表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
捨てられ勇者の異世界ボッチ放浪譚  作者: 雨森 時雨
第3章 無知とは哀れなものですよ。だから希望は全部潰してやりましょう!
65/119

第5話 絶望すら、超えるナニカとの遭遇

中庭で響き渡る悲鳴と怒号を聞いて勇者たちは緊張の度合いを高めていた。不安、焦燥感もじりじりと心と頭を焼いて行くようだった。


そして、何よりもまずいのは、生存本能らしきものが警鐘を鳴らしっぱなしであるということだ。今まで生きてきた中で死ぬかと思った経験は数少ないのだ。というか、数が多ければ、それはそれで間違った人生を送っている気もするけれども。


頭の片隅で、緊張をほぐすようにそんなことを考えていた神崎翔輝は大物なのだろう。彼の余裕があるように見せかけた態度も、クラスメートたちを落ち着けるのには役立ったようだから。



だが、とうとう無音になってしまっただだっ広い中庭の奥の方から巨大な生き物が動く気配がしていることには恐怖を隠し切れないものが多かった。体に響くような重い響でゆっくり、ゆっくりとこちらへと歩いてくるのだ。


そして、いきなり、中庭の門が砕け散った。


宮殿の中庭から奥は重要度の高い施設が増えるために、建造物の強度は桁違いに高めてある。それこそ、ドラゴンがブレスを直接当てても壊れない程度には硬くしてあるのだが。その魔法使いたちが死に物狂いで施した魔法による強化を鎧袖一触、で粉々に打ち砕いた怪物が出現した。


異形の怪物だった。


上半身は人型だが、そのサイズは上半身だけで3メートル近くはある。しかも体にはまるで鎧のように黒い鱗が生えており、生半可な攻撃では怪物の体を貫くことができないことが察せられる。


下半身に至っては人型ですらなく、蜘蛛型である。巨大な八本足で歩いており、その高さは7メートルくらいはあるだろう。つまり、異形の怪物は体高が10メートルほどであることが分かる。


さらに、怪物の上半身と下半身の間の辺りから六本の尾が生えていた。人間風に言えば腰の辺りから六本の尾が生えているということになるのだが、生えている尻尾の性質が異常だった。六本それぞれが人を傷つけるために考えられたとしか考えられない形状をしているのだから。それぞれの尻尾の長さは20メートル近くはあるのではないだろうか。だから、こちらを一方的に簡単に攻撃できることが懸念された。


そして、最後に一対の翼が生えているがそれも不気味である。右側が白い翼でずたずたに引き裂かれた布のように、それでいて力強く背中に生えている。どのような効果を持つのかは不明だが、脅威を感じる翼だ。

そして、左側の黒く、暗い輝きを帯びた翼は生物的な嫌悪感を催さずにはいられないものだった。あれは良くないものだ、とその場にいる命のあるものはすべてそう理解できてしまった。あらゆる命を傷つけ、引き裂き、啜るものだと悟らざるを得ない存在感だった。



そして、何よりも恐ろしいのはその怪物が同級生そっくりの声であいさつしてきたことだった。日が暮れようとしている中庭で、そいつの声は不思議とよく響いた。


【久しぶり、皆さん。元気に勇者してますか?俺は元気にしてるけれども。皆さんと戦う気は無いので、そこをどいてくれると嬉しい。今から、この国の帝王をぶち殺し、宰相を惨たらしく晒し者にする仕事があるからね。】

怪物は口を動かしながらそう言った。その口には無数の牙が並んでおり、噛まれればどうなるかを無意識化に叩き込んだ。


「誰だ?俺達のクラスメートの声に似せてるけど、俺達はお前のような化物は知らないぞ。魔王の配下か?」

神崎は勇気を振り絞って、怪物に質問をした。この得体の知れない怪物は戦って勝てる相手ではないが、できる限りの情報を引き出しておきたいと考えたからだ。


【おいおい、神崎。冷たいなあ、これでもステータスプレートを見せあった仲じゃないか。まあ、俺の外見が変わり果てたせいかもしれないけどなあ。】

「う、嘘だろ。お前、さ、佐藤なのか?」

思わず固まってしまった彼を責められる人間はいないだろう。彼が思考を停止させている間にも、怪物は言葉を紡ぎ続ける。勇者たちを〈勇者〉から〈高校生〉に戻してしまいかねない言葉の毒を。

