第8話 女神様の来訪と人間完全廃業のお知らせ
「あれ、この気配は?」
俺は慣れ親しんだ気配が俺のすぐ近くにまで転移してくるのを感じた。この気配は女神様の気配である。うん、闇の女神様だ。俺の上司であり、主的な人である。
「こんにちは、ユウジ。あなたは本当に面白いわね。ここまで私を楽しませてくれるなんて力を貸した当時は思いもしなかったわよ?」
相変わらず、美人であり眼福である。うん、美人さんていいよね。しかし、この間より、何かが違う気がする。ああ、肉体っぽいというか、実体がある気がする。この間は何かしゃべることのできる幻影という感じだったから。今、思い返せば、違いは歴然としているが当時の俺は分からなかった。
「あの、ディアルクネシア。何で今日は実体で来てるんだ?」
俺は感じた疑問をそのままに問いかけてみた。
「へえ、そんなことまで分かるようになったのね。この間は貴方が完全にダンジョンを支配できていなかったからね。あの馬鹿の力で満ちていたここには干渉しづらかったのよ。でも、今は貴方がダンジョンの主でしょう?だから、私も生身でここに来れたわけよ。嬉しい?」
茶目っ気たっぷりに言ってきたので、俺も乗ることにする。今は乗るべきタイミングだ。これを外せばKYと言われてしまうだろう。
「ああ、美人さんを間近で見られるのは嬉しいさ。そういえば、何でここに来たんだ?…俺がやらかしたからか?」
そう、彼女はこの間来た時に言っていたのだ。
『また、貴方が何かやらかしたらその時に会いましょう。』
地図をくれるときに言っていた言葉を思い出す。つまり、俺が闇龍王になったことがやらかしたという事でいいんでしょうか?問いかけると彼女は正解という風に頷いた。
「中々、無いわよ。人間から魔人へ、魔人から闇龍王へとジョブチェンジするというのは。私も貴方の主として鼻が高いわ。闇龍王は貴方が初めてだから、配下は居ないけどね。そもそも、闇龍という種族はいないはずなんだけど。どうも、お父様が面白がってる気がするわね。貴女にその名前を付けたのは間違いなくお父様でしょうからね…。」
ディアルクネシアは苦笑しつつ言ってきた。
お父様というと、この星を作った的な神様だろうか?いわゆる創世神という奴でなかろうか?
俺、偉い人にばかり目をかけられてないか?
「そうね、この世界を作った神よ。私とあの馬鹿姉の父親でもあるけれどね。本当、根本が繋がっていると思いたくもない馬鹿姉なんだけど。不肖の姉が迷惑をかけていることを申し訳なく思うわユウジ。」
なんか、さらっと大事なことを言われた気がする。
「いや、気にするなとは言えないけどさ。貴女の姉がやったことの責任を貴女が感じる必要は無いと思うぞ。それに、ぶちのめすのを手伝ってくれるんだろ?馬鹿姉をさ。」
俺はニヤリと笑って言う。
「ええ、そうね。これからも、よろしくねユウジ。」
右手を差し出された。
「ああ、こちらこそよろしく、ディアルクネシア。」
俺も右手を差し出して握手をする。やはり実態がある方が良いな。手が柔らかくてお肌はすべすべで触り心地がいいものな。それに何より、温かい。体温が感じられるのは良いことだと俺は人と接さなくなってから学んでいた。ダンジョンにいる間は、魔物との殺し合いしかしていなかったからな。
あまり長く握っていると変態っぽいので、すぐに手を放したけれども。名残惜しいものである。
「一応、神である私をそこまでストレートに求めているのも貴方くらいねユウジ。」
「なぜ、ばれた!?俺が変態っぽいからって、契約解除とかはやめてくれよ!?後、俺は変態じゃないからな。ちょっと、大分、人恋しいだけだから!?」
言葉が支離滅裂であるが、美人さんからの変態認定は精神的に堪える。耐えきれるかどうかはぎりぎりかもしんない。
「ああ、大丈夫よ男の子にはありがちなことだから気にしてないわ。」
何だろう、このエロ本を親戚のお姉さんに見つけられてしまった時のような気まずい感じ。あれを、また繰り返したというのか俺は…。ま、見つけられたのは姉物でなかったし、ロリ物でもなかった。ごく一般的なおっぱい系の物だったからセーフだった。あの時の従姉の生暖かい目線は忘れられなかったし、忘れてない。トラウマである。
エロ本の隠し場所には気を付けような、諸君!
