第6話 戦い終わってからの家族会議、そしてボッチの旅立ち
サクレーヤをぶちのめしてから10日ほどたった。
その間に不思議なことが起こっていた。彼女は俺に対して、妙に距離が近いという事だ。呼び名の変更で分かるように、彼女は俺に自信の事を呼び捨てにするように求めてきたのだ。何でも、敗者が勝者と同等の立場に立つことはできないからという理由らしいが。
クリムゾニアスと俺の場合は対等な関係だが、彼女はそうでない関係を築いていきたいらしい。良く分からんが、応じておいた。
「そういえば、サクレーヤ。俺、そろそろここから出ようと思ってるんだが。」
彼女に話す。もう、十分人らしい時間は過ごさせてもらったから。これからは復讐に身を焦がす悪鬼としての時間を再開せねばならないだろう。
「そうですか、ユウジ様がお決めになったことなら私から言う事は特にありません。良い旅をしてください。ですが、私の力が必要になることがあれば、いつでも読んでくださいね?約束です。」
サクレーヤがこちらをじっと見ながら言ってきた。 とてもじゃないが、俺にいきなり戦おうと言ってきた女の子と同じ人物とは思えないほどの変わりようだった。理由はきちんとあるのだが。クリムゾニアスがサクレーヤに俺と彼が戦った時との違いを漏らしてしまったことが事の発端であった。
「まったく、無茶をする。サクレーヤ、お前はこいつの強さを疑ったのか?」
俺とサクレーヤが戦い、俺が完勝してダンジョンから出て来た翌朝の事だ。気を失っていた彼女が意識を取り戻し、父であるクリムゾニアスに戦いの詳細を語っていた。
「いえ、そんなことはありません。純粋に父様に勝利した彼の力を身をもって知りたいと思ったからです。」
サクレーヤは真顔で答えた。俺ももっともだと思う理由だった。
だが、伏兵がいたのだった。
「違うでしょう?貴方は自分が挑んで、ユウジさんに勝利して父親の仇を討ちたかったんでしょう?それと力試しがしたかったのよね。この500年間ずっと、貴方よりも強い相手は一度も現れなかったから。すこぅし、慢心していたところもあるでしょう、サクレーヤ。」
おっとりしつつも反論を許さない迫力があった。ウォルティニアさんの圧力は凄かった。戦えなくなっても、親であることは変わりないし、長い年月を生きている分人生における経験値が相当ある。外見こそ、幼くなってしまっているが、かつてはクリムゾニアスとも互角に戦える戦士だったのだから。二人のなれそめは案外脳筋だったのが印象に残っている。
サクレーヤが眠っている間の暇つぶしとして昔語りをしていたのだ。つい語り明かして、深夜を大幅に過ぎた時間になっていたのを俺は覚えている。というか、眠らなくても俺の今の体は平気だけどな。一週間やそこらなら不眠不休で動けるのだ。そんなことを考えていると彼女が答えに窮していた。さすが、母親である。いとも簡単に娘の心理を見抜いてしまった。
母親からの無言の圧力と、父親からの説明しろとの目線に降参したようでサクレーヤは語り始めた。
「…母様の言う通りです。父様は光の女神の右腕を食いちぎった末に、封印されました。女神相手にそんなことができたのは父様くらいだと思います。私はそんな、強い父様の娘だから。私の憧れで目標である父様を負かした人間を放っておくことはできませんでした。だから、彼に無理を言って戦ってもらいました。結果は残念でしたが、良い経験ができました。」
そこまで聞いて俺は疑問に思った事を聞いてみることにした。
「大好きな父親を負かした俺に腹が立ったから挑んできたということですか。んー、それとも俺に勝つことでクリムゾニアスに褒めて欲しかったからとか。」
ま、当たってないだろうとの当てずっぽうで話してみた。クリムゾニアスはきょとんとしていた。だが、ウォルティニアさんは納得の表情をしていた。もしかして、もしかするのかもしれなかった。
「あの、どうして分かっちゃったんですか?」
頬を真っ赤に染めて恥ずかしそうに彼女が俺に尋ねてきた。
言えない。言えるはずもない。
ラノベとかアニメとかドラマや映画であったり、二次元や創作には案外ありそうな話だからというつまらない理由であることを。
なんか、彼女が俺の事を優秀な人だったんですね!という表情で見ているのが申し訳ない。クリムゾニアスは驚いていた。うん、俺も驚いてるからな。
「たまたま、似たような話を聞いたことがあるだけだよ。もしかしてと思ったら、大当たりとはなあ。なんでも考えは言ってみるもんだ。」
