第29話 勇者逃走
「シャンレイ、君が居た国ってさ難民とかには寛容かな?」
珍しく真剣な表情をした、スズキ様が話しかけてきました。勇者であるにもかかわらず、この方は腰が低いです。ですが、これほどまでに切羽詰まった様子は初めてみます。
「何か問題でもありましたか?先ほどの、帝国への侵攻宣言は少し感動すら覚えましたが。」
帝国に対して、侵攻宣言をするなどよほどの勢力を持つか、力を持つ者達を揃えるかしていないと不可能なことですから。
「いや、問題しかねえよ。唯志が本気でここを攻めてくるとすれば、それは本当にこの国が終わる時だから。あいつはやるといったら、必ずやる男だからな。俺はこの国が信じられなくなった。俺がシャンレイと楽しく会話している間にもあいつは、復讐すべく力を練っていたんだろう。そうなると、だ。この国に血の雨が降るのは間違いない。あいつは普段は大人しいが切れたら手に負えないんだよ。」
と、本当に嫌そうに恐ろしそうにそれでいて、懐かしそうにご友人の事を話してくれました。
一体、どのような現場を見ればそのようなことを確信するのでしょうか。
そこで、そのことに関した質問をしたところ、こんな答えが返ってきました。
「ある日、あいつは余りにも生意気だってので、先輩たち5人くらいにリンチされたんだよ。」
5対1とはずいぶん卑怯なことを。無言で先を促します。
「一週間ほど、あいつが学校を休んでたらな。…あいつをリンチした先輩たちの個人情報がなあ、曝されてた。リンチしている最中も動画を録画していたんだよ。あの野郎は、復讐となると、頭のネジが弾け飛ぶ奴なんだ。その結果、先輩たちは全員転校して行ったよ。あらゆる、悪行を白日の下にさらされたからな。」
「それは良いことなのではないでしょうか?悪人が減ったのは、学校にとっては良いことでしょう?」
私は理解しにくかった部分について確認する。悪人を追い出すのに、策を練って行動するのは当たり前なのだが。それも5対1という不利な状況の中でそんなことをやってのけたなら大した人物だと、感心した。
「ああ、シャンレイとは気が合うかもな。微妙に修羅思考をしてるからな。ここでは正常でもな、俺がいたあちらの世界では怖がられるほどの事だったんだよ。ありとあらゆる情報に向けてあいつらの悪行を発信したんだから。そりゃあ、怖がられるさ。俺達がいた世界では、やり過ぎは認められにくい世界だったんだよ。」
「理解できません。相手が喧嘩を売ってきたのなら、正面からねじ伏せるか、裏から仕留めるかの二択ではありませんか。サトウ様は裏から仕留められる方が得意な方だというのは分かりました。…正直な話、彼の考え方は我々、獣人に近い考え方ですね。それでは、人間社会ではさぞかし生き辛かったのではないでしょうか。」
私が感想を言うとスズキ様は固まってしまった。その発想はなかったらしいです。
「まあ、そうか。あいつはこっちの世界に馴染みやすい奴だったんだな。だからこそ、早く逃げないとな。あいつなら、食糧に毒を入れたり、水を飲めなくしたりしてのけるなんてことはやりそうだから。」
「なるほど、良い戦士になれますね。」
人間だというから、少しばかり戦闘行為に疎いとばかり思っていたが、どうも違うらしい。まだ会わない、サトウ様の評価は私の中では急上昇中だ。まあ、ここにいらっしゃる残念なご主人様を抜かすことはありませんが。
「はあ、ま、その認識でいいや。これ以上事態が悪化する前に逃げよう、シャンレイ。俺はひもじい生活を送りたくないからな。快適に過ごしていたいんだ。」
すがすがしいまでに、ご自分の都合のみを考えた方です。
「最低ですね、ですが、自分に正直で嘘を吐かないのは良いことですよ。」
嘘つきよりかは信頼がおける。彼の言葉にはいつも、嘘が無いのだ。だからこそ、守り通してあげたくなるわけだけれども。これを素でやっているのだから、この人の器は案外大きいのかもしれないですね。
「でも、まあ、あいつがあそこまで怒ってるということは、俺達がここにいると状況的には良くないんだよ。一応、俺とあいつは友人だから、手加減はしてもらえるはずだが、クラスメートたちはそういう対象じゃないからね。でも、俺もクラスメートにそこまでしてやる義理は無い。つまり、シャンレイの親戚かなんかの所に今すぐ、逃げたいんだ!何とかしてください、本当。お願いします。」
