第7話 祭りの時間
大陸中に、帝王と宰相がのたうち回っている映像が広まっていた。それは間違いないことだ。俺の使い魔たちが、人間達の様子を事細かに教えてくれるからだ。それに、精霊達も協力してくれているから、情報精度には間違いは少ないはずだろう。
「あっ、があああぁっぁああああ!!」
「ひぃっ…ぎゃあぁぁぁああっぁあああ!!」
二人の男の悲鳴が木霊する。二人とも服装が血と肉片に染まっていて、いい気味である。高貴なる、王族に貴族が身分の低い、兵士たちの血と肉にまみれて醜態をさらしている。うん、楽しいなあ。という訳で俺は今、とても気分が良い。
それに、宰相を見ても頭に来たものの殺してしまうことは無かった。ああ、俺は精神的にも成長できていたんだなと、自分の成長を感じ取ることもできた。腹筋が痛いけれども、爆笑するのは止められない。それにしても、まあ、人間達の騒ぐこと騒ぐこと。うるさいったらないのだ。風の精霊たちにお願いしているので、情報は音声付きである。
なんかこう、すごく〈うるさい〉のだ。
騒がしいのだが、その内容が今一つ理解できない。何がおかしいと言えば、人間達から感じ取れる恐怖や嫌悪の感情が自身の予想に反して少ない点だった。もっと、もっと自信の事を恐怖し嫌悪する物だと思っていたのだが、なぜか一部ではすごく喜ばれている。
主に奴隷や、帝王によって娘を取られた者達からだけれども。
そう、こいつらは自国の民達からすら、嫌われているのだ。俺が何かをしなくても、あと100年以内には勝手に滅んでいたんじゃないだろうか。いや、きっかけ作りくらいにはなりたいものだ。物理的に滅ぼしてもいいが、それでは無関係な者達を巻き込んでしまう。
無関係な者達といっても、純粋な帝国民はむしろ、巻き込んでやりたいけれども。だが、純粋な帝国民でないものを巻き込んでしまうのは俺の意図した復讐とは違ってきてしまうのだ。無理矢理に帝国民によって連れてこられた者たちは、俺が復讐しようとする対象ではないのだから。そうした人たちを巻き込んでしまえば、俺はただの復讐ではなく無差別なテロを行っただけになってしまう。それは避けたいし、避けられるだけは避けてきた。何せえ、魔物たちを従軍させたときに、この国にいる人間種は殺しても良いけれども獣人、魔族、亜人達は殺さないことを命じたからだ。
彼らを殺してしまったり、該してしまったりすることは俺の復讐からすると対象が外れている。それに、帝国の人間を嫌っているであろう彼らと俺は同志である。同志を殺す必要はないだろう。
俺の復讐の一番大事な意図は〈グリディスート帝国〉を不幸にすることだ。
それは純粋な国民も含まれている。彼らが勇者を望んだからこそ、俺は今居たくもないのに、ここに居る。いや、居させられている。だからこそ、復讐をしなくてはならない。いや、復讐をせずにはいられないのだ。俺からすべてを奪ったくせに、自分達はのうのうと暮らそうとしているこの世界の住民たちを俺は許せない。許せるはずもない。だからこそ、俺は彼らから奪わずにはいられないのだ。俺が失ったものを全て彼らから取り上げてやりたいと思う。
家族。
将来。
自由。
意思。
友情、その他いろいろ。
俺は、俺達はその全てを奪われた。自分達では収めきれない、けれども自分達が勝手に始めた戦争を強引に収めてしまうための暴力装置として。そこに俺達の意志は無いし、俺達の望みなんて関係ない。俺達が元の世界に帰りたいという事情なんて考えもしない。なぜなら、彼らの望みはこの戦争を速やかに終わらせることだろうから。それも自分達が最少の血を流すことで、最大の利益を得るためにだ。
だからこそ、奪ってやりたい。いいや、奪いたい、奪わずにはいられるものか。俺は聖人君子なんかではないのだから。盗られたものは取り返す、やられたからこそ、10倍にしてやり返す。正当で正常な復讐だと、俺は思っている。
だから、俺は敵である奴らに宣告しよう。
「返せ。」
要求はシンプルなものだ。それ以外に告げる必要はないか。
「あっ、ぐううあぁぁぁあああっううう!!!」
「いいぎいいぃぃっっっあああ!!!」
ゴミたちは未だに呻いている。俺が経験した痛みは、壮絶なものだし。しっかりと、味わっていただきたいものである。一片も余すことなく、だ。
「返せ。俺の未来を返せ。俺の家族を返せ。俺の体を返せ。俺の自由を返せ。」
先ほどから、頭が痛い。割れそうなくらいに痛い。俺は何かを呟いているのか?喋っている覚えなんてないけれども。いや、そんなことはどうでもいいか。
「俺はここに居たくなんてない。俺は日本へ帰りたい。下らない日常を送っていたい。週刊漫画を読んでいたい。読みかけの本だっていくらでもある。ああ、そうだな。俺の日常を返せ。返せよ。お前たち、この世界の人間達が奪ったんだ。」
頭が痛い。血流の流れが物凄く早くなっている。心臓が早鐘の様に勢い良く打っていて、魔力が暴走してしまいそうだ。ああ、あそこにいる二つの物体が目障りだ。でも、もっと目障りなものと俺は今繋がっているんだよな。そう、この世界の人間達と。大嫌いな人間達と俺は今、俺を助けてくれる風の精霊を介して繋がっているんだよな?