なぜか、女性にはばれるけどな。まあ、そこは置いておこう。そっとしておいて、そっと忘れよう。記憶の奥底に沈めてしまわないとな。
「何かすまん。やはり、早急に人が住んでる集落探していかないとな。想像以上に人との触れ合いに飢えてる気がする。…俺が今まで言葉を交わしたのって全員、人外だったしな。龍王二人に、そのうち一人の妻と子に、闇の女神様だしな。」
「確かにそのとおりね。ただ、人脈という点ではすごいものを持ってるけれど。せっかく表に生きて出て来たんだから。少しは羽を伸ばさないとね。復讐もいいけど、羽を伸ばさないと折れてしまいそうだもの。貴方の心は貴方が思っている以上にデリケートだからね。」
「そっか。」
自覚は無いけれども。
「そうよ、人の心を見続けた私が言うんだから間違いないわね。このままだと、遠からずあなたは完全に人の心を失うわ。人外としては完成するでしょうけどね。私としては人間の心を持ったまま人外になりそうな貴方を見ていたいのよ。私を楽しませなさい。」
微笑みながら言われたその台詞はとても胸に沁みた。優しいのか、弄んでいるのかも良く分からない言葉だけれども、悪意はないことだけは分かる。
そもそも、神なんだから人間に興味なんて無くてもおかしくは無いけど。
「人間を弄んで悦ぶほど暇なつもりはないから、安心しなさい。普段、何を考えてるかわかりにくいから少し心を読んでみたら面白いことばかり考えてるのね、貴方は。」
さらっと、心を読むのはやめていただきたい。俺は通常の人類なので、つまらないはずなんだけど。
「親しき仲にも礼儀ありと言ってな、ディアルクネシア。人の心を読むのは勘弁してくれないか?かなり本気で嫌なんだが。」
頭にくるというよりも、心を覗かれる嫌悪感の方が強かった。悪意はないのが性質が悪い。悪意があれば怒ることができたんだけどな。
「ああ、そうね。貴方は人間だものね。どうも、私の中では貴方は半ば同類として認識していたからね。配慮不足だったわ。ごめんね、今後は気を付けるわね。この点ではあの馬鹿姉には劣るわねー。」
そう素直に謝られるとそれはそれで調子が狂う。なんか、本気で失敗したなあって顔をしているのが極めて珍しかった。数えるほどしか会っていないが、あまり本気の失敗をしそうにない顔だったから。ミスなくそつなく万事をこなすイメージを付けていたが、どうも偏見だったのかもしれない。
神様といっても万能でもないし、全能でもない。
一人の人間を依怙贔屓して迷惑をかけ、人生をゆがませる。悪意無く人の心を読んで困惑させる…といっても、俺はかなり世話になってるからそれも受容した方が良かったのか?いや、やはり、親しき仲にも礼儀ありだろうよ。それに彼女が今後人間と接する時に良い勉強になったはずだ。人は心を知られるのを嫌がるし怖れる生き物だからな。それが至って健全で普通なんだけど。心を読まれたいっていう人はいないんじゃなかろうか。
神様はどうか知らんが。
「分かってくれたなら、それでいいよ。その、俺も不埒なことを考えてたのは悪かったと思ってるし。欲望に忠実な男で申し訳ない。」
俺も悪かった点は謝っておくべきだろう。欲情まではしていないが、性的な目では見ていたと思うし。そりゃ不愉快だったはずだ。
「んー、私はそういうのは気にしてないんだけどね。貴方はまだ、普通な方だもの。もっともっと、ろくでもない記録を私は読み取ってきたわよ?死後の世界で人間の罪科を裁くのも私の役目の一つだからね。光の女神なんて人間の良い面だけ見てればいいのだから楽な仕事よね、綺麗なものしか見なくていいんだから。でもあの姉じゃあ罪を犯した人間を裁くなんてできなかっただろうし、私が闇の女神にならざるを得なかったかしらね。あの軟弱の媚び売りぶりっ子姉が。」
過去を思い出したのか、ディアルクネシアから不穏な気配が漏れ出ていた。俺の事はそこまで気にされていないらしいので一安心した。
