第5話 父親の不思議な友人
私は、自分の急な頼みに嫌な顔をせずに応じてくれたサトウ様に感謝していた。何も無いところから鍵を取り出し、いきなり現れた門に差し込み、部屋に入るよう促された。どうも、彼はダンジョンの主らしい。
外見からは想像もつかない力を持っているようだが、どうも、私にはそう感じ取れない。
そう、それだけ彼の外見は私にとって衝撃の事実だった。
銀色を基本として、膝の裏辺りまである毛先へ向けてオレンジから紅へと変わっていく髪の毛。
ほっそりとした体つきに華奢な手足。筋肉も付いているが、力が強そうには見えない。ただ、力が無いようにも見えない不思議なバランスだった。
何より、顔だ。
顔の目、鼻、口の配置はまるで美の女神によって造形されたかのような完璧とも思える配置になっている。金色の瞳に、桜色の唇、薔薇色の頬とどこの物語に出てくる美少女なのかと言いたくなるくらいに整っている。首を見れば微かに喉ぼとけがあるので辛うじて男と判断できたが、声もどちらかといえば女性よりだ。低い声の女性ということにすれば通じてしまうだろう。
「さて、クリムゾニアスと戦った場所でいいですか?割と広いので貴方の得意な戦法がどんなものかは知りませんが、十分な広さはあると思います。」
彼が私に向かって言ってきた。とりあえず、容姿も普通でなければできることも普通でないのは確かで油断できる相手ではない。父親を倒したのは本当だろうが、どうにも信じがたい。なにせ、紅蓮龍王とも呼ばれている父親であるのだから。私の目指す到達点であり、私が越えなくてはならない壁である。その父をこの人はすでに超えているというのだから、私にとって。この人も越えなければならない壁となっているのだ。
「はい、配慮いただきありがとうございます。私は人間形態で戦いますので、そこまで大きな場所でなくとも問題はありません。」
父と母の仇である、最低の光の女神を叩き潰すために私は龍の姿の戦いよりも人型での戦いを重点的に鍛えてきた。人型の相手には人型の方がやりやすいし、何よりも小回りが利くので攻めやすく守りやすい。一撃に威力が落ちるのは問題だが、私は魔法攻撃が得意なのでさして問題はなかった。
「じゃあ、はじめましょうか?」
サトウ様が言ってくる。私はうなずいて戦闘開始の合図を出した。
まずは、適当に炎の雨を降らせて回避の応力を見極めよう。そう考えて私が放った炎の雨は簡単に回避されてしまった。弾速を強化し、量も3倍に増やしても回避されていく。この回避能力はおかしい。明らかに人間の領域を超えている。これは既に彼は人間でなく、自分よりも強い龍と考えて対処した方が被害は少なそうである。だから、私は全力を出すことにした。
対人間用から、対女神用に戦闘における思考状態を切り替える。いつもよりも早く、いつもよりも最悪の考えをして敵を追い詰めることにのみ専心しよう。だから、初弾の速度を上げられる限り上げて放った。
私が込めた魔力も最初に放ったものとは比べ物にならない密度、量であった。炎の球は彼に向かって降り注ぐように降って行った。私はその間に体の龍化を進めておいた。巨大な龍の姿に変わること無く龍としての自分の力を使うために考えた姿だ。
炎の球が降り注いでいる間に私はさらに炎の槍を降り注がせる。その数は千に迫ろうとしていたが、私は構わず魔法を追加した。父を倒した人ならばこのくらいでは参らないだろう。
「おおっ!!」
気合の声と共にサトウ様が魔法を放ってきた。
早い、密度も高い、そして何よりも威力が桁違いだ。私と同じく炎の魔法だが、当たれば腕の一本は持って行かれてしまうだろう。この人もやはり父と同じ戦闘好きの世界に住む人であるようだ。私は戦うのは別に好きでないのだが、売られている喧嘩を買わないほど臆病でもない。両親が女神に売られた喧嘩は私も買っているのだ。
あのお花畑女は知らないだろうが。
今はまだ力が足りないので我慢をしているが、あと500年以内にはあの女神を叩き潰したいものである。それよりも今は目の前の脅威に対応しなければならない。あの炎の魔法を浴びても無傷だった。信じがたい事実もついに認めざるを得なくなった。