「返せ。お前たちが俺から奪ったもの全部。返せよ。俺は失ったんだぞ。全て、全部、何もかも。なのに、なんでお前たちは神に救われようとして迷惑を振りまくんだ。てめえ達がしたことの落とし前くらい、てめえらでつけろよな。関係のない俺達に払わせようとすんなよ。屑どもが。なあっ!!」
俺はさっきから何を喋っているんだろうな。沸騰しそうな頭が、煮え滾る心が俺の体からあふれ出している感じだな。感情が抑えきれていない。溢れ出そうな殺意も漏れてしまっている。正直な話、もういいかな?我慢ができそうにもない。
「どうして、お前たちはそんなにも傲慢でいられるんだ?そうだよな。どうして、俺ばかり奪われないといけないんだ?おかしいよ、な。」
頭を振りながら呟く。喋る内容はあまり考えていない。何せ、高熱が出ている感じがして、意識が朦朧としているのだから。何だろう、今まで抑えに抑えていた感情が溢れだしている。止められそうも無い気がしているし、止めなくてもいいんじゃないだろうか。正直、俺は我慢し過ぎたのかもしれない。自分で自分が完全に制御できなくなってしまっていることが何となくわかる。
「ああ、俺ばかりが奪われるのは納得がいかない。だから、お前たちも失えばわかるようになるのか。うん、きっとそうだ。失え。奪われろ。ああ、ああ、うんうん、そうだよな。そうだよなぁっ!!」
何か、敵である奴らが一生忘れられないような、痛みを与えてやりたい。もう、二度と俺達のような犠牲者を出さないためにも。俺の復讐を完遂するためにも。
「そうだな、そうに違いない。何で俺が奪われなきゃいけないんだ。そう、今のこの状況は間違ってるな。だから、奪おうか。それが良いな。うん、そうだ。何を奪おうか?やはり、俺が奪われたものと同じものを奪ってやるのが良いか。」
人としての生。人間として得ることのできるはずだった未来。それらすべてはここに召喚されたことで失われた。俺の体の9割以上は魔物の物で作られているのだから。そう、俺は失った。けれども気が付いた。敵である帝国民の奴等にも同じことをしてやればいいんじゃないか。
「目には目を、歯には歯をだな。人間でなくなってしまった今の俺はとても、不幸だ。だから、帝国中の人間を同じ目に遭わせてみようか。少しは気が晴れるだろう。」
目を瞑り、考える。
この考えは実現可能か?
可能である。
今すぐ実行すべきか?
