第2話 獅子姫様との相談
そういえば、王都に行かないといけないのだった。
ストレイナ・レオナストームさんを王都までエスコートする任務があるのだ。まあ、いつになるか予定などは立てていないんだが。
「ストレイナさんを呼んでもらえないか?」
鈴木とシャンレイさんを受け入れ、グリディスート帝国に仕込んだ術式を発動させてから10日ほど後、俺はストレイナさんを探していた。が、見つけられないのでシルフィンに探索を頼んだ。彼女なら、女性がいても問題無く探索できるし、そもそも風の精霊だ。情報を得るにはもっとも、優れた人選だと考えている。
「俺はここで待ってるからさ、頼んだよ。」
村の中央広場にて待つことにした。
ここなら、目立つし待ち合わせ場所としては一般的だ。他の人も仕事していたり、デートで待っていると思しき人もいたりとこの広場は良く活用されているようだ。数分後、彼女がシルフィンに連れられてやって来た。
「お呼びですか、ユウジ様。」
なぜだか、ストレイナさんが、妙な呼び方をしていた。女性に様付されるのはくすぐったいのだがな。しかも、俺など強さ以外には特に褒められたものは無いのだし。
「いや、様付で呼ばれるのは勘弁してほしいと思いまして。」
「ですが、貴方も常に丁寧な語り方をされているでしょう?本当は、もっと砕けた話し方をされるのではないですか?貴方が口調を崩して下さるのであれば、私も貴方の呼び方について一考しますがいかがでしょう。」
意外としたたかさんだ。どうも、きっちりと自分の言葉で話してほしいらしい。俺の言葉というよりは、本音で語り合いたいということか。今は建前論が多いしな。何せ、怯えられても困るから。知的な印象というか、話はできることをアピールしておかないとな。
「分かった、これでいいか。やっぱり、柄が悪い口調だからパスなんて言葉は聞かないからな。」
俺は彼女を試すように言ってみる。
「ああ、それでいい。では、ユウジと呼んでみていいかな?私は今まで君と同じくらいの年ごろの男と話した経験が少ないので、どんな話し方が良いかいまいち距離感がつかめなかったのだけれど。」
きまり悪そうに彼女が言った。俺も同じことを考えていた。距離感の測り方というか、掴み方は難しいものだ。世界は変わっても、コミュニケーションの難易度は変わっていない。
「いや、十分気を遣ってもらってるからいいさ。ああ、ところで俺は16歳なんだが、ストレイナさんは俺より、年上なの、それとも年下なの?女性に年齢を聞くのは気が進まないが、話し方の基準にはしたいんだよ。」
どこまで崩していいかの最低ラインを築いておきたいものだ。相手が年上だったら、気軽な中にも敬意みたいなのを入れておこうと思っている。
「私は18歳だ。だが、別に振舞い方についてとやかく言う気は無い。私が君に求めているのは対等に話をしてくれることだけだしね。」
「分かったよ。じゃあ、ストレイナさんと呼ばせてもらうぞ。俺は女性には大抵さんを付けて呼ぶ主義だからな。年齢なんて変なこと聞いて悪かったな。でも、俺にとっては必要なことだから、理解してほしいとは言わないが許してほしい。」
距離感の測り方には必要なものだしな。年下だったら、守ろうとしただろうし。実際は2歳上。つまり、高校3年生程度ってところか。なら、そこまで気を遣う必要はないな。王都に行けばさすがに改めなければいけないだろうが。俺が冒険心旺盛でも、獣人族の王族を必要以上に刺激したくないし。多分、彼女の父親は娘離れができていないと思うのだ。無鉄砲な娘だからこそ、余計にでも可愛がりそうだしな。
まあ、彼女が正妻の子でなくて妾腹の子であれば、話はまた、変わるかもしれないが。今は、お互いの名前と大まかな家族関係、年齢が分かっていれば会話の幅は理解できる。こちらからは、ストレイナさんに対し、あまり踏み込まないでおくと同時に、こちらの事を知ってもらうか。
俺は単刀直入に彼女に王都に行くのはいつ頃が良いのかを尋ねた。場合によっては待ってもらわないと困るからだ。何せ、今から大仕事があるのだから。
「王都に行くのは、別に急がなくてもいい。まだ、私は手紙を出していないから。君の都合を聞いていなかったからね。ただ、叔父上に私の無事を知らせておきたいのだけど、それをするとここまで飛んできかねないから…困ってる。」
俺の予想通り、少しばかり過保護な身内らしい。
「なるほど。10日ほど猶予をもらえれば、俺の用事は終わるんだけどな。大丈夫かな?」
ストレイナさんはしばし考え込んでから言った。
「大丈夫、問題無いさ。私も、もう少し羽を伸ばしていたいと思っていたし。ここ最近は、ろくでもない目にしか会ってないから疲れている。加えて言えば、危ない目に遭ったと知られているだろうから、帰るなり婿を取らされて、王宮に閉じ込められるのが目に見えていてね。」
自由を愛する身としては困っているという感じか。ストレイナさんと話をしていて感じるところがあったので、そう推測している。どうも、この人はアルティリス達から聞いた話を思い返すと、自由騎士という感じがしてならないのだ。国を愛し、民を愛し、正義を愛しているある程度の実力者。俺からすると、ある程度だが、実際はかなりの使い手と評されているに違いない。
