第9話 闇龍王と精霊さんと巨狼の出会い
外に出て感じたのは景色の変化だったけれども、俺の能力自体もかなり変わっていたことにしばらくして気が付いた。
そう、外見はこれまでより悪化して、更に女っぽくなったのだが。
加えて、声までもハスキーな女性と勘違いされる程度の低さの声になってしまった。喉仏はほとんど盛り上がってくれていないが、辛うじてある。なんというか、女神の力を取り込んだから、体が女性化の方に傾いてしまったらしい。俺が女性だったとすると、絶世の美女になったんだろうな。まあ、俺の分身は元気いっぱいだからいいんだが。成長期でもあるし?
とにかく、いろいろとバランスが悪くなった。
で、今感じているのはこれまで感じたことが無い自然の音の豊かさだった。
風が吹いているが、木に当たったり、木の葉に当たったりする時では音が違う。
風が地面を撫でるように吹いて行くときに転がる石ころの音。
草花が風でこすれるときの音。川の水のせせらぎの音。
虫の鳴き声、獣の叫び、鳥のさえずり。
全てを同時に感じ取れて、すべてを別々に聞き分けることができている。頭の処理能力が格段に上がっているらしい。知力の上昇効果がこれなんだろうな。同時に処理できる事柄の数が明らかに増えている。身体能力が上がったことで体の制御がより複雑になっているはずだから知力も必要になるのだろうか。本当に望んで得た力でないけれども、ここまで能力が上がると一概に否定できなくなってくる。
今の俺は空の星の光の色ですら、見分けることができるほどに視力が良いのだし。それになんか透けている精霊のようなものすらも見えている。人間時代だったらとても見えていないものだろうよ。一体だけふらふら飛んでいたのを俺は何となく見ていた。
あ、視線があった。
《やみのりゅう、なにしてる?》
小さい子供みたいに無邪気に話しかけてきた。
「ん?空とか森の様子を見て、聞いていたんだよ。」
小さい子のような精霊は首をかしげて問うてきた。
《たのしいの?》
「ああ、面白い。君は何の精霊なんだい?」
《わたし、かぜのこ。》
どうも発生して間もない精霊のようだ。本当に子供なんだろうなあ。見た目も5才児くらいの身長で空を飛んでいることと体が透けていることを除けば、人間の子供とそう変わらない。翡翠色の長くてふわふわしている髪と夜色の瞳は人間離れしてるし、魔力量も桁外れなんだが。
「風の精霊さんか。俺は闇龍王のユウジ サトウ。」
《なまえ、ある。いいなぁ。》
「君には名前が無いのかい?」
《ないよー。わたし、いま、うまれた。》
「それにしては力が強い気もするけれど。」
不思議な子供なんだが力は強い。力といっても魔力の事だが。量だけで言えば、今まで出会った中でもエンシェントゾンビと同じくらいに強い。あいつは結構な高レベルだったはずなんだが。それでも、生まれたての精霊に抜かされそうなんてのは気の毒かもしれない。
《ゆーじ、いるからちからつよい。ゆーじ、いないとちからよわい。》
俺の存在が原因だと彼女は言っている。一人称が‐わたし‐であるし、外見もただの美幼女だしな。俺の力は周囲にも影響を与えるのかな?まあだてに闇の龍王なんてのをやっていないということか。
「そうか。じゃあ、俺と一緒に旅にでも行くか?どうせ、行く当てもないし、目的はつまらんことだが退屈はしないと思うぞ。」
《いく!!》
予想以上に旅に食いついてきた。となると、名前を付けてやらないといけなくなったな。一緒に行くのなら名無しなんてのは不便だし、可哀想だ。
「じゃあ、君に名前をやろう。そうだな、シルフィンってのはどうかな?」
シルフっぽいからシルフィンってのも安直な気もするが、悪い響きでないと思うんだけどな。