本当、どうして私はこの人に仕えることになったのやら。けれども、まあ、私の安全の事も気にかけて下さっているようなので悪い気はしませんが。…私も案外簡単な女なのかもしれませんね。はぁ。
「精霊術で妹に連絡を取ってみます。私が連れてきた客人ということにすれば、勇者であるあなたでも獣人の大陸で殺されるようなことにはならないでしょうから。」
「ありがとう!シャンレイ。君が俺のメイドになっていてくれて、本当に良かったよ。感謝する。俺が、直接戦闘できればよかったんだけどなあ。なぜか、支援特化型の魔法使いだしな。組む相手が、戦士系じゃないと、俺はただの役立たずだしなー。」
スズキ様は自身の魔法適正をぼやいている。
彼は真正面から戦闘するのには向いていない魔法適正ですから。けれども、私からすると彼の持つ魔法適正は貴重なものだ。何せ、一度に10人までなら消費する魔力を変えずに支援できるのだから。少ない消費魔力で最大の支援ができる、スズキ様のような魔法使いは獣人の世界にもいないはずだ。魔族や亜人には居るかもしれないけれども。この人は自身の価値に気付いていないようだ。
面白いので、このままにしておこう。
何というか、この人は少々自信が無いくらいの方が物事を成功させていきそうであるし。あまり、自信を付けさせ過ぎて大失敗をされても困ってしまう。傷つく彼を見たくないというのが根底にはあるのでしょう。この1年近くずっと、彼と過ごしてきましたが、彼は他の勇者と比べて非常に変わっていることを理解させられました。
まず、自信が無い。
次に、メイドである私に手を出さない。
最後に私に対して自分と対等であるように求めてくる。
本当に変な人だ。
はっきり言って、私のようなメイドは勇者の子種を搾るために遣わされているのだから。聖勇国に住ませてもらっていたのも私の戦士としての能力が高いためでありましたし。女性としての魅力には欠けていることは理解しています。
本当に、今回は運が良かっただけなのです。スズキ様がなぜか、犬の耳を持ったメイドが良いとおっしゃったから私は彼に仕えることができているのですから。私は犬ではなく、狼ですがね。まあ、彼はもう少し大人っぽい獣人を要望されていたようですが。性的嗜好は正常だったということにのみ、安心しておけばよいのでしょうか?
さて、風の精霊が妹との間にラインをつないでくれました。シャルナは元気にしているでしょうか?
『シャルナ。今、話はできますか?』
姉妹とはいえ、ここはきちんとしておかないといけません。彼女にも用事はあるでしょうから。
『ね、姉様!無事だったの!?人間に酷い事されてない!?』
そういえば、彼女には勇者のメイドになることを告げていましたね。家族も不承不承ながらも承認してくれたのでした。聖勇国には武者修行で行っていただけなのに、メイドになるように言われたのですから。まあ、私は家のためになるのなら、それでよかったのですが。思った以上に主人には恵まれたようです。決して、本人には言いませんが。
『ええ。ところで、今獣人側で何が起きているのですか?帝国の精鋭が出撃しては毎回壊滅していますし、軍港も9つほど破壊されました。はっきり言って、異常事態ですよ。』
妹から、続いた言葉に私は、しばし硬直する。
『闇龍王様がね、味方になってくださったの。私も助けていただいたんだよ。私を助けて下さったときの闇龍王様は格好良かったんだから。それでね、闇龍王様は人間共に酷い目に遭わされたから、あいつらの事が大嫌いなんだって。酷いよね、あんなに良い人なのに…。』
何とか再起動してから、話を続けた。妹を助けてくれた、つまり、妹は助けられなければならないような状態になっていたということ。詳しく聞かねばなりませんね。
『どういった状況の中で、貴方は闇龍王様に助けられたのですか?』
『人間達にさらわれて、偉い人の所へ出荷されそうになっていたところだよ。本当に、怖かった。もうだめかとも、思ったの。』
ぎりっと歯を食いしばります。全身の毛が逆立ち、呼吸が荒くなり、怒りのあまり視界が狭くなり、頭がくわんくわんしてきました。耳の中で流れる血流がうるさいくらいです。この国から出る前に、少しばかり妹の仇を討って来ましょう。
