第13話 不幸な話その①~かつての大帝国の国民編~
まずは、かつて大帝国だったクソ帝国の国民たちが何をしているかを鳥型、虫型、風の精霊たちに協力して探ってもらっていた。他の領域にもこれらの〈目〉〈耳〉はたくさん、送ってあるのだ。
「ここまでは追って来ないようだな。」
他の人々も、皆安心したようにその場に蹲った。かれこれ何日も歩き詰めで満足な食事をとれていないのだ。自分達の帝国をあの―悪魔―が蹂躙してから半月ほどが経った。悪魔は元々は勇者だったらしいが、宰相が彼に何か手酷いことを行ったようで彼は魔物へとその身を変じて帝都を襲ったのだった。そして、希望の象徴であった勇者達をわざわざ大陸中に見せつけるようにして、圧倒的な実力差で下して見せたのだった。
その結果、グリディスート帝国が無理をして召喚した勇者達もそこまで強力な存在ではないとみなされた。光の女神に無理をさせた意味はあったのかと問い詰める声が日に日に大きくなっているそうだ。グリディスート帝国以外の国々から文句は多く出ているのだ。特に力を持った二国の発言内容はこのような感じである。
聖勇国・ブレイヴァーンでは、召喚された勇者たちは帝国の宰相によって騙されていたものと断じて自国に彼らを保護したらしかった。彼らからも、グリディスート帝国崩壊の事情を聞くようだった。まあ、初代勇者が起こした国だけあって常識的な対応だ。それに、帝国側の難民をある程度は受け入れてくれているのだから。ちなみに、難民を受け入れた際にかかった費用は一応貸し付けとして記録されている。後の世にグリディスート帝国が復活することがあれば、それは回収される予定だ。ただし、聖勇国上層部では、懲罰金として現在国に居る帝国民たちには特別税を課す予定ではある。国のミスは、国民である彼らのミスでもあるのだという理由だ。それに、聖勇国も慈善国家ではないので、難民たちのために一時的に金を立て替えるだけなのだ。
そうしないとさすがの聖勇国でも、国民たちからの批判は避けられない。勇者達を信仰している国民たちであるからこそ、勇者達に害を与えた者達を容易に許すことはしないのだから。
神聖国・ディヴァイネーティスでは、グリディスート帝国の民達は禁忌を犯して勇者を召喚しただけでなく、光の女神の不調を招いたとされている。これはこの半月ほど気候が安定しないことが原因だ。酷い時には朝から雪が降り、竜巻が起こり、雷が落ちる。風が吹けば、それは家の壁をも揺るがす強風で人すら吹き飛ばしかねない勢いだった。雷だって一時間の間で何回鳴ったか分からないほどの勢いであちこちに落ちていた。それで死んだ人や動物の数は計り知れなかった。無論、建造物も壊れてしまった。ただし、ここ最近は光の女神の妹である闇の女神が奔走してくれたおかげで、気候は回復に向かっている。偉大かつ慈悲深い聖なる光の女神が彼女に頼んだようだった。姉の嘆きを見ていられない、心優しい闇の女神が野蛮なる龍族に頭を下げてまで天候を回復させたとディヴァイネーティスの国民たちの間では評判となっている。
これを聞いた、ディアルクネシアはどんな顔をするのかと唯志は少しばかりの興味と、大いなる同情を彼女に向けた。
そんな、光の女神が大好きな信徒たちの話はまだまだ続くのである。国民たちでさえ、あれなのだから神官たちはもっとひどいものだった。
彼らはこう語っていた。寛容なる、光の女神の妹である闇の女神は龍族に頭を下げてまで、大陸の平穏を取り戻してくれた。光の女神はたとえ自身が不調の身にあっても、自身の妹君を我等に遣わして下さったと教会内で、光の女神のおまけ扱いだがディアルクネシアの評価は上がっているみたいだった。ディヴァイネーティスという国は一事が万事、光の女神を讃えることにつながる国のようだった。
讃えておけば喜ぶ光の女神とは、相性が良い国なのであろう。闇の女神であるディアルクネシアがおまけ扱いなのは唯志にとっては許しがたい所業であるが、そういう国家なので仕方が無いと諦めるのだった。
唯志の事は、闇の女神が遣わした、断罪の魔獣として表現されていたりする。間違っても聖獣ではないから、善しとしようと唯志は納得していた。そして、二国の様子を大まかに探ったので、また難民のような人々を眺める作業に入った。
「それにしても、何で俺達が追われなきゃならないんだ!?」
一人の男が苛立ったように小声でぼやく。大声で叫びたいところであったが、そうすると彼らを追いかけてきている神聖国の騎士に見つかってしまうのだ。見つかり次第、元・グリディスート帝国の民として処刑されてしまう。勇者としては出来損ないという噂のあったユウジ・サトウが攻めてきたからと言ってそこまで慌てる必要が無いと思っていた自分達が愚かだったと悟ったのは、彼らの希望の象徴であった光の女神に選ばれた勇者達が為す術も無く蹂躙された挙句、地面に打ち倒されてからだった。
魔物へと変じたうえ、自らの同胞たちを躊躇いなく倒す彼の噂話は悪夢のようだった。何より、恐ろしいのは彼が魔物を操作する術を身に付けていたことだった。彼が操る魔物によって国軍のほとんどが潰されてしまった。国土も荒らされてしまい、元々いた魔物達が活性化してしまった。その魔物によって帝国民たちは数を徐々に減らしていった。騒動が始まってすぐに逃げ出した民たちは臆病ではあったがゆえに生き残っているし、難民として丁重に扱われているのだそうだ。それは今、自分達を追ってきている神聖国でさえもだ。
