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捨てられ勇者の異世界ボッチ放浪譚  作者: 雨森 時雨
第2章 闇の勇者(笑)になったので、人間族に喧嘩を売りましょう、そうしましょう!
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第28話 亡霊からの復讐予告+復讐実行

その日、グリディスート帝国はかつてない混乱に陥った。


10個ある軍港のうち、9個が壊滅したのだ。それも、建物や船だけが完全に破壊されて、人間やペットなどは無事という不可解な状態だった。獣人大陸から最も遠い港だけ残されている。年間を通して極寒の土地にあるのであまり使われない港であった。1年のうち、半分は凍り付いている港なのだ。


そして、声だけの襲撃者からこの国に復讐するという宣言がされたのだ。


姿形はまるで明かされなかった。集団か単独かもわからない。声は男のようで、女のようで、老人のようで少女のようで、と特徴がつかめない声だった。だが、内容は酷く具体的だった。


「よお、プレイディス・パストツール宰相。久しぶりだな、お前が始末し損ねた元勇者の佐藤唯志だ。俺は今も生きてるぞ?お前の腐れ外道な部下もきちんとお似合いの格好をして会いに行かせてやったから、よく見ておくといい。お前は一番、最後まで五体満足でいさせてやるからな。大事な大事な、俺の復讐相手だしな。まず、軍港は潰した。これで、俺の守るべき大陸にしばらく攻めてこれないな。後、俺はお前たち帝国の上層部を完全に叩き潰すからな。帝国の歴史は俺が潰す。市民たちは未来の無いこの国から逃げるなり、亡命するなりに好きにしてくれよ。一切、危害は加えないぞ、俺個人としては。他の奴等は知らないけれどな。」


いきなり、宰相へと宣戦布告したのだ。その後、国を潰す話も絡めながら淡々とした口調で話はさらに続く。さりげなく、自分は攻撃しないが仲間達はどうするかは知らないと言ってのけて、情報戦も仕掛けている。


仲間達と言っても、龍王二体と、その娘に大精霊クラスのひよっ子だけなのだけど。敵国である、グリディスート帝国はそんなことを知らないのだ。だからこそ、恐怖は市民たちの間で伝染し始める。さらに発言が続く。


「お前が落としてくれたダンジョンで俺は強くなった。あのダンジョンは今、俺の持ち物になってるからそちらからは使えないだろ?頼みの綱の女神様もあれだけのダンジョンはもう作れないはずだ。お前の大事にしている存在は全て壊してやるからな。俺から未来とか希望とかを奪ったんだから、お前も奪われる覚悟はしておいてくれよ。今の俺は人間の形はしてないからな。いつでも、お前を潰しに行けることを理解しろよ。いやあ、初めてダンジョンに落とされた時に奪われた右腕がまだ痛むなあ。ああ、お前も同じ目に遭わせてやるからな、待ってろよ?」


以上の発言から、まず、女神から与えてもらったはずの勇者を使い捨てにしようとした疑惑が宰相には与えられた。次に自分の大事なものを全て奪われるかもしれない未来を暗示された。帝国に住む裕福な人々はこの脅迫に怯えている。だが、市民たちの一部には清々している者達もいた。この脅迫者は一般市民には危害を加えないと断言している。危害が加えられる相手は自分達からするとどうでもいいお偉い貴族相手のみらしい。自分達に被害が降りかからないのであれば市民たちからするといい見世物だった。普段、威張り散らしている奴らが慌てているのは良い気味だった。重税と愚かな政治に苦しめられてきたこの5年ほどで一番明るいニュースかもしれない。それに、帝王に娘を奪われた親たちにとっては、この謎の声が行おうとしていることは一つの希望となった。


自分達では決して勝てない相手でも、この声の主は勝つことができるのだから。それに元とはいえ、勇者である。ろくでもない、帝王の味方よりも市民の味方をしてくれるかもしれない。


ただし、あの発言の後に9本の漆黒の光の柱が次々に立ち上ってからは市民の中に楽観論は余り出なくなった。今のうちにこの国を出て、別の国へ行こうと考え始める市民たちもいた。聖勇国であれば、基本的に難民を断らない国だから、そこに行こうという者は多かった。帝国の勢力圏の国にはなるべく、居たくはないという意見が多かった。


復讐者の人数も、勢力も不明なのだから。


その上、この大陸でもっとも強大な戦力を誇っている、自国の軍港のうち、9つを破壊してしまう相手なのだから。


得体の知れない怪物がこの国を滅そうとしているというビジョンが彼らの脳裏をよぎる。そして、そのビジョンが決してありえないことなんかではないと、先ほどの漆黒の光の柱が教えてくれた。あれはすべて、この国の軍港がある方角だった。そして、一つだけ残された港は余りにも使用できる時間が限られている港だ。後、3か月は凍り付いたままだ。そして、敵は、あの港が今の時期には使い物にならないことを知っている。それは、自分達の国の詳細な情報を敵が持っていることを意味する。


そうなれば、かつて自分達の先祖が行ってきたようにこの国は侵略及び蹂躙されるかもしれない。いや、力が無くなったことが分かれば今は大人しく従っているかつての敵国達も一斉に反旗を翻す可能性だってある。



