第5話 迷宮と俺と食事、そして魔法
俺は腹が減っていないことに気付いた。
ここに落とされて、猪と格闘してから、えげつないグロ状態にされて、猪をぶち殺して、と時間は結構立っている。が、一向に腹が減っていないと思う。もしかして、先ほどの猪を取り込んだことで食事が完了したのではないだろうか?確かに今までにない力の高まりを感じるし。
そう考えながら歩いていると人生でまだ二度目の魔物とのエンカウントである。
今度は蛇型だった。
体長は10メートルくらいで幅は30センチとずいぶんと太くて長い奴だ。
そんなことを考えていると奴は俺に襲い掛かってきた。
だが、明らかに先程では反応すらできずに終わっていた堕あろう一撃が今は十分見てから反撃できる。猪の力を意識しつつ、俺は魔物と化した左足で蛇を今の自分が出せる全力で蹴りつけた。
ぐしゃっ。
あまりの呆気の無さに俺は声を上げる。
「は?」
だが、俺の左足は蛇の頭を砕いている。体からは痙攣が伝わってきていたがじっとしていると徐々に収まって行った。死んだらしい。そして、蛇の姿が無くなり始めた。蛇の姿が消えた後には蛇の物と思しき革と牙、それに肉が残っていた。レベルも5ほど上がっていた。ステータスが強化されたのが分かる。だが、疑問がある。蛇の肉をかじりながら俺はそう、考えていた。生肉をかじることに疑問を感じることも無く俺は生肉をかじっていた。それを拒むでもなく、美味いと俺は思っていた。血の味が滴る肉がこれほどうまいとは知らなかった。だから、あの猪は俺をじっくりと食べていたのだろうと納得したくらいだ。感性も一部が魔物化してきていることに俺は、納得する。魔物の体を取り込んだのだから、これくらいの副作用はあって当然だと思う。
血の味が美味いと思い、これならいくらでも食えると思ってしまった。そして、ダンジョン内での水分をどうするか、食べ物をどうするかという危機も解決した。
魔物を倒して血を飲み、肉を食えばいい。
ただそれだけの事だ。だから、できるだけスキルで殺すのではなく、生身の状態で殺さなければならない。さっきの猪は肉片しか残らなかったのだから。喰ってみたかったなと俺は思う。というか、向こうは俺の手足を食っているのだから仕返しに俺が喰うのもありだろう。中々染まったものだと俺は自嘲する。
これでは本当に化物になったみたいだ。でも、その方が壊れずにいられるかもしれないな。これからずっと俺は一人でここを出るために生きていかなければならない。そうなれば話し相手を求めても無駄だし、気を紛らわせることもできない。ゲームもパソコンも何もないオタクの俺にとってはまさに地獄のような場所だ。いや、まあ、リアルに死にかけていたのだけれども。後は魔法が使いたい。
そう俺が考えると頭にあの声がした。
〈良いわね、その強欲。うん、貴方は期待通りの人材だったわ。だから、私の魔法を貴方に授けてあげる。上手く使ってここを出て、私を楽しませなさい。〉
「ここからは出るが、あんたを楽しませる気は無いな。誰かも知らないしな。」
〈うん、その反応は尚良し。好ましいわね、ただのお人形さんは嫌いだし。貴方はただ、この気持ち悪い迷宮から出ればそれでいいのよ。完璧に攻略して、あの女神の鼻を明かしてくれればもっといいわ。ま、期待はしていないわ。普通に攻略くらいならあなたにとっては難しくないでしょうからね。〉
「高評価ありがとう。でも、あんた誰だ?俺はこの世界に来たばかりで知識も何もなく放り込まれているんだが。」
そして、このダンジョンの中にいる自分に声をかけてくるなど普通ではない。異常な存在に興味を示されていることに俺はげんなりする。どうせなら美少女を連れて来いってんだ。
〈私の外見はかなり整ってるわよ?でも、ああ、私長生きだからロリババアってやつかも。〉
信じられない言葉を聞いた。なぜ、こちらのオタク用語を知っているのか。知識でも読み取られたのかと戦慄していると謎の女から声をかけられる。
〈だって、貴方達みたいなのを何度も召喚してる国を監視してるからね。私に影響はないけど、あの女神にとっては大ありなのよねぇ。あいつが困る方向だから、私としては満足だけどね。じゃ、今日はここまでにしておきましょう。今日のこれはサービスよ。貴方は力の使い方をまるで分っていないからね。せめて魔法と魔力の最低限の使い方くらいは頭に叩き込んでおいてあげる。〉
直後、ものすごい頭痛が俺を襲う。強い体でも耐えきれない程度の痛みだった。意識をもうろうとしつつ俺は気を失う。絶対、邪神か何かだろうなと俺は思っていた。
〈邪神、ね?〉
