第15話 悪魔達の蠢動
獣人たちから悪魔と呼ばれた人さらいの集団のアジトが壊滅してから2週間がたった。レベル200の者たちが100人近くいたアジトが一夜にして壊滅したことはグリディスート帝国の宰相に大きな衝撃を与えた。そうでなくとも、国境警備に付いていたレベル400の最精鋭たちが軍港ごと壊滅したことを受けて国内は大騒ぎになっているのに。
金髪に青い目をした騎士と魔法使いが宰相の前に立っていた。騎士は細身の体格で整った顔立ちをしており、魔法使いの方は背が低く太って醜い顔だった。だが、実力は二人ともレベル450である。人間界の戦力という点では最上位に存在している者たちだった。
「私達を呼び出した理由を教えていただけますか。」
騎士が述べる。
「ああ、君たちを呼び出した理由はただ一つだ。何者かによって、陛下のおもちゃが奪われた。だから、早急に取り戻してもらいたい。いつ、癇癪を起こされるか分からんからな。」
苦々しい顔で宰相は言った。アジトが壊滅したことを帝王はまだ知らない。だから、今も彼はまだ届かない玩具に目を輝かせて待っている。今のところ、まだ在庫のおもちゃでごまかせてはいるが、いつかは本命が来ないことがばれてしまう。そうなれば、どこに戦争を仕掛けるか分かったものではない。あんなのが、偉大なる先代の息子だなんて信じたくないが、現実なのだった。宰相の悩みは深かった。バカ息子の世話とて、先代から頼まれていなければ、こんな国など捨てて聖勇国にでも逃げている。
偉大なる初代勇者が築いた国なので、むやみに戦争を仕掛けたり、獣人、魔族などともめたりもしない国だ。宰相自身は獣人、亜人、魔族に興味はなかった。差別もしない、そもそも彼らに興味が無いから。そんなことよりも自分の能力を生かせる主に仕えることが最も大事なことだった。けれども、その夢が、先代自身の病によって絶たれてしまった。愚かな息子の支えになってくれと先代自身から頼みこまれてしまった。己が決めた主から、己よりもはるかに劣る畜生に等しい馬鹿息子の世話を頼まれたことは宰相にとっては身を切り刻まれるような苦痛だった。
それでも、彼は命令に従って今に至る。自身が選んだ6人の部下とともにあの屑を支えるのだ。無論、選んだ部下は全て有能だがそれぞれに暗い部分もある。だがそれを差し引いても彼らは優秀で得難い人材である。また、自分と同じように社会から爪弾きにされていた者たちだった。優秀であると同時に異常を抱えている者たちばかりだったためだ。
執務室の机の前に立つ二人の進化のうち、騎士の方は性格に問題がある。自分自身を一番美しいと考え、自分よりも美しいものを壊さずにはいられない性格をしているのだ。〈壊す〉とは文字通りに壊すことだ。人としての顔立ちや特徴などが確認や修復が不可能なほどに壊し尽くしてやっと満足する異常者である。そして、その壊した者の血を飲むのだ。その者の美しさを余すことなく手に入れるために必要な儀式だそうである。なぜ、自分に仕えているのかと言えば、宰相は彼よりも容姿に劣っているからだ。
だから、宰相は自分の顔立ちに感謝した。醜くもなければ美しくも無い平凡よりは若干整った顔立ちに、心から感謝した。
そして、もう一人の背が低く醜い容姿の魔法使いは中年であるが、嫁は居ない。姿と共に心までもが見にくいからだ。顔立ちは潰した蛙のような顔をしており、体型も蛙によく似ている。声すらもヒキガエルを叩き潰した時のような醜い声だった。ただ、一度聞けば印象に残る声だった。悪い方の意味で、だ。彼は騎士と違い、自身の醜さから美しいものを自身の思い通りにするのが好きだ。特に美女を無理矢理組み敷いて自身の欲望を吐き散らすのが大好きだ。そうして、壊した女は数知れない。帝王の次に、女をむさぼるのが好きな変態である。ただし、彼の息子自体は帝王のそれと比べ物にならないほど立派なものらしく帝王とは仲が悪い。帝王が一方的に嫌っているだけだが。
帝王が癇癪を起すという言葉に反応したのは騎士が早かった。
「それは穏やかではありませんね。また、どこの村を焼きに行こうといいだすか分かったものではありませんよ。まあ、私以外の美しいものがいなくなるのは心地良いことでありましたがね。」
「そうですよ。陛下が焼いた村にはまだ、いただいていない美女がいたのに、灰になってしまいましたからねぇ。もったいないことをされましたよ。」
魔法使いは舌なめずりをしながら言った。その姿は蛙が虫を食べようとしている姿にも似ていた。それぞれに性格が破たんしているが優秀である。そこ以外は考えてはいけない。
