第20話 届かぬ祈り、されど叶う願い
「逃がすな!捕えて、保管庫襲撃犯を割り出せ!!」
「地の果てまで追い詰めてやるぞ、ケダモノがっ!!」
「たかが獣の分際で人間に逆らうとは!調教してくれる!!」
それぞれが好き勝手なことを叫びながら与えられた任務を実行していた。彼らを眺めながら容姿の整った金髪で青い目をした優男が彼らに対して居丈高に命じた。
「老人と病人と男は皆、殺せ!!女子供は捕えて奴隷にしろ。状態が良いのは献上品だな。」
「はっ!了解しました!」
兵士達は上官より、与えられた命令を着実にこなしていった。つまり、老人、病人、男、は皆殺した。女性と子供は若い者以外は皆、殺した。また、容姿の悪い者も皆、殺した。
彼らに残虐な命令を下した帝国上級騎士、ナルシルト・ストルークは、美しいものが好きだった。そして自分よりも美しいものは醜くしなければ気が済まない男だった。この世で一番美しい人間は自分だけでいい。彼が考えている者の中で、最も美しいのは光の女神であるが、彼女は神なので自分より美しくなくてはならなかった。醜い神など、闇の女神だけで十分だとも思っている。彼は相方の帝国上級魔術師、フロギム・アグリーゼが大嫌いだったので、上陸すると共にどちらからともなく分かれて行動を開始した。
お互いにお互いが大嫌いなのだ。
片や、容貌が美しい騎士。
片や、容貌が醜い魔術師。
お互いの事は、魔法だけで戦うなど卑怯千万と考えているし、剣と魔法を合わせて戦うなどどっちつかずの中途半端と考えている。ただ、非常に不本意ながらお互いの戦闘スタイルはとても良くかみ合うのだ。お互いを一番活かせる形で戦う事ができる相手が二人にとっては、自分が一番嫌っている相手だったというのは縁の奇妙なところだろうし、皮肉なことだったかもしれない。
騎士は上官の覚えがめでたくなるように行動するとともに目的を果たそうとしていた。
一方、魔術師は自分の欲望を優先していた。
「可愛い女の子と美人は傷一つ付けるな!人妻でも美人であれば構わん、連れて来い!!僕の花壇に連れて行くんだからな!それと、例の白猫の捜索は忘れるなよ。」
「はっ!」
上司の命令によって集められた部下達が自分の命令に対して、反抗も無く規律を持って従うのがたまらなく快感だった。フロギムはその容姿から人からは大抵馬鹿にされている。たとえ部下であっても、彼を内心で〈化けガエル〉と呼んでいる者はかなりの数に上る。それは彼の人柄も容姿と同じく、醜いからであるし、彼の心までも醜かったためであるが彼にその自覚は一切なかった。むしろ、なぜ部下は優秀な自分の指示に刃向かうことが多いのだろうかと悩んですらいた。
だが、今回引き連れてきた兵士たちは自身の手足となって働いてくれるものが多く、非常に気分が良かった。あの騎士は与えられた部下の他に自分の息がかかった兵士たちを入り込ませていた。その方が、彼が気分良く仕事ができるからだそうだ。要するに常に彼の容姿を褒め称えるだけの簡単なお仕事をもらっている色小姓どもだが。
フロギムには理解が全くできないし、理解したくも無いがナルシルトは男色の気があるらしい。女性も抱くと言っているので両方とも好きなのかもしれないが、フロギムはナルシルトの事を真正の男色家と見ている。彼が美少年を見た時の反応と帝王が美少女を見た時の反応はまるきり兄弟のようだったからだ。実際、二人は容姿も良く似ているのだが。どこかで血のつながりがあるのかもしれない。
出世が妙に早いのもそのせいかもしれない。そして、女を集める仕事には男色でいてくれた方が、帝王にとって都合がよかったのだろう。自分の方は実力を買われたのだと考えている。
実際、帝王に渡しているのは自分の中では二番目に良いと思った女だけなのだから。一番いい女は当然、自分がいただいている。額に汗しないあのバカ帝王に一番良い女を渡すなど我慢できるものか。