「俺は今結構、神々の秘密という奴を聞いているんじゃないか、もしかして。これって聞いて良い内容なのか?異世界人だからセーフだと思うけどさ。」
この世界にいる宗教関係者は発狂しかねない事実ばかり並び立てている気がする。何とも人間臭いセリフがたくさんだった。
親しみは湧いてくるけども。
この世界にいる人にとってはショッキングだろうし、スキャンダラスな話題だな。
「この世界の人間に話さないなら何の問題も無いわよ。でも、この世界の人間に話すのならやめておくことね。貴方は間違いなく、神の教えに背くものとして始末…されそうになるから。余計な争いをしたいのなら、別に話しても構わないわよ?」
光の女神の信徒と初代勇者の信徒と事を構えることになるということで理解させられた。それは御免こうむる。面倒くさいし、そもそも俺は争い事なんて好きじゃないのだ。喧嘩を売られたりしない限りは。売られれば仕方が無いので、買い占めて喧嘩もするけども、暴力的なことは避けていた。向こうの俺は喧嘩なんて下から数えた方が早いくらいには弱かった。典型的な雑魚だったからな。さて、そろそろ落ち着いてきたし一旦出ようかな。
「じゃあ、ひとまずお別れだ。俺もいい加減普通の人と会話したいしな。あと、女の子とも話したいし。あそこまで飢えていたなんてショックだよ。」
「うーん、あれは私のせいでもあるから気に病まないでいいわよ。私はそもそも人間の罪を裁くための力を与えられているのよ。だから、人間は私の前では建前を使うことはできないの。まあ、今まで大丈夫だったから私もつい配慮し忘れたわ。今後は気を付ける。でも、復讐以外の事にも目を向けられるようになったのは良いことと思うわよ。だから、私にも欲情を覚えたんだろうし。」
「さりげなくフォローととどめを同時に刺さないでくれるとありがたかったよ。ま、いいけどさ。今度はやらかさなくても、こちらから呼ぶよ。話したくなったらさ。…迷惑じゃなければな。」
俺は少しばかり頬を染めながら言った。あざとくしたいわけでなく照れくさいからだ。
「そうね。私ももっと、普通の人間を勉強する必要があるし。良いわよ、お互いに利益があるのは歓迎するわ。無償の善意ほど胡散臭いものは無いからね。欲の匂いがした方が安心できるわ、闇の女神としては。」
偽悪的な発言をするが、彼女はさほど悪い神でないと分かっている。だから、俺は彼女に向けて、そこまで悪ぶらなくてもいいんじゃないかという笑みを向ける。苦笑いだ。俺なんかにゃ、もったいないくらいに良い人なのにな。そもそも、神様なのだから。気遣ってもらったり、力を与えてもらったりと世話にしかなっていない。負債は貯まる一方だ。
「いいのよ、貴方にとってはなんてことないことでも私にとっては人を知るうえで大事なことを教えてもらっているから。じゃあ、また会いましょう。」
そういって、彼女は手を振りながら去って行った。
俺もそろそろ、ここを出よう。後、角を出しておかないとな。竜人としてふるまうには必須だろうし。
角の色は幻想的な紫だった。角の根元は血のような紅なんだが、角の先端に行くにつれて紫水晶のようなきれいな紫色になっていくのだ。耳の上辺りから天を目指しているかのごとく生えていた。イメージは鹿の角と似ている。東洋の龍のような角だと思ってる。3方向に枝分かれしてるからな。
準備完了したので、俺は外に出ることにした。外は冬が近い感じだった。俺が召喚された時は地球では4月くらいだった。こちらも、月日はそうずれていないらしい。今は冬に近い天気になっている。少しばかり、以前の俺なら寒いと思っているくらいに気温が低かった。今の俺は身体が強いから、まったくそんなことを感じられないけどさ。
季節の変化を感じられないのは便利であり不便でもあるよ。風情が楽しめない…




