第13話 眠り姫とボッチ
あれから、10日ほど経っているが酷過ぎる怪我をしている彼女は未だに目を覚まさない。虎耳さんは、右腕の骨折と潰れている目を治せば、後はそれほど難しい怪我はなかったから楽勝だった。すごく感謝されていたんだが、俺はそれを聞き流していた。
態度は悪いが、仕方が無いのだ。
もう一人の女性が死にかけているんだから。俺は目を離せないのでここ数日は徹夜である。眠るにしてもシルフィンにすぐに起してもらっている。一回15分眠ればこの人外ボディは1日徹夜できるのだ。それでも10日となると辛くなってくる。
体はそうでもないが心の方が音を上げそうなのだ。
しかし、視線をさまよい続けている彼女を放っては置けないだろう。ベルティーオと彼の幼馴染であり、親友であるアルティリス・ウィンスノーは無事に再会を果たせた。うむ、幼女と巨漢の絵面は危険であるが、実際の彼らの年齢はアルティリスの方が3つほど年上なのだ。ベルティーオは10才の少年であり、アルティリスは13才のお姉さんである。そして、白猫耳のツンデレ風だ!ツンデレ猫耳白猫お姉さん。属性てんこ盛りであり、お腹いっぱいであり、幸せいっぱいである。
本来ならそんな微笑ましい彼らの事を生暖かく見守り、彼らの故郷の連れて行くだけでよかったはずなのだ。だが、上手く行かないのが現実である。
ぼろぼろの名前さえ知らない女性だが、彼女は必死になって全ての囚われの身となった彼女達を守ろうとしてあんな姿になったのだという。既に出荷されてしまっていた、少女たちも守っていたそうだ。アルティリスが来たころはまだ、片腕こそ無かったものの、あそこまで酷くはなかったそうだ。それが、アルティリスの出荷を妨げようとしたら、これまでとは比べ物にならないほど苛烈な報復があったという。彼女はもともと、戦士の父を持って生まれた女性だったらしい。
彼女は獅子の種族らしい。種族が関係しているかはわからないが、自分よりも弱いもののために体を張って助けていたわけだ。その結果が、この姿なのはなんだかあまりにも惨い。彼女は何一つとして悪いことなどしていないのだから。むしろ、醜悪な人間どもから少女を守っていた立派で偉大な戦士だ。
だから、俺は彼女を助けたいのだ。もう10日ほどずっと回復し続けているが、失った手足は簡単には戻せない。今も10日ほどかけてやっと右腕を取り戻したのだ。全身の傷だって、完治はできてはいない。念入りに痛めつけられ続けてきた彼女は、体が弱り切っていた。だから、回復魔法でも回復しきれないほどの傷を負っており、回復させるのは並大抵の苦労でないことを俺はここ10日ほどで理解した。栄養も何とか、摂取させてはいる。俺の体を変化させて、体内に直接栄養素を送り込むスタイルだ。はっきり言って、意識が無いから食事を摂ることができないのだから。となると、体の中に直接栄養素を送り込むしかない。体を拭いたりする時はシルフィンに頼んでいる。男の俺がやるわけにはいかないし、アルティリスたちは幼くて上手く介護ができないから。
体の状態は、治療のおかげか出血は止まっているから、出血死はしない。
ただ、それだけだ。
それ以外なんか考えたくも無いくらいにひどい。内臓はボロボロでいつ、心臓が止まってもおかしくはない。体の状態を維持する臓器だって、いつどこが機能不全を起こしてもおかしくなんてないくらいに弱っていた。本当、回復し続けて、ようやく何とか命を保っている状態だったのだ。あと1日でも遅れていれば、死んでしまっていただろう傷の深さだった。それでも尚、生きていてくれた彼女を俺は心底尊敬している。並の精神力ではそう在れないはずだが、彼女は誇り高く、気高い女性だったみたいである。
魔法かけて、飯食って、魔法かけて、飯食って、魔法かけている。
それが10日間の俺のデス・マーチの内容だ。