『それで、私は誰を殺せばいいのですか?少し血祭りにあげてきますから、教えなさい。』
『それは大丈夫だよ姉様。闇龍王様がね、悪い奴等を皆、吹き飛ばしてぼろきれみたいにしてたから。それに、実行犯たちはゴブリンとメガフロッグに姿を変えられたから殺さないでいいの。惨めなまま生かすのが一番の罰になるって言ってたから。』
えぐいことをすると思いつつ、私は溜飲が下がりました。大事な家族に手を出そうとした屑がのうのうと生きているのも癪に障りますから。
『ねえ、シャルナ。闇龍王様の本当の名前は知ってる?』
私は、万が一の可能性を考えながら尋ねてみることにする。あの声が言っていたことと、スズキ様の言っていた人柄についての説明が重なっていて、気になっていた。もしかすると、もしかするかもしれない。
『ユウジ・サトウ様っていう名前だよ。元々は勇者だったんだって。でも、人間どもに裏切られて捨てられて、ダンジョンの中でずっと生きてきたと言われていたわ。だからこそ、あれほど巨大な力を持っていてもお優しいんだと思う。とても、苦労されてきた方だもの。』
『シャルナ。貴方は、サトウ様と連絡を取ることはできるの?今から私の主人である、勇者のスズキ様を連れてそちらへ帰ろうと思っているのだけれども。』
『え?はい。今、姉と替わりますね。』
『シャルナ?』
妹が誰かと話しているようだ。風の精霊と近しいものでなければ今話している声は聞こえないはずなのだけれど。
『今、スズキって言ったか?俺は闇龍王、佐藤唯志。スズキの友人だな。まあ、鈴木航って名前ならだけどな。』
『間違いありません。私がお仕えしているのはワタル・スズキ様ですから。貴方がユウジ・サトウ様ですか。妹が本当にお世話になったようで、心からお礼を申し上げます。』
私は、ユウジ様にお礼を言った。できれば、直接顔を見て言いたいのですが。
『いや、こちらこそ、鈴木がお世話になってるみたいで。俺の宣戦布告を聞いたからこちらに連絡を取ってきたと考えていいのか?発案したのはあいつだろうけれど。』
『はい、その通りです。』
『じゃあ、こちらに来るといいよ。あいつを巻き込むのは気の毒だしな。そっちの大陸にいない方が俺としても好都合だから。』
一体何が起こるのかは、私にもわかりませんが、この方の提案に乗った方が良いと分かりました。
『貴方の提案をありがたく、受けさせていただきます。ところで、獣人の大陸にはどうやって行けばいいのでしょうか?』
港という港を壊滅させたのは、今話している相手ですが。
『ああ、俺が転移させてやるよ。今まではできんかったが、今の俺ならできそうだから。長距離転送魔法の開発は困難を極めたが、ついに実用化に至ったんだ。安心してくれていいぞ。』
聞いたことのない魔法は私を不安にさせましたが、まあ、大丈夫でしょう。この方のやることなすことに常識的な意見を求めるのは間違っているでしょうから。
『では、今からスズキ様に今までの話を伝えさせていただきます。準備などがありますので、少々お時間をいただくことになりますが、よろしいのでしょうか?』
スズキ様のご親友とはいえ、相手は闇龍王様ですからね。こちらも礼儀正しくしておきませんと。
『構わないさ。準備が終わったら、連絡してくれ。それまで暇つぶしに帝国の軍関連施設を壊して遊んでおくから。』
…なるべく、早く準備を終わらせた方が良いかもしれません。このままでは帝国全体が焦土になってしまうかもしれません。
つくづく、規格外なお方ですね。
『それでは、失礼いたします。』
「それで、獣人側の大陸には行けそうだったか?」
スズキ様が心配そうな顔をして話しかけてきます。
「大丈夫ですよ。貴方のご親友でもある闇龍王様直々に私たちを招待してくださるそうです。」
そう言うと、スズキ様は苦笑いしながら言いました。
「あーあ、帝国終わったな。じゃ、急いで逃げよう。このままだと、俺らが準備し終えるまで帝国に攻撃して遊んでおこうとか言いかねんしな。」
私はスズキ様の意外に優れた観察能力に感心しながら、それを褒めることはせずに準備に取り掛かりました。遠くの方で、爆音と振動がしましたがきっと気のせいでしょう。
スズキ様と顔を見合わせて二人して苦笑いを浮かべましたが。
さて、久しぶりに妹に会いに行けるのは嬉しいですね。




