人が欲しかったんだ。」

そうして父は病身を無理に起して、ベッドにしがみついていた私の頭を撫でながら言ったのだ。


「母さんを支えてやってくれ、レイナ。そして弟の事も頼むな。あいつは君よりも大人だけど、どこかに君よりも子供っぽいところがあるからな。何、大変なことじゃない。あいつが変なことをしていたら、変だと言ってくれるだけでいいんだ。君は良い目を持っているからね。道を間違えるようなことはしないだろう。」

そして苦しくなったのか、また床に伏しながら続けた。


「これから先の私の国の行く末を見守っていてくれ。お前は自由に生きなさい。そのことは王になる弟に、手紙を書いてあるからね。お前は何一つ心配しなくてもいい。」

そこで私は彼に問うたはずだ。


お父さんは死ぬのが怖くないの?、と。


今にして思えば、何とも馬鹿な質問をしたものだと思う。けれども、子供だった私には父親が、自分が死ぬことを理解していて怖がっていないように感じられたのだった。いつもと同じように、明日の天気の事を話すように父は自分の死を語ったのだから。


今なら、娘の前では強がっていただけだと分かるけれども、幼かった私には分からなかった。


「死ぬのは怖いさ。君達とも離れ離れになってしまうからね。でも、私は君という宝物を手に入れることができたし、今も君が一緒にいてくれるからね。君もいつか、親になれば分かる時が来るよ。」

親になれば分かるという彼の言葉は当時の私には理解できないものだった。でも、今なら子供を持つことで精神的に強くなれるということは、分かる気がする。


私が滞在している村では、正に子供のためなら命をも惜しまずに人間達との戦争を支援しようという父親がいるのだから。徹底的に戦場の兵士たちが必要とするであろう物資を誰よりも早く最前線船の兵士たちに届ける仕組みを作り上げた人だし。その時に、闇龍王であるユウジまでも引っ張り出して仕組みを作っていた。ユウジ自身も、彼の発案は興味深かったようで、元の世界の運送において使われている仕組みを説明していた。彼が説明できたのは、おおざっぱな仕組みだけのようだったが、それも無理はない。ユウジは、ここに来る前までは専門的な知識などない、ただの学生だったらしいから。ただ、私が今居る、村にはとんでもない傑物がいたのだった。



メルゾン・ウィンスノー。



言わずと知れたメルゾン商会の立役者だ。彼が動けば、商人がすぐさま追随して動くほどの影響力を持つ。それだけでなく、尋常ではない頭の切れを持っている。娘さえ絡まなければ、恐ろしく有能な男だが、娘が絡むとただの親バカである。だが、その実力、影響力は王族としても、決して無視できないものがあった。彼は、王都の商売にまで食い込んできており商会の規模自体は中くらいのものだがとにかく動きが早い。世間の流れを読むのが尋常ではなく、上手いのだ。


彼に商会の規模を大きくしないのは、なぜなのかを聞くと娘と会う時間を作るためと笑顔で言い切ってくれた。王城にいる、商人ギルドの元締は泣いていいかもしれない。叔父上も、彼が娘命の男でなかったのなら、自分の家臣に加えたいと言っていたほどの人物なのだけれども。…あの様子では無理だろう。


話が大分逸れてしまったが、子供を愛する親というのは予想ができない強さを発揮するというのは、彼を見ていて十分に分からされたものだ。私の父も、あれほどの様子ではなかったが私の事を愛してくれたものだった。優しい人だったというのを良く覚えている。


とまあ、ここまで色々と語ってきたが要は、私には異性と接した経験が圧倒的に足りていないということだ。父の亡くなった後は叔父上に引き取ってもらったのだが、そこからは教育係や武術の指導官、精霊術の先生、あらゆる教育を施してくれる相手がすべて女性だったのだから。おかげで、異性に対する知識は無く、どう接していいか分からない。


私が接する異性といえば親族くらいのものだったから。どうも、他人で異性というのは緊張する。ベルティーオを始めとするこの村の人間は私が王族に連なるものであることを知っているので、必要以上に人間関係を作ろうと近付いて来ないのだ。だが、ユウジは違った。