物思いから我に返り、村を見ていると、めぼしい女は集め終わったらしい。そして、フロギムが興味を持たない対象である子供、老人、病人、男は皆殺しにしていた。大人の女であっても容姿が悪い者たちはやはり皆殺しにされている。彼は少女には欲情を覚えないタイプなのだ。美少女が成長して美女になったらいただくのだが。
こうして、別々の方向から進んでいたが彼らの道は一つにつながった。そこの村には怪物もいるのだが、彼らはそのことを知る由もない。
一応、それぞれが集めることができた情報をすり合わせることにした。
アルティリス・ウィンスノー。13歳。
それが、帝王陛下がご執心の少女らしい。
そして、彼女の出荷を遅らせ、自分達をここまで面倒な目に遭わせてくれる一因となったのが金色の髪をした獅子族の女。
ストレイナ・レオナストーム。18歳。
こいつのおかげで、二人そろってこんな獣臭い大陸までやってくる破目になってしまったのだと彼らは嘆いている。まあ、片方の蛙顔な魔術師は内心喜んでもいるのだが。そんなことは美貌の騎士(自称)には興味のないことであった。色自体は金と銀で組み合わせとしては良いものだったのだが、片方のストレイナの方は保管庫のうすら馬鹿が傷物にしてくれたのだ。
それも、たいそう醜い姿にしてしまったので、ナルシルトとしては保管庫の馬鹿を褒めたいところだが、帝王としてはそうはいかなかった。保管庫の馬鹿も捉えてくるようにと厳命されている。ただ、彼らは知らないがすでにこの保管庫の管理責任者は怪物によって殺されており今では地縛霊の一員として保管庫があった場所に恐怖で縛られている。
獅子族の女の方はどうも、獣王の身内らしいので人質として使うので回収するようにと宰相から改めて、命じられた。任務の途中経過を魔導具によって報告したのだ。彼なら使い物にならなくても人質としての価値があれば、それでいいというので問題無かった。むしろ、使い物にならないくらいに壊されていた方が都合が良かったとも言っていたのであの上司も人柄は最悪だ。それは二人に共通した評価であり、宰相本人が効けば間違いなく怒り狂う評価だった。
そして白猫の居場所も分かったのでいまから行軍を再開すると宰相に告げた。事前にお互いの舞台が得た情報のすり合わせを済ませておいてから報告したの話はスムーズに進んだ。結果として新たな命令が下ったのだが、それは報酬を上乗せすることも約束されたので、フロギムとしては、不満はなかった。なんと、約束の報酬が二束に増額されたのだ。
王家の血筋に連なる者の情報を見つけ出したことが高く評価されたのだった。優秀な部下と自分の強運に感謝しなければならない。こちらに着いてから、3日目でここ前情報が集まるとは都合が良い。幸先が良い仕事は良いものだ。
お互いに馬が合わないものの実力は認めている者同士で仕事をするので進み方も良い感じだ。順調すぎて怖いくらいのところがあるので気は引き締めておくべきだとどちらからともなく言い出した時には二人して笑った。意見がここまで合うのも珍しいことだったから。
そうして彼らは進軍を再開した。
このままのペースで行けば白猫を確保するまで後一日といったところだろう。こちらの大陸に来た時に大量に飛び回っていたレッドワイバーンのことを除けばおおむね予定通りだった。あれらと一戦構えていれば甚大な被害を受けただろう。幸い、〈亜龍殺し〉という木の実をたまたま用心のために携行している兵がいたので実を潰し、果実に火を付けて煙を出しながら来たのでレッドワイバーンは近付いては来なかった。彼らは鼻が非常に利くので異臭に弱いのだ。この修正を知っている兵が数人いたおかげで二つの部隊は何の障害も無く白猫確保までの道筋を付けることができた。
途中にあったそれぞれが発見した村はすでに壊滅させ、生存者はいないはずだ。後は合流してから焼き払った村もあるが、この村以降は一直線で楽勝である。彼らは自分達が得られる報酬の事で頭が一杯だったから一人の生存者を見落とした。
そして、破滅への道を走り始めたことにも気づかずに談笑しながら進軍していた。