あはははと笑ってごまかした。彼女は尊敬に近い敬意を持った表情で俺の事を見つめていた。なんか、くすぐったいが悪くない。だって女の子から嫌悪や侮蔑以外の表情で見つめてもらったことは無かったのだから。俺の人生黒過ぎだろうよ。女の子からは基本的に嫌われていたし…いや、正しくないな。男女問わずに俺は嫌われてきたのだから。
「ふふっ、貴方は面白い人ね。もし、貴方さえ良ければしばらくここにとどまって娘の面倒を見ていただくことはできないかしら?私達は貴方に龍の力の使い方を教えることができるわ。」
ウォルティニアさんが言ってきた。俺にとってもありがたい話だから即座に引き受けることを決意した。龍神から力の使い方を習えるなんてそうそう無い機会だったから。
「こちらこそ、よろしくお願いします。あの、面倒を見るというのは時々戦えばいいということですか?」
「ええ。娘も自分より強い相手と戦った方が、課題がはっきりするでしょうし、貴方も龍の戦い方を学ぶにはちょうどいい機会になるでしょうしね。今の私は戦いにおいて何の力にもなれないけれども、娘の願いを叶えてあげるくらいはしたいのよ。」
彼女はそう言って俺の方をじっと見てきた。どうも、断る選択肢は最初から用意されていなかったらしい。でも、引き受けるつもりだったからいいんだが。無論、俺の考えなんてこの人は見通していたに違いないのだろうけどさ。
「流石、クリムゾニアスの伴侶なだけはありますよ。貴女が力を取り戻したらすごいことになりそうですね。人間なんかはひとたまりも無いでしょう。」
「貴方がそれを言うと、嫌味に聞こえるけどね。本当、長い時を生きてきたけど貴方ほどの規格外にあったことは無いわ。」
「初代勇者は俺と同じくらいに強かったんじゃないんですか?俺は彼のために用意されたダンジョンで死にかけたんですが。」
あの勇者が最強でなかったら誰が最強の座にいたのだろう。人間族でだけど。
「そうねえ、今までの勇者の中では貴方を除いて最強ということになるわね。今のあなたは人の格から完全に外れているもの。正直な話、神の域に手を伸ばしつつあるということを認識しているの?」
ウォルティニアさんは呆れたような感じで俺に言ってきた。
「やはり、そうなんですね。まあ、クリムゾニアスを倒した時から何となく認識してますよ。間違いなく人には戻れないなあということを。」
「戻れないではなく、戻る必要が無いというのが正しいわ。あなたは自分で自分の器を限界を超えて広げたのだから。そうして、貴方は今の力を手に入れたんだと思うわ。だからこそ、貴方は力を持っていることを誰よりも誇らなくてはならない。その力は世界に影響を与え得る力だから。それほど強い力を持った男の子が人間に戻れないくらいで落ち込んじゃいけないわ。貴方はこれから、望まなくても得てしまった強過ぎる力を制御して、生きていかないといけないんだから。辛いでしょうけど、頑張りなさい。それが男というものに生まれついたあなたの運命とでも思って、ね。」
おどけるように、諭すように、それでも彼女は俺に力を誇っていいといってくれた。そうでなければ、生きていけないのだと、世界の常識を教えてくれた。龍神を倒した俺が平穏無事な人生を歩めるわけはないよな。そもそも、俺を捨てた奴らに国ごと巻き込んだ復讐をするんだしさ。
「はい、わかりました。クリムゾニアスを倒した俺はもう普通に生きることなんかできないんでしょうから。一人の人外として、これからも生きていきますよ。」
「いい返事ね。本格的にこの世界で生きていく気になればいつでもうちの娘を嫁にしてくれてもいいわよ?私、孫を見たいのよ。ようやくあの子よりも強い男の子が現れてくれたから、私はとっても嬉しいわ。」
そこで俺はサクレーヤを見る。慌てていた。うん、彼女は何も知らされていないな。クリムゾニアスを見ると、うんうんとうなずいていた。お前も孫が見たいのか。
「そりゃ、本人にその気があればの話ですよね。サクレーヤさんが俺なんかを好きになるとは思えませんけどね。」
俺の顔は女顔負けの美女顔だし。イケメンでないし、性格も悪いし、力以外の魅力は無いと思うし。
「さあね、貴方はそう思っているのね。時間は長いからじっくり考えてね。貴方も多分私達同じくらいの時間を生きていけるはずなのよ。うちの人の体やダンジョンの中で龍の力をたくさん取り込んだと聞いてるわ。今のあなたは人と龍が混じった状態で、光の女神の力まで取り込んでいるみたいだから、かなり長生きできると思うわよ。」