このお方は英雄だとか、超越者と呼ばれることになるであろう人間なのだと。そもそも、私でも避けるのが精一杯な魔法弾を立て続けに出しているにもかかわらず表情がまるで変わらないのはおかしい。弾幕の密度も私よりも上だから、この人は途方もない魔力量で父親を圧倒したのだろうと理解した。
龍族を超える魔力量を人間が保持して使いこなしているというだけでも、サトウ様は途方もない規格外であると認識できる。サトウ様の移動速度も問題である。風の魔法を移動速度の向上に使っていることから複数の属性を持つ魔法使いであるとも推測される。本当にこんな人が良く今まで埋もれていたものだ。
悔しいが私よりも戦い方まで上手なのだ。どれほど、戦ってきたというのだろうか?私には戦える相手がいなかったから、いつも格下としか戦ったことが無いから、自分と同格との戦い方を全然理解できていいない。
だんだん、自分を掠めていた炎弾が自身に当たり始めたことを感じる。既に龍である私の反応速度を見極めたということらしい。だが、そう簡単に私も負けてやるわけにはいかないのだ。父を負かしたのだから、その仇は私がとらなくてはならない。
個人としては負けていても、家族として戦いに勝っていれば問題など何もないのだから。
と、考えていたらいつの間にか彼がそこにいた。
「死なないでくださいね?」
そう言って、ありえない威力の一撃を私に叩き込んできた。幸い、お腹に当たる直前に強化を済ませた両腕で防御態勢を作れたからよかったもののそうでなければ、今頃死んでいたかもしれない。打ち上げられている間に彼の追撃を警戒したが、彼は追って来ない。
もしや、気遣われている?
これは大事なことだから、確認しなければならない。
「サトウ様!」
私は声を張り上げて叫ぶ。声を大きくして話すのは新鮮だなと、そうでもいいことを考えてしまう。
「何でしょうか?」
サトウ様は余裕がある態度で応じてくれる。その態度からも、私の事を気遣っているのではないかという疑念が生まれる。
「私の事は気遣わないで、敵と戦うつもりで戦っていただけませんか!それとも、貴方にとっては、私はそんなにも力不足とでも言いたいのですか!」
悔しいので叫ぶ、いや、泣きそうだった。屈辱だったから。手加減されているなんて認めたくない。人間であるはずの彼よりも弱いのであれば、私には生涯女神を倒すことができないかもしれないと不安になる。
彼は観念したように、私に答えた。
「…分かりました。お互いに全力の一撃を撃つことで勝負をつけましょうか。」
本当に気が進まないといった様子で彼が言ってきた。
「はい!勝負は真剣にやってこそですから。我がままに付き合ってくれてありがとうございます。」
一応礼を言っておく。彼の強さを知りたいと無理矢理戦うように付き合わせたのも、私が弱いのも私が悪いので彼は悪くない。それでも全力を出してほしかった。父を倒したという力を感じさせてほしかったのだ。
彼が魔力を溜めていた。私も負けじと魔力を溜めて龍の気もそこに加える。そうして私がもう力の制御ができなくなったころに彼も力を溜め終えたらしい。
目と目で語り合う。
言葉は不要だ。
そうして私達はお互いに打てる最大の一撃を放ちあった。黒と桜の極光が目の前を埋め尽くした。そして、私は意識を失っていた。お互いの魔力がぶつかり合った事だけは覚えている。そして、あっという間に私の魔力が呑み込まれて負けてしまったことも。
「…ずるい。は、はんそくで、す…」
私は気を失って、誰かに運ばれながら愚痴を言った。力強く私を支えてくれる背中は父を思い出させてくれた。
「とうさ、ま…くやしいよぉ…」
愚痴をぽつぽつこぼす。でも、その時の私はそのことを完全に覚えていなかった。
…翌朝、私を背負って運んでくれたのが彼でそのことに私は顔から火が出るほど恥ずかしい思いをしてしまうことになる。というか、消え去ってしまいたかったな。それでも、私は今日も生きていかねばならないのだ。
打倒・光の女神から目標を打倒・ユウジ様に変えた。
今度は私が彼を打ち負かしてお姫様抱っこをして恥ずかしがらせてやらないと気が済まない。私が気絶している間の事を父様たちに知らせた罪は重い。
断固として報復せねばなりません。父親の最も新しい友人で、最も強く不思議な友人相手に私は復讐の誓いをしたのだった。