「今回は獣人たちの国に攻め込むつもりだと言っていた。何でも最近はケモ耳ブームだそうだ。…軍港を壊滅した犯人もまだ、確保できていないのにな。」
宰相は顔を両手で覆いながら言った。最精鋭のうち、200人ほどが精神に深い傷を負って再起不能にされたばかりだった。あれから、1か月ほどしかたっていなかった。さすがにその言葉は二人にも衝撃を与えている。
「そうでしたね、まだ見つかっていないのでした。正体不明の怪物が野放しになっているなど恐ろしい、おぞましいことですよ。まったく、帝都の諜報部隊はなにをしているのでしょうか?」
前髪を特に意味も無くかき上げながら騎士は言った。ちなみに諜報部隊の主力部隊の使われ方は酷いものだった。
「それがな、帝王好みの白い猫耳で青い瞳をした少女を探すために使われていたのだ。ほぼ半数をその幼子を求めての捜索に使われていてな。実力の劣るものしか残っていなかったのだ。」
あの帝王を誰か何とかしてくれないだろうか?本当に宰相は思っている。暗殺者にでも殺されてくれればいいのだが。それが獣人、亜人、魔族のいずれかであればなおさら素晴らしい。
「ああ、なるほど。軍港を破壊した犯人たちは下級の諜報部隊ではどうにもならないほどの実力者であるということですね。私達は奪われた白猫を取り戻せばいいということでしょうか。」
騎士は宰相に尋ねる。
「ああ、できれば10日以内に頼む。お前達二人にしか、任せられない案件だ。」
騎士は宰相の言葉に満足そうにうなずいた。自分の実力を正しく理解している主に仕えることは性癖が歪んでいる騎士であっても嬉しいものであるらしい。
「しょうがないですねぇ。陛下が癇癪を起されれば僕の楽しみも減ってしまいますから。報酬はいつも通り、綺麗な花を一束僕にいただけますか?」
蛙の如き容貌の魔術師が言う。当然彼の言う花は美女の事である。それも手つかずの美女でなければならないというのだから条件は厳しめである。一束というのは12人の事であり、今回の件はそれだけの困難が予想されるのだろう?という含みも入っているので報酬を吹っかけているのだ。何せ、この騎士と同時に呼び出される時は大抵地獄のような案件をやらされることが多かったからだ。彼の予感は間違ってはいなかった。ただし、この時にはそれを知ることなどできるはずもなかったのだが。
「分かっている。それだけの相手だからな。君たちには精鋭部隊2000人を付けようと思っている。レベルは400以上を厳選している。全員で協力して事に当たり、確実に敵を撃滅してくるように。」
宰相はそう締めくくった。自身が持つ手札の中でもかなり強い札を切ったことで宰相は帝王の癇癪を収めるまでの道筋が付くであろうことを確信していた。
事前に部下から報告を聞いた時には耳を疑った。例の保管所が襲撃され、そこにいたレベル200以上の冒険者や傭兵が皆殺しにされたとの報告があったのだ。しかもその時、陛下が一番気に入っていた獣人の娘が奪われてしまったそうだ。白い猫族の娘らしいが、宰相にとってはどうでもよかった。いかに白猫で瞳が青く、美少女であるかを帝王フォロール・グリディスートからすごい勢いで説明されたが宰相は理解する気が無かった。ただ、面倒な案件を増やしてくれたことに殺意を覚えたくらいだった。
宰相、プレイディス・パストツールは稀代の苦労人として、後の世まで人類の歴史書に名を残すこととなる。彼の苦労はこの後もまだまだずっと続くのだから。少なくとも帝国という国の形が根本から変わってしまうまでの間はずっと、だ。
帝国上級騎士、ナルシルト・ストルーク
帝国上級魔術師、フロギム・アグリーゼ
そして第一上級兵士の中から厳選された兵士2000名が獣人大陸に派遣されることとなった。彼らが与えられた任務は帝王のおもちゃを取り返すことと、保管所を襲撃した下手人を血祭りにあげて帝王に献上することだった。彼らは宰相から命令があった翌日には大海原を大型魔導船20隻で渡り、情報収集を始めた。ただ、不自然なほど、情報が集まりにくくいくつかの村を壊滅させることにもなり、余計な手間と時間がかかって行ったのだ。この行いがまた、怪物の機嫌を損ねることになるとは彼らも誰も知らなかった。
怪物本人も、自分が大事に思っている少年少女たちとその保護者を無事にそれぞれの故郷へと送り届けてほっとしている時だったのだ。だから、気が緩んでいたのだった。彼の気がもし緩んでいなければいくつかの村々の犠牲は減っていたかもしれなかったが、彼は全知全能ではないのだ。解放感に浸り、機嫌が良かった彼の元へ、助けを求める声が届けられるまであと3日ほど。
彼がダンジョンから出て来てから50日後の出来事だった。