「可愛い女の子と美人は傷一つ付けるな!人妻でも美人であれば構わん、連れて来い!!僕の花壇に連れて行くんだからな!それと、例の白猫の捜索は忘れるなよ。」
あの醜悪で蛙のような男の声が耳にこびりついて離れないのがひどく不快だった。ただ、その苛立ちのおかげで意識をしっかり保ち目標の村まで走ることができている。
一人の黒い猫耳の青年が息も絶え絶えに走っていた。蹂躙された自分の村を思い出し、連れ去られた姉の事で怒り狂い、悲しみに沈み、殺された両親や妹たちの事で胸を痛め、無様に生き延びた自身への怒りで腸が焼けそうだった。神に祈るしかなった。自分が無事に闇龍王が来ていると噂される村にたどり着き、助力を求めることに成功して復讐を果たしてもらう事を。
村で一番足が速いのは自分だったから、村の上役からこの役目を引き受けた。だから、足だけは決して傷つけられないように細心の注意を払って抵抗した。そして、思惑通りに腕を斬られただけで済んだ。利き手とは逆の左手だったので腕の一本くらいは諦めが付いた。精霊術で失血を止めて、死んだふりをして待った。
そして、彼らはあろうことか笑いながら村に火を放った。あの醜い男は魔術使いだったらしい。魔族の使う魔法よりも下の力しか扱えないくせに偉そうにしていたものだ。そう思うと、いくらか溜飲が下がる。そんなことをしながら走る、走る、走る。
頭がふらついて自分が立っているのか転んで倒れているのかもわからないが、熱に浮かされたように走った。
山を越え、森を抜けて何とかたどり着けたときはもう朝だった。ちょうど、試練の儀が終わった後の〈求伴の儀〉が行われた後らしい。村のあちこちに飾りつけの跡があった。人が集まりやすい環境であるのなら大歓迎だ。自分の役目を果たさねばなるまい。
「大丈夫ですか?」
非常に美しい顔立ちをした女性に話しかけられた。その美貌に驚きつつ彼女の頭にある角を見てもっと驚いた。
龍人だ。
圧倒的な力を持つ龍しかなれない姿であるとされる龍人がいた。角が三つに分かれているから間違いなかった。角が二つに分かれているのであればそれは竜人である。それでもかなりの戦力だが、龍人となれば話は別だ。最高の戦力だった。
「だ、大丈夫です。龍人様はこの村の方ですか?人間どもが大量に攻めてきています。俺の村は焼かれました。途中で聞いた話だと、俺の村以外にも二つの村が焼かれたらしい、で、す。いずれも村人はほぼ皆殺しにされました!!お願いです!仇を取ってください!奴らはこの村にいる白い猫族の少女を狙っているそうです!!奴らの思い通りになんてさせてやらな、い!」
息が続かない。頭がくらくらしてきた。もう意識も保てなそうにない。肉体はすでに限界を超えていたのだ。腕を切り落とされてからずっと、飲まず食わずでここまで駆けて来たのだから。彼の肉体は限界を超えてしまっていて、いつ死んでもおかしくないほど悪い状態だった。だが、彼の強い精神が肉体に意識をつなぎとめていた。
彼は力を振り絞り、目の前の美しい龍人に告げる。
「落ち着いて、ゆっくりと話してください。人間たちはあとどのくらいでこの村につきそうでしたか?」
冷静に彼女に言われて俺の茹った頭も少し冷えた。
「今日の夕方までにはつくでしょう。道は俺が来た道をそのまま引き返せば奴ら、が、いま,す…、ぐあっ。」
そう言い残して青年は意識を失った。
そして彼の言葉を聞いた彼女、いや、闇龍王は壮絶な表情を顔に浮かべた。なまじ顔立ちが整っているため、怒りの表情を浮かべるとやたら迫力がある。
彼女の角の色が変わり始めていた。瞳の色もそれに応じて、翠だったものが血のような紅色に変わって行った。黒銀色だった髪も怒りのあまりに黒が強くなっていった。体からは紅と黒の魔力が迸っていた。
闇龍王、ユウジ・サトウの名前が歴史に刻み付けられた戦いはこうして、始まったのだった。
史上まれに見る蹂躙劇として語り継がれることになる戦いの始まりである。




