第4話 家族集合、ボッチには辛いのです…
サクレーヤさんが先導するのを俺達は後からついて行く。
普通に走っているような病者であるが、実際は普通の速度ではない。現実世界であれば高速道路で走っていてもおかしくはない速度だ。つまり、時速100キロくらいではなかろうか?自動車のようなエンジンも付いていないのにこの速度を出せる自分がいよいよ化け物じみているなあと改めて認識する。それに、向こうはまだまだ余裕がありそうだ。実際、俺も全力は出していないのだ。
まったく、全然、これっぽちも、だ。
軽い早歩き程度の感覚で時速100キロを超えてしまう俺はもう、取り返しがつかないところまで人間を辞めている。
「サクレーヤさん、もう少しペースを上げても大丈夫ですよ。俺は人間ですが、今はもうこのくらいであれば早歩き程度の感覚で出せますから。」
「分かりました。では、今の3倍で行きましょう。」
「はい、行きましょう。」
そう軽く言うと、なぜかサクレーヤさんは驚いた表情をした。なんなんだ、クリムゾニアスは俺のスペックについての説明を省いたのだろうか?
そこで彼に話しかける。
「なあ、俺の能力についてどのくらい話したんだ?」
「ああ、私を倒すくらいには強いとだけ話したんだが。まだまだ信じきれていないようだな。無理もないが。あの子はまだまだ経験が足りていいないし、そもそも私を倒すというのは異常なことだ。それを人間が成したというのだから、なおさらな。…お前は一人で私を打ち負かしたということの意味をもう少し重く受け止めるべきだ。」
解せない、なぜ俺が叱られねばならんのだ?
「お、ペース上げてきたな。でも、まだ余裕なんだけどな。うーむ、俺の体は一体どうなってしまったのか。はっきり言って、こんな速さで走れるような体ではなかったから戸惑うよなぁ。」
そう、俺は時速300キロという新幹線と同じ速さで走っていても、まだまだ余裕なのだ。ここまで来ると自分の身体能力について把握したいところだ。詳しい限界が分からないのはかなり困る。それにしてもクリムゾニアスの家族の新しい家はどこまで行けば着くのだろう?この速さで走っているにもかかわらず、まだ着かないなんて。
大陸の端に着いたと思ったらそれからずっと走りっぱなしである。いつの間にか森に入っていたが、それを越えて今は山の上を走っていた。というか、山を何回か通り越していた。今はさらに奥の方の山頂へ向けてひたすら走っている。ひょっとして高い山の上に家があるのだろうか?だが、それにしては俺達がここに来てからやってくるまでの時間が早過ぎる。
「サトウ様、後少しでつきますので、今しばらく走っていてください。できる限り、魔法を使わずに家まで着きたいので、すいません。先程は緊急事態と思い、気は進みませんでしたが転移魔法を使って急いでやって来たのです。」
彼女は表情を変えずに言った。何となく、俺に疑われているのを理解しているような、そうでないような。駄目だ、人の感情を読み取るのは難し過ぎる。コミュ力が足りていない。
「いえ、お気になさらずに。光の阿保女神を警戒されているのですか?」
「…そんなところです。」
サクレーヤさんは、何か隠している気配がする。うん、気配であって、確信は持てないが。クリムゾニアスならわかるだろう。だって親子だしな。離れていてもそう簡単に個人の本質までは変わらないだろう。
「なあ、クリムゾニアス。もしかして俺って試されてる?」