【ああ、覚えててくれたのか。それなりに嬉しいもんだ。まるっきり他人のようだとは思っていたが。まあ、半年以上も会わなければ色々と変わるだろう?俺は、一人で宰相に連れられて部屋を出た後にダンジョンに捨てられたのさ。闇の魔法が使えるからという理由だけでな。あの宰相は確実に俺を殺す気だったぞ。ま、こうして今も生きてるんだけどな。フフ、アハハハッハハハハハハッハ!!!】

おかしくてたまらないとのように、怪物もとい、佐藤唯志が笑い始めた。その声は人の居なくなった中庭によく響いた。神崎の後ろではあの怪物はもともとが同級生だったということに衝撃を受けている者たちが居た。しかも、その原因を作りだしたのが、自分達をサポートしてくれている宰相だったと言われたのだから。当然、反発する者もいた。


「おい、お前が佐藤だって証拠はないだろ?大体、あいつは俺達とは違って裏方専門だって宰相が言ってたぞ。あいつの能力は勇者として前線に立つよりは情報を専門とする斥候役があってるからって、宰相さんがそういうところに配属したって聞いたぞ。」

目の前の怪物が元は、自分と同じ生徒ということが信じられない男子生徒が佐藤に言った。この問いかけをしなければ、彼はもう少しましな怪我で終えることができたのかもしれない。後にこの場にいた勇者たちは全員が蹂躙されるのだが、彼の怪我は本当に一歩間違えれば死ぬ寸前のところで調整されていたのだから。この一件以来、彼は一切の戦闘行為が行えなくなるほどの深刻なトラウマを負うことになった。


【はぁ…見事に飼い慣らされてるな。あの屑も、そういうことは一級品なんだな。腐っても、宰相ってだけはあるなあ。まあ、俺が佐藤唯志である証拠なんて無いんだけどさ。それでも、お前の能天気さには腹が立つ。だから、死ぬほどぶっ飛べ。】

言うが早いが、唯志は男子生徒に向かって右側の白い翼を使って攻撃を仕掛けた。基本的な物理攻撃なので、死にはしないだろうと考えての行動だった。念入りにスキルの発動を確認したうえでの攻撃だったので、彼は死なずには済んだ。


「あっ…がぁぁぁあああぁぁうあぁぁぁっっ!!」


ただ、余計なことを言わなければ負わずに済んだ怪我の結果は酷かった。全身骨折であり、特に内蔵系は徹底的に破壊されていた。それでも死ねないので地獄のような苦しみが彼を襲っていたのだった。それに、彼が勇者でなければ、間違いなく攻撃を受けた時点でかつては人体だったものになり果てていただろう一撃だった。

それほどに唯志はこの生徒の言動に腹を立てていたのだ。自分の体をこうまで変化させる原因となった屑以下の存在を親しげに呼ぶ、男子生徒が敵よりも憎らしいものに思えて仕方が無かったからだ。


【本当、騙されやがって。平和ボケにもほどがあるな。ま、俺もこいつと同じ程度の認識しかなかったんだがな。かつては。良いねえ、俺も平和ボケのままで居たかったぜ。さて、じゃあ、もう用はない。今から俺がお前たちを半殺しにしてやる。】


そうして、一方的な蹂躙が始まったのだった。


「あいつは本気だ!行くぞ、皆であいつを止めるんだ!」

かつてのクラスメートは怪物となっていた。そして、今復讐のために帝国の奥深くにまでやって来ている。この事実は、神崎を混乱させるものだった。そして、彼は佐藤に人殺しをさせてはならないという考えの下、クラスメートたちに助けを求めた。クラスメートも、神崎の意図は半数くらいしか理解できていなかったが、協力して佐藤に対処しないと自分達が死ぬかもしれないという事だけは肌で理解できていた。


だから、彼らは抗った。


全身全霊の力を以て抗ったのだ。


戦闘に長けた者たちがスキルを使って行った寿命を削る勢いで以て攻撃した聖剣の一撃は怒りに染まる怪物と化した同級生の異常な防御力の前には無力だった。


限界まで魔力をチャージしたうえで放った、魔法に長けた勇者たちの攻撃も、異形の怪物には通用しなかった。どれだけ支援魔法をかけても、彼の外殻を貫くには至らなかったのだ。


そうして、勇者たちの攻撃をただただ、受け続けながら一人ずつ、唯志はかつて同級生だった仲間たちを潰していった。丁寧に慎重に決して、殺す事無くそれでいて、迅速に制圧したのだった。無慈悲で、容赦のない制圧だったが殺意は感じられない静かな制圧だった。圧倒的な実力差の下に行われた蹂躙に等しい戦闘は10分ほどで終わった。