かの国は、闇の女神の所有する、断罪の魔獣が最初に逃げ出した民には手を出さないという発言を守っているのだ。だから、始めに逃げ出した自分達の同胞が今は妬ましかったりもする。もう少し早くに逃げ出していれば、帝国の残党を狩り尽くすなどという狂気じみた振る舞いをする騎士たちから逃げ出せたというのに。いや、庇護される対象になれていたのだ。
「見つけたぞ。背教者共め。皆殺しにせよ。男も、女も、子供も、老人も、妊婦も、病人も、等しく殺せ。ありとあらゆる背教者たちを皆殺しにせよ。我らが女神を貶めた罪は重いぞ、傲慢な豚どもめ!」
白い鎧で全身を固めた騎士の代表らしき男が叫んだ。白い鎧には青い紋様が入っており、清潔感を感じさせる。ただ、病的なまでに白い全身鎧の姿の騎士たちが何人も何人も出てくるのは異様な風景だった。指揮官らしい騎士はすぐにわかった。
白い鎧に豪華なマントを付けている。マントの裏地は目の覚めるような美しい蒼だった。表の色は金色だ。眩く輝く日輪の如き美しい金色だった。騎士の兜はなぜか、一本角のように加工されている。なぜ、わざわざ角のような装飾をするのかは理解できないが、彼の騎士はきっと他の騎士よりも強いのだろうと思わせるには十分だった。鎧には産出されなくなってきている魔石がふんだんに使われた装飾が為されているのだ。彼らが所属する神聖国の異常さが窺える。
何せ、彼らは獣人達と商売をしているのだから、魔石を手に入れることはさほど難しくはないのだ。グリディスート帝国が、先陣を切って獣人達の大陸に攻め込んだ500年前からずっと、神聖国は彼らと平和的な通商政策を続けてきたのだった。基本的に獣人達が要求する物は神聖国にとって微々たるものだった。それは獣人や亜人達のとっても、魔石は石ころ程度の価値しかなかったのと同様だった。お互いに、大した価値の無いものが大きな利益を生んだと、にこやかな関係を続けているのだった。
だが、グリディスート帝国からすると、彼らの関係は理解できなかった。
なぜ、家畜相手に通商など行うのか?
なぜ、家畜たちや奴隷たちをきちんと人として扱えるのか?
なぜ、彼らだけは魔石を楽に手に入れられるのか?
などと、分からないことがたくさんあったのだ。そして、その分からないことは歴代の王の多くが解決しようとしたが決してできなかったのだ。帝国のいかなる英知をもってしても解決できなかった問題を、神聖国は500年も前からずっと、問題にすらしていない。この屈辱感は大きなものだったが、強大な帝国とはいえ、神聖国を相手にするのは分が悪かった。
彼らは光の女神を愛し、讃え、敬い続けている国だから光の女神の加護の手厚さが段違いなのだ。帝国側が攻め込めば、間違いなく神罰が下されるほどに彼らの国は女神の愛を受けていた。相思相愛という言葉が最も疎ましく思えた瞬間でもあった。
それほどまでに帝国と、神聖国の相性は最悪だったのだ。そして、現在はこうして神聖国側に一方的に狩られるようになってしまっている。
「糞がっ!!呪われろ!呪われろ狂信者共めぇぇぇええええっ!!!」
家族を淡々と皆殺しにされた男が血を吐くように叫んだ。だが、その男もすぐに殺された。殺した騎士たちはお互いを見ながら言った。
「何なんだ、この背教者は?我々は代々光の女神様を信仰してきたのだ。我らの祈りは狂信などではないのにな。」
あちこちが返り血で染まった鎧姿のまま、肩をすくめるようにして言うと、相手の騎士が答えた。
「さて、な。蛮族達の考えることは我々のような教養のある者には理解出来んだろうさ。かの女神の偉大さも理解出来ない無知蒙昧の豚どもに生きる価値は無い。このまま〈草刈り〉を続けるか。」
「そうだな。急いで刈り取らないとな。悪しき雑草はすぐに生えそろってしまうからなあ。我々〈庭師〉が張り切らないとな。全ては遍く光溢れる世界のためだ。」
「そうだな。清浄なる世界を実現するのは我々の悲願なのだから。ああ、そういえば俺はこの草刈りが終わると婚約者と結婚するんだ。」
騎士は血にまみれた姿のまま、にこやかに話を続けている。さりげなく、死亡フラグを立てている騎士だったが、誰もそれに突っ込まない。
「そうか、良かったな。私の所にも、子供が生まれるんだ。草刈りを終えるまでは会えないがな。まったく、会える日が待ち遠しいよ。」
「そうだな。さてと、道草を食ってしまったな。続きに移るぞ!」
「次の目的地を告げる!我らに続け!すべては光の女神様のために!!」
「「「うおおおおおっっ!!!」」」
騎士たちは一糸乱れぬ隊列を組んでその場を後にした。彼らが去った後はただひたすらに、血が溢れていた。全ての死体が元の形が分からぬほどに切り刻まれていた。そして、魔物集めの香が焚かれている。魔物によって、彼らの死体を処理しようという考えの下に行われたのだろうか。
「…やべえ、神聖国には関わらないようにしよう。宗教はマジで怖いわ。闇だらけじゃねえか。何なんだ、あいつらは。光の女神にちょっかいを出すとあいつらが出てくるのか…」
新たなる狂敵の相手をしなくてはならなくなった唯志は冷や汗をかいていた。
「さてと、他の所はどうなっていることかな?」
気分転換にグリディスート帝国跡地を眺めることにした。決して、神聖国の騎士たちが怖かったから見る先を変えたわけではないのだ。そう、断じて。