魔物が出る大陸であるし、人間達が侵攻している国での自由行動を許されているのだから。生半可な腕では単独行動など許されないだろう。今回、人間どもに捕えられたのだって、子供の命を盾にされたからだろうし。
「嫌なことを思い返させて悪いとは思うんだが、そもそも何で捕まったんだ?この大陸を一人で旅できる程度の実力者なんだろう?」
率直に聞いた。言葉を並べ立てても、聞きたいことはこれだけなのだから。
「ああ、攫われている子供たちが居たから助けようとしたんだ。発見したのは夜だった。それがまずかったんだ。あいつらは、獣人という種族の事を良く分かっていたんだよ。夜目が利くことも、鼻が利くことも、耳が良いこともな。だから、そのすべての弱点を突かれてしまった。数も多く、役割分担も良くできていた。腹が立つほどに獣人という種族と戦うことになれていた奴等だった。私は獣人のならず者たちや魔物と戦うことには慣れていたが、人間と戦ったのはあの時が初めてだった。そして、君に助けられるに至ったという訳さ。自分があの子達を守りきれたのは私の唯一の戦果だったな。次があれば、こうはいかんが。」
最後の言葉にはやけに力がこもっていた。やはり悔しいのだろう。自分では利点だと思っていた全てを逆手に取られて、相手にこてんぱんにやられてしまったのだろうから。
「そうか、悪かったな嫌なことを聞いてさ。お詫びと言っては何だが、俺が鍛えてやろうか?無論、王都に行くまでの間だけだけどさ。」
自分がなぜ、こういったのかは分からないが気が付いたらこう言っていた。なんだかんだで俺はこの人を気に入っているのだろう。
「いいのか?私にとってはありがたい話だが君には利点が無いだろう。」
不思議そうに彼女が言った。
「俺が感謝してるからだよ。貴方のおかげでアルティリス達は無事だったからな。あの子は俺にとっては友達みたいなものだから。友達を助けてくれた礼をしたいんだよ。」
それに危なかっしくて放っては置けないしなあ。この人。
気性が真っ直ぐで素直そうだから、搦め手には弱そうだ。だから、そこらへんを鍛えてあげようか。ここから王都がどのくらいの距離かは知らないが徒歩で行けばそれぐらいの時間はかかるだろうさ。走って行けば、あっという間だろうがそれは面白くないし。
「義理堅いな、君は。ありがとう、その申し出を受けさせてもらおう。私はまだまだ強くならないといけないからな!」
輝くような笑顔で彼女はそう言った。本当に、良い人だなあと俺は感心する。どのくらいの強さなのかは知らないが、鍛えるのは楽しそうだった。無論、ダンジョン籠りである。どの階層から進行しようかなあ?
異世界に来てから、初めての旅かな。復讐や護衛などではなく、ただの旅というのは初めてかもしれない。気心の知れた相手との旅というのも楽しそうだった。今回の旅は暴力的な気配はないしな。
思えば、俺のここ最近はずっと暴力に溢れていた。いや、溢れかえっていた。そろそろ気を休めてもいいかもしれん。俺とストレイナさんはその後他愛のないことを話してから分かれた。
さてと、明日からは本気出して帝国の相手をしてやろう。それにしても勇者たちの相手をどうしようか。相手はただのクラスメートに過ぎないからなあ。俺にとっては石ころほどの価値も無い相手だが。それでも、同じ女神の被害者だしな。さてさて、どうしたものか。俺の復讐宣言を聞いていれば、俺に向かっては来ないだろうけどさ。どうなのかなあ?
とか、人間らしいことを言っているが心は決まっている。
たとえ同郷の人間であろうと、同じ被害者であろうと、俺の前に立ちふさがるならば、俺の敵だ。敵として俺の前に立つのであれば9割殺しにするしかない。五体満足かつ、戦闘不能にして、俺との実力差を頭に刷り込んでやらないといけないから勝利条件としては、少しばかり面倒だ。
「ま、それでもいいか。リア充共には苦労してもらわないといけないしさ。本当、俺のボッチ道中に比べれば奴らの待遇は天国だったろうし。ふ、ふふふ、あははっはははっは!!」
思い出すと腹が立ってきた。
人としての尊厳を失ったダンジョン生活。
人間らしさをポイ捨てして至った今の生活。
鈴木を見る限り、勇者になればメイドさんが付けられていたのに、俺についてきたのはダンジョンでの地獄のような生活。
許されないな。
これは許されない。不平等は正されねばならない。
理不尽や横暴には敢然と立ち向かわなければならない。
これは戦争だ。
不条理でクソったれなこの世界に対しての反逆だ。決して俺にはメイドの代わりいつでも、死にそうな生活が与えられたことに対しての八つ当たりではないのだ。
……いや、認めるべきか。
俺だって可愛いメイドさんと一緒にいたかったのは事実だしな。そういう訳で、帝国には、滅んでもらおう。まったく、あの帝国はどうして俺を怒らせるのがこんなに上手いのだろうか。
「覚悟しろ。」
俺はそう呟くと、ダンジョンに籠った。鍛錬をしなければならない。勇者たち全員を纏めて絶望の海に沈め、二度と浮かび上がれなくするまで叩きのめすための圧倒的な力を求めて。




