第3話 親子の再会
クリムゾニアスが陸地に着いてからずっと目を閉じて何かを探っている。娘さんの気配を探っているのだろう。俺はクリムゾニアスの娘さんの姿を知らないが、きっと美人だろう。何せ、クリムゾニアス曰く、娘は母親似の美龍だという。
美龍…美人みたいなものだろうよ。人間に当てはめると。
ということは人型になってもかなりの美人度が期待されるわけである。ただ、俺が会話したのっていまだに人以外しかいないよね。俺も人でない以上、いい加減誰か人間と会話したいなあ。俺が会話したのは今までにディアルクネシア、クリムゾニアス、エタナウォーディンと順番に闇の女神、紅の龍王、蒼の龍王である。
うん、見事に完全な人外しかいない。というか、神様と幻獣である。しかも幻獣界の王様だ。
獣人くらいと話がしたいな。この世界の〈普通〉の基準が知りたい。俺の周りには俺自身も含めて普通の奴がいないし。さっきから、クリムゾニアスはずっと目を閉じて娘さんを探しているし。暇だな。
要はクリムゾニアスの力と似たような奴を探ればいいのだろうから俺も協力してみようかな。
さて、力を解放しようかと思っていた時に俺は大事なことに気付いた。俺、元の姿のままだった。解放感に浸っていたが、これはまずいのではないだろうか?いきなり巨大すぎる力が出現した場合、今の戦争真っ最中の世界でそんなことをすれば警戒されないわけがないのである。
あかん。
もしかしたら、今頃魔族か獣人の軍がこちらにやって来ているかもしれない。となると力を封印しておこう。今更感が拭えないが、何もしないよりかは、きっといい。
多分、きっと、おそらくは。
「そこのお前、何者?どうして、父様と一緒にいる?」
俺が力を封印するよりも早く、警戒感をにじませた澄んだ声がした。そこで目を向けると、とても美しい桜色の少女がいた。
桜色の髪に、紅い瞳、白い肌、耳の上あたりから生えている赤と青のグラデーションで構成され後ろ側へと湾曲した角。背は160セルチくらいだろう。この子が娘さんかな?
「久しぶりだな、サクレーヤ。元気にしていたか?そいつは私の恩人だ。敵ではないよ。」
クリムゾニアスは穏やかに、サクレーヤさんに言っている。この人のここまで穏やかな声は初めて聴いたかもな。二人は今までの事を話しているようで、俺は暇だった。クリムゾニアスの話だと奥さんは殺されているようだから、奥さんの墓参りもしたいだろうし、俺はどうすべきかな。時々大声が聞こえるが、俺は今後しようと思うことを考えて現実空間から自身の内側へと思考を向けていた。だから、彼らが話していることは全て聞き流している。あまり、深く立ち入るべきでないしな。俺は家族でも何でもない、ただの友人だと思っているしなあ。よその家庭の事情など立ち入ってもいいことなど、何一つとして存在しないのだよ。
むしろ、入るべきでなく当人同士の話し合いこそ大事ではないだろーか?ボッチ力を発揮する時が来たな。今の俺は空気だ、空気。無になるのだ、彼らの話し合いが終わってしまうまでの間はずっと、存在しないかのように振舞え。
「そう、こちらの御方が父様を解放してくださったのですか。」
サクレーヤさんの言葉で我に返る。そろそろ家族会議は終わったのだろうか?クリムゾニアスは良い父親らしい。娘から慕われているみたいな感じだ。
「私はクリムゾニアスとウォルティニアの娘、サクレーヤと申します。このたびは父様を救うのに尽力してくださったこと誠に感謝申し上げます。ありがうございました。これで父様と母様を会わせてあげることができます。」
サクレーヤさんの言葉に引っかかるものがあった。
ウォルティニアさんというクリムゾニアスの妻は亡くなったのではなかっただろうか?阿保の光の女神に殺されてしまったはずだが。鎧の素材にするという狂気じみた理由で、だ。
俺の表情を見て、俺が問いたいことを悟ったのか、彼女は俺に事実を教えてくれた。
「はい、父様は貴方にそこまで自分の事をお話ししたのですね。先ほど、父様にもお知らせしましたが、母様は何とか存命しております。かつての力は無くなってしまいましたが、私達の家族として生きています。」
「そうですか、良かったですね。家族がそろうというのは良いことですから。では、俺はここで失礼します。家族水入らずで過ごした方が良いでしょうからね。」
そう言って、俺はクリムゾニアスにも別れを告げようとした。すると、彼女に首根っこを掴まれた。なぜ?
