第14話 不幸な話その②~宰相の後悔、帝王の慟哭~
やはり、あそこを見ないのはありえないよな。そう、みんな大好き、クソ宰相とバカ帝王である。
あいつら、どうしてるんだろ?
他の国民とは違って、中身だけは魔物の物に取り換えてやったんだけど。そう、彼らは国民たちとは真逆なのだ。国民たちは、外見は魔物だけれど、中身は人間時代とほとんど変わらない。
だが、俺が大好きなあの二人は特別待遇なのだ。
中身も、長命種の魔物の早期に変えてあるし、再生能力だってプラナリア並みにしてあるのだから。それに、彼らは空腹にはならないはずだ。魔物の中には、ゴーレムのように土の中にある魔力さえあれば生きていけるものもの居るのだから。だから、俺はそう言う生命力の強い魔物の要素を彼らにぶち込んであるのだ。
簡単に死なせてたまるものか、ということだ。
苦しめ、苦しめ、苦しんで、苦しんで、死ねないことに絶望して、叫んで、もがいて、狂えないことに絶望してもらわないとな。彼らには一切の救いは無い。
世間の立場も、歴史の評価も、人としての生の終わりもやるものか。彼らにくれてやるのは、ただただ、絶望だけと俺は心に決めているのだから。
おっと、つい彼らのことになると、言葉を重ね過ぎてしまうのが俺の悪いところだな。いや、余りにもムカつくからつい、やってしまう。
では、きちんと、彼らの事を見てみようか。
「うっ、があああぁぁぁあああっぁああ……」
もう何度目になるのか分からなくなるほどに、殺された。腕はもげ、内臓は飛び出し、脚は千切られた挙句に放り投げられてしまっている。それでも、死ねない。死ぬことができない。どれだけ血を失っても、どれだけ体を切り刻まれても、この身は死ぬことができなくなっていた。
かつては、グリディスート帝国で宰相を務めていたプレイディス・パストツールはかつての帝都からほど近い、草原の上に横たわっていた。ただただ、なす術も無く理性を無くしたただの、魔物と化したかつての国民たちに蹂躙されるだけの生活を彼はもう何日も送っているのだ。何回死んでも、彼は蘇ってしまうことに絶望していた。何度も何度も、殺されているのに決して死ぬことができないのは苦痛でしかない。そして、何度も何度も殺しているのに、国民たちは一向に飽きることも無い。
それはそうかもしれない。
彼らは、日に日に理性を失いつつあるのだから。羨ましいことに、彼らは時が経つごとに魔物らしくなっていっている。最初は人間らしく、こちらに文句を言っていた者達も次第に、唸り声しか上げないようになっていった。そうして、会話する者達が次第に居なくなり、とうとう今では出会うなり玩具にしてくる始末だ。自分の体は間違いなく弄られている。だが、強くなっているわけではないらしかった。そこらの仕様には、あの化物君の執念を感じる。そして、決して狂うことができない精神構造に変質させられているあたりにも妄執を感じてならない。彼の試みは成功している。
後、何度これを繰り返せばいいのか分からないというのは精神を疲弊させる。
もう何度も何度も殺されたのだから。
「ああ、手を出すべきではなかったな。本当に私らしからぬ失敗だ。大失敗だ。」
後悔しかしていない。
「本当に、あの化物君にはしてやられた。あれがそこまで化けるなんて思いもしなかった。」
ああ、また内臓が喰われている。
痛みもだいぶ感じなくなってきている。幸い、痛覚までは弄られていなかったらしい。ここまで弄られていてはさすがに救いがないだろう。いくら喰われても無限に再生するのだから、質が悪いことこの上ない。自分が人間でないものに置き換えられているのは理解している。
戦うことはできない。
逃げ出すこともできない。
逃げ出そうとしたことは幾度となくあったが、そのたびに魔物と化した国民たちによって、連れ戻されてしまうのだった。彼らとて、逃げ出したいはずなのに、そこまでも弄られているようだった。
そのおかげで、今ではただただ、圧倒的な強者たちに蹂躙され続けるのが今の自分だった。かつての自分では考えられなかったことだ。帝国の宰相という立場であった自分に、刃向かえるものは存在しなかったのだから。ただ、本当にアレの処分にだけは失敗したと思った。なぜ、あの化物の対処をもっと確実なものにしておかなかったのかという反省しかない。最初のうちに殺しておけば、決して今のような事態になってはいなかった。
ああ、詰めを誤った。
完璧な自分も失敗くらいはするが、ここまで致命的な失敗をしたことは無かったのに。先祖代々引き継がれてきた〈危険回避・極〉があったからだ。
重要な選択になると決まって首の後ろがちりちりと疼いたものだった。だが、あの時のような激痛を感じたことは無かった。だからこそ、あれを確実かつ迅速に排除したのに。まさか、排除の仕方を誤ったとは思わなかった。そう、あの時のアレには力など無かったから普通にレベル400を超えた兵たちに首を切り落とさせるべきだったのだ。それだけで、グリディスート帝国が今、被害に遭っているようなことになんてならなかったのに。ダンジョンに放り込んで、魔物どもに処分させようなどと、娯楽気分で事に臨んだのがまずかったのだろう。闇魔法を背負った勇者など、現れるものではないから、その最後は闇らしく薄汚いものにしてやろうなどと、脚本家気取りで、妙な考えを起こした結果が今の自分であるのだから。
これまで失敗らしい失敗をしたことが無かった自分は正直な話、自惚れていたのだろう。たとえ、選択を誤って失敗したとしても、それは取り返せる範囲内での失敗だったのだ。せいぜいが、時期は遅れるが自分が望んだことは必ず実現されてきたのだから。だから、それらの事は失敗というよりは遅延と言い直すべきか。