《うん、わたしシルフィン。けーやくむすぶ。けーやく!》
おお、ファンタジーだ。精霊との契約って憧れるよね。中二的であるが、精霊とかって好きだしな。
「おお、今後もよろしくな。シルフィン、今日から俺とお前は契約関係だ。うーん、いや、友達だな。友達関係だ。末永くよろしくな。」
子供との契約関係ってのも、どうかという感じだ。だじゃら、友達関係にしておいた。
《わかった。ゆーじとわたし、ともだち。けーやくむすんだ!》
そうして、彼女の様子が急に変わり始めたのに俺は驚いた。
成長していっているのだ。
俺の魔力のせいだろうか?強い風が俺とシルフィンの周りをごうごうと吹き荒れる。ただ、不安を覚えるような風でなくて、むしろ楽しそうな響きなんだけどな。シルフィンの感情が伝わってくるようだ。どこかに出かけるのを楽しみにしていて、契約者を見つけることができてほっとしている感情が伝わってくる。
そうして、しばらくして、風が収まり、俺の前には先程よりも結構成長したシルフィンがいた。見たところ、中1の子と同じくらいの背か?小学生っぽい顔ではないな。
《ユウジ、契約を結んでくれてありがとう。これで私も一人前になれた。》
先ほどよりも大人になった。ずいぶん知性が上がったみたいだ。
「なんか、一気に頭良くなったなー、シルフィンは。」
俺が戸惑いつつそう言うと、彼女は嬉しそうに言った。
《うん。ユウジのおかげ。精霊は契約者から恩恵を受けるの。強い契約者が相手だと、一気に成長できるんだ。》
それが大人びた理由らしい。まあ、俺のステータスは馬鹿げてるからな。
「じゃあ、シルフィンは強いってことでいいのかな?俺のステータスの影響を受けてるならさ。」
《うん、私は強いよ。だって、実体も持てたんだよ。実体が持てるのはね、エネルギーが溢れてる証拠なんだ。だから、ユウジはものすごく強いことも知ってるよ。》
楽しそうに言ってくる。成長した彼女はとても好奇心が旺盛そうな少女だった。美幼女から華麗なる美少女へと転身を遂げたわけだ。
「で、シルフィンは何ができるんだ?俺の力の影響を受けてるならとんでもないことができるんだろうが。」
《夜の間なら風を支配できる。私は風の精霊で、ユウジは闇の龍王だから。夜の間だけなら、私に勝てるのはほんの一握り。精霊王とだって、互角に戦って見せるよ。…ユウジと離れていると弱くなるけどね。》
どうも、俺が近くにいることで真の力を発揮できるようだ。俺は携帯の電波局みたいなものと判断すればいいんだろう。遠くに行けば行くほど、電波が届きにくくなり、力が発揮できなくなってしまうようだ。逆に言えば、近くにいさえすれば、とてつもない力を持つ存在が二人に増えるということだ。
どうも、俺は精霊とかと組むとかなりの力をブーストできるようだ。
いやあ、闇龍王は半端じゃないな。さすがは王と付くだけの力ではある。
「分かった。じゃあ、シルフィンは俺と一緒にいる時が一番強いってことでいいんだな?」
《うん、そう!ねえ、ちょっと、お願いがあるけどいいかな?》
「なんだ?」
《ここから先の方でね、助けてって呼ぶ声がするの。狼の男の子が泣いてる。仲間を助けて、あの子を助けて、ぼくを助けてって。だから、お願い。狼の子を助けてあげてユウジ。》
彼女が俺に懇願するように言ってきた。精霊であり、友人でもある彼女の言う事を断る気は無い。
「分かったよ。俺とお前は友達だろ?遠慮なんてするな。困ったことがあれば頼っていい。そのために強い力があるんだろうしな。」
《ありがと!!じゃあ、行くよ!!》
「え?」
彼女が言うなり、俺の手をとり、飛び上がった。あっという間に空高くまで昇りつめてちらっと目的地を確認して彼女は文字通り疾風のごとく、飛んだ。
俺?