「少し待って下さい。私達は貴方に恩を受けた身です、それなのに恩人に何もお礼をできずに帰すことなどできません。」
ものすごく真剣な目だ。助けて、クリムゾニアス!目をそらすな!!
「いえ、俺はたまたま助けられただけで運が良かっただけですし。長い間、会えなかった家族と心行くまで話し合うのに部外者である俺がいては邪魔ではないですか?」
さあ、察してくれ。今の俺はボッチをこじらせてボッチ(究極)クラスになってしまっている。知っている人の家とはいえ、そこの家族は何も知らないわけで、居心地が非常に悪いことが予測される。軽妙なトーク力なんて俺には無いんだ。
だから、去らせてくれないだろうか?ほら、ちゃんと、後に連絡するし。と、心の中で呟く。
「とんでもない勘違いです。むしろ、私が先ほど父様の恩人であるあなたに対して行ってしまった無礼の事もありますし。お詫びとお礼をさせていただけませんか?それとも、ご迷惑でしょうか?」
はい、美少女からの上目遣い来ました。頂きました!はい!断れるわけないですよ、こん畜生め。…覚悟を決めよう。
「そちらが納得されるなら、喜んで伺いましょう。案内をよろしくお願いしますサクレーヤさん。」
「はい!」
力強く輝くような笑顔で返事をしてくれたサクレーヤさんを見て俺は満足した。
いいんだ。
美少女の笑顔よりも尊いものなんて今の俺には無いんだから。気まずいことなんていつもの事だろう?さあ、逝くか。
そんな俺を見たクリムゾニアスはニヤニヤと人の悪い笑顔だった。あの野郎、もう一回戦ってやろうか?今の俺は光の女神の右腕が付いてるんだぞ?無限回復パーツ付きの俺の出力に耐えられると思っているのだろうか。
サクレーヤさんを追いかけながらクリムゾニアスが俺に話しかけてきた。
「すまんな、一度言い出したらきかん娘で。だが、お前も私の家に来てくれてもいいだろう。まあ、今の私の家は前の家と位置が違っていて私も始めていくんだが。」
「貴方も大概マイペースだよな。よく似てるよ、貴方達親子はさ。」
「失礼な、私はあれほど人の話を聞かないわけではないぞ?それよりも、どうだ。うちの娘は可愛いと思わないか?500年近く会わなかったから成長を傍で見ていられなかったのが痛恨の極みだが美しく育ってくれたと思う。」
自慢げに言ってくるクリムゾニアスに俺は笑いながら言った。
「最強の紅蓮龍王様も、娘には勝てそうにないな。ああ、娘さんは確かに美しいし、可愛らしい人と思うよ。俺とは縁が無いくらいには、すごい美少女だと思う。」
本気かどうかわからないが、この親父は娘さえ俺の事を気に入ったなら、結婚させてやろうか?と言っているのだ。今の俺にはそんな余裕などないから、そういう方向に話が行かないように気を付けねば。
「お前のような息子ができれば面白いのだがなあ。あいつの気持ちも聞いてはいないし、早過ぎるものなあ。だが、その気になったらいつでも言ってくれ。そこいらの有象無象共の嫁に行かれるよりは私よりもずっと強いお前に任せたいのだからな。」
「信頼が重いぞ、クリムゾニアス。俺はそこまでの器なんかじゃないよ。」
そう、復讐が終わってからなきっと、大事な人や自分がどうしたいかをきちんと考えられるはずだから。
だから、今の俺には彼女とか、そういうのはちっと早過ぎるな。いや、結婚相手でないのならオーケーだな。いい加減普通の感性を持った人と話したい。
そう、普通が恋しいのだよ。俺、化物じゃんか。
そして、クリムゾニアス、サクレーヤさんは最高峰の幻獣ですよね?
うん、やっぱり俺には〈普通〉成分が足りていないなあ。