グリディスート帝国は【力】だけで大陸を統べてきた国だ。決して政治能力が高いわけでも、優れた能力を持つ者がかつての敵国を飼いならした上で統治しているわけでもないのだ。帝国の民にとって、今こそが分水領だった。自分達は岐路に立っている。進む方向を間違えれば、間違いなく破滅だ。だから、今回の事がどれほど危険な事態か理解できている者達は迅速な判断を行った。つまり、グリディスート帝国を捨てる決断をしたのだ。この決断までに要した時間はおよそ2時間以内だった。彼らは自分達の家財道具一式をのせるとすぐに国境へと向かった。初代勇者が建てた国、〈聖勇国〉に亡命するために。


かの国は建国者である初代勇者の方針で難民は断らない方針だった。来るもの拒まず、去る者追わずの精神でやっている国だったのだ。当初の勇者は自分が建てた国に人なんか集まらないと思っていたから、この方針を残した。それが、意外に人が集まり始めたことによって、色々と計算して国を作って行くようになる。


政治のかじ取りをする、政治家はいるが、彼らの多くは市民からの寄付によって暮らしている。権力と金銭を結び付けないようにしたためこういう、政治形態になった。だから、政治を行うのは市民出身の者が多い。商人は政治家にはなれない規定を勇者が残しているからだ。無論、貴族も政治家にはなれない。だから、国の方針を支配するためには身分の全てを捨て財産の半分を国に返して政治家にならなくてはならない。


だからこそ、商人と貴族は決して政治家にはなろうとしない。損しかしないからだ。そんなことをしなくても、人を使って自分達の思惑を政治に反映する事はできると彼らは考えたのだった。まあ、初代勇者が考案した魔法式によって欲の皮の突っ張った者達は全て政治の場から弾かれたのだけれども。これは勇者が、光の女神に溺愛されているからできたことでもある。普通はそんな術式を政治の場に持ち込もうものなら貴族の猛反発にあって実現などできない。だが、魔族、獣人、亜人の全てを退けた勇者が提案すればその案は全て通ってしまうのだ。


なぜなら、彼を溺愛しきっている光の女神がどれほど困難であろうとも、実現してしまうからだ。困った時でも、困っていないときでも神頼みで、すべて解決できてしまったのだから初代勇者は恐ろしい。まあ、そのおかげで聖勇国では他種族狩りは行われていない。一応、民主主義的な思想は埋め込むことに成功して、人権意識を持ち込むこともできた。人間が住む大陸の中で最も世辞的に発展しているのが聖勇国なのだから。


ゆえに、聖勇国は腐敗した政治が行われようがないのだ。一種の神権政治に似ているから。初代勇者と光の女神を頂点とする彼らの国の決まりごとに、納得はできなくとも理解さえできればそこそこ居心地の良い国である。


光の女神が嫌いな唯志にとっては地獄のような住み心地になるだろうが。あくまで、人間達にとっては都合の良い国であり、他種族にはあまり住みよい国ではない。ただし、初代勇者はオタクでもあったので、他種族はかなり受け入れているし、彼らの市民権も他の国に比べれば遥かに手に入りやすい。だから、ある意味自由が保障された国として彼らの国は戦争に悩まされる難民にとっての希望の星である。


だが、聖勇国も想像もしていなかった数の難民が国に到達することになるので、これからが間違いなく大変なことになるだろう。聖勇国の政治家たちは人類側の大陸最大の国である、グリディスート帝国の混乱ぶりを現地諜報員から聞いていてそう考えた。


ただし、彼らの予想は最悪の形で裏切られることになる。復讐予告の一週間後にはグリディスート帝国の首都の周りの農作物や家畜が軒並み汚染されたのだ。土壌汚染、空気汚染、水源汚染とありとあらゆる生物が暮らすために必要不可欠な資源が全て汚染された。いずれも、現在の魔法技術では解毒が不可能であり、人から人へと感染して範囲を広げていく極悪な呪いだった。


唯一の救いがあるとすれば、その呪いはグリディスート帝国の住民だけしか効果がないことだった。そして不思議なことに、グリディスート帝国の住民でなくなれば呪いは完治したのだった。この現象が増々、聖勇国側に負担をかけることになった。帝国を除けば彼らの国ともう一つの国ぐらいしか獣人・魔族・亜人連合に対抗できる国が無いのだ。しかも、聖勇国でない国はもともとが、亜人や魔族、獣人達と仲の良い国であり、現在も交流が続いている状態である。だから、彼らが戦争に参加するはずもない。


なぜ、そんな国が存在を許されるかといえば、彼らの国が今では最後の魔石の産出地だからだ。それに魔石を最も効率よく運用できる技術まで持っている。この国の技術だけ吸い取って、国民を追い出すには事態が緊迫しきっていた。だからこそ、この国は好き勝手に振舞うことが許されている。暗黙の了解という奴である。


唯志も、この国に恨みなんてないので放置しているし。


恨みが溢れすぎて困るのは帝国のみなのだから。他の国は、獣人、亜人、魔族たちが片づける問題だと割り切ることにしているのだった。


こうした世界の動きを知るよりも早くから、行動を始める一人の勇者がいた。


彼はキリキリ痛む胃を労わりつつも、自分の腹心と話し合っていた。いかにして、この詰みきった帝国から脱出して聖勇国まで逃げのびるかである。


彼は復讐者が佐藤唯志であることを知った瞬間から逃げることを考えて、行動に移していた。


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