何となく彼女の様子を見て気になったことを聞いてみた。なんだか、俺の能力の限界を見られているような気がするのだ。
「そのようだな。どうも、私がいない間に強者に出会うことが無かったらしい。残念だが、弱体化しているという私の妻ではあの子の期待には答えられなかったようだしなあ。これは向こうに着いてからお前と戦ってもらう事になるかもしれん。恐らく、あの娘は今までただの一度も負けたことが無いのだろうよ。私がいれば、敗北の味を教えてやれたが、あのバカ女神のせいでできなくなっていたからな。」
クリムゾニアスが嘆息しつつ言った。どうも、娘が天狗になっているかもしれないことを気に病んでいるようだ。でも、能力的には生まれついて最高峰だったろうから仕方が無いのではないだろうか?俺のような紛い物とは違う生まれながらの強者として生きてきたのだろうから。
「仕方が無いんじゃないか?俺と違って生まれながらの強者だったんだろ?それに、弱った母親をずっと守ってきたのは彼女だろうからな。それも500年近くもだ。そうなるとまるっきり、自信を持っていない方が嘘くさいよな。経験に裏打ちされた部分はあるだろうさ。」
俺は予測を交えつつ話す。まあ、阿保女神がクリムゾニアスの妻を再び狙うかどうかは知らないが、人間族たちからは狙われたはずだろう。彼女達の体から採れる物は途方もない財宝に匹敵するほど貴重な素材になったろうし。何せ、伝説の勇者の鎧にされるほどの物である。この世界の人間が欲しがってもおかしくはない。
というか、欲しがりそうだ。
そのことをクリムゾニアスに言ってみると、意外だという顔をしていた。考え着きもしなかったのだろうか?
「考えなかったのか?彼女達は貴重な素材を持っているから、人間に狙われてもおかしくはないと思うんだけどな。まあ、素材という言い方は気に入らないだろうけど、人間は欲深く愚かなものだぞ?俺も含めてな。」
そう、欲深く、愚かである。勇者の鎧の素材になる鱗とかは取ってみたい。俺とて、クリムゾニアスと出会わずに普通の勇者として才能を持っていたらゲーム感覚で彼女たちの暮らしを乱したかもしれない。何せ、装備が良ければ生き残ろう可能性は上がるのだから。今代の魔王が炎属性が得意かどうかは知らないけれども、伝説の勇者の鎧に使われる素材で作った鎧が弱いわけはない。だから、自分の物にしたがったはずだ。
「そうだったな。人間とは強欲だった。私はその事を忘れていたよ。ああ、まだまだ私があの子に苦労を変えてきた事実が出てきそうで嫌だな。情けない、封印なんぞされていなければ必要のない苦労をさせずに済んだものを。」
「今の彼女の様子は昔とは違うのか?」
サクレーヤさんの印象はクール系美少女だ。クーデレに属している感じがするのだが。
「ああ。あの子はもっと明るく元気な少女だったよ。いつも無茶ばかりしてよく叱ったものだ。お前と少し似ているところもあったな。突拍子のない魔法をある日いきなり私達に発表するんだよ。それがまた、面白くてなあ。」
クリムゾニアスがすっかり父親の顔をしている。
「ふうん。研究熱心で自身の力を高めることが好きだったんだな。」
「ああ。私とも、何度か戦ったものさ。無論、一度も負けてやらなかったが。だが、今のあの子は無理をしているように見えるのだ。龍の550歳というのはな、人間に換算すると14歳くらいか?まだまだ幼くても良かったはずなんだがな。状況がそれを許さなかった。」
しんみりとして言っている。龍の寿命は一体何年なのだろうか?