無論彼女の速さに合わせて飛んでるさ。いきなりでびっくりしてるけどさ。まあ、こんなのも悪くない。それに狼は好きだしなあ。俺の旅の連れは13歳の美少女です。そして、狼君も加わりそうです。
「ぶっころせ!!」「逃がすんじゃねえぞ!!」
「見られたからにゃ、始末せにゃならん!!」「ちっ、クソガキがぁつっ!!」
あーあ、せっかく良い気分だったのに男達のだみ声で気分は台無しである。
《お願いね、ユウジ。私は姿を隠すから。あの子を助けてあげて。たくさん怪我してる。》
悲しそうな声で、表情で言ってきたから俺は彼女の頭を撫でてやった。年下に泣かれるのはバツが悪いものだ。
「分かった。俺に任せときな。シルフィンは今からどうするんだ?」
《あいつらが逃げないように風で閉じ込める。この森で仲間を苛めるのは許さないんだから!!》
精霊と動物は密接な関係らしいのだ。この世界って奥が深いな。まだまだ知らないことが山ほどあるだろうから、どんどん知って行きたいな。
「じゃあ、行くぜ!!」
俺は地面へ向けて空中で踏み込んだ。地表へ向けて全力で踏み込んだから加速は十分すぎるほどだ。風魔法は便利だよな。足場のない空にも足場を作れてしまうんだから。
俺は地面へ降り立つと、10人くらいの男がいた。なんか、こっちをじっと欲望に澱みきった目で見ている。わーい、欲情されてるよぅ。キモイ。
「大丈夫か、君。」
俺は狼君に声をかける。体長3メートルほどの大きな狼だ。毛並は白くて、瞳は赤だった。本来なら美しい毛並だったはずが泥と血にまみれて見る影もない。なんとも言えない状態だった。
「うぅ…だ、れ?」
この子は獣人なんだろうか?話ができる。
「通りすがりの魔法使いさ。あっちにいる悪い奴をぶちのめしに来たんだよ。」
「…あの、子をたすけて!ぼ、くは。…いいか、ら。も、め、みえな…」
そこで彼は気を失ってしまった。見ると全身からかなりの量の血を噴出している。だが、このくらいでは死なせてやれないのだ。俺は女神の力を使う。
「慈愛の杯。最大まで展開。」
回復魔法を最大まで使うことで、体を万全の状態にまで戻す。これで、後は栄養を摂って体力を回復させるだけだ。
「よう、姉ちゃん。」 「へへこいつは高ぁく売れるぜぇ。」
「へへっケダモノを追っかけてたら飛んだ上物が飛び込んできやがった。」
「たまんねえな、おい。」
口々に下種いことを言ってくる男たち。何だろうなー、これもテンプレだなあ。なんかほっこりする。様式美という奴ですなあ。
「なんだ?最近のオークは話ができるようになってるのか?大したもんだよ。」
俺は悪口を言ってみることにした。
彼らの顔色が一気にどす黒くなってしまった。血圧が大分やばいことになっているかもしれないなあと他人事のように思う。何だろう、蟻が群れているようにも感じられないな。
「ダニ程度の価値も無い奴でも言葉が話せるんだな。脳味噌入っててよかったでちゅね~、屑ども。」
もう一回煽ってみよう。
「殺すぞ!」「ぶっころす!!」「生まれてきたこと後悔させてやらぁっっ!!」
「犯して、殺して、ばらしてやらあぁぁっ!!」「ぶち殺すぞ、アマぁっ!!」
「へいへい、殺す気で来るなら、俺も殺す気で行くよ。じゃあ、逝け。」
魔法弾を放って彼ら全員に当てる。
「あ、ぎぃっああああああああああ!!」
「ぎゃああああああああああああっっ!!」
「あ、が、おおっっ…!!」
それぞれの薄汚い悲鳴が木霊する。彼らの片手と片足を片目を奪ってやったのだ。魔法弾を適当に破裂させて当てただけの手抜き攻撃で死ぬほど手加減をした。うむ、満足。誰も死んでないな。
「弱過ぎる。手加減も難しかったな。やれやれ、誰が誰を殺すのかな?なあ、誰が誰を殺すんだよぅ?」
角と牙を見せつけるように悪い笑みを浮かべつつ言ってやれば彼らは慌てて逃げ出した。隻腕、隻脚、隻眼になっているというのに呆れるほどの逃げ足の速さだった。うーむ、雑魚でごみ以下の生物でも絶対的な差は理解できたらしい。
俺は狼君の方へを脚を向けて、空から降りてくるシルフィンに手を振るのだった。とりあえず、狼君に聞かなければならないことはたくさんあるんだが、彼を回復させてやるのが先だ。俺は彼を担いでダンジョンのレストハウスへと向かったのだった。
本当、ダンジョンマスター万歳である。あのダンジョンを俺にくれた(命懸けで勝ち取ったものだけど)ことだけはバカ女神をほめてもいいかもしれん。