本当はアルティリスたちから話を聞き出したいんだが、それは無理そう。彼女達を早く故郷に戻したいが、この女性が元通りにならないことには彼女達も心から両親達の元には戻れないといっている。だからこそ、俺は徹夜に次ぐ徹夜をして女性の治療に当たっている。
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そうして、かれこれ合計30日間で俺のデス・マーチは終わった。
終わってくれた。さすがの俺でも30日間の完徹続きはきつかった。肉体ではなく精神的にだ。
そのおかげで、彼女を完治させることはできたのだ。
体にあった全ての傷を治すことは成功した。失われた手足だって取り戻せた。傷跡は何処にもなくなっている。それでも、彼女は目を覚まさなかった。
そう、目を覚まさなかったのだ。
体でなく、心の問題だろう。でも、俺にはどうしようもない問題だった。何せ、俺では彼女に寄り添えない。悔しいが、俺は肉体の怪我を治せても心の怪我なんて治せないのだ。壊すことは得意で、この世の誰にも劣らないと豪語できる。
けれども、治すことなんて専門外もいいところだった。
綺麗な金髪の彼女の寝顔を見ながら俺は自身の限界を理解していた。髪の毛だって、ここに来た当初は無かったのだ。けれども、細胞に強い回復魔法をかけて回復させた。治療の途中で俺は、生き物にとって傷を負った状態が、元の体からすれば自らのあるべき形が変わってしまった状態と言えるのではないかと考えた。そこで、体自体に元の姿を取り戻させればいいと、気が付いた俺は回復魔法を全て体に本来の姿を思いださせるために使った。
元々の姿は身体が知っているのだから、無理に俺が元に戻そうとしなくても良かったのだ。
それで、体を取り戻すことには成功したのだが、心は戻ってきてくれなかった。そのくらい疲れているのか、心が壊れてしまっているのかは俺には分からない。心の事なんてたかが高校生でしか無かった俺には分からないことだったし、何よりあんな壮絶な経験をした人間の精神がどうなるかなんて、あまり考えなくても分かるようなものだ。
発狂するか精神崩壊が一般的だろうさ。
ただ、獅子という彼女の種族が気になっている。ライオン百獣の王だから、大体ファンタジー作品では王様の身内とか最悪王族だったりするんだよな。んで、そんな女性が人間族の男達に良いように嬲られた挙句、残虐極まりない拷問をされていたと聞いて獣人族の王はどう考えるか、だ。そして、王族だけでなく国民もだな。まず、間違いなく、人類をどうにかしろということになるだろう。俺も関わらなくてはならなくなるだろうから、面倒くさい。それでも、彼女をこの世に引き留めた責任は取らなくてはならないだろう。
まあ、そうなれば俺は獣人族の先頭に立って、闇龍王としての立場で参戦しよう。今回の件は腹が立っているし、俺自身の力にも限界はあるってことが理解できた。はっきり言えば、かつてなく強者の立場に立っていた俺は慢心していたのだと思う。故郷に無いステータスがあるこの世界で俺は紅蓮龍王と呼ばれるこの世界の絶対強者にも勝ててしまっていた。
そう、この世界の人間では決して勝てるはずの無い相手に、だ。
だから、俺は慢心していたのだ。知らず知らずのうちに力さえあればなんだってできると思っていた。実際、力があればなんだってできていたものだから、そう勘違いしたのだ。
ただ、まあ、彼女の治療をしていて理解できた。俺は勘違いしていただけで力に酔っているだけの子供だった、と。彼女の体は元に戻せたことは嬉しく思っている。けれども、心だって元通りにしてやりたかった。せっかく、体を万全の状態に戻せたのだから、心だって取り戻せると思いたかったのだ。けれども、それは叶わない。