やるべきだ。
結論。即座に実行しよう。
「現在、帝国を進行中の魔物に告げる。グリディスート帝国に住む勇者とその関係者以外の全ての人間の手足を奪え。その代りに魔物の手足を付けてやる。いや、魔物の手足に置き換えてやろうか。今までのひ弱な人間の手足よりも丈夫だし、便利だぞ。俺が保証する。だから、お前らみんな同類にしてやるよ。体の9割を魔物の物に取り換えてやる。俺と同じ絶望をたっぷりと味わってくれな。」
そこまで考えて頭がしゃっきりとしてきた。なんて魅力的な復讐だろうか。そうだな、この帝国の奴等が勇者召喚なんてしなければ、俺が今までの全ての生活を失うことも無かったんだから。だから、俺は奴等から奪うことが許される。許されなくとも、やってやる。
これは復讐だし、先に奪ったのは奴らだから文句は言わせない。
「お前たちみんな、人であることを失ってみろ。そうすれば、俺と同じ気持ちになれるだろうからさ。ゴブリンの体を与えてやるから、ありがたく受け取ってくれ。そうだな、ゴブリン、オーク、コボルト辺りを混ぜ合わせた肉体にしてやるよ。喜んでくれればうれしいなあ。だって、俺と同じ体になるわけだし。お前たちがやったことが、どれだけひどいことかも理解できるだろうしなあ。」
腹の底から笑いが込み上げてくる。
本当に、おかしくておかしくてたまらないのだ。
帝国中から、〈恐怖〉〈不安〉〈憤怒〉〈絶望〉〈憎悪〉といった薄汚い敵たちの感情が噴出してくるのを理解した。そうだ、それが待ち遠しかったものだ。帝国中が、汚泥のような感情の嵐に包まれた。俺にとっては心地良く、馴染み深い感情だ。俺が今の今までため込み続けたものだから。
それを解き放ったら、それと同じくらいの量の感情を奴等から、返された。
楽しいな、楽しい、楽しい!
復讐というのは、こんなにも甘美なものだったのかと理解した。圧倒的な力を持っている俺だからこそできる仕返しを恐れることなく行うことができる、一方的な復讐だ。相手を蹂躙したいように蹂躙し、復讐したいように復讐する。自分の意志を徹頭徹尾、貫くことがこんなにも面白いとは思わなかった。
自分のやりたいようにやる。
それが俺が今やっていることだが、それが楽しくて仕方が無い。何せ、本来であればこんなことは実現不可能だから。俺が生きてきた世界では、そんなことをすればテロリスト扱いだし、犯罪者である。だが、この世界では違う。力さえあれば、大抵の事は押し通せてしまえるのだから、素晴らしい。弱いことが、この世界における悪徳であるらしいことを俺は実体験を通して理解した。
ここに来た時の俺はただの高校生だったから、この世界においては弱者だった。
ゆえに、すべてを奪われた。だから、力を付けて復讐をする事を選んだ。
そして、今に至るのだ。俺が味わった拷問のような時間は無駄ではなかった。流れた血は無駄でなく、流した涙は力になった。果てることのない怒りが今も俺を衝き動かしている。怒りのままに行動するのは楽しい。日頃は閉じ込めていた感情を全て解き放って、行動するのはたまらない甘美だ。
「素晴らしいな。自分が思った事を思ったように行えるってのは良いもんだ。お前たち帝国の屑どもが、一方的に俺達を道具にしようと思って召喚した気持ちも分かるぞ。ああ、この万能感は一度味わったら、止められないもんなんだろう。だから、お前らは4回も勇者を召喚したんだろ?でも、今回で打ち止めだ。俺は二度と勇者召喚なんてさせないよ。そんな知恵もなくしてやるさ。」
俺は連中を魔法が使えない、魔物に変えてやることにした。最下級の魔物達は物理攻撃しか行えない。魔力を練る能力が無いのだ。魔力は全て筋力、骨格の強化などの肉体面の強化のみに使われている。
オーク、コボルト、ゴブリン、トロールなどの最下級の魔物達の因子を体内で増幅させ、拡散する準備をした。
「さて、これから二度と見ることは無いだろう大魔法を展開する。人体を下級の魔物に置き換える魔法だな。」
俺は少しばかり、感傷に浸った。これで復讐は終わりだ。これからは、どうやって日々をのんびりして行こうか、と。まあ、それもこの魔法を無事に展開し終えてからだな。
「闇魔法、闇龍王構築式、術名【衆愚・魔獣転生】。遍く不幸を貴様らに、与えよう。」
その後、風の精霊の補助によって、俺が作った因子が莫大な魔力の雨と共にグリディスート帝国中にばらまかれた。
帝国全ての人間に、俺の魔法が行き渡ったのを確認するまでは、待ち時間だな。ああ、実験の結果が楽しみだなあ。