声は楽しそうに笑うと消えていった。
何分経ったかは知らないが俺は意識を取り戻した。頭が割れるように痛いが魔法と魔力の使い方を理解していた。闇魔法の使い方と効果、威力、基本的な方向性と力の伸ばし方などずいぶんと丁寧に知識が刻み込まれている。どうも、このダンジョンの造り主に敵対する存在が俺の事を気に入ってくれたみたいだ。魔力を体に流して今の体の状態を把握する。とりあえず、何かされた様子もなく、いたって健康である。手足が化物と化し、心も化け物に近付いていること以外は健康である。
まったく健全ではないが、健康ではあるという状況に俺は苦笑するしかなかった。
「あ、トイレどうしようか…。野グソデビューしちまうんだな、俺。でも、トイレなんかないしな。」
当然、ダンジョンの中にはトイレなどない。トイレットペーパーなんて文明的なものは無いのだ。まあ俺の格好も文明的とは程遠いが。そう言えば、ゲームの勇者などはトイレはどうしているんだろ?俺と同じく野生風にしているのだろうかなど、現実逃避気味に考える。
今の俺は制服のズボン(辛うじて破れていないが血でドロドロ)、制服の上着とワイシャツ(あちこち破れ、血みどろでボロボロ)を着ているだけなのだ。原始人の方がまだ文明的かもしれなかった。俺の手足は毛むくじゃらであるし、原始人に帰った気分がするのでテンションがまた下がる。
だが、そんなことで悩んでいる暇もなく、ダンジョンを進んでいると新たな敵に出くわしてしまう。
今度は蝙蝠だった。
それもたくさん。そして俺の思考は白く染まり、頭の中で魔法を組み立てて発動する。ここまでろくに考えていない。魂の叫ぶまま俺は炎を解き放った。漆黒の炎は目の前の汚物どもを完膚無きまでに焼き払っていた。体がでかくて眼もでかい気色の悪い蝙蝠だった。色自体は普通の蝙蝠と変わらないがサイズが違っていた。普通の蝙蝠の3倍近くはあっただろう。俺はパニックを起こさずに蝙蝠を焼き払えた自分をほめたい。
蝙蝠は大嫌いだ、鼠もまた同様に嫌いだ。
だから、今使った魔法の効果も考えていなかった。火が消えないのだ。焼けている蝙蝠からはこんがりといい匂いがし始めたが、だんだん焦げ臭くなってきた。俺はもう消えていいと火に命令してみたものの、漆黒の炎は全てを焼き尽くすまで消えることは無かったのだ。あちこちに蝙蝠だったものの灰がうずたかく積まれている。これではこの通路を通れないな。俺は蝙蝠なんかに触れたくないのだし。
頭にまた一つの魔法が浮かぶ。
「喰い尽くせ、悪食影牙。」
俺の影が伸びて獣の頭のような形を作る。そして地面から音もなく出てきて蝙蝠たちの死体というか灰を全て平らげたのだ。俺は自分の体に変化を感じた、そう背中にあってはならないものができ始めているようなおぞましい予感がした。予感は当たった。
「きめぇ!!…あ、でも考えてみれば悪魔っぽいなあ。でもなあ、なんかこう、蝙蝠のままってのはいただけない。色ぐらい変えたいな。」
そして、闇魔法の中から身体変化を促しそうな魔法を使う。
「肉体変化、変われ。」
シンプルな魔法だ。自分の肉体を変化させるだけの魔法だ。とはいえ、魔力量によって肉体の質量を増したり、逆に質量を減らしたりすることもできる。なろうと思えば身長5メートルにも5センチにもなってしまえる理不尽な魔法である。
「よし、できたな。これでまあ、ますます悪魔っぽくなっちまったなあ…。」
手足は猪で背中には蝙蝠の羽である。ついでに言えば牙も伸びているのでさっきの蝙蝠は吸血蝙蝠だったのだろうどう見ても人間卒業である。
「高校卒業より早く人間卒業とか、どうなってるんだか本当に。」
俺は深くため息をつく。今のところ、俺の魔法を扱う腕では、肉体を人間の物に偽装することは難しい。せいぜい、色を変えるくらいだ。後は手足を伸ばす、内臓の位置をずらして緊急避難をする事くらいはできそうだが。十分に人間をやめてしまっているレベルだ。
「お、おう…」
腹に異変が訪れた。
体内で巨大な暴れている獣が出現した。
中から早く外に出せと大暴れ!である。
もう、もたないと分かっていた。
そして唯志は地面に腕力で穴をあけて全てを受け入れた。
解放感は凄かったが、やっちまった感もすごかったな。
本当、人間をやめるわ、人としての大事なものは失うわ、ろくなことがねえ。
覚えてろよ、あのクソ野郎め。俺は復讐の決意を改めて固めた。ただ、今の自分もまさしく野グソ野郎であるのであいつへの罵倒にもいまいち力が入らないが、そこは気にしないことにした。とりあえず、腐れ外道と名を変えて呼ぶことにした。
俺、もう駄目だな。いろんな意味でさ…