私と彼との関係を一言で語れば〈医者と患者〉である。現在は私が、彼に完全回復させてもらったので、〈元医者と元患者〉くらいの関係だが。だからこそ、まあ、男女のそれなどとは別であるとわざわざ意識しなくて済んでいたのだけれども。今は違うのだ。


お互いに、特定の配偶者となるべき異性はおらず、さりとて同性に興味があるわけでもない。つまりだ、健全な若い男女同士なのだ。…私が妙に意識しているわけではないだろうが、どうにも居心地が悪いのは確かだ。さて、どうしてこうなったのやら。


私は彼に恩義を感じているが、恋愛感情は抱いていないとは思っている。


抱いていないはずだ。うん。ただ、こう、なんだ。居心地が悪いのと同時にユウジに対して腹も立てている。なぜ、彼はこうも、呑気にしていられるのだろうか?私だけが緊張しているのも、納得がいかないのだが。ふむ、直接彼に聞いてみればいいか。


「ユウジ、君は恋人などはいたことはあるか?」

旅を続けるうえで、彼の人となりを知っておくのは必要なことでもあるしな。好奇心などではない、今後の関係を円滑にするための情報収集だ。


「いきなりだな、ストレイナさん。……今までに一人たりとも居たことは無いな。恋人というのは架空の存在だろ?そうに決まっているんだ、そうに。」

思い切り振らない方が良い話題だった。なまじ、今の顔が整っているだけに落ち込んだ時に出す雰囲気がすごいことになっていた。

「今の容姿であれば……すまない、顔だけ目当ての女が集まっても君は喜ばないのだったな。」

私が目覚めた時の彼の様子を見ればわかる。あのような姿の男を愛せる女というのはかなり珍しいものだろう。私は別に気にしはしないのだけれども。大事なのは本人の性格だしな。


「何だって、そんなことを聞いてきたんだ?あまりそういう話題は好きそうじゃないように見えたんだけど。」

純粋に不思議そうにこちらに聞いてきた彼に私は、思ったままを答える。

「私は今まで、同じ年頃の異性とここまで長く一緒にいたことが無くてな。…なんだか、居心地が悪いというか、緊張するというかだな。うん、上手く表現できないのだが。私だけが緊張や困惑をするのは一方的で気に入らなかったんだ。…だから、その、君はどうなのかと思ってな。一応、私だって年頃の女だしな。」

ああ、これは思った以上に恥ずかしい。なんだか、ユウジを恋愛対象に思っているようなセリフではないか。いや、好意を持っていないわけではないが、それは恋愛ではないと思うし。何だ、妙に緊張する。


「ああ、俺は基本的に女の人と一緒にいるときにはその人を一切恋愛対象にしないことにしてるからな。その方が傷も少ないだろ?まあ、今は恋愛よりも光の神をいかにしてぶちのめしてやろうかで頭が一杯なんだよ。帝国の屑どもは叩き潰したからな。後は、俺は今こんな体だしな。相手が怖がるだろうさ。」

「配慮が足りずに、すまない。その、私は別にユウジがどんな体であろうと気にしないからな。魔物の力を宿していようと、星を砕ける力を持っていようと君は君だろう?」

私は彼に嫌なことを言ってしまったという考えから、いつものように思ったままを口にした。

「あ、ああ。その、あの、まあ、なんだろうか。ありがとう。ちょっと、気が楽になったよ。」

「そうか、それなら良かった。いや、君は私といて緊張はしないのかという質問には答えてもらっていない。」

「ああ、今までは緊張しなかったけれども。今はちょっと緊張する。」

私の方をあまり見ずに、彼は答えた。つまり、彼も私と一緒にいて緊張感を思えている、と。ふむ、まるっきり、私という女に魅力が無いわけではなかったんだな。さすがに、緊張感などまるで覚えないと言われたら、女として何か負けた気がしてしまうからな。


良かった、良かった。これで、王都までの道のりを何の憂いも無く過ごすことができるな。


叔父上に会うのは久しぶりだな。…ああ、でも、今回の事は間違いなく怒られてしまうな。はあ、憂鬱だが、自業自得だな。仕方が無い、ずいぶん心配をかけてしまった未熟な私がすべて悪いのだから諦めるか。


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