「そうなんですか。」
「そうね。神と龍神の力を持っている以上人より確実に長く生きることができるわね。でも、まあ、ちゃんと力を暴走させること無く生きていくことができればの話にもなるんだけど。」
さらりと残酷なことを言う人だな。長く生きているからこその話し方なんだろうが。
「いろいろ教えてくれてありがとうございます。自分が無知なことが分かりましたよ。」
「いえ、あのね。八つ当たりも入ってるのよ。だって、貴方は私の大事な家族を二人とも戦って負かしたんだもの。…ちょっとくらいなら八つ当たりしてもいいと思わない?でも、貴方に娘を嫁がせていいと思っているし、孫が見たいのは本当だから。いろいろ含めて、私たち家族と付き合ってくれるなら嬉しいわ。」
にこやかに言ってきた。なんだか憎めない人である。自分の欲望をまるで隠す気が無い。でも、こちらに意図を読み取らせないし、掴ませない人だ。
やばいな、勝てる気がまるでしない。この人は戦わずとも、最強であり最恐だろうよ。俺はくすりと笑いをこぼして、彼女も笑っていた。
そして二人して、大笑いした。
クリムゾニアスとサクレーヤは訳が分からないという顔をしてこちらを見ていた。でも、こういうやり取りができるのは新鮮だった。誰かとここまで話すなんて機会は本当に少なかったからありがたい。
「では改めて、これからもよろしくお願いしますよ。友人の家族として付き合っていこうと思います。」
俺がそういうと、ウォルティニアさんはにこりと笑いながら言ってきた。
「お義母さんと呼んでくれるようになる未来を期待してるわね。これからもよろしくお願いするわ。」
そうして、俺と彼女の会話は締め切られたのである。
改めて、ウォルティニアさんはとんでもない人だった。10日間はダンジョンに籠ることで日数を稼いでいたのでサクレーヤと絡んだ時間は1カ月かそこらくらいになる。だからこそ、彼女とも打ち解けることができたし、俺も龍の力を思う存分使えるようになった。
「じゃあな、クリムゾニアス。ちゃんと家族サービスしてからでないと合流させないからな。きちんと時間を埋めて来いよ。」
「まったく、余計なお世話だ。女神を倒しに行くのはもうしばらく先になりそうだな。だが、うちの娘をお前の嫁にする件ならばいつでもいいからな。私の事をお義父さんと呼ぶことも考えておけよ?」
悪乗りしてやがる。妻に影響されたのか素なのかはわからんが。
「はいはい、じゃあな。」
「おう。困ったことがあればいつでも呼べ。駆けつけてやるさ。」
「助かる。」
そう言って、俺とクリムゾニアスは拳を打ち付けあった。
「それじゃ、ウォルティニアさんにもお世話になりました。孫の事は期待せずにお願いしますね。」
「分かってるわ。今はそういうことにしておいてあげる。でも、うちの娘は可愛いからね。その気になればいつでも言ってきてね。貴方のような勇猛な息子は歓迎するわ。」
勝てないな、この人には。
「もう、それでいいですから。また、来ますよ。」
「歓迎するわ。あなたの旅に幸があらんことを願っているからね。つまらないことに巻き込まれないように気を付けていきなさい。」
「はい、お世話になりました。」
「じゃあな、サクレーヤ。また今度戦おうか。」
俺はサクレーヤに言う。再戦はいつでも引き受けよう。俺は王者だからな、挑戦はいつでも受け付けている。
「はい、今度は貴方を地面と仲良くさせてあげますから。待っていてくださいね。」
「怖いねえ、まあ、今度も俺がおんぶすることになるんだろうがね。」
ケケケと笑いつつ言うと彼女は、こちらを睨んできた。うん、顔が良いから可愛らしい。
「良いですよ、次は驚かせて見せますから。それでは、お元気で。私が貴方を負かすまで負けないでくださいね。たとえ神が相手であろうとも。私と父様に勝ったんですからそのくらいの事はしてください。」
ニヤリという擬音が似合いそうな人の悪い、でも楽しそうな笑顔で言ってきた。大分硬さが取れて来ていい感じにふてぶてしくなったんじゃないだろうか?
「ああ、またな俺のライバルさん。」
俺はそう言って、クリムゾニアス達を目に収めてから一気に振り返らずに走って山を下りた。
とても楽しい日々だった。さて、これからは人間族の国を探して復讐の対象者を探していかないとな!
俺の復讐はこれから始まるのだから♪