「しいいぃぃぬぬぅうううぅぅえええ!!!」
驚いたことに人語を話せるものも交じっていたらしい。ゴブリンともオークとも区別のつかない醜い魔物によって殴られ、蹴られ、転がされている。驚いたことに自分は今、頭だけの状態で思考しているのだ。体の方は、すでに魔物化が進んだ国民達によって喰われて行っている。どんどんと自分が消滅して行っているのが分かる。
だが、これでは終わってくれないのだ。
喰われても数日後には、また体が元通りになっているのだから。どうも、肉片一つでも残っていれば自分はこの世に舞い戻ってしまうらしかった。
「ああ、今回の勇者召喚は大失敗だった。私はもっと強く止めるべきだったのだ。本当に、あの馬鹿帝王には愛想が尽きる。…ああ、こういうことをもっと早くに言っておくべきだった。」
そう、異世界の勇者を抱きたくなったし、魔石が獣人達によって独占されているから勇者を呼んで取返しに行こうとほざいたあの馬鹿帝王の首を刎ねているべきだった。
「ああ、本当にこの世は馬鹿ばかりだな。私以外は皆、無能だ。無能に過ぎる。」
また、死に瀕している。そして、彼は数千回目くらいの死を迎えた。その後も、何度でも彼は死んでは蘇ることになるのだが。
一方、帝王の方は見苦しく逃げていた。
「嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ……いやだ。」
死ぬのは怖い。完全に死ねないのも怖い。痛いのは嫌だ。怖いのも嫌だ。
フォロール・グリディスート、23才。
職業は元・帝王で現在はただの逃亡者である。
彼も、幾度も魔物と化した国民たちによって殺され続けている男だ。だが、彼は宰相のように諦めが良い男ではなく、いつまでも逃げ続けている。逃げて、逃げて、逃げて、そして追いかけられて、死に果てる。それを数千回も繰り返しておきながら、未だに逃げ続けている愚かな男である。
魔物達にとっては、反応が大きい帝王の方が良いおもちゃと化してきているようで、最近の流行は帝王を、いかにむごたらしい悲鳴を上げさせてぶち殺すか、である。そのあたりは、宰相の殺される時の反応の悪さが、彼を救っていると言える。魔物に染まり切ってきた国民達にとっては、宰相の反応は面白いものではないのだ。彼らの中では、大きな声を上げて、無様に逃げようとする帝王を殺すことが今、最も熱い遊びだった。当初は怨みで殺していたが、現在ではどれだけ遊んでも壊れない玩具として扱われている。時がたつほどに人間性を失っていった彼らはレベルも上昇しているのだ。
残機無限の帝王と宰相を殺し続けて、野生の魔物をも時には殺すようになった帝都に住んでいた者達はおおよそ3000万人ほどである。いや、3000万頭か。
今や、グリディスート帝国内を闊歩しているのは元国民だった魔物達と、唯志が送り込んだ魔物と、元来住んでいた魔物だけなのだ。かつては大陸内でも有数の大帝国だった、帝国領土内は今や見る影もなく荒れ果てている。建物は壊れ、町は破壊され、美術館、博物館などは真っ先に魔物達によって蹂躙された。
いずれも大きくて丈夫な建物だったから、格好のおもちゃとなってしまったようだった。誰が最初に巨大な構造物を壊せるかの競争が始まったのだ。建物を壊し終えたら、今度は人を殺すことになった。これによって送り込まれた魔物達は唯志の目論見通り国民たちの半数を殺害した。
国民たちの半数を殺害した時点で、唯志は帝都には手を出さないように厳命したため、国民たちの数が半数以下になることは無かった。残りの半数のうち、8割ほどは国外に逃亡しており、2割は帝都に残留していたのだから。
そうして、その2割の者たちは今、魔物と化して帝王や宰相を玩具にしているのだった。グリディスート帝国の人口は大陸でも有数の規模の国家である3億ほどだった。それが今では半数が死んだようなものだ。人間でなく、魔物と化してしまった者達を国民とは認められないからだ。
そういった異常な状況の中でも、帝王は逃げ惑っていた。
「ひっ。ひっつ……ぃいいいああああぁぁぁああっっ!!!」
そうして性懲りもなく、また殺されているのだが。
今度は右足と左足をそれぞれ別の魔物が持った末に左右に分けられて死んだらしい。なんとも言えない死に様であるが、30分ほどしてまた体が再生した。そして、彼は殺されないために逃走を始めるのだ。その逃走行為こそが、魔物と化した国民たちの嗜虐心を増長させているとも気が付かないまま。
「ぶ、ぶはっ…!!くくく、くく、はっははははっははははっははっは!!!!」
最高な気分だ。
あいつらは魔物に殺され続けていて、片方は後悔して、片方は無様に逃げ続けている。あれでは、当分の間は、国民だった魔物達の良いおもちゃのままだろう。
「本当、バカばっかりだな糞宰相。ああ、本当お前たちは俺を最高に笑わせてくれるな。これからも、よろしく頼むぞ、道化共。」
満足した。彼らの現状は限りなく無様だ。ああ、最高だ。これで、俺も次の段階に進めるというものだ。もう、彼らの事は時々思い返す程度で良い。あれほどの無様な姿を見ることができれば溜飲も下がるものだ。また、暇になった時にでも眺めるとしよう。
今度は酒を飲みながら…いや自分も参加しようかな。
それとも、魔物達を指揮して好きにやらせるのも悪くはない。うん、これからもあの二人でたっぷりと遊べそうで満足だ。
後は、勇者たちは何しをしているのかな?一応、同郷の誼として見届けておかないといけないか。