「龍の寿命は何年くらいなんだ?」
「龍の寿命は、1万年くらいなら何もせずに生きていられるはずだが。大体、その年齢になると龍は自らの属性が強く色づいた場所に行き、自然と一つと化すのだ。自然に還るためにな。そうして、その土地を活性化させて新たな竜が生まれるようにするのが我ら強い力を持った龍の生き方だ。」
要するに火竜ならば火山に還るのだろう。マグマと一体化しながら火山の力を高めて新たな火竜が生まれるように土地の力を高めるのが老いた龍の終わり方らしい。自分の人生は自分で終わる時を決められるようだ。そこは羨ましい。
「いいなあ、それは。人間なんて死ぬ時はいつかなんて決められない。死にたくないと思いながら思いもよらぬ時に死ぬのが人間の死に方だ。極稀に自分の死ぬ時を決めて逝く人もいるけど、そんなのは本当に稀で幸せな場合だよ。」
俺は羨望を交えて言う。そんな俺をクリムゾニアスは不思議そうな顔をしていた。まるで死ぬ時を決めるのは当然の事だと言いたいように。人間の事を彼は詳しく知らないのだなと、俺はその時思った。
同時に、龍の事も俺は詳しく知らないのだと思い知ったのだが。
走りながら考えている割に、結構深いことを考えているなあ。いつの間にか体育会系になったのだろうか?俺は根っからの文系と思っていたんだがなあ。そうしているうちにいつの間にかサクレーヤさんが立ち止まっていた。
山を5つほど超えてきた辺りがゴールらしい。俺が到着した岸辺から距離にして600キロくらい、高さにして7000メートルくらいの高地にいる。走り続けて3時間くらいだったものなあ。やはり高低差が激し過ぎるのは良くないようだった。走り終えた今だと多少疲れが出た気がする。サクレーヤさんは顔には出していないが結構疲れているようだ。何せ、体の表面を覆うオーラの量が減っている。クリムゾニアスはといえば、ほとんど俺と変わらないくらいにだ。つまり、大して疲れていない。
「クリムゾニアス、久しぶりね。私が死にかけて以来500年ぶりかしら?」
透き通るような声がした。声のした方を見ると、サクレーヤさんと同じいくらいの美少女がいた。この人がウォルティニアさんかぁ。クリムゾニアスの外見だと、今はロリコンになってしまうなあ。まあ、昔はきっと、美女と野獣を地で行くカップルだったんだろうけれども。
「……ああ、久しいな。生きていてくれたのか。あ…り、がとう。すまな、い。私が、私…が、弱かったばかり、に!!辛い思いをさせたな。」
クリムゾニアスが俺がいることなどお構いなしに泣いている。それほど嬉しかったのだろうし、悔しかったんだろうな。というか、いたたまれない。俺は場違い過ぎて生きるのが辛くなってきた。そうっと、家族達から離れた位置に移動しておこう。
「どこに行かれるのですか?」
サクレーヤさんが無感動な声で尋ねてきた。
「俺がいても場違いでしょうから、どこか少しだけ遠くに行って時間を潰そうかなあ、と。サクレーヤさんも、家族との対面は大事でしょう?部外者の俺にはお構いなく。」
「いえ、今はお二人だけで過ごさせてあげたいです。では、そうですね。時間を潰すというのであれば私に胸をお貸しいただけますか?父様を倒した強さを私に示していただきたいのです!」
サクレーヤさんは絶対に退かないという表情で俺を見ていた。どうして、こうなった?ただ、まあ求められれば俺とて仕方が無い。
「やりましょう。ですが、場所は俺が準備させてもらいますよ?ここでやり合えば、クリムゾニアスにばれてしまいますし。」
そう言って、俺はダンジョンの扉を呼び出した。行先は当然、クリムゾニアスと戦ったあの大広間のような決闘場のような、何とも言えないフロアである。
この子も脳筋だったのかぁ。せっかくの美少女だが、脳筋はNOである。
俺は戦いなんぞしたくは無いのだ。できれば、可愛らしい女の子ときゃっきゃうふふしていたいのに。現実は非情だ。こんなに外見は俺の好みなのに、バトルジャンキーだなんて。
畜生!
この悲しみを拳に込めて戦うか。女の子と戦うのであれば、武器は要らん。この拳と魔法を使って傷つけないように華麗に勝って見せようではないか。
…傷を付けたら保護者に殺されそうなのが怖くてビビっているわけではないんだぞ。断じて違うんだからね!うん、ツンデレごっこは無いわぁ。
はぁ、美少女が恋しい。普通の感覚を持った、会ってすぐに「戦いましょう」なんて言わない女の子に遭いたいものだ。