【これだけか。まあ、単なる高校生にしては頑張ったというのは分かるぞ。訓練は辛かっただろう?異世界の生活にも馴染めなかっただろう?でも、お前たちは幸せなんだぞ。】

怪物と化した唯志は、かつて生活を共にしたことがあった同級生たちを見渡しながら言った。


「な、何が幸せ、な、んだ?家族や友人たちも、全部、いないんだぞ。俺たちは、学生なのに。何で、魔王と戦わないといけ、ないんだよ。」

防御力か、回復力の強い同級生の男子が唯志に問いかける。いや、ただ言葉が流れ出ているだけかもしれない。男子生徒の目は焦点を結んではいなかった。ただ、文句を言っているだけかもしれない。


【お前たちには仲間がいたじゃないか。俺には何もなかった。全てを奪われ、身体すら失ったんだ。愚痴を言える相手がいるってのが、どれだけありがたいか分かってないんだな。まったく、贅沢なんだよお前らは。だから、弱い。忠告するがな、この世界の人間達はクソだぞ。自分達のせいで起こった戦争をよその世界の俺達の力を借りて鎮圧しようとしてるんだからな。】

唯志は名前を憶えていない男子生徒にわずかながらの敬意を覚えたからヒントを与えることにしたのだった。今の自分の攻撃を手加減したとはいえ、受けて見せたのだから。中々大した一芸の持ち主であると認めたのだ。だからこそ、彼らがこの絵界の人間と女神の思惑通りに動かないように釘を刺す意味を込めて情報を与える。

「お前、何、言って?」

意味が分からない発言に意識が朦朧としている男子生徒は混乱していた。


【魔石の産出量について尋ねてみろ。500年前からずっと、低下し続けていて、今ではかなり厳しい事態になっているはずだからな。良いな、ちゃんと自分達の頭で考えて行動しろよ。俺はお前たちが何度敵対しても、殺しはしない。元とはいえ、同じ学校に通った間柄だし。それに、お前たちだけだしな。この世界で日本を知っているのはさ。お前らに友人の鈴木ほどの価値は無いが一応は同郷の人間を好き好んで殺したいとまでは思わん。だから、しっかり自分達の意見を持って行動しろよ。そのうえで敵対するなら、しょうがないから相手をしてやるさ。死なない程度には。】

彼はかなりの譲歩をしながら、勇者達に忠告した。唯志としては鈴木以外の人間にはあまり価値を置いていないので、元・クラスメート達はどうでもいい存在だった。ただ、よく考えてみると彼らも自分と同じ被害者なのだ。好きで勇者をやっているわけではないだろう。それに、日本人を殺すのは気が引ける。


すでに何人もの、現地人を殺しておいて矛盾している気がしないでもないが、やはり同郷の人間を手にかけるのはためらわれるのだ。唯志の人間性が残っていたおかげで勇者たちは死を免れた。


その幸運に気付けるのはもう少し先だったが。


何せ、しぶとい男子生徒も唯志の言葉を全て聞き届けたところで意識を失ってしまったから。今回の蹂躙を受けたことで、日本人の彼らにもようやく危機感が生まれ始めた。この世界の事情を余りにも鵜呑みにしすぎていたのではないかということだ。自分達が人間側に偏り過ぎているのではないかということに無理矢理ではあったが、目を向ける機会になった。


ただし、この結論に落ち着くのは数カ月ほどかかった。


理由は単純で初めて死にかけたことによって戦闘行為に恐怖の感情や忌避感を持つ者が増えたためだ。異世界に来て以来、初めての死を実感させる敵が同級生であったこともショックの原因でもある。


同級生が彼を異世界に呼び出した原因となった国に対しての、復讐の凄まじさも彼らの不安を激しく後押しすることになった。


もっとも、現時点では先にそんなことになるとは、まるで考えることなどできていなかったのだが。全員が重傷を負っているのだから。死なないように微調整をされた上での重傷だが、間違いなく深い傷を負わされたのだ。



そして、傷を負わせた唯志はというと、悠々と彼らを置き去りにしてゆっくりと侵攻を進めていたのだが。


侵攻を進める彼の頭には宰相たちを含めたグリディスート帝国の上層部に激烈な復讐をすること以外は何一つとして考えていなかった。


彼の復讐は種族を選ばず、国を選ばず多くの〈世界〉に生きる人々達に影響を与えることになるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