無理に心を修復しようとすれば、本格的に彼女を生ける屍にしてしまいかねない。彼女の心を少し読んで俺は断念できたから、良かったと思う。断念できずに彼女を救おうと張り切ってしまっていたら、彼女は壊れていただろうから。本当に彼女は何も語ってくれないけれども、俺に大事なことを教えてくれた。決して慢心しないことの大事さを教えてくれたのだ。そのおかげで俺は自分にできることに邁進しようと思っている。
戦争を仕掛けてくる人間族の勢力を破滅させる。
これは俺にならできることだ。獣人、魔族、亜人たちの強力があればもっと早くできるだろう。龍族に招集をかければ、きっと一月もあれば人類側の勢力を壊滅させることだってできるだろう。問題は俺以外の勇者たちがどういう存在なのかだが。
異世界召喚された日本人高校生というのは分かり切っていることだ。
で、問題は高校生本体が召喚されたのか、本体の精巧なコピーとして召喚されたのかだ。本体であれば、元の世界に彼らを送ってやればいい。きっと帰りたがるはずだろう。俺のように手遅れになっていない状態であれば、帰りたいと願うはずだ。
問題となるのは、彼らや俺を含めて本体の精巧なコピーであった場合だ。俺は帰る気が無いから問題ない。もう、ここは俺にとって故郷とも思えるようになっているし、人間でなくなっているからか、思考が龍族寄りになっている。同胞以外は割とどうでもいい、そんな感じだから人間を殺そうともちっとも良心が痛まない。獣人や亜人、魔族などを殺すことには嫌な感じになる。気分が悪くなるのだ。まあ、殺意を持って襲ってきた相手でも、人間族以外であればきっと半殺しにして身動きできない状態にした結果放置する程度には俺は、獣人、亜人、魔族には甘い。
人間?
熟れて地面に落ちた真っ赤な柿のようにするんじゃないかな?掃除もしないで。
話がそれた。召喚された俺達が漏れなくコピーだった場合は元の世界で〈コピー元〉の俺達は、高校生活を送っているのだ。自分達が異世界に召喚されたことなんて知る由もなく、だ。そんな中で勇者となった彼らが帰還すると、同じ顔をした人間が34人ほどいきなり、出没することになる。しかも、それぞれが自分こそは本物であると主張し合うことになる。そうなれば、メディアはこぞって取り上げるだろうし、彼らの精神状態も問題になってくるだろう。神様が行ったコピーであればDNAもきっと一致するだろうから、ますます問題になりそうだ。
だから、一番良いのは俺達は誰も元の世界に帰ることができないという状態だ。
コピーであれ、本物であれ誰も元の世界に還れないのなら問題はないのだから。まあ、それが一番だろう。現実はいつだって残酷で大抵良い内容の方向には行かないようにできている。だからこそ、俺は力技でこの戦争を終わらせようと決めた。
戦争は文化を発展させるが、その文化を根こそぎ焼き尽してしまえば再び文化が発展するまでの間に獣人、魔族、亜人たちは人類に対しての準備を整える時間を得ることができる。そうなれば、今回までのように一方的な展開にはならないだろう。俺が強くなって、女神をフルボッコにして封印して閉じ込めてしまえば新たな勇者召喚も行えなくなるはずだ。そうなれば勇者頼みの人類にできることは無くなるはず。
俺は彼女の看病を続けながらそんなことばかり考えていた。無論、彼女の治療が終わるまでアルティリスたちを故郷に連れて帰ってはやれないことは説明済みだぞ。むしろ、率先して何かできることは無いかと、彼女たちは聞いてきてくれた。純粋な善意は嬉しいものだ。でも、まあ、彼女達にできることは無かったのでレベル上げをしてもらっている。
幸い保護者となる虎耳さんもいることだし。シルフィンにも彼女達付いてもらっていて、1階層から攻略してもらっている。まあ、1階層を攻略し終えるよりは早く俺が治療を終えてしまったけれども。彼女達は後少しで1階層目のボスを倒せるところまでは逝けたようだった。
子供の成長は嬉しいものである。さて、俺もそろそろ彼女達の故郷に連れて行ってやらないといけないな。